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2021年11月3日水曜日

現代史の資料として「交渉の内幕」を記録に残すことは関係者の責務-『岡本行夫 現場主義を貫いた外交官』(五百旗頭真/伊藤元重/薬師寺克行、朝日文庫、2020)と『フテンマ戦記-基地返還が迷走し続ける本当の理由』(小川和久、文藝春秋、2020)

 
 
積ん読のままとなっている本を読む。昨年(2020年)に出版された政治的意志決定と実行にかんする本を2冊よんだ。いずれも、現代史の資料として「交渉の内幕」を記録に残すことは関係者の責務と認識していた「当事者」による記録だ。

*** 

まずは『岡本行夫 現場主義を貫いた外交官』(五百旗頭真/伊藤元重/薬師寺克行、朝日文庫、2020)  元外交官で外交評論家であった岡本行夫氏への聞き取りの記録。

まことに残念ながら、昨年2020年4月24日に新型コロナ感染症でお亡くなりになったため(*なんと、わたしの父が亡くなった前日だ)、「追悼」の意味で文庫化された。聞き取りは2005年から2008年にかけて行われ、2008年に単行本化されていたらしい。 


岡本氏は大学の大先輩にあたる人。直接本人を存じ上げていたわけではないが、直接知っている先輩の同級生という形で間接的には知っていた。

そんなこともあって、ずいぶん以前から勝手に親近感を感じてきた。マスコミに登場することも多かったので、その名前とキラキラした活躍ぶりについては記憶している人も少なくないはずだ。 

大学卒業後の1968年に外務省に入省し、日米関係を中心に担当したキャリア外交官だが、45歳で退官して独立した。その後も、橋本内閣や小泉内閣で「首相補佐官」を歴任した。

橋本内閣では「沖縄の米軍基地問題」、小泉内閣では「イラク戦争」を担当、その熱い奮闘ぶりが政治学者たちのインタビューによって、本人の証言として引き出されている。編者による綿密な注がつけられており、オーラルヒストリーとしての記録という位置づけがなされている。 

もちろん、事実関係が精査されているとはいえ、本人の「主観」による解釈であり、岡本氏の認識とは異なる解釈は当然ありえるだろう。 

外交問題は、内政問題という政治と密接にかかわっているわけであり、政治の世界の内幕にかんしては、なおさらだろう。 

文庫版には「特別寄稿 岡本行夫さんを悼む」として16名の追悼文が掲載されている。徹底的に「現場主義」を貫いた岡本氏の仕事のスタイルを知ることができる。 読みごたえのある内容の本だった。 


目 次  
文庫版まえがき 薬師寺克行
第1章 アメリカとの出会い
第2章 外交の世界を知る
第3章 冷戦時代の安全保障の現実
第4章 自立的外交への挑戦
第5章 屈辱の湾岸戦争
第6章 沖縄の苦しみとともに
第7章 アメリカの戦争
〔解題〕日本の国際的役割の追求--岡本行夫(五百旗頭真) 
文庫版あとがき--外務省の枠に収まらなかった外交官(薬師寺克行)
特別寄稿 資料 岡本行夫氏関連年表 




***

 岡本行夫氏のインタビューによる証言録を読んだあとに、『フテンマ戦記-基地返還が迷走し続ける本当の理由』(小川和久、文藝春秋、2020)をつづけて読む。  


小川和久氏は軍事アナリストで、『在日米軍-軍事占領40年目の戦慄』(小川和久、講談社、1985)は、出版された直後に読んで、大いに目を開かれる思いをしたものだ。 

『日米同盟のリアリズム』(文春新書、2017)もまた読みごたえのある内容だった。軍事知識のリアリズムを前提にして、政治経済まで視野に入れた分析は信頼に値するものであり、安全保障と危機管理の分野では、第一人者である。 

本来は、『岡本行夫 現場主義を貫いた外交官』とは別個の書籍として取り上げるべきだろと思うが、「沖縄の基地問題」の解決にあたって、岡本行夫氏との見解のズレが大きいので、その点の関心もあって読むことにした次第だ。 

同年生まれの岡本氏とは見解を異にするとはいえ、小川氏もまた、現代史の資料として交渉の内幕を記録に残すことは関係者の責務という認識をもっているようで、交渉の経緯が現存者も含めて実名入り(!)で詳細に書かれている。 

その岡本氏にかんしては、367ページの本書で12ページも割いて「首相補佐官 岡本行夫」として取り上げている。小川氏の見解は、以下のようなものだ。引用してみよう。 

実を言えば、岡本氏は安全保障問題については意外なほど知見に乏しい。しかし、外務省安全保障課長、北米第一課長という経歴と、自らも安全保障に詳しいような言動をする中、政財界とマスコミが「エキスパート」として祭り上げるようになった。ここに普天間問題の悲劇のひとつがある。岡本氏自身にとっても悲劇だったかもしれない。

リアルな軍事知識を欠いた官僚や、元官僚を信頼して頼り切った政治家たちの罪は大きいと、小川氏は見ているのである。

小川氏が岡本氏についてページを割いて取り上げている理由は以下のとおりだ。 

官僚だけではないが、きらりと光る部分を備えた人物を客観的にとらえるためには、負の部分をも直視して相対的な評価を下す必要があることは言うまでもない。

この発言には全面的に賛成だ。小川氏の見解に対して、岡本氏自身の反論やコメントが欲しかったところだが、小川氏の著者が出版された2020年3月の翌月4月に、岡本氏は亡くなってしまった。先にも触れたように、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死である。まことにもって残念としかいいようがない。 

