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2025年4月21日月曜日

横浜の「海外移住資料館」で開催中の「企画展示 サンノゼ・ジャパンタウン 受け継がれる移民の想いと心」に行ってきた(2025年4月18日)ー 東京湾岸のベイエリア西側を小旅行 ー 大森から横浜へ その4 

 

東急多摩川線で終点の多摩川駅で乗り換えて、東急東横線で横浜へ。このルートはなんども利用しているので、とくに感慨はない。 

今回の目的はJICAの「海外移住資料館」で「企画展示 サンノゼ・ジャパンタウン 受け継がれる移民の想いと心」を見ることにあった。 

「海外移住資料館」は JICAの関連施設で、訪問するのは今回が2回目になる。12年ぶりであり、ひさびさの訪問だが、常設展示はとくに変更はない。 





「企画展示 サンノゼ・ジャパンタウン」を見にいきたいと思ったのは、サンフランシスコとロサンゼルスのジャパンタウン(=日本町)は訪問しているが、サンノゼの日本町は訪問したことがなかったからだ。 

じつは2年前に『太平洋を渡った日本建築』(柳田由起子、NTT出版、2006)を読むまで、その存在すら知らなかったのだ。「第8章 昭和30年代が薫るアメリカの門前町 ― サンノゼ別院(1937年~)」で取り上げられているが、北米ではもっともコミュニティとしての性格を現在まで継承しているのだという。  



 
西海岸のサンフランシスコのベイエリア近くのバークレーには滞在していたことがあり、滞米中にはなんどもスタンフォード大学のあるパロアルトは訪問しているが、サンノゼには一度も行ったことがない。




できればサンノゼ現地訪問したいところだが、とりあえずは企画展示を見て、雰囲気だけでも味わっておきたかったわけである。海外移住の一世たちの苦労をしのび、日系アメリカ人の歴史を追体験する。

 
(サンノゼで現在も盛んに行われている Obon Festival )


企画展は写真撮影不可なのが、ちょっと残念であったが、内容については海外移住資料館だより【企画展示】サンノゼ・ジャパンタウン 受け継がれる移民の想いと心(第63号 2025年2月)(PDF/7.49MB) に詳しく掲載されている。


会場では「日本と中南米をつなぐ日系人」(外務省)という小冊子を入手。ブラジル出身の日系人たちとの付き合いはあるが、中南米の日本町はブラジルもアルゼンチンも行ったことがないので、機会があれば一度は行ってみたいと思う。 



■ついで近くにある海上保安庁資料館横浜館を再訪


 「三菱みなとみらい技術館」は閉館が15時だというので、時間の関係から今回は断念。他日を期すことにしよう。 

以上、大森から横浜にかけての「東京湾ベイエリアの西側」への小旅行は終了。横浜からストレートに帰宅の途につく。

以上で、大森から横浜への「東京湾ベイエリア西側」の小旅行は終わり。



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2015年4月8日水曜日

書評『南の島の日本人 ― もうひとつの戦後史』(小林泉、産経新聞社、2010)― ミクロネシアにおける知られざる日本民族史の一コマ



いまから100年前の1914年、第一次世界大戦に参戦した日本が「敵国ドイツ」から奪いとったのは中国の青島(チンタオ)だけではない。南太平洋の島々であるミクロネシアもまたそうであった。
  
第一次大戦後にできた国際連盟(League of Nations)において、日本「委任統治領」となって30年間統治した土地。第二次世界大戦の激戦地となり、日本が敗北するした結果、アメリカの信託統治領となって日本人は退去させられた。
      
その後、アメリカから独立したなかにはパラオ共和国もある。人口の5分の1近くが、なんらかの形で日本人の血を引いているとのこと。初代大統領が日系人のトシオ・ナカムラ氏であった。また、大酋長になったススム・アイザワ氏もいる。

