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2011年3月7日月曜日

大東亜戦争の開戦決定に至るまでの、集団的意志決定につきまとう「グループ・シンク」という弊害について


「グループ・シンク」とは?

 「グループ・シンク」とは、集団による意志決定につきまとう「弊害」についての話です。

 「グループ・シンク」(Group Think) を直訳すると 「集団思考」 となります。
 グループが「全員参加」で考えて何が悪いのだ?・・・という声も聞こえてきそうですが、「全員参加」 と 「集団思考」 は実はまったく異なるものなのです。
 全員で考えることは重要ですが、最終的な結論はリーダーが決定しなくてはいけません。

 では、その「グループ・シンク」の説明は、弊害がでた典型的なケースについてやや詳しく見ることをとおして行ってみたいと思います。


大東亜戦争の開戦決定に至るまでの、無責任な「なし崩し的」な集団的意志決定

 昨日(2011年3月6日)、「NHKスペシャル シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか」の「第4回 開戦・リーダーたちの迷走」をやっていました。

 ご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、日本の国策決定の場は、各組織の代表者が対等な権限をもつ集団指導体制で、全会一致がタテマエとなっていたのです。

 大東亜戦争(・・開戦時点ではまだ名称は決定されていなかった)の開戦の意志決定がいかになされたか。そのときの会議の出席者は海軍、陸軍、企画院、首相のぞれぞれがまったくの対等の立場で、首相に意志決定のウェイトづけがされていなかったのです。これは致命的な欠陥といっても言い過ぎではないでしょう。ガバナンスの問題でもあったわけです。

 たしかに日露戦争の頃に比べると、リーダーたちの人物としての器が限りなく小粒となっていたことは誰も否定できないでしょう。日露戦争の指導者ったいは、自らが幕末維新の激動期のなか、戦士としても政治家としても数々の修羅場をくぐりぬけた人たちでありました。
 それにくらべて、大東亜戦争前夜の指導者たちは、できあがった既成の制度という枠組みのなかで養成されたリーダーたちであり、いまひとつ肚ができていなかったといっても言い過ぎではありませんでした。

 しかも、陸軍と海軍はそれぞれの組織の論理を貫き、全体を見ようとせず、陸軍は対ソ連に特化、海軍は南方に特化、それそれ別の方向を向いていたのでは、統一した国家指導方針も何もありません。まさに「省益あって国益なし」の状況でありました。

 そんななかで米国によるABCD包囲網のなか、石油禁輸が実行に移され、備蓄した石油は一日一万トンが消費され、徐々に底をついていく・・・・こういう状況にあってなお、結論を先送りし、誰一人として最終的な決断を下せずに、責任回避に汲々(きゅうきゅう)とする国家指導者たち。首相の近衛文麿は軍部を抑えきることができなかったのです。

 近衛文麿が首相の職を投げ出したのち、首相と陸軍大臣を兼ねることになった東條英機大将もまた、既成の枠組みのなかでは能吏(のうり)ではあっても、強い決断力と指導力と兼ね備えた傑出した政治的リーダーとは言い難い人物でありました。

 無責任な集団指導体制においては、誰一人として「独裁者」など存在しなかったのです。これが日本政治の真相でありました。いいい悪いの問題とは別に、ナチス党のヒトラー統治下のドイツとは根本的に異なっていたのです。

 1941年(昭和16年)の開戦の意志決定はトップの決断ではなく、追い込まれた結果に過ぎなかったことがわかります。その時点でアメリカと戦ったら間違いなく敗北することは、みな数字で把握してわかっていました。しかし、誰一人として戦争はやめるべきだと言えずに、その場の「空気」で流されてしまったのです。まさに「グループ・シンク」の弊害がもろにでた結果といわなければなりません。

 1941年における「なし崩し的意志決定」に見られた DNA は、間違いなく 2011年現在も根絶されていない。この国では、最高指導者層のレベルの低さが目に余ります。NHKスペシャルの放送後、外国人からの違法献金問題で、外務大臣が辞任しました。


全員参加のディスカッションと最終的な意志決定は責任権限はリーダーに与えられるべきであること

 しかし、国家指導者ではない一般人の私たちにとっての教訓は、以下のようなものとなるでしょう。

 全員参加の会議では 「集団の空気」 に流されずに、活発なディスカッションをしなくては意味がない、しかも、最終的な意志決定はリーダーがその責任権限のもとに行わねばならない。
 これがあるべき姿ですね。

 これは、経営や組織全体の意志決定だけでなく、職場レベルの意志決定においても同じことです。

 「グループ・シンク」 のワナにはまらないよう、意識的に気をつけなければならないのです。
 最終意思決定者の責任と重みは、それだけ大きなものがあるということでもあるのです。



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*なお、マネジメントの観点にしぼった簡略バージョンは、集団的意志決定につきまとう「グループ・シンク」という弊害 (きょうのコトバ)と題して、「佐藤けんいち@ケン・マネジメント代表 公式ブログ」に掲載してある。





(2012年7月3日発売の拙著です)









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