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2021年5月2日日曜日

ロープシンの『蒼ざめた馬』― 20世紀初頭ロシアのテロリストのサヴィンコフがペンネームで書いた作品

 

「テロリストといえばイスラム」と盲目的に連想してしまう人が多いだろう。アル・カーイダによる「9・11」の同時多発テロ(2001年)以降のことであるが、それはソ連のアフガン侵攻(1979年)に始まった一連の出来事から生まれてきたものだ。

だが、かつて日本でも、1930年代においては、「昭和維新」なるスローガンのもとに、要人を狙ったテロが頻発した。「戦後」も1960年頃まではテロが行われている。

右翼少年によって社会党の浅沼委員長が刺殺された事件がもっとも有名なものである。また、アナキズム系左翼による三菱重工業本社ビル爆破事件などの爆破テロや、赤軍派によるテルアビブ空港乱射事件なども行われた。

「昭和維新」とは、「明治維新」を先例とした名付けである。「明治維新」に至る幕末は、テロの時代であった。日本においては、幕末の「志士」こそテロリストの原型であったのだ。


つまり、テロやテロリストは、けっして日本の風土とも無縁ではないのである。

自らの思想や政治的な信念を、非暴力的な対話ではなく、暴力で実現しようとするのがテロリストのマインドセットである。「テロリスト」とは、「テロ」ないしは「テロル」を実行する人物のことを意味している。

「テロ」(テロル terror)とは、日本語では「恐怖」を意味することばだ。殺人を含めた破壊行為を見える形で行うことで、直接被害にあわなかった人びとに「恐怖」を与えることを目的にした行為のことである。

近代的な意味における「テロ」が、はじめて登場したのは「フランス革命」である。アナトール・フランスの小説のタイトル『神々は渇く』に表現されたように、革命は流血をともなうものである。しかも、それは凄惨なテロをともなうものだ。

「テロ」が政治的手段としてつかわれるようになったのは、ロシア帝国の専制政治体制に対する抵抗運動からだが、「テロリストといえば、ロシアの革命家たち」であった。



■テロリストには「彼らなりの大義」があった-「勝てば官軍、負ければ賊」

テロリストというのは、じつにむずかしい存在だ。どいうことかというと、どんなひどいテロ行為であっても、「勝てば官軍」という要素があるからだ。テロは悪か正義か、立場によってまったく異なる評価がされるのはそのためだ。

もちろん、「イスラム国」のテロリストが残虐でかつ卑劣であることは言うまでもない。しかし、かれらにはかれらの大義やロジックが存在する。かれら以外には、とうてい受け入れがたい価値観であるとしても、彼らにとっては「大義」なのである。これはきわめて重要なポイントだ。

アルジェリアがフランスから独立するための戦争を行っていたのは、1954年から1962年にかけての8年間だが、独立派の手法は爆弾による一般市民への無差別攻撃という都市型テロそのものである。

『アルジェの戦い』(1966年、イタリア、アルジェリア合作)という有名な映画がある。トレーラーだけでも見ておくといいと思う。日本でも公開されて高く評価されたらしいが。都市型テロそのものである。カフェが爆破されるシーンは圧巻だ。




もしこの独立戦争が失敗に終わっていたら、独立運動もテロ以外のなにものでもなかったという評価がくだされたことだろう。

「ならぬものはならぬ」というのは会津の教えだが、テロ行為もまた「ならぬものはならぬ」と言い切ることが必要だ。「価値観」による経営が大事だと、わたしはつねづね言っているのだが、しかしその価値観が世の中の価値観に反するものであってはならない。

明治維新の元勲であった伊藤博文もまた元テロリストであった。革命家やテロリストは、あくまでも結果論によって評価が生まれる。

そしてその伊藤博文は、朝鮮人テロリストの安重根(アン・ジュングン)によって満洲の哈爾浜駅で射殺された。安重根の評価が日韓で真逆となっているのも、当然といえば当然だろう。

たとえ大義がただしいとしても、失敗した革命は、歴史の表舞台に登場することはなく葬り去られる。伊藤博文も安重根も、ともに「成功」したテロリストであったからこそ歴史に名をとどめているのである。


■テロリストの「かなしき心」を語った詩人がいる

石川啄木の名前を聞いたことのない日本人はあまりいないだろう。啄木といえば歌人という連想がでてくるはずだ。「我泣き濡れて 蟹とたはむる」というフレーズくらいは耳にしたこともあるだろう。

だが、啄木は歌人であるだけでなく詩人でもあったことを知っている人は、少ないかもしれない。

その石川啄木にはこんな詩がある。詩人としてのテーマは、歌人としてのテーマと重なるものがある。なお太字ゴチックは、引用した私によるものだ。


ココアのひと匙 一九一一・六・一五・TOKYO

われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷(さ)めたるココアのひと匙(さじ)を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触(したざはり)に、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。


ちょうど110年前の1911年の作品だ。1911年6月15日前後に集中している。「大逆事件」でもっとも有名な「幸徳事件」(1910年)に触発されて作成された? 関係者は翌年1911年1月に処刑されている。

詩集の「呼子と口笛」からの引用は、ネットで無料公開されている「青空文庫」による。この一連の作品は「連作」として、ぜひつづけて全部読むことを薦めたい。

「ヴ・ナロード V NAROD」(=人民のなかへ!)と叫んだロシアの革命家ナロードニキたちのことから始まり、日々の仕事に疲れた勤労少年が、手に入れることのできない夢や希望を意味しているのであろう、空を飛ぶ飛行機を見上げる姿を詩った「飛行機」という詩で終わる。