『フテンマ戦記』を最初から最後まで読んでみると、軍事知識のリアリズムを欠いた政治家や官僚の問題は、日本だけの問題ではないことがわかる。交渉のカウンターパートである米国側も似たような状況なのだ。

「現場」のリアルを知らないのである。 日本側のシロウトが米国側のシロウトと交渉して、普天間基地移転問題の当事者である米海兵隊の基地運用の実際について知らず、また知ろうともせず、机上のプランで不毛な交渉が延々と続いているのである。 

無責任きわまりない鳩山由紀夫元首相だけが記憶に残るが、迷走の原因はそれだけではなかったのだ。 いつまでたっても、最重要課題である普天間基地移転がまったく進展しない状況には、沖縄県民ではなくても、ため息をつきたくなる。 

『フテンマ戦記』は、普天間基地移転問題の迷走の原因を時系列にそって記述された記録だが、大きなテーマもさることながら、ディテールが興味深い。 

岡本行夫氏は、先にも触れたように、わたしにとっては大学の大先輩にあたる人で、人物物評価にあたっては、ある種の「学縁バイアス」が働きがちだが、小川氏の場合も同志社大学神学部の後輩にあたる作家の佐藤優氏(当時は外務省主任分析官)には、似たようなバイアスが働いていたようだ。詳細は、直接読んで確かめてみるといい。 

現代史というものは、ある意味では現在進行形の歴史であるが、そうはいっても、普天間基地移転問題が始まった1996年は、すでに四半世紀も前のできごとだ。すでに歴史の闇のなかに消えかけている。 記憶を新たにするためにも、ぜひ読むことを薦めたい。

ただ残念なのは、「人名索引」がついていないことだ。『フテンマ戦記』も『岡本行夫 現場主義を貫いた外交官』も、その点は大いに問題である。日本の出版物全体にかかわる問題だ。 たしかに電子版なら検索はできるが、ある特定の人物がどの程度まで量的に取り上げられているか知るには、索引という形で整理されていることが望ましい。

それにしても、政治の内部腐食もまた現在進行形だ。はたしてこの危機を乗り越えることはできるのだろうか・・・。 


目 次
はじめに なぜ普天間返還は進まないのか?
序章 チャンスは4回あった
第1章 迷走への序曲-自民党本部1996
第2章 小渕官邸 1998~2000
第3章 小泉・安倍・福田・麻生官邸 2001~2009
第4章 鳩山官邸 2009~2010「トラスト・ミー」の陰で
第5章 沖縄クエスチョン 1999~2011
第6章 鳩山だけが普天間を迷走させたのか? 2010~2019 
あとがき 信頼を回復する道
普天間移設年表




 


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2021年9月25日土曜日

書評『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス、度会圭子訳、文藝春秋、2017)-認知心理学が経済学の世界を変えていったそのプロセスは、イスラエル出身の2人の天才たちのライフストーリーでもある

 
「おお、これはいい本がでた!」と思って、出版されたらすぐ読むつもりで買ったのだが、あっという間に4年もたっていた。そんな本を読了。 『かくて行動経済学は生まれたり』(マイケル・ルイス、度会圭子訳、文藝春秋、2017)。翻訳本だが、こなれた日本語になっているので読みやすい。  

現在ではすでに「常識」となっている「行動経済学」がいかに生まれてきたのか、生みの親となった2人の心理学者たちのライフストーリを軸に描いた知的エンターテインメント。ベストセラー作家の読ませるストーリーテリング能力はバツグンだ。 

経済学が前提としてきた「合理的経済人」は、実際には存在しないフィクション(虚構)の存在であるが、経済理論を組み立てるための前提となっていた。だが、これに対する違和感を感じた人がいたとしても、異議申し立ては経済学の内側から発生してくることはない。 

そもそも人間は、それほど合理的に生きているわけではなく、間違った選択を行うことも多い。常識的に考えたら当たり前だ。英語にも To err is human, to forgive divine.(誤つは人のさが、赦すは神)という17世紀英国の詩人アレグザンダー・ポープに由来する格言があるではないか。 

なぜ人間は先入観や固定観念にもとづいた、そんな考えをしてしまうのか、なぜ思考にはさまざまなバイアスがつきものなのか。

この観点を欠いた経済学が、かつてはまかり通っていたのだ。経済学の外からみたら、異常でしかなかったのだ。革命的変化をもたらしたのは、経済学の「外側」からやってきた認知心理学の理論であった。 

2002年のノーベル経済学賞を受賞したので世界的に有名になったのは、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)である。だが、本来はもう一人の研究者にも与えられるはずのものだった。共同研究者のエイモス・トヴェルスキー(Amos Tversky)はすでに死去していたため、それは叶わなかったのである。 


建国後まもないイスラエルに育った2人の「若者」が、強い関心を抱いたのは心理学であった。第2次世界大戦後に誕生したイスラエルという環境と、心理学という研究分野が大きな意味をもっていたことが、本書を読むとよく理解できる。 本書は、ある意味ではイスラエル現代史であり、認知心理学の歴史でもある。

建国の時点から「国民皆兵」のイスラエルでは、将校はすべて兵士からのたたき上げであり、徴兵された若者から指揮官になるポテンシャルをもった人間をいかに選別し、軍事作戦においていかに意志決定の誤りを避けるか、これは国家の存続そのものにかかわる重大問題であり、実践的な問題解決が求められるのである。