本日(4月8日)から一泊二日で、天皇皇后両陛下が「太平洋戦争」の激戦地となったペリリュー島などパラオを公式訪問されるのは、たいへんよろこばしいことであります。
         
5年前に買って積ん読状態のままだった『南の島の日本人-もうひとつの戦後史』(小林泉、産経新聞社、2010)という本をこの機会に通読してみた。本書は、先に名前を出した大酋長になったススム・アイザワ氏と初代大統領になったトシオ・ナカムラ氏という、おなじトラック島生まれで子ども時代からの友人であった「ススムとトシオの物語」とでもいうべき内容である。

天皇皇后両陛下のパラオご訪問にかんして、テレビではご訪問理由として「先の大戦の慰霊」のことばかりが強調されている。慰霊という祈りはきわめて重要なことだ、天皇陛下の南の島々への思いは、もっと深いものがあるような記述に出会った。
  
皇太子時代、東宮御所を訪れたミクロネシアのポナペから交流事業で招かれた小中学生との会話で、こんなことを述べられているようだ。
   
「小学校の教科書には『トラック島便り』というのがあって、それを読んだ私はいつか南の島に行ってみたいと思うようになっておりました。そんな子供の頃を思い出して、皆さんにお会いするのがとても楽しみでした」(P.107)

1979年のご発言である。天皇陛下は、そんな「戦中派世代」なのだ。2004年のご訪問予定が流れてから10年後のパラオ訪問の実現。天皇陛下にとっては、まことにもって感無量のことでありましょう。
   
日本の旧植民地としての台湾と朝鮮半島、移民先としての満洲や北米と南米ばかりが話題になるが、南洋諸島にもまた多くの日本人が入植した土地だったことをぜひアタマのなかに入れておきたいものである。日本人と日系人をあわせて「日本民族」となるのだ。

しかも、パラオを代表とするミクロネシアの島々が、じつは「親日国」であるという事実もまた。


(画像をクリック!)


目 次

第1章 ススムとトシヲの物語
第2章 日本人たちのミクロネシア
 (1) 南洋に渡った先覚者たち
 (2) 敗戦で日本人が日系人に
 (3) ミクロネシアの日系人
エピローグ
ススム&トシヲの歩み年表
主な参考文献・資料

著者プロフィール

小林泉(こばやし・いずみ)
1948年東京生まれ。大阪学院大学教授、太平洋諸島研究所理事、農業経済学博士。『太平洋島嶼諸国論』(大平正芳賞)、『アメリカ極秘文書と信託統治の終焉』(大平正芳賞)、『中国と台湾の激突-太平洋をめぐる国際関係-』、『オセアニアを知る事典』ほかの著書がある(本書記載のデータによる)。



<ブログ内関連記事>

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!
・・日本に住んでいて日本語を話す日本人だけが日本民族ではない!!

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・「帝国」であった時代の「戦前」の保守派のほうが「開かれた精神」をもっていた

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消
・・「官僚を辞めて朝日新聞社に入社していた柳田國男は、国際連盟の「委任統治委員」の日本側委員として抜擢されジュネーヴに赴任する」 また柳田國男の実弟の松岡静男は元海軍大佐で、退役後に南洋問題の専門家となった

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)-東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる
・・マーシャル群島で米国の水爆実験の死の灰を浴びて被爆した第五福竜丸が展示されている

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・矢野暢氏の『南進の系譜』は、日本人の南方進出にかんする古典的名著

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)-日本に「帰還しなかった」元日本兵たちの人生の軌跡を丹念にインタビューした、きわめて良質なノンフィクション
・・ビルマ(=ミャンマー)とタイ、インドネシア、そしてベトナムから帰還しなかった元日本兵たちの人生

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか
・・ドイツとは異なり、オランダにとって東南アジア植民地はきわめて大きなものであった

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた ・・伊豆大島からカリフォルニアに移民した著者の若き日を描いた作品