ロシアでは、啄木が書いているように、1911年の50年前の1860年代に社会運動家のナロードニキたちによる「ヴ・ナロード運動」が行われたが、知識人や学生によるアタマでっかちな運動は農村では受け入れられることはなく挫折に終わっている。

皇帝アレクサンドル2世のもと、ストルイピンの政策によって「農奴解放」が1861年に実行に移されたものの、農民の意識と知識階層のズレはきわめて大きかったのである。そして、改革の不徹底が、テロリストを生み出す遠因となったのであった。

啄木の「はてしなき議論の後  一九一一・六・一五・TOKYO」も見ておこう。啄木が言及しているのは 「ヴ・ナロード運動」を唱えたロシアのナロードニキたちのことである。


はてしなき議論の後  一九一一・六・一五・TOKYO 
われらの且(か)つ読み、且つ議論を闘たたかはすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。 
われらは何を為なすべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたる拳こぶしに卓をたたきて、
 ‘V NAROD!’ と叫び出いづるものなし。


「われらは何を為なすべきか」は、レーニンも愛読していたという、ナロードニキのチェルヌイシェーフスキーの『何をなすべきか』(1863年)のことをさしているだろうか? 「五十年前の露西亜の青年」たちが読みふけった小説である。

だが、啄木がこう書いた1911年の時点では、チェルヌイシェーフスキーの日本語訳は登場していなかったようだ。あるいは英訳本が念頭にあったのだろうか?


■かつてのテロの本場は帝政末期のロシアであった

日露戦争後に「血の日曜日事件」(1905年1月9日)が勃発したあと、社会革命党(エスエル)戦闘団の党員たちによるセルゲイ大公爆殺(1905年2月17日)が決行される。

暗殺事件の詳細については、エスエル戦闘団を指揮したサヴィンコフによって『テロリスト群像』に描かれている。馬車で移動していたセルゲイ大公は爆殺された。




暗殺決行前夜の心理状態については、サヴィンコフはペンネームのロープシン名義で『蒼ざめた馬』に描いている。テロの実行者は逮捕されて処刑、仲間2人は自殺し、サヴィンコフ1人が生き残ったのである。

たしかに啄木が詩うような「かなしき心」ではあるものの、テロ実行者の内面の空虚としかいいようのないニヒリズムを感じないわけにはいかない。大義のために人を殺す。その意味に耐えきれない、意味を見出せないテロリストも人の子である。

ロープシンの『蒼ざめた馬』は、かつて日本でも一世を風靡した作品である。「蒼ざめた馬」とは「青い馬」のことであり、出典は『ヨハネ黙示録』6章8節である。

1960年の安保闘争後に現代思潮社で編集者であった陶山幾朗氏の『「現代思潮社」という閃光』(現代思潮新社、2014)には、ロープシンの『蒼ざめた馬』をめぐる晶文社との出版競争の話がでてくる。

全共闘世代によく読まれたようで、異端の文献を発掘し、出版し続けた現代思潮社から出版されていた単行本は、いまでも早稲田あたりの古本屋なら簡単に見つけることができるはずだ。1960年代に出版された単行本が日焼けしてほこりをかぶったまま棚の上方にささったままになっていることだろう。




岩波現代文庫から2007年に復刊されて、ふたたび簡単に入手できるようになった。私はこの岩波現代文庫版ではじめて読んでみたが、テロリストの心理について知るためには第一級の作品であることは間違いないと思う。

岩波文庫版の内容紹介を引用しておこう。

秋の夜が落ちて、星が光りはじめたら、わたしは最後の言葉を言おう―20世紀黎明のロシアの漆黒の闇を、爆弾を抱えて彷徨するテロリストたちの張り詰めた心情と愛と孤独。社会革命党(エス・エル)戦闘団のテロ指導者サヴィンコフがロープシンの筆名で発表した終末の抒情に富んだ詩的小説は、9・11以後の世界の黙示録である。


その後のサヴィンコフについては、『黒馬を見たり 附サヴィンコフの告白』(ロープシン、川崎浹訳、現代思潮社、1968)に記されている。残念ながら、こちらは岩波文庫から復刊はされていない。



1917年の革命ののち、ボルシェヴィキに反対して「ロシア内戦」においては白軍の武装蜂起を指導し、その後は亡命生活を送っていたが、ボルシェヴィキにはめられてソ連に入国後に即逮捕。最期は投身自殺という数奇な運命をとげている。

サヴィンコフにかんしては、芦田均元首相が外交官時代のモスクワ駐在中にロシア革命を現地で体験し、サヴィンコフとパリで面会したことが、回想録の『革命前後のロシア』(自由アジア社、1958年)(*)に記されている。革命干渉戦争が行われている際、サヴィンコフはコルチャーク提督のオムスク政府の代表の1人となっていた。

(*)初版のタイトルは『革命前「夜」のロシア』(1950)であった。『革命前「後」のロシア』はその増補版である。




芦田均によれば、「サヴィンコフはロシア人としては小柄な物静かな男であった。髭のないとがった顔は蒼白な皮膚に小皺が目立った。話すときには低い声でゆるゆると、しかしはっきりと歯切れの良い口調であった。何とはなしに腹に一物ある曲者であることを思わせた」とある。

面会する前にはすでに、ロープシン名義の『蒼い馬』をロシア語の家庭教師について読んでいたそうだ。

『ロシア革命前後』には「ロシアのテロリスト」という1章があるが、サヴィンコフについては5ページを割いて、その最期にかんしても記している。よほど印象に残る存在であったのだろう。


■啄木はロシア革命を知ることなく逝った

ロシアの帝政が倒れたのは第1次世界大戦中の1917年のことであった。そのとき、啄木はすでに亡くなっていた。啄木が亡くなったのは、「呼子と口笛」に収録された一連の詩が書かれた翌年の1912年のことである。

石川啄木が詩人として語っていることは、大塩平八郎を礼賛した三島由紀夫とどれだけ違うというのだろうか?? 

