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2009年8月7日金曜日

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと




映画『バーダー・マインホフ-理想の果て-を見てきた。「1968年世代」の中心にあった「ドイツ赤軍」の、1967年から10年にわたる過激な革命運動に焦点を当てた、ドキュメンタリー映画とも見まごうような2時間半の大作である。

 現在上映されているのは、渋谷の Cine Rise のみ。10:20からの初回で見たが、なんせ2時間半の大作、終わったらすでに13時を過ぎていた。

 しかし、まったく退屈さを感じることはなかった。マシンガンも含めた重火器による激しい銃撃戦、爆弾テロをともなう展開はアクション映画としての側面もある。また、ドイツ語の耳慣らしにもなる(・・これは副次的効果)。

 まったく共感する余地のない思想内容や内面描写は極力ミニマムにし、ひたすら彼らの「行動」・・・それはつまり「暴力」であり、そして一般市民の側から見たら「テロリズム」以外の何者でもないのであるが・・・「行動」に焦点を合わせたのが、映画としての成功要因だといえよう。

 連続して暴力シーンを見せられることになる観客は、いったい「ドイツ赤軍」(RAF:Rote Armee Fraktion)とは何だったのかと自問自答せざるを得ない。スピルバーグ監督が映画『ミュンヘン』(Trailer が YouTubeで見ることができる。音声注意!)製作にあたって題材にした、1972年のミュンヘン・オリンピックにおけるイスラエル選手団虐殺事件は、まさにこの時代のさなかに起こった事件である。

 映画の後半は逮捕された首謀者たちが、ハンストにより餓死する者がでてくる、また法廷闘争をつうじて仲間割れが始まり、そして独房の中で精神的に追い詰められてゆくさまが、これでもかこれでもかと描かれる。

 結局、彼ら若者たちの「理想」とは何だったのか、そして収監されている彼らの手を離れ、「国際革命」の名の下に過激化していく第二世代による一般社会に対するテロリズムには、「理想のなれの果て」として、おぞましさ以外の何も感じられないことを観客は知ることとなるのだ。

 同じ「赤軍派」という現代史を共有する日本人にとっては、私自身は世代的にも、思想的にも「赤軍派」にはまったく何の共感は感じないものの、この事実を無視しては先進国の現代史を理解することはできないと感じている。だから、この映画について知ったとき、早くみたいと思っていたのだ。



 原題は Der Baader Meinhof Komplex(=The Baader Meinhof Complex)。ここでは米国版の Trailer を紹介しておこう。「赤軍派」が存在した日本版とはだいぶ違う切り口だ。日本版はオリジナルのドイツ版 trailer を基本的に踏襲している。編集によって意味づけが大いに異なることが理解できるはずだ。音声注意! ドイツ版の公式ウェブサイトも参照、trailer も teaser もこちらの映像のほうがはるかに鮮明。

 ドイツ・フランス・チェコによる合同製作であるが、監督・脚本・原作・キャスティングのいずれもドイツ人で固めた、まさにドイツ映画界の総力をあげて、主にドイツ人のために制作された映画である。セリフのほとんどがドイツ語なのはそのためであろう。国際的な商業的成功のみ目指すのであれば、英語で制作することを選択するであろうから。

 ドイツ人、とくにその時代に生きた人間にとっては、原作者シュテファン・アウストがインタビューで語っているように、「・・ドイツ人として何度も何度も新聞やTVで見てきた映像であり、今やドイツ人の集合意識のなかに入り込んでいるイメージ」だからだ(パンフレットによる)。

 日本でも、連合赤軍による浅間山荘事件の映像は、私の世代でも子供時代にTV中継で見ていたので記憶のなかに焼き付いている。現代史のなかの大きな事件として直視しなければならないのであろう。


 「ドイツ赤軍」とはそもそもいったい何だったのか?