(2015年5月23日 情報追加)


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2013年8月19日月曜日

書評『ワシントン・ハイツ ― GHQが東京に刻んだ戦後』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)―「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる



東京都心部の西側、山手線の外に代々木公園とオリンピック競技場、NHKホールが存在する広大な土地がある。かつてここは、アメリカ占領軍将校とその扶養家族ための住宅地域(Dependents Housing Area)が存在した。それが本書のタイトルである「ワシントンハイツ」(Washington Heights)である。

最終的に撤去されたのは1963年(昭和38年)、日本の主権が回復した1951年から12年もたってからであった。つまり18年間のあいだ敗戦後の日本に存在していたことになる。 1964年(昭和39年)には、敗戦からの復興と国威発揚をかけた「東京オリムピック」会場がその跡地に建設された。

撤去された頃にはすでに生まれていたわたしも、いまだ幼児として関西にいたこともあり、ワシントンハイツの存在は知る由もなかった。子どもの頃に親の転勤で東京に移ってきながらも、この本が文庫化され入手した2011年まで、誰一人からもワシントンハイツについて聞いたことはなかった。名古屋生まれの著者もその点は似たようなものかもしれない。

本書は、ワシントンハイツが建設された前史からその渦中、そしてその後にまで至る、東京都心部の西側を軸に、現代日本の出発点となった「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン Occupied Japan)を全体的に描いた大作である。この時代のことを知らなければ現代日本について論じることはできないという問題意識から生まれた労作だ。

ワシントンハイツは、ある意味では「租界」であり、日本人立ち入り禁止の地域であった。


(文庫版に収録されたワシントンハイツの航空写真)


現在でも米軍基地が存在する地域には日本人オフリミッツの米軍住宅という「租界」が存在するが、日米の経済格差がほとんどなくなった現在ではうらやんだり憧れる対象ではもはやない。しかし、米軍による空爆で破壊され食料にもこと欠いていた敗戦後の日本人にとっては輝くような存在であったことは容易に想像できる。まさに「豊かなアメリカ」そのものというべき小世界であったことは、文庫版のカバー写真からも知ることができる。

原宿、表参道、青山、赤坂、六本木。これらの地名から連想されるのはファッションブランドに代表される欧米的なイメージだろう。そうなった理由の一端が代々木に建設された巨大なワシントンハイツにあったのだ。

あらためて思うのは、それぞれの個々の地域には詳しくても、自分がこのエリア全体を「面」として捉えていなかったことである。もし読者が東京のこの地域全体に精通していないのであれば、まずは目次のつぎに見開きで収録されている地図をじっくりと眺めてアタマのなかにいれていただきたい。このエリアにアメリカが見え隠れしているのである。


(地図の左にワシントンハイツがある)


著者も書いているように、アメリカの視点は空から地面を見下ろす「上から目線」である。空からのパノラマ、鳥瞰図。まさに鳥の目であるバーズアイ。20世紀後半の鳥は、空爆を実行するために人間が操縦する爆撃機であった。

アメリカは日本の戦意をくじくため、民間人(=シビリアン)に対する違法な爆撃作戦を遂行したが、原爆と同様に徹底的に研究したうえで実行に移している。効果的かつ効率的(effective and efficient)な成果をあげるために採用したのが焼夷弾であった。日本家屋の特性を踏まえたものであった。

焼夷弾攻撃の実験は、アリゾナ州の砂漠のなかで行われた。木造で燃えやすい日本家屋の実物大の模型を作製し、焼夷弾実験を繰り返して詳細なデータを収集し解析を行っていたという。その成果を踏まえて実行されたのがB29による東京空襲作戦なのである。

そしてその日本家屋の模型建設にかかわっていたのが、戦前と戦後の日本で洋風建築普及に大きな貢献をしたアントニン・レーモンドというチェコ出身でアメリカに帰化した建築家であった。帝国ホテル設計者フランク・ロイド・ライトの弟子として初来日したレーモンドは、アメリカの軍籍をもつインテリジェンス・エージェントでもあったのだ。いわゆる諜報活動に従事していたのである。