政治的立場の違いはあれ、ともに「知行合一」をモットーにしていた点に違いはない。


  


<ブログ内関連記事>

 



・・「火薬陰謀事件」(1603年)という世界史上初の大規模テロ未遂事件の主人公顔フォークスにヒントを得たアンチヒーロー転じた監視社会と戦うヒーロー

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 
・・「われは知る、テロリストのかなしき心を-」(石川啄木)

書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する
・・「人間の欲望に突き動かされ、意志を乗り越え、制御不能となる暴走するマネー。マネーに蹂躙され、失われる倫理観。暗殺というテロリズムの横行。それが「昭和恐慌」の時代であり、その後、破滅に向かって突き進んでいった日本なのであった」

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた
・・「エコ・テロリスト」たちの言動をかれらの視点から描いたドキュメンタリー映画

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・「「1968年世代」の中心にあった「ドイツ赤軍」の、1967年から10年にわたる過激な革命運動に焦点を当てた、ドキュメンタリー映画とも見まごうような2時間半の大作」

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い


「ドイツ表現主義」の画家フランツ・マルクの「青い馬」

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する
・・「原発事故の起こった土地の名前であるチェルノブイリとは、ウクライナ語では「にがよもぎ」という意味だそうだ。しかも、その「ニガヨモギ」は『黙示録』に出てくるのだと」


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2021年4月20日火曜日

書評『プーチンとロシア革命 ー 百年の蹉跌』(遠藤良介、河出書房新社、2018)ー「上からの改革」は機能不全。プーチンは「ロシア革命」の再来を恐れている

(カバーに並ぶのはプーチンとスターリン) 


 
「帯の裏」には「ロシア革命は終わっていない」という1行のフレーズが掲載されている(*上掲の写真を参照)。このフレーズが刺さるのだ。

「未完のロシア革命」などというと、革命推進の立場に立つ運動家の主張に聞こえかねないが、立場がどうであれ「ロシア革命は終わっていない」という問題提起というか歴史観は、現代ロシアが抱える諸問題の根底になにがあるか示唆してやむことがない。 

「ロシア革命」は、「二月革命」と「十月革命」という1917年に二度にわたる革命のことだが、ロシア革命から100年にあたる2017年には、現在のプーチン率いるロシア政府は、なんの総括も行わなかったのである! この事実に注目する必要がある。 

プーチンは、「ロシア革命」の再来に恐怖を感じているのだ。プーチンは「二月革命」は評価していても、のちの共産党となったボリシェヴィキによる「十月革命」には否定的であるという。 

ソ連時代には KGB将校であったにもかかわらず、共産主義を肯定しているわけではないのである。つまり「プーチンのロシア」とは「共産主義なきソ連」である。強権による権威主義体制であるが、共産主義を志向しているのではない。 


■プーチンが賞賛しているのは帝政ロシア末期の宰相ストルイピン

プーチンは、帝政末期の政治家ストルイピンを賞賛しているという。ストルイピンは、「血の日曜日」事件を発生させた「日露戦争」(1905年)後に実行された「ストルイピン改革」として名前を残している。

(ピョートル・ストルイピン 1862~1911 Wikipediaより)


ストルイピンは宰相として「農奴解放」などさまざまな「社会改革」を実行したが、ストルイピンは過激派によって暗殺され、残念ながら改革は不徹底なものに終わってしまった。 

「ロシア革命」は、ストルイピン改革が不徹底なものであったから引き起こされたのである。 


■プーチンが評価しているのはレーニンではなくスターリン

しかも、「十月革命」を主導した「ボリシェヴィキ」(多数派)はじつはロシアを幅広く代表した「多数派」ではなく、急進的な変革を求めた中央の少数の革命エリートによって断行されたクーデターがその本質である。 

だから、プーチンはレーニンを評価していないのである。むしろスターリンを高く評価しているのは、スターリンがきわめて多大な犠牲を出しながらも「独ソ戦」(いわゆる「大祖国戦争」)で勝利を導いたからだ。この点はきわめて重要だ。だから、5月9日の対独戦勝記念日がなによりも重要なイベントなのである。

ストルイピンとスターリン、この2人に共通するものは何かを考えてみたいものだ。 

「ロシア革命」は、急進的な変革を求めた中央の少数のエリートによるものであった。現在の「民主化運動」もまた、欧米の指示を受けた中央の少数のエリートのものであることは否定できない。 

地方で暮らす大多数のロシア人が、ソ連崩壊後の大混乱と苦境は思い出したくもない、なによりも安定を願っていることは、米国人ジャーナリストによる『プーチンの国-ある地方都市に暮らす人々の記録』(アン・ギャレルズ)に描かれているとおりだ。  