 革命家アンドレアス・バーダーがはじめた武装闘争に加わった左派ジャーナリストのウルリーケ・マインホフの二人の名前からなっていた「バーダー・マインホフ」グループが出発点にある「ドイツ赤軍」。

 フランスの1968年5月の学生革命に端を発した過激な政治運動は、ドイツを含めたヨーロッパだけでなく、日本を含めた全世界の先進国で同時代現象として波及した、学生による旧世代、旧体制に対する「世代間闘争」という性格をもっていた。

 時代背景は、フランスの場合はとくに中国の文化大革命と毛沢東思想の影響が強いが、このほかベトナム反戦運動、チェ・ゲバラによるボリビアでのゲリラ活動の影響などがあり、日本でも、ドイツでも極左活動家による反資本主義、反国家主義を主張し、「世界革命」を理想として目指した政治運動が暴力闘争の形をとり、テロリズム以外の何者でもない武装闘争はもはや一般市民の支持を得ることができず、挫折していく。

 しかし、三菱重工業ビル爆破事件のようなテロも実行したが、「総括」という組織内リンチによる処刑や「内ゲバ」という形で、運動が袋小路に入っていった陰湿な風土をもつ日本とは異なるようだ。

 ドイツにおけるこのあたりの事情については、ドイツ思想史の三島憲一による『戦後ドイツ-その知的歴史-』(岩波新書、1991)『ドイツを変えた68年運動(シリーズ・ドイツ現代史Ⅱ)』(井関正久、白水社、2005)を読むとよく理解できる。

 とくに前者の三島氏の著書は名著といってよく、私はこれまで2回通読しているが、この本を注意深く読むと、同じく枢軸国として第二次大戦の敗戦国であっても、日本とドイツでは歴史的前提が異なり、一筋縄ではくくれないことが理解できる。

 ドイツの、イラク戦争における米国への反対姿勢には、「68年世代」が緑の党として政権の中枢に入ったことも関係があると井関氏は指摘している。



イタリアで1978年におきた、極左暴力集団「赤い旅団」によるモロ首相誘拐監禁殺害事件は、イタリア現代史では「鉛の時代」とよばれた時期にあたるものだが、2003年には、マルコ・ベロッキオ監督による『夜よ、こんにちは』(Buongiorno notte)が製作されている。

 日本では2006年に公開された際に見に行った(イタリア語の映画抜粋がちょっと長めだが YouTubeで見ることができる。音声注意! )。パルチザン家族が結婚式で歌うパルチザンの歌(・・ロシア民謡「カチューシャ」の替え歌)は印象深い。

 第二次世界大戦では、パルチザンによるファシストとドイツ占領軍支配からの「解放」という歴史をもつイタリアは、日本やドイツよりもさらに複雑な歴史をもつ。この映画に描かれた極左だけではなく、ネオナチよりもはるかに早い段階から極右が存在することからもそれはわかる。

 ドイツでも、ようやく2008年にこの『バーダー・マインホフ』が製作され、現代史のタブーを明るみに出す試みが行われている。次はネオナチと正面から向き合わねばならないのだろうが、果たしていまのドイツには可能だろうか?

 日本でも「連合赤軍」、「浅間山荘事件」の映画化が行われ、同世代を生きた映画人による、歴史を直視する状況が出てきている。この映画はまだ見ていないので感想はここには記せないが。 (付記:若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』予告編 YouTube映像につき音声注意! 2009年8月12日)


 2001年の「9-11」以降、イスラーム過激派をテロリストの代名詞としてレッテル貼りすることがマスコミに定着しているが、あくまでも外部に「敵」を作り出す思考方法においては、イスラーム過激派の側も、米国を中心とした欧米先進国(・・この中には日本も含まれる)も同じである。

 歴史的過去として封印したままにしておくのではなく、先進国の「内なるテロリズム」を直視することが必要になってきたのかもしれない。

 また時間がたつことによって、それが可能になってきたのかもしれない。

 「見たくない過去」、「触れたくない過去」には、たとえ時間がかかっても、いつかは目をふさがず直視しなくては、前に進むことは実は不可能である。いわゆるポジティブ・シンキングによって、見て見ないふりはできるが、意識の底に沈んだ「封印したはずの過去」は必ずや、なにかのきっかでフラッシュバックによって急浮上し、逆襲してくることがあるからだ。

 「忘れたことにした過去」は、けっして「過ぎ去らない過去」でもある。

 ひとりの人間として生きること自体やっかいなことだが、国家も民族もまた同じ問題を抱えている。

 言語化は、精神的に受けた傷を克服するための一歩であり、映像化は、多くの人にとって克服と癒しの機会を与えてくれる。


            




<追記>

2009年8月12日に全体的に文章に手を加えて、論旨がより明瞭になるように試みた。







<ブログ内関連記事>

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書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

(2014年1月12日、3月10日、11月10日、2017年2月9日 情報追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)








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