このエピソードは第2章で取り上げられているが、ワシントンハイツという「建築物」を描いた本書の隠れたテーマを示唆するものできわめて重要なものだ。

そのテーマとは、建設と破壊、そして再建である。ハードな建築物だけではなく、ハードとソフトを合わせた日本そのものの「再建」とそのプロセスである。

敗戦後の日本の再建は誰が設計したのか、施主は誰か、いかなる形で行われたのか、日米双方の多くの知られざる関係者たちが意識的かつ無意識的に関与していたことが、さまざまな側面からのアプローチで具体的なディテールを描き出すことで全体像を浮かび上がらせるげることに成功している。




ジャズをはじめとするエンターテインメントで庶民レベルからの「下からの親米姿勢」をつくりだし、反共政策のなか旧帝国軍人たちが再雇用され、占領終了後の日本の骨格が親米保守という「上からの親米姿勢」として完成される。

ニューディラーたちが主導する新憲法起草に女性の権利が盛り込まれ、食料援助をつうじた日本のキリスト教化計画が実行され(・・これは成功しなかった)、米軍将校の配偶者である有閑婦人に日本グッズや生け花が普及していく。

日米双方にかかわらざるを得なかった「日系二世」兵士たちのなかには、日本における諜報活動にかかわりワシントンハイツに住んだものもいたことが明かされる。また、ロサンゼルスのリトルトーキョーで仏教布教に従事した真言宗僧侶の二世として誕生したジャニー喜多川とワシントンハイツの関係は興味深いエピソードだ。ジャニーズもまたワシントンハイツから生まれたのである!

じっさいにワシントンハイツに出入りしていた日系二世の作家・片岡義男による「解説」もありがたい。片岡義男は、1970年代から80年代に『ポパイ』などの媒体でアメリカ的なるものをテーマに描いていた作家だが、本文のよい手引きとなっている。

ワシントンハイツが撤去されてすでに50年、しかし東京中心にはハーディバラックスという米軍のヘリコプターポートが存在している! 場所は都立青山公園そば。ヘリ墜落の危険のある点は沖縄と同じなのである。

本書では言及されていないが、東京上空の一部はいまだに米軍が管理空域として握っており、日本の民間航空の飛行に大いに障害になっていることは東京都知事時代の石原慎太郎が指摘していたとおりである。この意味をよく考えてほしいと思う。

本書は500ページを越える大作で読みとおすのに時間がかかるが、なんといっても徹底的な取材と資料探索によって裏付けた具体的なディテールがバツグンに面白い。事実のもつ圧倒的なチカラというべきであろう。

敗戦後日本の原点を確認するため、ぜひ読むことを薦めたいと思う。


(画像をクリック!)


目 次

序章 帝国アメリカの残像
第1章 青山表参道の地獄絵図
第2章 ある建築家の功罪と苦悩
第3章 「ミズーリ」の屈辱
第4章 乗っ取られた代々木原宿
第5章 オキュパイド・ジャパン
第6章 かくて女性たちの視線を
第7章 GHQデザインブランチ
第8章 まずは娯楽ありき
第9章 有閑マダムの退屈な日々
第10章 尋問か協力か
第11章 GHQのクリスマス
第12章 立ち上がる住民たち
第13章 諜報部員「ニセイ・リンギスト」
第14章 アイドルの誕生
第15章 瓦解したアメリカ帝国
第16章 そして軍用ヘリは舞い降りる
終章 視界から消えた「占領」
あとがき
文庫版あとがき
主要参考文献
解説 片岡義雄