カーネマンの研究は前者の将校選別実務から始まったのであり、実戦においても力量を発揮したトヴェルスキーは後者の意志決定にかんする問題を痛感していた。2人の天才も予備役期間中(*男性の場合、戦闘任務は41歳まで、その他の一般任務は54歳まで)は、海外にいてもただちにイスラエルに戻って軍務に服している。戦争で命を落とした大学教授や知識人も少なくないのが、サバイバル国家イスラエルの現実だ。

そんなイスラエルで、性格も得意分野もまったく異なるユダヤ系の2人の天才が、なぜかウマが合って、きわめて密度の濃い共同研究で数々の理論を生み出したのである。英語でいえばいわゆる Dynamic Duo というやつだろう。 

既存の思考や枠組みを変えるのは「若者、バカ者、よそ者」だとよく言われるが、まさに行動経済学の成立においても、その法則が成り立っていたわけだ。世界を変えていったそのプロセスが興味深い。 

恐れ知らずの若者たちが、当初は現在ほど人気のなかった心理学という分野で、しかもイスラエルという当時の知的辺境から生み出された理論なのである。


原題は、The Undoing Project   A friendship that changed the world.  である。"The Undoing Project" とは、 実際にはやらなかったが、「もし~してたなら」と考えてしまうたぐいの物事のことを指している。 

日本語訳タイトルの『かくて行動経済学は生まれり』は、たしかに内容的にはそのとおりなのだが、副題の「世界を変えた友情」(A friendship that changed the world)を活かしたほうがライフストーリーとしての面白さを前面に出せたのではないかと思うのだが・・・。 

これも "The Undoing Project" というべきものなのかな? 文庫化される際には、タイトルについては、よくよく考え直していただきたいものだ。 

もちろん、そもそも人間は間違うものである。絶対にただしい意志決定など、世の中には存在しない。 



 (画像をクリック!)

目 次
序章 見落としていた物語
第1章 専門家はなぜ判断を誤るのか?
第2章 ダニエル・カーネマンは信用しない
第3章 エイモス・トヴェルスキーは発見する
第4章 無意識の世界を可視化する
第5章 直感は間違える
第6章 脳は記憶にだまされる
第7章 人はストーリーを求める
第8章 まず医療の現場が注目した
第9章 そして経済学も
第10章 説明のしかたで選択は変わる
第11章 終わりの始まり
第12章 最後の共同研究
終章 そして行動経済学は生まれた
参考文献について
謝辞
訳者あとがき
解説 「ポスト真実」のキメラ(月刊誌『FACTA』主筆 阿部重夫)


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・・「経済人」(economic man)とは、ドラッカー自身が第2章で説明しているように、18世紀の経済学の父アダム・スミス以来の「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)概念のことだ。 「ホモ・エコノミクス」とは、経済活動において自己の利益の最大化を図ることを目的にした完全に合理的な人間のことを指した経済学の仮説のことである。このように絵にかいたような「経済人」(ホモ・エコノミクス)が、じっさいには多数派ではありえないことは、健常な「常識」をもった人にとっては当たり前だろう。そもそも人間は非合理的な存在であることを前提にした「行動経済学」が近年発達してきたが、それでも主流の経済学においてはまだまだ「ホモ・エコノミクス」仮説が幅をきかせている」

・・ドローンもまたイスラエルで生まれて米国で育った技術である

・・建国から20年くらいまでのイスラエルは、「レバノン侵攻」(1978年)で完全に終わったといっていいだろう。大義なき戦争に徴兵された若き兵士たちの精神は大きなトラウマを抱えることになる

・・国民皆兵のイスラエルでは、将校はすべて一般兵士からのたたき上げである





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2014年3月21日金曜日

映画『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった


映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)をTOHOシネマズで初日にみてきた。昨日(2014年3月21日)のことである。9時15分からの初回を見たのは比較的すいているからだが、もちろんそれだけではない。

この映画は実話をもとにしたものだ。米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)をもとにしたものだ。

この作戦に参加した4人一組のチームで、ただ一人生還できた隊員(lone survivor)が書いた記録をもとにが書いた『アフガン、たった一人の生還』(マーカス・ラトレル、亜紀書房、2009)を原作をもとにしている。原本のタイトルは映画と同じく Lone Survivor である。2007年に Lone Survivor: The Eyewitness Account of Operation Redwing and the Lost Heroes of SEAL Team 10 というタイトルで出版されている。


英語オリジナル版ポスターには Based on true acts of courage とある。実際に行われた「勇気ある行動」(true acts of courage)である。

「勇気ある行動」とは、作戦実行中に発生した「想定外」の事態に際して、現場で下した意志決定と、その内容にともなう責任を命がけで引き受けた隊員たちの行動を指している。

現象的にみれば作戦の失敗と撤退であるが、それがなぜ「勇気ある行動」なのか。この意味を考えることが、この戦争映画に深みをもたらすのである。


アフガニスタンの山岳地帯での米海軍特殊部隊ネイビー・シールズ(Navy SEALs)のタリバン相手の作戦。アメリカ兵とアフガン市民の殺害命令を出しているタリバンのリーダーをピンポイントで偵察するというミッションだ。

そのために4人一組のチームが任命され作戦が実行される。指揮官一人と三人の曹長で構成されるチームである。(* 米軍では陸軍と海軍では階級をあらわす英語表現が異なることに注意)。ターゲットを殺害する命令は受けていなかったので、上官に指示を仰ぐが無線が通じない。