自由は制限しながらも安定を与えてきたプーチンの人気が高いのはある意味では当然なのだが、かといってまったく問題がないわけではない。 

結果として「ロシア革命」(1907年)を招くことになった「ストルイピン改革」と同様(・・あるいはそれ以下かもしれない)、改革を先送りしたツケが回ってきており、もはや「上からの改革」は機能不全となっているのだ。

「痛みを伴う改革」など、もはや不可能な状態にあるわけだ。 このような状態において、プーチンが、民主化運動家に異常なまでに神経質であるのは、当然といえば当然なのである。 

プーチンは、あるいはその後継者は強権的な手法でこの状態を乗り切れるのか、あるいは、ふたたび100年前とおなじように「中央の少数のエリート」主導の「革命」となるのか。

「民主主義」が定着しなかったロシアの将来は不安定となりそうだ。 


(画像をクリック!)


目 次 
前書き 「革命」は終わっていない
プロローグ 蘇る独裁者の亡霊
Ⅰ 攻防…改革か革命か 
 第1章 プーチンが敬愛する首相
 第2章 日露戦争と革命運動
Ⅱ 怒涛の1917年
 第3章 レーニンとライバルたち
 第4章 帝政崩壊からの急展開
Ⅲ 革命が生んだ矛盾
 第5章 潰えた希望、流血へ
 第6章 内戦と干渉、ハイブリッド戦の源流
 第7章 無秩序への鉄槌
Ⅳ 血塗られた独裁者
 第8章 大粛清の嵐
 第9章 少数民族の命運
 第10章 スターリンの戦争と日本
 第11章 北朝鮮擁護の原点
Ⅴ ソ連の根深き病巣
 第12章 みせかけの安定
 第13章 プーチンの悲哀
エピローグ 変わらぬ専制の国


著者プロフィール
遠藤良介(えんどう・りょうすけ)
1973年、愛媛県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシア東欧語学科卒。同大学院地域文化研究科博士前期課程修了(国際学修士)。1999年、産経新聞入社。横浜総局、盛岡支局、東京本社編集局整理部、外信部を経て2006年12月からモスクワ支局。2014年10月から同支局長。2018年10月から外信部編集委員兼論説委員。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


PS 新聞記者が書いた本から抜けない新聞文体 

著者は、モスクワ駐在11年の産経新聞記者。その集大成が本書であり、産経新聞の長期連載をもとにまとめたものだという。 

重要な論点を含んだ内容だが、単行本化にあたって再編集が十分に行われていないために、新聞文体が抜けきってないのが残念であった。

新聞と単行本は、異なるメディアであることに、もっと留意すべきではないだろうか? それとも、新聞記者には無理な相談なのだろうか?


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2013年11月2日土曜日

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業



「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)がすばらしい! 

第1回放送が2013年11月1日(金)から始まりましたが、この授業は全6回をTVにかぶりつきで「参加」したいという気持ちにさせられます。それだけ内容の充実した1時間なのです。

ダイアローグ(=対話)をベースにしたワークショップ型の授業であり、授業をリードするハイフェッツ教授はリーダーシップ研究30年(!)というキャリアの持ち主。しかも授業に参加している学生は社会人であり多士済々。

いずれもリーダーシップ経験をもった人たちが世界各国から集まっている学生なので、ワークショプで展開されるのは、まさに教師と学生たちのあいだの真剣勝負の世界。

これが大学学部の授業と専門大学院の授業の違いなのです。

専門大学院はプロフェッショナルスクール(professional school)のこと。アメリカではロースクール(法科大学院)、ビジネススクール(経営大学院、いわゆるMBA)、メディカルスクール(医科大学院)、それにディヴィニティスクール(神学大学院)などがあります。

いずれも社会で活躍するプロフェッショナルを育成するのが目的ですが、アメリカでは学部でリベラルアーツ(・・いわゆる教養教育)をしっかり行ったうえで、社会にでて問題意識をもった人が専門能力を身につけるために専門大学院でみっちり鍛えられるというという仕組みが確立しています。

学部生をアンダー・グラジュエイト(undergraduate)というのは、大学院生(graduate)を基準にした言い方です。専門教育は大学院が中心となるからです。

今回の「白熱授業」の舞台であるハーバード大学ケネディスクールは行政大学院です。取得できる学位は Master of Public Administration(公共管理学修士)。ビジネススクールは Master of Business Administration(ビジネス管理学修士)。P と B の違いです。

行政大学院は公共政策分野で活躍するプロフェッショナルを養成するのが目的で設置された大学院で、ケネディスクールの名称は言うまでもなくケネディ大統領から来ています。世界各国から政治家や外交官が集まって研鑽を積んでいます。

今回のワークショップでも、アジア各国の地方政治家や「国境なき医師団」で働いている医師、アメリカ海軍軍人など、さまざまなバックグラウンドをもった一家言をもつ学生が集まっていますが、こうしたダイバーシティ(=多様性)をもった人たちが集まって対話を重ねることに意味があるのです。

それが現実の社会だからです。アメリカ海軍軍人の発言にみられたような、同質性の高い組織に属していたのではけっして得られないことを、参加者どうしで学びあうことができるのです。「学び」にとって、こうした多様性のある環境は最高といっていいでしょう。

とはいえ、多様性のある集団に対してワークショップ型の授業を行うというのはじつに難しい。教師の力量が問われるのはまさにこういうタイプの授業なのです。教師自身にファシリテーション能力とすぐれたリーダーシップ能力がないと、多様性のある人間集団を導いていくことはできません。

