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2014年8月31日日曜日

スティーブ・ジョブズはすでに「偉人伝」の人になっていた! ー 日本の「学習まんが」の世界はじつに奥が深い


そもそもが医者キライなので病院にいくことなどめったにないのですが、こないだ耳鼻科の専門病院にいくことを余儀なくされました。

綿棒で耳の中を突いてしまい、それから激しい痛みを感じるようになっていたからです。目や耳は「商売道具」なので、さすがに医者キライのわたしであっても行かざるを得ないと観念。専門医による診断結果は、傷口にカビが入り込んで、外耳が化膿しているということでありました。

とりあえずは状態と病因が判明したのに安心、耳に点耳薬(てんじやく・・聞き慣れないコトバだな)をさしてもらったあと、耳鼻科の待合室で精算を待っておりましたが、スマホをいじるのにも飽きたので本や雑誌のコーナーをみると、こんな本があることに気がつきました。

『小学館版 学習まんが人物館 スティーブ・ジョブズ-コンピュータと iPhone で世界を変えた天才起業家』(・・冒頭の写真)。小学生向けの学習まんがです。

おお、ジョブズはすでに「偉人伝」の人になっていたのか!

出版日は2013年10月とあるので、出版されてからそれほど日がたっているわけではありませんが、待合室に置かれたこの本は、すでに多くの人に読まれたようで、かなり手垢で汚れていました。ジョブズが56歳で亡くなったのは2011年、それからまだ3年しかたってません。

パラパラとページをめくって読んでみたら、ジョブズ死去のシーンからはじまり、わんぱくな少年時代から、ガレージでのマックの開発、自分が創業した会社からの追放、そして見事な復活など、じつに読ませる内容のマンガになってます。

小学生向けなので漢字にはすべて読み仮名が振ってあり、大人にはちょっとうっとおしい(笑) 

しかも、ページは左開きなので一般的な日本のマンガとは違って洋書マンガのスタイル。とはいえ、このスタイルにはとくに違和感を感じなかったのは不思議です。そういえば、日本でも絵本は左開きでしたね。

内容はひじょうに濃く、なんと Stay hungry, stay foolish などのジョブズの名言も英語原文つきで収録。なんとまあ、至れり尽くせりの内容です。

そういえば自分も子どもの頃は、野口英世やキュリー夫人の子ども向け伝記を読んで科学者を志したものだと思い出しながら、スティーブ・ジョブスは、いまの子どもたちには説得力のある「偉人」かもしれないと思った次第。いわば現代の発明王エジソンでしょうか。

と書いてきて思い出したのは、親から誕生プレゼントでもらった『古代への情熱』というシュリーマン自伝。トロイの遺跡を発掘したシュリーマンも、自分の夢を実現するために商人として成功し、自分の財産で遺跡を発掘した人でした。

じっさいのところ、商人として大成功したシュリーマンはミッドライフクライシス(=中年の危機)に陥って人生の目的を喪失した結果、第二の人生として遺跡発掘にのめり込んだらしい。これは伝記作家ロバート・ペインの解釈です。

そう考えれば、ジョブズのような「変人」も「偉人」なのだなあ、と(笑) 日本語には「奇人変人」というフレーズがありますが、「奇人」(きじん)と「偉人」(いじん)は韻を踏んでいるので、この両者を取り替えれば「偉人変人」となる(笑)

ジョブズもまた平穏な人生を送ったとは言い難い人。山あり谷ありの人生を送ったのは「変人」だったからであり、「変人」だったからこそイノベーションで世界を変え、死後は「偉人」となったわけですから。

以上、自業自得とはいえ、余儀なくされて訪れた耳鼻科の病院待合室でのエピソードでした。どんな場所でも、なにかしらかならず発見があるもの。

昔話の「わらしべ長者」ではありませんが、「転んでもタダでは起きない!」という教訓の話でもあり、「引き寄せ」の話でもあります。この本の「発見」は、ある種の偶然の結果であり、科学的発見の世界でよくつかうセレンディピティでありますね。

スティーブ・ジョブズの「偉人伝まんが」。子どもの誕生プレゼントにはピッタリかもしれません。きっとそのなかから「偉人」(=「変人」)が出てくることでしょう。「変人」こそ日本を救うのだ!

一人でも多くの小学生に読んでほしい「偉人伝」です。大人のみなさんは、ぜひそういう機会を子どもたちにつくってあげてほしいものです。

ジョブズの伝記マンガをチョイスするとは、わたしが訪れた耳鼻科の先生のセンスはすばらしい。

それにしても、日本の「学習まんが」の世界はじつに奥が深いなあ。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