成功するに見えたその作戦は、「想定外」の事態の発生によって手痛い失敗となる。「想定外」の事態とは、山中での民間人たちとの遭遇だ。「敵」であるタリバンしか想定していなかったのだ。

山中でヤギを放牧させている民間人たちは敵か、味方か、そのどちらでもないのか? 民間人たちの扱いをどうするか、殺害するのか放免するのかという2つのオプションから究極の選択を迫られ、激論のすえ指揮官が選択し、チーム全員が納得して受け入れた意志決定。だがこれが文字通り命取りになる。


戦闘員と非戦闘員である一般市民が混在し見分けができない市街戦やゲリラ戦においては、米軍にとってのベトナム戦争だけでなく、日本陸軍にとっての南京事件もそうであったように、「戦時国際法」において認められていない非戦闘員の無用の殺害は国際的な非難を招く危険がある。軍の存在そのものと名誉にかかわる問題でもある。

指揮官が下した決断は、戦場における法と倫理にかかわる究極の難問であり、ギリギリの決断であったのだ。いかなる結果を招くとしても、決断は下さなくてはならないのだ。そして下した決断には責任がともなう。

しかしその決断は、困難な事態を招くことになる。シールズ隊員4人に対し、タリバン兵はなんと200人(!) 圧倒的に不利な条件のなか、いかに撤退を実行するかが後半のテーマであり映画の山場になる。

山岳地帯の地形もふくめて「ホーム」として熟知しているタリバン兵たちに対して、敵地に潜入したシールズ隊員たちは、そうでなくても不利な状況。偵察(リーコン)とは、敵地という「アウェイ」での行動なのだ。初めて足を踏み入れる土地では地図とコンパスだけが頼り。

救援を頼もうにも無線通信が使用できなければ完全な孤立無援状態になってしまう。行動をともにしているチーム内でのコミュニケーションに問題はなくても、現場と本部のコミュニケーションはコミュニケーションズ(通信)障害のため不能となるのだ。

都市におけるゲリラ戦も「ホーム」側のほうが圧倒的に有利であるが、山岳地帯ではなおさらだ。崖を転落しながらの撤退シーンはまさに壮絶をきわめるもので、屈強なシールズ隊員たちにとっても想像絶するものであったことだろう。



シルベスター・スタローン主演の『ランボー3 怒りのアフガン』は、主人公だけは絶対に不死身で死なないというスーパーヒーローもののアメリカン・コミックそのものだが、実際の戦闘はこの『ローン・サバイバー』に描かれたように過酷なものだ

タリバンが発射するロケットランチャーをみていて思いだしたのは、そもそも1979年にソ連がアフガン侵攻に踏み切ってから、アメリカがムジャヒディーンたちに無償供与したものであったということだ。ソ連によるアフガン侵攻から、すでに35年もこんな状態がアフガニスタンでは続いている。わが人生の大半に該当するものだ。

この映画はモノローグではなく三人称で描いているので、チームのうち誰が主人公というわけでもないのだが、ただ一人サバイバルして生還できた原作者マーカス・ラトレル氏は、一人の力だけではなかったことが映画から読み取れるだろう。

戦場という非日常的な状況における友情と兄弟愛、合理的に考えれば無謀であるのにかかわらず発揮された献身的な同志愛と大きな犠牲。

アフガニスタンとパキスタンの中間地帯トライバルエリアの住人であるパシュトゥーン族の、客人はなにがあろうと守らねばならばいという掟に助けられたという運の良さ。ほかにもさまざまな要素があるだろう。実話にもとづいたオリジナルな原作と脚本のもつ力がこの映画にある。

非正規戦の戦闘シーンがハンパじゃなくリアルなので、心臓の弱い人は見ないほうがいい。あまりにも危険なので、映画化する際には原作のすべてが再現されたのではないという。アフガニスタンの山岳地帯は、アメリカ南部のニューメキシコ州のロケで再現されている。

戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった。



PS 2014年9月2日に DVD化されました。(2014年9月3日 記す)




原作はこちら。




<関連サイト>

『ローン・サバイバー』 日本版公式サイト

『ローン・サバイバー』 日本版FBページ

『ローン・サバイバー』 予告編

Lone Survivor Official Trailer #1 (2013) - Mark Wahlberg Movie HD

Lone Survivor Foundation - Never Quit (ローン・サバイバー財団)
・・原作者はネイビーシールズ退役後、財団を設立して、海外での戦闘行為に参加して死傷や重傷を負った米兵と家族の福利厚生活動に取り組んでいる。アメリカを支えているのがこういった軍人たちであるが、冷戦終結後、世界情勢が米ソ二元論で語れない複雑な時代、国際問題に関心を失って内向きになっているアメリカ人の関心を喚起することも目的にあるのだろう

ローン・サバイバー財団のFBページ

US Navy SEAL & SWCC—official website (ネービー・シールズ 公式サイト)
U.S. Navy SEAL& SWCC Page (ネービー・シールズ facebookページ)

(参考) 2014年1月公開のアメリカ映画『ネービーシールズ チーム6』(SEAL Team Ⅵ: The Raid on Osama Bin Laden)は同じテーマ。 ネイビーシールズ:チーム6 予告編



<ブログ内関連記事>

■ネイビー・シールズもの

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・パキスタン国土内に潜伏するウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった!

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!