著者略歴

秋尾沙戸子(あきお・さとこ)
1957年、名古屋市生れ。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。上智大学大学院博士後期課程満期退学。テレビキャスターを務めるかたわら、民主化をテーマに旧東欧・ソ連やアジア諸国を取材。ジョージタウン大学大学院外交研究フェローとしてワシントンDCに滞在したのを機に占領研究を始める。著書に『運命の長女:スカルノの娘メガワティの半生』(アジア・太平洋賞特別賞)。『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報を付加)。


<関連サイト>

秋尾沙戸子のペリオディスタ通信 (公式サイト)

総理、日系アメリカ人に会いに行ってください 河野太郎・衆院議員に聞く(前編) 
日系人強制収容所を知らない日本人河野太郎・衆院議員に聞く(後編)
(日経ビジネスオンライン 2013年11月27日・29日)


<ブログ内関連記事>

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)

(2014年7月23日、8月31日 情報追加)


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2009年10月9日金曜日

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃、多くの関連本が出版されていた ー『誇りてあり ー「研成義塾」アメリカに渡る』(宮原安春、講談社、1988)




昔読んでたいへん印象に残っているのに、すっかり忘れ去られてしまった本というのがある。

『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988)もまたその一冊である。本書もまた、日本人の移民ものだが、この本で紹介された人たちは、いわゆる一旗組ではない。

 1898年(明治31年)長野県安曇野(あずみの)で産声をあげた、井口喜源治という人物が創設の「研成義塾」は、キリスト教によって人格主義の教育を行った私塾である。

 井口喜源治は、つねづね教え子たちに「エライ人になるな、汝よき人になれ」と説いていたという。比較的裕福な家庭の出身者が多く、日本で英語を勉強していたらしい。

 ここの卒業生の多くが、なんと"神の国"を築くために集団で米国に移民として渡っている(!)のである。勉強のためでも、カネを稼ぐためでもない、欧州で迫害されたプロテスタント諸派と同様、信仰の新天地を求めて移民として米国に渡ったというのが驚くべき事なのである。

 本書は、この日本人としては珍しい集団の、米国にまかれたタネがさまざまな葛藤を経て、日系人として米国社会に定着していく軌跡を描いたノンフィクションである。

 

 本書が出版された1988年には、先に紹介した石川好の『ストロベリー・ロード』も出版されている。
 私自身もすっかり忘れていたのだが、この1988年前後は、いわゆる「日米半導体戦争」など経済摩擦が激化し、大きな政治経済問題になっていたのだった。その後、「バブル経済」に突入していた日本は身の程もわきまえず、札束でアメリカを買いまくろうとした傲慢の時代であった。いまからは考えられないほど、日米は熱い愛憎関係にあったのだった。
 そういう時代のなかで、米国ものの出版がきわめて多かったということなのだろう。私みたいな人間でさえ、早く米国に行きたいと思っていたくらいなのだから。米国のソフトパワーはいまから考えられないほど、強く輝かしいものであったのだ。

 考えてみれば、1980年代後半は、日本が米国を追い上げて、"上り坂の日本、下り坂の米国"という図式さえ存在し、日本国民の多くが"集団催眠状態"になっていたのであった。これがはなはだしい錯覚であったことは、私自身1990年に米国に滞在するようになっていち早く実感した。
 米国は、ソ連崩壊後にあらたに必要とした"外敵"を、一時期は日本に設定しつつあったが、結局9-11後はイスラーム過激派を外敵と設定し、日本の存在はかつてよく使われた表現のように、バッシング(bashing)からパッシング(passing)へと変化していった。
 現在では、一部では日米同盟の終焉までささやかれる状況である。民主党政権の成立でこの動きは、流れとして定着していくことだろう。かつての日英同盟の廃止と同様に。
 こういった状態では、1990年前後にみられたような"日米関係本"は、現在では大幅に減少しているのも当然かもしれない。その当時出版された本でも、たとえ文庫化されても、すでに忘れ去られているものが多いわけだ。