その意味では、この授業そのものがリーダーシップの実践である。そういった観点で「参加」しながら視聴すべき番組であるといっていいでしょう。リーダーシップは知識(ナレッジ)ではなく、実践(プラクティス)においてこそ意味をもつのです。




では「番組概要」をNHK・Eテレのサイトから引用しておきましょう。

「リーダーシップの必要性、リーダーの不在がいわれて久しい。しかし、そもそもリーダーシップとは何なのだろうか?
ハイフェッツ教授はまず「権威とリーダーシップは別物である」と言う。
私たちが暮らす現代社会は、複雑に入り組んでおり、権威の存在なしには機能することは不可能である。しかし、ときには人は難題に立ち向かうために、権限を越えてリーダーシップを発揮する必要がある。権限の制約を乗り越えて人々を動かし、協力する必要があるのだ。
世界が多くの難問を抱えている今だからこそリーダーシップとは何なのか、あらためて問い直すことから番組はスタートする。(*太字ゴチックは引用者=わたし)


授業は全6回連続。授業のタイトルは現時点では以下のようになっています。

●第1回 リーダーシップとは何だ?(2013年11月1日)
●第2回 リーダーシップは素質ではない!(2013年11月8日)
●第3回 大統領はなぜ失敗したのか (2013年11月15日)
●第4回 1%の変革が世界を変える(2013年11月22日)
●第5回 難題と向き合おうじゃないか (2013年11月29日)
●第6回 世界が君を待っている (2013年12月6日)


白熱教室もオックスフォードのつぎはケンブリッジかな(?)と思ってたらふたたびハーバードに戻りったわけですね。

とはいえ、よくよく考えてみたら、ハーバード大学はマサチューセッツ州ケンブリッジ(Cambridge, MA)にあるので、オックスフォードの次はケンブリッジという想定は間違えではなかったわけか・・。

それはさておき、ビジネス世界に限定されない、真のリーダーシップを「参加」型で学べる授業です。変革のリーダーシップの本質は何かを知ることのできるワークショップです。

最後まで欠席することなく視聴してほしいものです。リーダーシプは当事者意識をもって自分の問題として受け止めることが大事なのです。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)

ハーバード・ケネディスクール(Harvard Kennedy School) (wikipedia日本語版)

Ronald A. Heifetz(ロナルド・ハイフェッツ) (wikipedia英語版)
・・ハイフェッツ教授については英語版のwikipediaはあっても、日本語のものがないのは残念。今回の番組をつうじて日本での知名度が上がることを期待したい。ハイフェッツというと有名な音楽家の名前だが、本人も授業のなかでみずから語っていたがユダヤ系であり、音楽の造詣も深い人である。
もともとは精神科医としてキャリアを開始した人だ。医者としての原点は第三回のワークショップでもかなり突っ込んで語られていた。医学の限界を感じて、医者から政治家や革命家などリーダーに転進する人は少なくない。日本でいえば後藤新平がそうだし、中国革命の父である孫文もそうであった。みずからの事業拡大のために政治家になる医者もいるが、それが果たして真のリーダーといえるどうかは大いに疑問。

Ronald Heifetz: The nature of adaptive leadership (YouTube映像)
・・ハイフェッツ教授みずからが語る "adaptive leadership"(適応力あるリーダーシップ)

ハイフェッツ教授の『リーダーシップとは何か!』(産能大学出版部、1996)は、元アナウンサーの幸田シャーミン氏が翻訳していますが、日本語訳は品切れ状態です。幸田シャーミン氏自身、ハーバード・ケネディスクールに留学経験の持ち主です。

内容(「BOOK」データベースより)深い霧の中をさまよう現代の政治、経済、社会―。厳しい問題に直面して解答の見つからない不安から、「リーダーシップ」を求める声が、高まりつつある。だが、私たちはリーダーシップに間違った期待を抱いていないだろうか。リーダーシップとは、問題の解答を人々に与えるリーダーのことではない。リーダーも含めて誰にも簡単な解答が見つからない難問だからこそ、リーダーシップが必要なのだ。その場合のリーダーシップとは、いったい何か。私たちは、どのようにして、困難な挑戦に立ち向かい、問題を解決していくことができるのだろうか。リーダーシップ研究の世界的な権威が、10年間の研究のエッセンスをこの1冊の書に著した。

英語版は、いまから約20年前の1994年に出版されてますが、現在でも入手可能です。

Leadership Without Easy Answers, Ronald A. Heifetz, Belkanp/Harvard University Press, 1994 


2018年10月3日に Leadership on the Line with New Preface の全訳が『最前線のリーダーシップ  ―  何が生死を分けるのか』が「新序文」をつけた「新訳」として英治出版から登場(2018年10月15日 記す)


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■ハーバード大学関連

ハーバード・ディヴィニティ・スクールって?-Ari L. Goldman, The Search for God at Harvard, Ballantine Books, 1992
・・「教師の役割は、ソクラテスの産婆術に擬して語られることも多く、ケースメソッドは別名 Socratic method ともいわる。 この教育メソッドのキモは、ビジネスでは唯一の解答というものはありえない、ということを学生に体得させることにある」 記事ではプロフェッショナルスクール(専門大学院)の一つである「神学大学院」について、ビジネススクールとの対比で書いている

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)における、国際ビジネスをめぐる政治経済についてのディスカッション用ケーススタディ

書評 『私が「白熱教室」で学んだこと-ボーディングスクールからハーバード・ビジネススクールまで-』(石角友愛、阪急コミュニケーションズ、2012)-「ハウツー」よりも「自分で考えるチカラ」こそ重要だ!