■アフガニスタンとイラク

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面
・・AK47を「密造」するアフガニスタンに隣接するパキスタン国内のパシュトゥン族の村のルポが興味深い

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)-戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・
・・「なぜEUも米国もアフガンに派兵しているかについても、その意味を理解することができる。いち早くアフガンの地政学的重要性を指摘していたのは大川周明であった」

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ②

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争


■戦場における「非戦闘員」

書評 『民間防衛-あらゆる危険から身をまもる-』(スイス政府編、原書房編集部訳、原書房、1970、新装版1995、新装版2003)-家庭に一冊は常備すべき「防災と防衛のバイブル」
・・非戦闘員である一般市民にとっての非正規戦についての心得

書評 『松井石根と南京事件の真実』(早坂 隆、文春新書、2011)-「A級戦犯」として東京裁判で死刑を宣告された「悲劇の将軍」は、じつは帝国陸軍きっての中国通で日中友好論者だった
・・「戦時国際法」の遵守を厳しく命じた前線司令官・松井中将の意志は、下剋上傾向のあった日本陸軍の最前線で功を焦る前線将校たちに黙殺された。非戦闘員も殺害されるにいたったのは、民間人を装った「便衣隊」が紛れ込んでいたからでもある。その結果、「南京虐殺」という幻ががいまに至るまで日本人を攻撃する材料に使用されているのである


■戦場におけるチームワーク

映画 『加藤隼戦闘隊』(1944年)にみる現場リーダーとチームワーク、そして糸川英夫博士
・・「過ぎし幾多の 空中戦/銃弾うなる その中で/必ず勝つの 信念と/死なば共にと 団結の/心で握る 操縦桿」(主題歌より)


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2014年2月9日日曜日

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ



是々非々という四文字熟語がある。「ぜぜひひ」と読む。「ひひ」という音を耳で聞くと、なんとなく「まんとひひ」の「ひひ」を想起してしまうが、なんともいえず不思議なコトバである。

是々非々は、是は是、非は非という意味だ。いいかえればイエスはイエス、ノーはノーということになる。「ぜぜひひ」の真ん中をとると「是非」となるが、これは Yes and/or No という意味であるし、また副詞の「ぜひ」でもある。

わたしはこの「是々非々」という態度は絶対に必要だと考えている。

「是々非々というのは正しい大人の態度ではない。選挙であれば政策単位で投票するのではなく、一人の候補者に投票するのだから「是々非々」なんてありえないのだ」、と主張する人もいる。

「一人の候補者に投票する」というのはただしい。だが、「政策単位で投票」行動を考えるべきである。属人的な意思決定ではなく、あくまでも「期待される成果」を選択基準とするべきではないか?

もちろん、程度問題といってしまえばそのとおりなのだが。


■「シングルイシュー」 vs 「全人格的帰依」

見解の対立は、「シングルイシュー」 vs「 全人格的帰依」と言い換えることも可能だろう。

前者の「シングルイシュー」とは、さしずめ今回の都知事選(・・投票日2014年2月9日)でいえば「脱原発」というイシューがそれに該当するだろう。単一の問題のことである。

後者の「全人格的帰依」とは、この人が言っているからすべて正しいという思考停止状態のことをいう。「全人格的帰依」というのは宗教への没入を示唆する表現なので強すぎるかもしれないが。

「シングルイシュー」は、日本では郵政解散がそのさきがけとなったが、今回の都知事選には、その同じ小泉純一郎氏が応援している。

その郵政解散の際の投票行動が、郵政解散という「シングルイシュー」に共鳴してのものであったか、それとも小泉純一郎というカリスマ的な政治家への、限りなく「全人格的帰依」に近い没入的一体感だったのかは、そう簡単には区分できない。

だが、郵政解散が「シングルイシュー」であったことは確かなことだ。そしてその「シングルイシュー」をめぐる信認投票であったことは確かである。

アメリカではすでにかなり以前から、ベトナム反戦や中絶反対などの「シングルイシュー」(single most important issue)をテーマに投票行動を行うことが常態化している。二大政党制の根幹がゆるぎ、政党ではなく、単一の政策を支持するかどうかで投票行動を行うことがあたりまえになっている。極端な話、政策の内容ごとに支持者を変えるとい投票行動と態度のことだ

日本もまた利害対立が複雑になってきており、どうしてもシングルイシューが争点になりやすい。誰か特定の政党や人間ににまかせたらそれで安心などということはありえないのだ。

だからこそ、既存政党に軸足を置く人間は、シングルイシューで投票行動を行う有権者の存在に対して、不快感とともに底知れぬ恐怖感を抱いているのだろう。


■世の中が複雑化すると思考停止状態になりやすい

世の中が複雑化すればするほど、思考停止状態がおきやすい。あまりにも多岐にわたる事項について考えなければならないからだ。

自分なりの見解をもって発言しようと思えば、そうとうの時間と労力をついやして自分で情報を収集し、情報の真贋を見極め、自分でイシューごとに是非を判断しなければならない。考えただけでもウンザリすことだ。そう思う人は少なくないはずだ。

そこで利用されるのが「キュレーション」というものだ。一言でいえば、ある特定の分野にかんしては、その分野の専門家とされる人を自分の趣味や考え方で選んで、その人の言うことを判断の際に参照することをさした表現のことである。

「キュレーション」は「キュレーター」が行う仕事のことだが、キュレーターとはもともと美術館や博物館の学芸員のことを指している。キュレーターの見せ方次第で同じ美術品でも異なる印象を与えることがあるように、情報にかんしても特定のキュレーターの見せ方によって印象がかわってくる。

日常生活でも、「この件についてはあの人が言うことだから信用できる」という形で多用しているだろうし、「あの有名人がつかっている商品だから肌につけても安心できる」というような形で消費行動も行っているだろう。

