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2009年10月12日月曜日

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた




 マンガ家・石ノ森章太郎による『マンガ 日本経済入門』(日本経済新聞社、1986)は、1985年のプラザ合意に始まった円高、自動車産業をめぐってヒートアップしていた日米経済戦争を背景に、日本人ビジネスマンを主人公として、国際経済のなかの日本を解説した本である。

 当時のベストセラーになったのは、まだマンガで本格的に経済を解説した本がなかったからだろう。

 もちろん、「サイボーグ009」や「仮面ライダー」で有名なマンガ家のタッチは、経済マンガにふさわしいものであった。

 この本が1988年には、JAPAN INC.: Introduction to Japanese Economics (Comic Book) というタイトルで、米国で翻訳され出版されている。『ジャパン・インク』とはいわゆる『日本株式会社』のことである。

 この本は、私が米国に暮らしていた 1991年(?)に入手したB5サイズのペーパーバックで、313ページのマンガはセリフが英語に翻訳されて、日本語版とは反対の左開きになっている。ニヤリ、といった日本語の擬音はそのまま描き直しなしで日本語表記のまま描かれている。

 ここまではマンガの英語版としてはごくごく普通の話だが、英語版の出版元が University of California Press(カリフォルニア大学出版局)というのが驚きだ。単なるマンガ本の英語版という位置づけでなく、日本研究の重要資料として出版しているのである。

 この当時は、前にも書いたがソ連崩壊前夜で、日本が米国の仮想的(?)--少なくとも経済の面では--として浮上してきた頃である。


 裏表紙には日本研究で有名なチャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson)が推薦文を寄せている。

 また、ノンフィクション作家・ドウス昌代氏の夫である Peter Duus スタンフォード大学教授はイントロダクションを執筆しており、日本におけるマンガの位置づけや、手塚治虫から始まる戦後日本マンガ史、1980年代以降の教育マンガや実務マンガというジャンルについて解説している。
 
 1988年時点は、日本のマンガやアニメは、とくに理工系大学の同好会で熱烈に受け入れられていたようだが、広く一般に受け入れられたという状況ではなかったようだ。M.I.T.(マサチューセッツ工科大学)でロボット工学(Robotics)を専攻する学生は、専門論文を読むために日本語を勉強しているらしいという話をその当時聞いたことがある。

 一般の米国人は、その当時は(・・いまでもおおかたそうだろうが)、われわれが"アメコミ"(・・アメリカン・コミックスの略称)といってる、ペラペラの紙にカラーで印刷された小冊子を読んでいた。Batman とか Spiderman、Superman というタイトルが有名だが、待合室などにおかれていたのを記憶している。

 アメコミは、セリフが多すぎて読みにくいので、正直いって私は好きじゃない。

 というより、マンガ王国に生まれた日本人は、ものごころついたときからドップリと日本のマンガに浸かって育っているので、"日本のマンガが国際標準である"とおそらく無意識のうちに信じて疑わないのである。当然であろう。

 経営戦略論の大御所・マイケル・ポーター(Micahel Porter)流にいえば、日本におけるマンガ産業は、日本国の比較優位(competitive advantage of Japan)の一つであると表現するところだろう。


マイケル・ポーター教授の『国の競争優位』

  The Competitive Advantage of Nations は、ちょうど私がM.B.A.コースにいた1990年に初版が出版されたものだが、私が受講したある授業では、授業前に1章分100ページ近く事前に読了しておくことが求められていたので実に大変だった。

  おかげでこの900ページ近い大著を、出版されてばかりの段階で、全部ではないが読むことになったのは、非常に幸いなことだった。



 内容は非常に面白い。ある特定の国が置かれている外部環境と、その国の内部環境を歴史地理的に分析することで、その国のある特定の産業が、なぜ国際的に優位性をもっているかを説明したものである。

 とくに、日本についての章は、一橋大学の竹内弘高教授が共同執筆者となっており、読み応えがある。

 他の国も、それぞれの国の経営学者が共同執筆者になっているので、米国人が一方的に分析したものでない内容豊かなものになっている。なかでも、ハイテク立国ドイツ産業の弱みに関する指摘がとくに印象に残っている。

 同じ時期に出版された経営学の古典として紹介しておこう。ポータ教授のこの著書は、現在でも入手可能なロングセラーである。


「日米経済戦争」はもはや「歴史の一ページ」か?

 ちなみに石ノ森章太郎の『マンガ 日本経済入門』は、オリジナル日本版は「パート3」まで出版されているが、単行本も文庫本も含めて品切れ状態である。アップトゥデイトな内容ではなくなって久しいので当然であろ。

 英語版は現在でも入手可能である(*)。日本研究書としての意味がまだ残っているのだろうか。それとも石ノ森章太郎のファンが買っているのだろうか。        

                
*(注) この記事を書いた5年後の2014年現在は、残念ながらすでに絶版のようだ。



PS 読みやすくするために改行を増やし、一部加筆を行った。また、写真を大判に変更した。あらたに<ブログ内関連記事>を付け加えた。 (2014年5月12日 記す)。



<ブログ内関連記事>

フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃、多くの関連本が出版されていた-『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988)

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった (2010年7月)

レンセラー工科大学(RPI : Rensselaer Polytechnic Institute)を卒業して20年 (2012年5月)

『レッド・オクトーバーを追え!』のトム・クランシーが死去(2013年10月2日)-いまから21年前にMBAを取得したRPIの卒業スピーチはトム・クランシーだった

「急がば回れ」-スイスをよりよく知るためには、地理的条件を踏まえたうえで歴史を知ることが何よりも重要だ
・・「現代の巨大多国籍企業がなぜスイスに生まれたかを知るには、経営学者マイケル・ポーターの『国の競争優位 上下』(ダイヤモンド社、1992)のスイスの項を読めば参考になるだろう」

書評 『ニシンが築いた国オランダ-海の技術史を読む-』(田口一夫、成山堂書店、2002)-風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求
・・「戦略論の大家である経営学者のマイケル・ポーターには、『国の競争優位』(The Competitive Advantage of Nations)という大冊の名著がある。しかし、日本やスイスが取り上げられていながら、残念なことにオランダやイスラエルは取り上げられていない。その意味では風土と技術の関連からオランダをくわしく取り上げた本書は、きわめて貴重な本であるといっていいかもしれない。ポーターの本とあわせて読むといいだろう」

(2014年5月12日 項目新設)
(2014年8月31日 情報追加)


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