映画 『ソーシャル・ネットワーク』 を日本公開初日(2011年1月15日)の初回に見てきた
・・ハーバード大学の学部の寮生活から生まれたフェイスブック

JFK暗殺の日(1963年11月22日)から50年後に思う
・・ケネディスクールという名称はもちろんJFKにちなむもの


■権威に服従させることがリーダーシップか?

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・『権威への服従』と社会心理学者ミルグラムの「アイヒマン実験」

映画 『es(エス)』(ドイツ、2001)をDVDで初めてみた-1971年の「スタンフォード監獄実験」の映画化

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ


■目的の明確なプロジェクトの遂行-チームワークとリーダーシップ

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い
・・英国海軍軍人スコットにみられる典型的な軍人型リーダーはなぜ失敗したのか?

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い
・・プロジェクトメンバー選択とプロジェクト遂行中のコンフリクト解消


■草の根のリーダーシップとは?

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本
・・元世界銀行南アジア担当副総裁が書いた、貧困撲滅のための戦いの現場体験を描いた回想集。政治家のリーダーシップと、草の根でリーダーシップを発揮した一般人を取り上げて真のリーダーシップとはなにかについて具体的に語っている


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2011年12月29日木曜日

書評『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち ― 帝政転覆の主役を演じた背景を探る』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)― ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである



■ロシア革命とユダヤ系ロシア人の深い関係

「ロシア革命」に、社会変革を求める多くのユダヤ人たちが身を投じたことは、トロツキー(・・本名はブロンシュテイン)などの有名人を除けば一般にはあまり知られてこなかった事実かもしれない。

今年(2011年)、『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)という本が出版された。

一般人の目に触れることはあまりない本だと思われるので、この機会に紹介しておきたい。関心があれば図書館で閲覧してみてほしい。

本書は、参考文献と目次までふくまれば600ページを超す大著であるが、人名索引は完備されているので、「ロシア革命におけるユダヤ人革命家辞典」として使うこともできるだろう。

ただし、固有名詞のロシア語表記がないのが玉に瑕ではあるが。また、表紙の肖像写真は、革命によって殺害されたニコライ二世なので内容にはあまりふさわしくないのだが。

本書で取り上げられたユダヤ人革命家は 500名で、著者はこれでほぼ9割はカバーされたのではないかと述べている。

これを意外と多いと思うか、あるいは少ないと思うかは読者の判断にゆだねられる。ユダヤ人とは何かという定義は、イスラエルでは「ユダヤ人の母から生まれた人」となっているが、本書ではなんらかの形でユダヤ人の血が流れている人が収録されている。かのレーニンでさえ、ユダヤ人のクオーターなのである。

近代に入って「解放」が進んで市民社会に参入し「同化」する道を選択した西欧社会のユダヤ人とは大きく異なる状況のもとに、ロシアのユダヤ人は生きていた。そしてアシュケナージ系ユダヤ人の大半の居住地域はロシア帝国内にあった。

当時のロシアに住むユダヤ人たちは、「社会主義」に社会変革の夢を託すという道か、あるいは父祖の地であるパレスチナに入植するという「シオニズム」の運動に身を託すという方向性があった。この両者のあいだにはグラデーションを描いてさまざまな運動があり、社会主義シオニズムという方向性もあった。

そもそもユダヤ人には、「メシア思想」と「終末論」がある。キリスト教に改宗したユダヤ人であったカール・マルクスの思想自体、「メシア思想」と「終末論」を色濃くもっていることは、「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む にも書いておいた通りである。

近代教育を受けた知識階層に社会主義思想がアピールしたのは、社会主義の根底に「千年王国的」な「ユートピア思想」があったこともその理由の一つであろう。知識階層の多くがユダヤ律法学者であるラビの家系に生まれている。ただし、近代教育を受けた社会主義者たちのようにユダヤ教の伝統を拒否した者たちと、むしろユダヤ教の伝統に還ることを志向した者にわかれたのも当然だろう。おそらく知識人以外の大多数を占める一般人はその中間であったろうが。

社会主義を選択したユダヤ人知識層は、社会主義革命によって民族問題は解決すると考えて、社会主義革命に理想を託したわけだった。その夢は「ロシア革命」後に、ユダヤ人差別が消滅しなかったため、無残にも打ち砕かれることになるのだが、あまり先走りすぎてもいけないだろう。

本書では、ロシア革命にいたる前史もふくめて、ユダヤ人革命家たちが分類されている。


●ナロードニキ(人民主義者)
●シオニスト
●エスエル(=社会革命党)
●ブンド(=リトアニア・ポーランド・ロシア・ユダヤ人労働者総同盟)
●メンシェヴィキ(=ロシア社会民主労働党が分裂して形成された社会主義右派)
●ボルシェヴィキ(=ロシア社会民主労働党が分裂して形成された、レーニン率いる左派の一派)
●秘密警察に属したユダヤ人革命家