ある意味では、「シングルイシュー」にかんして参照すべき人を区分けしているといっていいかもしれない。属人的な判断を行っているように見えるが、そのキュレーターの判断に誤りがあったことがわかれば、さっさと支持することをやめてしまうこともある。その意味では成果を評価もしているわけだ。だからこれは健全な判断にもとづく選択行動だといっていい。

政治的選択行動もまた、消費行動と考えることができる。投票によって政策を購入しているわけだ。等価交換かどうかはわからないが、「義務」として課されている「納税」と引き換えに権利を行使するわけである。

たとえば、わたし自身についていえば、国防問題にかんしては憲法改正派である。だが、自由民権派であり民権を国権の上に置く立場から、憲法96条改正でなし崩し的に憲法改正を実行しようという姿勢には反対だ。バランスにもとづいた「正常化」は必要だと考えるが、行き過ぎた「右巻き」には懸念を抱く。

つまりは「是々非々」ということだ。


■「全人格的帰依」という危険

悩ましいのは、人間は「一人単位」でしか存在できないという点だ。

作家の平野敬一郎氏が主張するように「人格」はたとえ分割可能で、かかわる人ごとに人格を分割して対応することが可能だとしても、異なる政策をあわせもつの生身の一人の人間を選ばなければならないという不条理。

結局は、総合的に判断して誰か一人を選択するしかない。それが選挙というものである。

だが、ある特定の一人の人間に、すべての件について判断を仰ぐようになったらどうなることだろう? それが「全人格的帰依」とわたしが表現したものだ。

「全人格的帰依」は回避せよ! なぜこういうことを言うかというと、1995年のオウム事件のことを想起するからだ。

長年にわたって逃走をつづけていたオウム信者が逮捕され、いままさに裁判が行われている最中だが、かれらは騙されたのではない。あくまでも自らの意思で(!)教団に入り、麻原彰晃というグル(指導者)に「全人格的な帰依」を行ったのである。自発的に服従したのである。そしてその結果がサリン事件というテロ行為でハルマゲドンをもたらすことになる。

これは「全人格的帰依」がもたらした最悪のケースかもしれないが、似たようなケースはそこらへんにごろごろしていると言うべきだろう。それは会社組織でもそれ以外の社会集団でも同じことだ。

ドイツのヒトラー総統への忠誠もまた「全人格的帰依」といっていいだろう。このケースは当時のドイツ人が民主主義という制度のもと、投票行為をつうじて選択した結果である。「空気」に促されたとはいえ、けっして意志に反して余儀なくされたもlのではない。

だが、時間の経過とともに、その時の判断と選択が間違いだったと気がつくこともある。すべての政策に賛成するわけではないが、特定の政策には賛成しかねるということもある。あるいはその逆に、ある特定の政策以外はすべて反対に変わることもある。

それは、「全人格的帰依」の状態とは真逆の状態である。「是々非々」の状態である。

いったん自分が下した意思決定をくつがえすのは容易ではない。精神的葛藤を感じながらも、自分を否定することにもつながりかねないので見解を変えることは回避しようとする。心理学では「認知的不協和」と「合理的機制」というが、物理学用語をつかえば「慣性の法則」がはたらくのである。

だが、間違った選択をしてしまった気づいたときには見解を変える勇気が必要だ。「是々非々」という態度をとる勇気が必要である。自分がフォローしてきたリーダーが、グル(=尊師)やフューラー(=総統)のたぐいだとわかったとき、そこから脱する勇気をもたなくてはならない。逃げることもときには必要だ。

わたしは、いまこの国がきわめておかしな方向に暴走し始めていることに危惧の念を抱いている。

大事なことはバランスだ。行き過ぎた「右巻き」は、「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。それは「正常化」の域をすでに逸脱しており、どう割り引いても不偏不党とはほど遠い。

複雑化して不安定化している世の中であるが、「全人格的帰依」ではなく、「是々非々」という態度をとる勇気が必要なのだ。

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?

答えは言うまでもない。




<ブログ内関連記事>

書評 『私とは何か-「個人」から「分人」へ-』(平野啓一郎、講談社現代新書、2012)-「全人格」ではなく「分割可能な人格」(=分人)で考えればラクになる

キュレーション (きょうのコトバ)

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「ビリーバー」(信じ込む人のこと)の政治的本質について考察を行ったアメリカ人哲学者ホファーは、希望よりも勇気が大事だと説く

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・なぜオウム的な「全人格的帰依」が発生するのか

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・「権威への自発的服従」にかんするアイヒマン実験についても書いておいた」

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!
・・国防方針には賛成でも、憲法96条改正反対、これもまた全人格的な帰依ではなく是々非々


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2011年10月3日月曜日

映画 『はやぶさ / HAYABUSA』 を見てきた-この感動を多くの人たちと分かち合いたい!


