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2009年10月25日日曜日

書評  『変人 埴谷雄高の肖像』(木村俊介、文春文庫、2009 単行本初版 1999)-人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ




人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ

 単行本のタイトルは 『奇抜の人』 だったという。

 文庫版のタイトルは 『変人』。これは実にインパクトがある。

 立花隆が東大教養学部でゼミをもったあと、『東大生はバカになったか』(文藝春秋)なんてタイトルの本を出したが、この著者の木村俊介氏はまったくの例外というか、立花隆も折り紙付きの出来であった学生らしい。

 この本を読む限り、インタビューにかんしては、むしろ立花隆よりはるかに上なんじゃないのかな、という気さえするのである。よくここまで相手の心を開かせて、これだけの内容を聴き取ったものだ、と。

 文庫版の著者あとがきによれば、『変人』というタイトルへの変更は、出版社というよりも著者自身の思いが反映しているようだ。
 「・・企画を始めて感じた「うわ、こんな人がいたのか」という印象を前面に出してみたい、と文庫化にあたって題名を『変人』にさせていただいた」、と。

 この本は、埴谷雄高(ハニヤ・ユタカ)という作家について、身近に接していた近所の人から始まって、交友関係のあった作家や芸術家、そしてその子供たち、熱烈な読者だった現役の作家やミュージッシャンなど総勢27人に行った、ロング・インタビューを一書にまとめあげたものである。
 一人あたり数時間、あるいは何回にもわけてインタビューが行われただけでなく、実際にインタビューを行った数はさらに多いという。やむなく27人に限定した、という。

 私は、埴谷雄高をハニヤ・ユタカと読む変わった名前の作家だ、ということぐらいは知っていたが、正直いって彼が生涯にわたって書き続けて、しかも未完に終わっている 『死霊』 という長編小説も読んだこともないし、おそらく今後も読むこともないと思う。
 また、世代からいっても、左翼の立場にたった彼の政治論文をまったく読んだこともない。つまり、この本を読むまで埴谷雄高という人が、何をしてきた人なのかほとんど何も知らなかったのである。つまり何の思い入れもないのだ。

 しかし、この『変人』というタイトルに惹かれて読み出したら、やめられなくなってしまった。
 埴谷雄高という人が、あまりにも「変な人」だったからだ。でもこれは、むしろ最大のほめコトバとして使っている。面白すぎるのだ。
 多くの人に愛され、しかし誰も愛していなかった人、そういう印象が読後感として残っている。

 著者がなぜ埴谷雄高という人について、関係者インタビューを始めたのか明確に語っていないのでよくわからないが、インタビューを続けるうちに、もっともいろんな人に話を聞かねばならない、と思ったらしい。
 その結果が、このポリフォニー(多声音楽)ともいうべき作品に仕上がっている。インタビュー対象となった27人が、それぞれの視点で埴谷雄高という人について語る。これは文字通りの"複眼"である。
 埴谷雄高のような著名人に限らず、ふつうに生きている人であっても、つきあう人たちによって異なる見方をされ、語られているのだろうなあ、ということを思うのである。

 また、直接の目的でないが、著者が意識して聴き取り書き抜いた、インタビュー対象の文学者や芸術家たちの、彼ら自身の創造の苦しみと喜びが肉声で語られている。これらを読むことができたのも、著者のおかげであるといえるだろう。
 人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ、と実感する。


■bk1書評「人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ」投稿掲載(2009年10月23日)






<書評への付記>

 書評本文にも書いたが、私は埴谷雄高(はにや・ゆたか)には何の思い入れもないし、その作品はおろか、文章の一節すら読んだことがない。本名が般若豊(はんにゃ・ゆたか)というのも本書で始めて知ったくらいである。こちらが本名だというほうがもっと不思議な感じだ。

 直接会ったこともないし、作品も読んだことのない私が、埴谷雄高というのはどういう人だったのか、と聞かれれば、有名だが一部の熱狂的な読者を除けば、あまり読まれるのことのない作家で、「誰からも愛され、誰も愛していなかった人だったのだろう」、と答えるしかないと思う。

 結局のところ、戦前に非合法活動で逮捕され、獄中を独房で過ごした経験があるとはいえ、彼の人生は基本的に"金持ちのお坊ちゃん"のものであった、といっても言い過ぎではないだろう。

 これは悪い意味でいっているのではない。経済条件は人間存在を規定するからだ。金持ちの家に生まれて、甘やかされて育ち、親から受け継いだ遺産を生きている打ちに使い切ったことは、見事といえば実に見事である。それも贅沢に費やしたというのではなく、自分に関わる人たちと飲み食いで楽しい時間を過ごし、若い人たちを励ましてきた生涯。太宰治と同様、金持ちの家に生まれたから、観念的に左翼運動に走ったのだろうし、金持ちの家に育ったから、日々の暮らしに汲々とすることなく、生涯ただ一つの長編小説『死霊』を書き続けることも出来たのだろう。

 これが明治時代だったら、夏目漱石の小説の主人公たちではないが、"高等遊民"とよばれた存在と何ら変わりない。"高等遊民"とは、金持ちの家に生まれたインテリにのみ可能な、人生の過ごし方であった。

 経済状態が人間の生き方そのものを規定する、という点にかんしては、経済が下部構造として意識のあり方を規定するという、まさにマルクス主義そのものである。

 ただし、金持ちの家に生まれて何不自由のない暮らしが保証されれば、埴谷雄高のような人ができるわけでもないだろう。本人に、志(こころざし)と持続する意志のチカラがあったことは間違いない。

 カネがあろうがなかろうが、自分で稼いだカネであろうがなかろうが、卑しくない人生を送りたいものである。人から変人と呼ばれようが、凡人と呼ばれようが。これはつまるところカネの使い方の問題であり、そしてその積み重ねが人生の軌跡となる。

 「カネは汚く稼いでキレイに使え」といった人もいる。どこで読んだのか正確には覚えていないが、日本で活動する、あるカトリック修道院の初代院長であった西欧人のコトバだったと思う。

 重要なのはカネの使い方であり、使用目的である。もちろんキレイに稼ぐ方がいいに決まってはいるが、金儲けそのものを否定しない点に、この発言をした神父には好感がもてる。

 一見すると散財としか見えないカネの使い方であっても、長い目で見れば意味をもってくることもありうる。極端に金儲けにこだわるのも、極端に金儲けを批判するのも正しいあり方ではない。人生にとってカネは重要だが、カネにこだわりすぎている点にかんしては、両極端にみえる見解も、実は同じコインのウラオモテに過ぎない。

 何事も、要はバランスである。そして中庸の道であろう。

                      



(2012年7月3日発売の拙著です)










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