小学館版 学習まんが人物館 スティーブ・ジョブズ (出版社サイト)
・・「小学生に大好評の【学習まんが 人物館】シリーズ、45冊目の最新刊は、世界的なアップルコンピュータを創業したスティーブ・ジョブズの伝記まんがです。 コンピュータとiPhoneで世界を大きく変えた天才起業家の物語です。 アップルを世界的な会社に育て、最終的には大成功した彼の人生は山あり谷ありでした。カリフォルニア州のシリコンバレーで育ったジョブズは、自宅のガレージ(車庫)で会社を創業し、パーソナルコンピュータで大成功しました。しかしその後、自分で作った会社を追い出されてしまいます。しかし、信念の人ジョブズは、一度は追い出されたアップルに返り咲き、経営難の同社を救います。『iMac』『iPod』『iPhone』『iPad』など、誰も想像すらできなかったような革新的な製品を世に送り出し、世界の多くの人のライフスタイル(生活様式)を大きく変えました。素晴らしい想像力で、美しく、優れた製品を発明し続けたスティーブ・ジョブズの情熱と夢を信じる心。天才起業家ジョブズの人生が成功に満ちたものではなく、信念を持ち、努力し続けた人であったことを本書は描いています。」(出版社による説明文)

スティーブ・ジョブズ (wikipedia日本語版)
・・1955年2月24日~2011年10月5日)とは、アメリカ合衆国の実業家。アップル社の共同設立者の一人。アメリカ国家技術賞を受賞している。


PS ダイアナ妃もすでに「偉人伝」の人になっていた

おなじく「小学館版 学習まんが人物館」として、『ダイアナ-恵まれない人びとに手をさしのべたプリンセス-』(石井美樹子=監修、いちかわ のり、小学館、1998)が出版されていた。

内容紹介には、「エイズ患者への支援や対人地雷禁止を訴え続けた悲劇のプリンセスの波乱に富んだ人生」、とある。

ダイアナ妃は「偉人」というよりも、「聖女」というべきか。

(2014年9月4日 記す)




<関連サイト>

日本人よ、全力で失敗して、自分を慰めろ! 漫画家 ヤマザキマリさん 第5回 (清野由美、日経ビジネスオンライン、2014年9月2日)
・・ヤマザキマリもスティーブ・ジョブズをマンガにしている。「変人」の存在が許される社会でなくなってしまっている日本が息苦しいのは当然だ。



<ブログ内関連記事>

グラフィック・ノベル 『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) が電子書籍として発売予定

巨星墜つ-アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死去 享年56歳 (1955 - 2011)

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!

三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズのタートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?!

カリスマが去ったあとの後継者はイノベーティブな組織風土を維持できるか?-アップル社のスティーブ・ジョブズが経営の第一線から引退

書評 『アップル帝国の正体』(五島直義・森川潤、文藝春秋社、2013)-アップルがつくりあげた最強のビジネスモデルの光と影を「末端」である日本から解明

映画 『最後のマイ・ウェイ』(2011年、フランス)をみてきた-いまここによみがえるフランスの国民歌手クロード・フランソワ
・・フランスを代表するこのスーパースターもまた「山あり谷あり」の人生

書評 『ユダヤ人が語った親バカ教育のレシピ』(アンドリュー&ユキコ・サター、インデックス・コミュニケーションズ、2006 改題して 講談社+α文庫 2010) ・・「レシピ1: 本をあげよう! 本でいっぱいの本棚を見せよう」

「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる

「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡」展(東京国立博物館)にいってきた
・・『近世畸人伝』にも登場する円空。江戸時代には「奇人変人」には寛容な風土が日本にはあったのだが・・・


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2009年10月25日日曜日

書評 『変人 埴谷雄高の肖像』(木村俊介、文春文庫、2009 単行本初版 1999)-人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ




■人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ■

 単行本のタイトルは 『奇抜の人』 だったという。

 文庫版のタイトルは 『変人』。これは実にインパクトがある。

 立花隆が東大教養学部でゼミをもったあと、『東大生はバカになったか』(文藝春秋)なんてタイトルの本を出したが、この著者の木村俊介氏はまったくの例外というか、立花隆も折り紙付きの出来であった学生らしい。

 この本を読む限り、インタビューにかんしては、むしろ立花隆よりはるかに上なんじゃないのかな、という気さえするのである。よくここまで相手の心を開かせて、これだけの内容を聴き取ったものだ、と。

 文庫版の著者あとがきによれば、『変人』というタイトルへの変更は、出版社というよりも著者自身の思いが反映しているようだ。
 「・・企画を始めて感じた「うわ、こんな人がいたのか」という印象を前面に出してみたい、と文庫化にあたって題名を『変人』にさせていただいた」、と。

 この本は、埴谷雄高(ハニヤ・ユタカ)という作家について、身近に接していた近所の人から始まって、交友関係のあった作家や芸術家、そしてその子供たち、熱烈な読者だった現役の作家やミュージッシャンなど総勢27人に行った、ロング・インタビューを一書にまとめあげたものである。
 一人あたり数時間、あるいは何回にもわけてインタビューが行われただけでなく、実際にインタビューを行った数はさらに多いという。やむなく27人に限定した、という。