 公開二日目のきのう(=10月2日)、日本映画 『はやぶさ/HAYABUSA』 をみてきました。いやあ、もうほんとうの感動、感動、おもわず何度も、何度も目頭が熱くなってしまいました。

 60億kmの彼方の小惑星まで往復して、小惑星のサンプルを持ち帰るという「サンプルリターン計画」。米国とは違って、予算に限界のある日本が苦肉の策として編み出した計画は、世界初のミッション。限りなく「ミッション・インポッシブル」(=不可能なミッション)に近いミッション。ここでいうミッションは、「任務」の意味を超えて「使命」というべきでしょう。

 7年間のあいだ何度も絶望的な状況に陥りながらも、くじけず、あきらめず、最後まやり抜いたチームメンバーたち、そしてものすごい責任の重圧のもと孤独を耐え抜き、決断を下し続けたプロジェクト・マネージャー、そしてこのミッションを支える人たち。これを、ひとりの女性科学者の卵の目をとおして描いた物語です。

 ある意味では、ミッションをつうじて、それにかかわったすべての人たちすべてにとって、それはひとりひとりにとって家族や友人も含めたドラマであり、成長の物語なのです。これがすごくよく描かれていると思いました。


 「はやぶさ」はもともとは「MUSES-C」というコードネームのプロジェクトだったのですが、途中から「はやぶさ」と命名され、またイラストをよくした女性科学者の卵が広報の一環として、「はやぶさ」に顔を描いたことから「はやぶさ君」となっていきます。

 「はやぶさのミッション」は、科学探査が目的でありますが、主に工学系の9つのミッションが課せられたものでした。wikipedia の項目 はやぶさ(探査機)によれば以下のとおりです。

1. イオンエンジンによる推進実験
2. イオンエンジンの長期連続稼動実験
3. イオンエンジンを併用しての地球スイングバイ
4. 微小な重力しか発生しない小惑星への自律的な接近飛行制御
5. 小惑星の科学観測
6. 小惑星からのサンプル採取
7. 小惑星への突入、および離脱
8. 大気圏再突入・回収
9. 小惑星のサンプル入手

 「はやぶさ」開発のなかで、居酒屋で居合わせた町工場のおやじが、開発チームに投げかけた一言によって問題解決するシーンが印象的です。

 バウンドしない物体のヒントを与えられるシーンなのですが、これはじつはお手玉(おてだま)なのですが、バウンドしないことを物理的に後追いで説明できても、それそのものを思いつくかどうかとは別のもの。理論に基づいて推論し、仮説をたててそれを検証する科学者と、理論には詳しくなくても「ものづくり」の実際に携わっている者との違いを浮き上がらせて面白いと思うシーンです。

 「はやぶさ」打ち上げ基地となった、鹿児島県内之浦宇宙・基地。周辺地域の地元漁民たちと飲んで胸襟を開いて、ロケット打ち上げの協力をとりつける泥臭さい根回しのシーン。これは西田敏行演じる的川氏(と思われる登場人物)の役目ですが、映画にはでてこないものの、かつては糸川博士自身も行っていたとを、糸川博士本人が書いた文章で読んだ記憶があります。

 「失敗」を「失敗」と受け取って落胆するな、「失敗」もまた「成果」であるという糸川博士のコトバ、科学者にかぎらず、日本という環境で独自性のあるプロジェクトを遂行することの困難さにめげずに突き進むために、勇気を与えてくれるコトバです。

 「執着」してはいかない、しかし「ミッション達成」のためにはあきらめないという「執念」は不可欠。「執着」と「執念」は、なにがどう違うのか、そんなことも見ながら考えていました。

 それにしても、川口教授(と思われる登場人物)を演じる佐野史郎が、川口教授本人とあまりにも似ているのにはほんとうに驚きです(笑)。女性科学者の卵を演じる竹内結子も、不器用ながらもがんばっている女性を好演していて、すばらしいものがありました。

 撮影は、宇宙開発機構(JAXA:ジャクサ)による全面協力のもと行われたこともあり、リアリティのある内容になっています。JAXA相模原キャンパスでもロケが行われ、撮影現場には JAXA関係者が常駐していたとのことです。

 マスコミでは全米公開が決定したことが発表されています。来年2012年3月からロサンゼルスなど主要10都市以上で公開されるとのこと。

 まあ、米国の20世紀フォックスの製作ですから、最初から全世界公開を想定していたと思いますので、話題作りの一環としてのマーケティング戦略でしょう。とはいえ、全米で公開されたあかつきには、ぜひ米国人観客の感想を聞いてみたいものだとは思います。

 予告編だけでも涙がでてくるという話も聞きましたが、映画館でみれば、何度も何度も目頭が熱くなってくるのを感じるはずです。

 それは、世界初のミッション達成といった「記録」に残る成果をあげたからということよりも、限られた予算の制約のもと、夢の実現のために多くの人たちが関わってきたからという点よりも、この映画を見ている人の一人一人がまた、「記憶」のなかにある自分の人生を重ね合わせながら自問自答していることに気がつかされるからでしょう。

 自分の夢を、自分のミッションを貫いてきたのか? ほんとうに自分がそれを好きで、好きでやってきたのか?、と。

 そんな問いかけを自分にしてしまう映画なのです。






<関連サイト> 

映画『はやぶさ/HAYABUSA』予告編(YouTube)

『はやぶさ/HAUYABUSA』公式サイト

監督: 堤 幸彦
脚本: 白崎博史、井上潔
製作総指揮: フォックス・インターナショナル・プロダクションズ
主演: 竹内結子、西田敏行、髙嶋政宏、佐野史郎
配給:20世紀フォックス


宇宙研究開発機構(略称JAXA、通称 ジャクサ)

JAXA 小惑星イトカワ関連情報


<ブログ内関連記事>

惑星探査船 「はやぶさ」の帰還 Welcome Back, HAYABUSA !
・・2010年6月13日

映画 『加藤隼戦闘隊』(1944年)にみる現場リーダーとチームワーク、そして糸川英夫博士

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・大事なのは希望ではなく勇気!


P.S. この記事で 2011年は200本目となった。




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2011年3月7日月曜日

大東亜戦争の開戦決定に至るまでの、集団的意志決定につきまとう「グループ・シンク」という弊害について


■「グループ・シンク」とは?