まずは「目次」を見ておこう。

目 次

第1章 革命に走ったユダヤ人の原点
(1) 帝政末期とソヴィエト時代初期のユダヤ人の環境
(2) ユダヤ教の教え
(3) ユダヤ人の教育
(4) トロツキーの出自
(5) 非ユダヤ的ユダヤ人
第2章 19世紀最初のツァーリ二代とユダヤ人
(1) ユダヤ人弾圧の長い歴史
(2) エカチェリーナ二世の時代
(3) アレクサンドル一世の時代
(4) ニコライ一世の時代
第3章 「解放皇帝」のユダヤ政策
(1) 「解放皇帝」のユダヤ人に対する緩和政策とその停止
(2) 「解放皇帝」の暗殺にかかわた唯一のユダヤ人
(3) ウラジーミル・レーニンに流れるユダヤ人の血
(4) アレクサンドル二世時代のユダヤ人革命家リスト
(5) ドストエフスキーのユダヤ人観
第4章 ユダヤ人ナロードニキ
(1) ナロードニキ運動の誕生
(2) ナロードニキ運動にかかわったユダヤ人革命家リスト
第5章 反改革皇帝アレクサンドル二世
(1) アレクサンドル三世による虐殺と「慈悲を与えない政策」
(2)  追放されるユダヤ人
(3) 反ユダヤ政策への国際的批判
(4) アレクサンドル三世時代のユダヤ人革命家リスト
(5) トルストイ、チェーホフらのユダヤ人観
第6章 最後の皇帝ニコライ二世とユダヤ人
(1) ニコライ二世によるさらなる弾圧
(2) 反ユダヤ主義者とその暗殺者
(3) 次々と起こるポグロム(ユダヤ人集団虐殺)
(4) ラスプーチンとユダヤ人秘書シマノヴィチ
(5) ニコライ二世一家処刑にかかわったユダヤ人革命家
第7章 シオニズム運動の先駆者たち
(1) ロシアから始まったシオニズム運動
(2) 帝政末期、ロシアでのシオニズム運動にかかわた人々
第8章 社会主義諸政党のユダヤ人活動家
(1) 十月革命に奔走したユダヤ人革命家
(2) エスエル党所属のユダヤ人革命家リスト
(3) エスエル党以外のユダヤ人革命家リスト
(4) 「ユダヤ民主主義グループ」の活動家
第9章 ブンドで活躍した革命家たち
(1) ユダヤ人労働運動とブンド
(2) ブンドにおける革命家リスト
第10章 ユダヤ人メンシェヴィキ
(1) ロシア社会民主労働党とユダヤ人メンシェヴィキ
(2)  メンシェヴィキに属したユダヤ人革命家リスト
第11章 ボリシェヴィキの主要ユダヤ人
(1) 十月革命は「ユダヤ人の革命」
(2)  ボリシェヴィキに属したユダヤ人革命家リスト
第12章 秘密警察のユダヤ人リスト
(1) 秘密警察におけるユダヤ人革命家
(2)  秘密警察 に属したユダヤ人革命家リスト

付記 メドヴェジェフ・ロシア大統領の出自
「ロシア・ユダヤ人革命家」 年表
主な参考文献一覧
人名索引

目次を通読してみれば、ロシア帝国におけるロシア革命の歴史の概要が把握できるだろう。




■ロシアではなぜユダヤ人たちの多くが革命に身を投じたのか?

では、なぜユダヤ人たち帝政ロシアにおいて社会変革をつよく望んでいたのか。

それにはポグロムについて説明する必要があろう。ポグロムとは一般民衆やコサックなどによるユダヤ人虐殺のことである。

キリスト教世界では、ユダヤ人はイエス・キリストを磔(はりつけ)にかけたとして中世以来、憎悪の対象となってきたが、とくにロシアでは政府によって、計画的、組織的に徹底して行われたことを指摘しなくてはならない。

ある意味では、ナチスドイツによるホロコーストの先駆ともいえるもので、ポグロムを避けるために多くのユダヤ人が米国やパレスチナに移民したのである。『屋根の上のバイオリン弾き』でも、移民たちのことが描かれている。

ポグロムについてはと『ロシア社会とユダヤ人-1881年ポグロムを中心に-』(黒川知文、ヨルダン社、1996)が日本語で読めるもっとも詳細な研究書である。

もともとアシュケナージとよばれる東欧系ユダヤ人の多くはポーランドに居住していたのだが、三回にわたる「ポーランド分割」の最後となった1795年の「第三次ポーランド分割」によって、ポーランド・リトアニア共和国が完全に消滅し、東半分がロシア帝国に併合された結果、イディッシュ語をしゃべるユダヤ人たち約100万人がロシア帝国の臣民となったのである。

ポーランド時代は国王によって保護されていたユダヤ人たちは、東方正教会の盟主であるロシア皇帝の治世のもとでは、過酷な運命を迎えることとなった。それがポグロムというユダヤ人集団虐殺に代表される弾圧や差別である。

こういう状況のなか、「座して死を待つ」わけにはいかないと思ったユダヤ人たちの選択肢には大きく分けて二つあったのである。

それは、米国やパレスチナに移民として移住するか、あるいは革命家として積極的に内側から社会変革を行うかの道であった。

革命家としてロシア国内で内側から体制変革する道を選択したのは、いずれも知識階層である。

だが、大多数のユダヤ人は、資本家でも革命家でもなく、また移民したくてもそのカネがなければロシアにとどまらなくてはならなかったので、ロシア国内にとどまることとなった。