 1990年以降、日系人のペルー大統領アルベルト・フジモリや、"デカセーギ"として日本に逆流してきたブラジルの日系人は大きな話題となってきたが、そんななかで米国の日系人にかんする話は目立たなくなっていったようである。日系一世、二世、三世といった話題は、米国から南米に変化してしまった。
 いま製造業の大不況のなか、日系ブラジルの日本から母国ブラジルへの帰国が増加しているらしい。
 2016年のオリンピックも、南米初となるブラジルのリオデジャネイロに決定した。リオが選ばれ、東京が落選した選ばれなかったのは、この8月まで東京都のタックス・ペイヤーであった私としては、まことにもって喜ばしい限りである。
 私が東京を離れた理由の一つは、石原"暴言"知事による東京都民の"血税"の大規模な無駄遣いへの怒りもある。政治家として目に見える形でケジメをつけてもらいたいものである。もっとも千葉県の森田"青春"知事がすばらしいとは思いもしないが。

 BRICsの一角として、ブラジルは名実ともに"一等国"(first-class country)になる切符を手に入れたことになる。オリンピックは中進国が先進国へ向けてテイクオフする際の起爆剤なのだから。もっとも辛口がウリの The Economist は関連記事の中で、これから先が本当は大変なのだ、と指摘している。
 オリンピックが開催される頃は、衰退する日本国内で食えなくなった日本人は、21世紀の移民としてブラジルに渡ることになるのだろうか? もはや農業移民ということはありえないだろうから知識労働者として? さて何が現地に貢献できるのだろか?
 まあ、現代ギリシア人みたいに移民先の米国やオーストラリアと故国を行ったり来たりする人生を送ればよいのだろう。オペラ歌手のマリア・カラスもニューヨーク出身だったし、レバノン系ブラジル人のカルロス・ゴーンのような生き方もあるしね。

 ブラジルは、地デジ(=地上波デジタル放送)では米国規格でも欧州規格でもなく、日本規格を正式に採用することとなった。ブラジルにつづき、ペルー、チリ、アルゼンチン、さらには"反米"がウリのチャベス大統領のベネズエラがこれに続いている。北米よりも、ふたたび南米が面白い時代になってきたのかもしれない。
 そういえば、かつて勤務していた会社の社長はブラジル生まれの日本人で、名前をマリオという人であった。サッカー解説のセルジオ越後、ボサノヴァの小野リサ、演歌歌手出身でタレントのマルシアもみなパウリスタ(=サン・パウロっ子)だな。プロレスのアントニオ猪木はたしかブラジル移民だったな。
 これからは外資系企業でも、英語名なんて植民地根性丸出しの迎合はやめにしたらいいだろう。中国人みたいに識別しにくい名前じゃないんだから英語名なんて必要ない。むしろ、ラテン風の芸名にしたら面白いのにね。さて自分はどういう名前にしようかな?


 いまやソフトパワーは、北米よりも南米のほうが強力だ。その象徴的存在が、アルゼンチン出身のチェ・ゲバラではないだろうか。めちゃくちゃカッコいいではないか。ゲリラ戦の戦場でも寸暇を惜しんで本を開き、文章を書いていたチェが大好きだ。YouTube で CHE二部作の trailer でも見ておこうか。熱い思いがこみ上げてくる。
 キューバを去ったチェが第二の戦場と定めたボリビアでは、日系二世のフレディ前村がチェと行動をともにし、最後は戦死したという。

 遠すぎるので、南米はまだ一度もいったことがないのが残念だ。中米メキシコのグアテマラ国境近くまでが、私のアメリカ大陸の到達地の南限である。

 チェ・ゲバラの盟友フィデル・カストロが生きてるうちに、キューバには行っておかないといけないな。       


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(2014年1月8日 情報追加。ただし本文には手を入れていない。このブログ記事を執筆した2009年時点と2014年とでは潮目が変わったことを実感する)


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