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2023年12月20日水曜日

書評『大地の五億年 ー せめぎあう土と生き物たち』(藤井一至、ヤマケイ文庫、2022 初版2015年)ー 微生物と植物と動物、そして人間がせめぎあいながら織りなしてきた5億年の歴史を一気通貫で読ませる「文理融合」の成果

 

『大地の五億年 ー せめぎあう土と生き物たち』(藤井一至、ヤマケイ文庫、2022)を読了。2015年に初版がでた新書本の増補新版だという。帯に推薦のことばを寄せている池内紀氏はすでにいまは亡い。

土にかんする本でありながら、ベストセラーになっているのだということは、最近になってから知った。土についての本を読むのは、『土の科学 - いのちを育むパワーの秘密』(久馬一剛、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)を読んで以来だ。

面白いという話を聞いたので、読んでみたいと思った次第。実際、読んでみて面白かった。途中から一気に読み終えた。掲載されている写真がほぼすべてカラーという文庫版にしては豪華版である。

地球が誕生してから46億年、土が生まれてからまだ5億年しかたっていない。

その土がいかなるものであり、いかにして土がつくられてきたか、世界中を20年以上にわたって調査しまくってきた土壌学者の著者が、その豊富な知見ともてる雑学のすべてをぶち込んで書かれた渾身の1冊である。これほど「文理融合」が徹底した本もめずらしい。その7年後の増補新版だ。

土壌は地質学であり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、生態学であもあり、化学でもあり、地球環境問題でもある。


(図0-0 5億年の生物と土の共進化。植物が土を生み、土が動植物を育む)


地球史の46億年にくらべたら、土が生まれてからの5億年というのは短く感じられるが、その5億年のあいだに、生物と土が共進化してきたのである。植物が土を生み、土が動植物を育むという関係だ。

その土を利用して人間が農業をはじめたのは、1万年前のことである。

1万年前といえば、日本では縄文時代にあたるが、ずいぶん昔の話のようでありながら、それほど昔の話ではないことが実感される。

土壌の性質に応じて、人間はその土壌に適合した作物を栽培し、人口を増やしてきた。メソポタミアのような乾燥地帯では小麦が、日本のように雨の多い地域では稲が栽培されてきた。

雨が多いと土壌が酸性になりがちなので、乾燥地帯とはまた違った対応が必要になる。水が豊富だからこそ稲作が適合しているのである。水があればそれでよいというわけではない。

微生物と植物、そして動物と人間が織りなしてきた土の5億年。この自然環境のなかで繰り広げられてきた循環に大きな変化が生じ始めたのが、産業革命以降のことだ。生産性向上のために肥料を大量使用し、しかも100年前には化学肥料の誕生によって、さらに劇的に変化した。


足下の大地は土であるが、農業のための土は、たんあんる土ではない。土壌である。土は英語でいえば earth であり dirt であるが、 土壌は soil である。土壌は、微生物と植物、そして動物が「せめぎあう共生関係」によってつくられてきたものだ。

その土壌を人間は利用してきたわけだが、人間もその循環構造の一部だという意識をもつことが、脱近代に生きるわれわれにとって大事なことなのだと、あらためて感じている。母親から生まれ、死ねば土に還るのが人間だ。微生物によって分解されて土に還る。その土で育った植物を食べ・・・。




人間だけが特権的立場にあるというマインドセットは、無意識レベルなのでなかなか捨てるのがむずかしい。とはいえ、人間もまた環境の一部だということは意識しておきおたい。もちろん、人間だからこそできることがあるので、意識的な取り組みも必要だと痛感している。

それにしても、土というテーマでこれだけの本は、なかなかないのではないか。まさに「文理融合」の成果というべきだが、土壌学という地味な学問に光をあてることに成功したという点においては、著者の努力は大いに報われたというべきだろう。

それにしても、地球史の46億年、土ができてから5億年、農業がはじまってから1万年、化学肥料が登場してから100年。その時間の長さと、現在に近くなればなるほどスピードが速くなっていること、いやあまりにも速すぎることに驚きを禁じ得ない。

いちど壊してしまった土壌は、そうかんたんに原状回復することはない。そのことは何度強調しても強調しすぎることはない。誰もがこのことを意識すべきなのだ。




目 次 
まえがき
プロローグ 足元に広がる世界
 生き物が土を生んだ
 旅をはじめる前に
第1章 土の来た道:逆境を乗り越えた植物たち
 地球に土ができるまで
 大陸移動とシダの森
 樹木とキノコの出会い
 ジュラシック・ソイル
 砂上の熱帯雨林
 氷の世界の森と土
 奇跡の島国・日本
第2章 土が育む動物たち:微生物から恐竜まで
 栄養分をかき集める生き物たち
 腸内細菌の活躍
 土と生き物をつなぐ森のエキス・溶存有機物
 栄養分のキャッチボール
第3章 人と土の1万年
 土に適応したヒト
 水と栄養分のトレードオフ
 古代文明の栄枯盛衰は土次第
 酸性土壌と生きるには
 田んぼによる酸性土壌の克服
 里山とフン尿のリサイクル
 人口増加と土壌酸性化を加速させたハーバー・ボッシュ法
第4章 土のこれから
 土を変えたエネルギー革命
 木材を輸入する森林大国・日本
 窒素まみれの日本
 ポテトチップスの代償味の好みが土を変える
 納豆ごはんと水田土壌
 土が照らす未来
 適応と破滅の境界線
あとがき
文庫版あとがき
参考文献



著者プロフィール
藤井一至(ふじい・かずみち) 
土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

・・「土壌は、もっぱら農業や園芸の対象であるが、同時に地質学でもあり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、化学でもあり、地球環境問題でもある」




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2009年8月31日月曜日

Study nature, not books ! (ルイ・アガシー)



(1870年アメリカにて63歳のアガシー wikipediaより)


 これは19世紀米国の博物学者ルイ・アガシー(Louis Agassiz 1807~1873)のコトバである。名字からわかるとおりフランス語圏の人で、スイス北西部のフリブール・カントンの生まれである。

 海洋学者、地質学者、古生物学者であった。この時代の自然学者はむしろ博物学者といったほうがただしいだろう。

 Study nature, not books !