 「グループ・シンク」とは、集団による意志決定につきまとう「弊害」についての話です。

 「グループ・シンク」(Group Think) を直訳すると 「集団思考」 となります。
 グループが「全員参加」で考えて何が悪いのだ?・・・という声も聞こえてきそうですが、「全員参加」 と 「集団思考」 は実はまったく異なるものなのです。
 全員で考えることは重要ですが、最終的な結論はリーダーが決定しなくてはいけません。

 では、その「グループ・シンク」の説明は、弊害がでた典型的なケースについてやや詳しく見ることをとおして行ってみたいと思います。


■大東亜戦争の開戦決定に至るまでの、無責任な「なし崩し的」な集団的意志決定

 昨日(2011年3月6日)、「NHKスペシャル シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか」の「第4回 開戦・リーダーたちの迷走」をやっていました。

 ご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、日本の国策決定の場は、各組織の代表者が対等な権限をもつ集団指導体制で、全会一致がタテマエとなっていたのです。

 大東亜戦争(・・開戦時点ではまだ名称は決定されていなかった)の開戦の意志決定がいかになされたか。そのときの会議の出席者は海軍、陸軍、企画院、首相のぞれぞれがまったくの対等の立場で、首相に意志決定のウェイトづけがされていなかったのです。これは致命的な欠陥といっても言い過ぎではないでしょう。ガバナンスの問題でもあったわけです。

 たしかに日露戦争の頃に比べると、リーダーたちの人物としての器が限りなく小粒となっていたことは誰も否定できないでしょう。日露戦争の指導者ったいは、自らが幕末維新の激動期のなか、戦士としても政治家としても数々の修羅場をくぐりぬけた人たちでありました。
 それにくらべて、大東亜戦争前夜の指導者たちは、できあがった既成の制度という枠組みのなかで養成されたリーダーたちであり、いまひとつ肚ができていなかったといっても言い過ぎではありませんでした。

 しかも、陸軍と海軍はそれぞれの組織の論理を貫き、全体を見ようとせず、陸軍は対ソ連に特化、海軍は南方に特化、それそれ別の方向を向いていたのでは、統一した国家指導方針も何もありません。まさに「省益あって国益なし」の状況でありました。

 そんななかで米国によるABCD包囲網のなか、石油禁輸が実行に移され、備蓄した石油は一日一万トンが消費され、徐々に底をついていく・・・・こういう状況にあってなお、結論を先送りし、誰一人として最終的な決断を下せずに、責任回避に汲々(きゅうきゅう)とする国家指導者たち。首相の近衛文麿は軍部を抑えきることができなかったのです。

 近衛文麿が首相の職を投げ出したのち、首相と陸軍大臣を兼ねることになった東條英機大将もまた、既成の枠組みのなかでは能吏(のうり)ではあっても、強い決断力と指導力と兼ね備えた傑出した政治的リーダーとは言い難い人物でありました。

 無責任な集団指導体制においては、誰一人として「独裁者」など存在しなかったのです。これが日本政治の真相でありました。いいい悪いの問題とは別に、ナチス党のヒトラー統治下のドイツとは根本的に異なっていたのです。

 1941年(昭和16年)の開戦の意志決定はトップの決断ではなく、追い込まれた結果に過ぎなかったことがわかります。その時点でアメリカと戦ったら間違いなく敗北することは、みな数字で把握してわかっていました。しかし、誰一人として戦争はやめるべきだと言えずに、その場の「空気」で流されてしまったのです。まさに「グループ・シンク」の弊害がもろにでた結果といわなければなりません。

 1941年における「なし崩し的意志決定」に見られた DNA は、間違いなく 2011年現在も根絶されていない。この国では、最高指導者層のレベルの低さが目に余ります。NHKスペシャルの放送後、外国人からの違法献金問題で、外務大臣が辞任しました。


■全員参加のディスカッションと最終的な意志決定は責任権限はリーダーに与えられるべきであること

 しかし、国家指導者ではない一般人の私たちにとっての教訓は、以下のようなものとなるでしょう。

 全員参加の会議では 「集団の空気」 に流されずに、活発なディスカッションをしなくては意味がない、しかも、最終的な意志決定はリーダーがその責任権限のもとに行わねばならない。
 これがあるべき姿ですね。

 これは、経営や組織全体の意志決定だけでなく、職場レベルの意志決定においても同じことです。

 「グループ・シンク」 のワナにはまらないよう、意識的に気をつけなければならないのです。
 最終意思決定者の責任と重みは、それだけ大きなものがあるということでもあるのです。



<ブログ内関連記事>

NHKスペシャル『海軍400時間の証言』 第一回 「開戦 海軍あって国家なし」(2009年8月9日放送)

「海軍神話」の崩壊-"サイレント・ネイビー"とは"やましき沈黙"のことだったのか・・・

NHKスペシャル 「シリーズ JAPANデビュー」 第3回 通商国家の挫折

シビリアン・コントロールということ-オバマ大統領が政権批判したアフガン駐留の現地司令官を解任

NHK連続ドラマ「坂の上の雲」・・・坂を上った先にあったのは「下り坂」だったんじゃないのかね?

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 


*なお、マネジメントの観点にしぼった簡略バージョンは、集団的意志決定につきまとう「グループ・シンク」という弊害 (きょうのコトバ)と題して、「佐藤けんいち@ケン・マネジメント代表 公式ブログ」に掲載してある。


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