■ロシア革命と日露戦争

そういう状態であったロシアと日本が戦争になる可能性が高いと知ったユダヤ人投資銀行家が、自らのビジネスをつうじてロシアに圧力をかける道を選択している。

米国のドイツ系ユダヤ人の投資銀行家ジェイコブ・シフが日本の戦時公債を引き受けたのは、ロシアにおけるユダヤ人同胞の生存状況を改善させるため、ニコライ二世に圧力をかけるのが目的の一つであったことは、すでに高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) にも書いたとおりである。

また、明石元二郎陸軍大佐による後方攪乱工作もあった。

ロシアの帝政を倒そうとしていた革命家たちに資金援助をつうじた工作は、日本海海戦におけるロシアの敗北直後に発生した「血の日曜日事件」に実を結んでいる。一説によれば、スイスのチューリヒから封印列車によってレーニンを送り込んだのは明石大佐だと言われるが、真偽は定かではない。

このようなこともあって、ロシアのユダヤ人たちの存在は、近代日本にとってもけっして無縁ではなかったのである。

また、帝政ロシア時代に秘密出版されて出回った偽書『シオンの長老の議定書』(通称 プロトコル)というものがある。

これは現在でもユダヤ陰謀説の原典となっているが、ロシアから出てきたことに注意しておきたい。

ロシア革命によるソ連成立後に行われた干渉戦争である「シベリア出兵」の際、出征した日本陸軍が日本国内に持ち帰って日本国内でも広まることになった。

これがいまだに消え去っていないのはまことにもって残念なことだ。


■社会変革の二つの方法-革命家としてか、資本家としてビジネスをつうじてか?

「ロシア革命」によって、はたしてユダヤ人は「解放」されたのか? 社会主義革命は民族問題を解決したのか?

このテーマはまた運命の皮肉を語ってやまないものだ。革命に参加したユダヤ人の比率が高かったことがかえって、あだになったとさえ言えるかもしれない。

ユダヤ人革命家たちの多くが、スターリンのの粛清で命を失っていいるだけでなく、ソ連時代をつうじてユダヤ人がけっして幸せな生活を送っていたわけではないことは、出国を希望する者が多かったことにも表れている。

ソ連崩壊後は、民族国家が分離独立しただけでなく、多くのユダヤ系市民が、米国とイスラエルに移住して現在に至っている。

グーグルの共同経営者であるセルゲイ・ブリンもまた、少年時代にソ連から米国に移民したユダヤ人の一人。

一方、ソ連崩壊後にソ連出身のユダヤ人が大活躍したことは、エリツィン政権下ではユダヤ系の政治家が多かったことと、いわゆるオルガルヒヤの存在に端的に表れている。

オルガルヒヤとは英語のオリガーキー(oligarchy)、いわゆる寡占資本家のことである。ひらたくいえば、ソ連崩壊から民有化への移行期に財産を形成した大富豪たちのことだ。

だが、かれらの多くは行き過ぎたため反感を買い、弾圧の対象となって、その多くが国外逃亡したり、投獄されている。かえってソ連崩壊後に反ユダヤ主義が拡大しているありさまだ。

大富豪となると私財を使って政治に進出する誘惑にかられる。そして一線を越えたことに気がつかず、真の権力者の虎の尾を踏んでしまうことになったわけだ。

この点においては、日本の戦時国債を引き受けたドイツ系ユダヤ人の米国人投資銀行家ジェイコブ・シフは政治家をめざしはしなかったものの、自らのビジネスをつうじて社会変革を行おうとした人であったことがわかる。

みずからが政治に乗り出さなくても変革を行う手段はいくらでもある。先に名前をだしたセルゲイ・ブリンは革命家ではないが、「検索」によって世界を変革する夢を実行している点において「革命家」といっても言い過ぎではないかもしれない。

このように、左派であれ右派であれ、変革を志向する傾向がユダヤ人には強い。左派は社会主義者として、右派は資本家や実業家として。もっとも、左派と右派はそう簡単には区分はできないものであるが。

したがって、「革命とユダヤ人」というテーマは、古くて新しいのである。だからこそ、ロシア革命に多くのユダヤ人革命家たちが身を投じたことは、歴史的事実として知っておきたいことなのだ。


<参考文献>

『ロシア社会とユダヤ人-1881年ポグロムを中心に-』(黒川知文、ヨルダン社、1996)

『葛藤の一世紀-ロシア・ユダヤ人の運命-』(サイマル出版会、1997)は、『ロシア・ソヴィエトのユダヤ人100年の歴史』(ツヴィ・ギテルマン、池田智訳、明石書房、2002)として再刊。ソ連成立後のユダヤ人の歴史についても詳しい。果たして「ロシア革命」によってユダヤ人は「解放」されたのか?



PS ロシアとユダヤ人の関係について、手っ取り早く知りたい人は、『ロシアとユダヤ人-苦悩の歴史と現在(ユーラシア・ブックレット)』(高尾千津子、東洋書房、2014)をすすめます。63ページの小冊子なのでザッとつかむにはよいでしょう。(2014年5月31日 記す)



<ブログ内関連記事>

高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) 
・・ロシアのユダヤ人を救うことも目的の一つであった

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた
・・ウクライナの富農の家に生まれたトロツキー(・・本名レフ・ブロンシュテイン)もまたロシア革命に身を投じたユダヤ人。晩年はメキシコに亡命し、その地でスターリン主義者に暗殺された

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・社会主義のメシア主義的な構造について

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・強制収容所のテレージエンシュタットを生きのびたユダヤ思想家の著者でユダヤ教の本質を知る

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?

(2014年2月15日 情報追加)


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