 ここに使われている英語自体は中学一年生でも理解できる、ごくごく簡単なものだが、実に含蓄のある表現だ。

 直訳すると、「自然を学べ、本じゃないぞ」ということになるのだろう。
 本で得た知識で自然を見るな、自然そのものを観察せよ、ということなのだろう。

 確かに、知識を前提にものを見ると、曇ったグラスをとおして見るのと同じことだ。何か予断でもって物事を判断するのは危険なことだ、そういっているように思う。

 子供の頃の私は自然観察少年だったから、動植物から鉱物にいたるまで何にでも関心の強い、いわば18世紀的博物学者志向の人間であったのかもしれない。

 だから、このコトバはよく理解できる。その頃は、もっぱら図鑑をぼろぼろになるまで熟読していた。文字も読んでいるが、図像を読んでいたといえる。あくまでも自然界に存在するものが主であり、図鑑にある図像は従であったはずだ。

 大人になったら魚の養殖の研究をしたいと考えていた。いわゆる栽培漁業(marine agriculture)である。もともとは理系志向の人間である。


■「もの」を「もの自体」として曇りなき目で見る

 その後、本を読むことの味を覚えてしまってからは、かなり本を読む人間となってしまった。自称「活字中毒者」だが、知識で目が曇らされないようにはつねに心がけてきた。

 実際に自分の目で見ること、五感を使って体験すること、これがもっとも大事である。
 しかし、曇りなき目でものを見るというのは、実は思っているほど簡単なことではない。

 大学時代に、現象学という哲学があることを知った。
 ものをもの自体として見る、そのための哲学的方法論である。

 実存主義の哲学者J.P. サルトルがドイツ留学から帰国した盟友メルロ=ポンティから現象学の話を聞いて、コップをコップとして語ることのできる哲学だ、と驚喜したという話が、木田元の『現象学』(岩波新書、1970)という本にエピソードとして紹介されている。

 ものをもの自体として見る、しかしこれには言語を媒介とせざるをえない。そうでないと、見ても見えていない、ということになってしまう。


■蔵書という自己増殖する「生態系」(エコシステム)

 本もまた数が増えると自然界に近い様相を呈してくる。私の書斎は熱帯雨林状態である。

 本はよく読むが、ビジネスマンでそれなりのポジションにあり、なまじカネがあったので読むスピードよりも速いスピードで本を買っていた。

 不要な本は捨てると新陳代謝(ホメオスタシス)が働くのだが、どうも整理するのが面倒なので・・・

 最初は整然と並べるのだが、そのうちに生態系が形成され、整理という人為的な手を加えなくなると、自然に増殖をはじめ、「ブックカフェ」のはずだったのがいつしか・・・

 もちろん勝手に増殖するわけではないが、定期的に整理を行わないとそうなってしまう。自然のままにまかせると、日の当たる面と当たらない面が分かれてくる。

 しかし、この間引き剪定という選別作業は実にやっかいなものだ。

 思い切りよく捨てることができる人はうらやましい。しかしその反面、肝心なものも捨ててしまう恐れはないのか、という懸念ももつ。


■Study nature, and books !

 昨年の夏にダンボール100箱ほど売却処分した。本をめぐる自分の人生の回顧ともなる作業であった。残りの人生を考えると、やみくもに手を広げすぎるのは抑制もしなくてはなるまい。

 そして今月、またダンボール15箱ほどを売却するか廃棄した。本当はもっと処分しなければならないのだが、考えただけでもくたびれてしまう。

 英語版の映画VHSは結局引き取り手がなく廃棄処分とした。テクノロジーの進歩から取り残されたフォーマットは無用の長物である。映像コンテンツというソフトウェアそのものには価値があってもビデオテープ自体にはほとんど価値はない。

 しかし本は単なるコンテンツではなく、質量をもった物理的な存在でもある。「自然」と「本」とをあまり対立物とは考えたくない。鉱物だって静物ではないか。匂いや手触りといった量感を大事にしたい。

 だから私にとっては、Study nature, and books ! というのが、もっともぴったりくる表現なのだ。


(画像をクリック!)



PS 読みやすくするために改行を増やした。あらたに<ブログ内関連記事>を付け加え、その後に書いたブログ記事を参照しやすいようにした。 (2014年2月13日 記す)


PS2 お雇い外国人のモースはルイ・アガシの弟子だった

重要なことを書き忘れていたことに気がついた。

明治時代初期の「お雇い外国人」の1人で「大森貝塚」を発見した米国人のエドワード・S・モースは、ハーバード大学でルイ・アガシの弟子であった。まさに study nature, not books ! の実践者だったわけだ。とはいえ、モースは日本がらみで多数著作を残している。

ちなみに生物学者として招致されたモースは、日本で「進化論」のレクチャーをしているが、日本人が異議なく「進化論」を受け入れたことに驚いたといわれている。21世紀の現在でも進化論を否定する人が多くいるのが米国であることを考えれば、日本人の先進性(?)は誇っていいだろう。  (2021年6月5日 記す)


(画像をクリック!)



<ブログ内関連記事>

「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について

アリの巣をみる-自然観察がすべての出発点!

「植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)を国立科学博物館」(東京・上野)にいってきた

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯
・・フランス出身のイエズス会士で古生物学者の生涯

(2021年4月14日 情報追加)


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