 私は、埴谷雄高をハニヤ・ユタカと読む変わった名前の作家だ、ということぐらいは知っていたが、正直いって彼が生涯にわたって書き続けて、しかも未完に終わっている 『死霊』 という長編小説も読んだこともないし、おそらく今後も読むこともないと思う。
 また、世代からいっても、左翼の立場にたった彼の政治論文をまったく読んだこともない。つまり、この本を読むまで埴谷雄高という人が、何をしてきた人なのかほとんど何も知らなかったのである。つまり何の思い入れもないのだ。

 しかし、この『変人』というタイトルに惹かれて読み出したら、やめられなくなってしまった。
 埴谷雄高という人が、あまりにも「変な人」だったからだ。でもこれは、むしろ最大のほめコトバとして使っている。面白すぎるのだ。
 多くの人に愛され、しかし誰も愛していなかった人、そういう印象が読後感として残っている。

 著者がなぜ埴谷雄高という人について、関係者インタビューを始めたのか明確に語っていないのでよくわからないが、インタビューを続けるうちに、もっともいろんな人に話を聞かねばならない、と思ったらしい。
 その結果が、このポリフォニー(多声音楽)ともいうべき作品に仕上がっている。インタビュー対象となった27人が、それぞれの視点で埴谷雄高という人について語る。これは文字通りの"複眼"である。
 埴谷雄高のような著名人に限らず、ふつうに生きている人であっても、つきあう人たちによって異なる見方をされ、語られているのだろうなあ、ということを思うのである。

 また、直接の目的でないが、著者が意識して聴き取り書き抜いた、インタビュー対象の文学者や芸術家たちの、彼ら自身の創造の苦しみと喜びが肉声で語られている。これらを読むことができたのも、著者のおかげであるといえるだろう。
 人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ、と実感する。


■bk1書評「人の話を聞く、ということもまたクリエイティブな行為なのだ」投稿掲載(2009年10月23日)





<書評への付記>

 書評本文にも書いたが、私は埴谷雄高(はにや・ゆたか)には何の思い入れもないし、その作品はおろか、文章の一節すら読んだことがない。本名が般若豊(はんにゃ・ゆたか)というのも本書で始めて知ったくらいである。こちらが本名だというほうがもっと不思議な感じだ。

 直接会ったこともないし、作品も読んだことのない私が、埴谷雄高というのはどういう人だったのか、と聞かれれば、有名だが一部の熱狂的な読者を除けば、あまり読まれるのことのない作家で、「誰からも愛され、誰も愛していなかった人だったのだろう」、と答えるしかないと思う。

 結局のところ、戦前に非合法活動で逮捕され、獄中を独房で過ごした経験があるとはいえ、彼の人生は基本的に"金持ちのお坊ちゃん"のものであった、といっても言い過ぎではないだろう。

 これは悪い意味でいっているのではない。経済条件は人間存在を規定するからだ。金持ちの家に生まれて、甘やかされて育ち、親から受け継いだ遺産を生きている打ちに使い切ったことは、見事といえば実に見事である。それも贅沢に費やしたというのではなく、自分に関わる人たちと飲み食いで楽しい時間を過ごし、若い人たちを励ましてきた生涯。太宰治と同様、金持ちの家に生まれたから、観念的に左翼運動に走ったのだろうし、金持ちの家に育ったから、日々の暮らしに汲々とすることなく、生涯ただ一つの長編小説『死霊』を書き続けることも出来たのだろう。

 これが明治時代だったら、夏目漱石の小説の主人公たちではないが、"高等遊民"とよばれた存在と何ら変わりない。"高等遊民"とは、金持ちの家に生まれたインテリにのみ可能な、人生の過ごし方であった。

 経済状態が人間の生き方そのものを規定する、という点にかんしては、経済が下部構造として意識のあり方を規定するという、まさにマルクス主義そのものである。

 ただし、金持ちの家に生まれて何不自由のない暮らしが保証されれば、埴谷雄高のような人ができるわけでもないだろう。本人に、志(こころざし)と持続する意志のチカラがあったことは間違いない。

 カネがあろうがなかろうが、自分で稼いだカネであろうがなかろうが、卑しくない人生を送りたいものである。人から変人と呼ばれようが、凡人と呼ばれようが。これはつまるところカネの使い方の問題であり、そしてその積み重ねが人生の軌跡となる。

 「カネは汚く稼いでキレイに使え」といった人もいる。どこで読んだのか正確には覚えていないが、日本で活動する、あるカトリック修道院の初代院長であった西欧人のコトバだったと思う。

 重要なのはカネの使い方であり、使用目的である。もちろんキレイに稼ぐ方がいいに決まってはいるが、金儲けそのものを否定しない点に、この発言をした神父には好感がもてる。

 一見すると散財としか見えないカネの使い方であっても、長い目で見れば意味をもってくることもありうる。極端に金儲けにこだわるのも、極端に金儲けを批判するのも正しいあり方ではない。人生にとってカネは重要だが、カネにこだわりすぎている点にかんしては、両極端にみえる見解も、実は同じコインのウラオモテに過ぎない。

 何事も、要はバランスである。そして中庸の道であろう。

                      

 
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