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2013年11月3日日曜日

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た



映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を岩波ホールでみてきた。女性哲学者を描いた作品だが、シンプルなタイトルがじつにいい。

この映画は、政治哲学者ハンナ・アーレント(1906~1975)の生涯において、巨大な論争を引き起こした『イェルサレムのアイヒマン』(1963年出版)をめぐる一時期に焦点をあてて描いたものだ。

哲学者が主人公の映画というとそれだけで敬遠してしまうかもしれないが、この映画はヒューマン・ドラマとしても味わい深い。10月26日から東京・神保町の岩波ホールで公開されている。ひきつづき全国の映画館で上映される予定である。

構想から完成まで10年かかったというだけに、映画化するのも大変なことだった思う。その意味では、1963年前後に時代設定を行い、ニューヨーク在住の亡命ドイツ系ユダヤ人知識人たちの狭い世界に限定して描いたのは成功であったといえるだろう。

ハンナ・アーレントという哲学者は、その人生自体が、とくに前半生がじつに劇的であった。第二次大戦期に30歳代を過ごしただけでなく、ドイツでユダヤ人として生きるということがいかなる意味をもったことを知っていれば。


ハンナ・アーレントはドイツ北部ハノファー近郊で生まれた。世俗的なユダヤ人家庭に育った一人娘で、若い頃から聡明で哲学に多大な興味を示していた。18歳で入学したマールブルク大学で出会った哲学者マルティン・ハイデガーからその才能を愛された師弟関係は愛人関係に発展するのだが、これはフラッシュバック的なシーンとして映画の中にも何度か登場する。

この不倫関係は両者の死後明らかになってスキャンダラスな事件として報道されたのだが、アーレントと関係のあったまさにその時期こそ、ハイデッガーは未完成に終わった主著『存在と時間』にかんする思索と執筆のピークを迎えていたのである。創作意欲とはまさに生きるチカラと密接な関係にあることを示したエピソードである。

フライブツク大学総長となったハイデガーが1933年にナチス党に入党(!)したため、ユダヤ人のアーレントはハイデガーとの交友を断っている。しかし戦争をはさんだ17年後、1950年にドイツで再会し交友関係は復活させている。

ナチスにかかわった男とユダヤ人女性という関係は、なんだかイタリアの女性映画監督リリアーナ・カヴァーニによる『愛の嵐』(The Night Porter 1973年)の設定を思い出してしまうのだが、倒錯的なものはではないとはいえ、人間関係、とくに男女関係が一筋縄ではいかないものがあると言わねばなるまい。

ナチスによる政権奪取後、アーレントは秘密警察のゲシュタポに逮捕されるがまもなく出獄、そのままパスポートのないままパリに脱出し、以後アメリカで市民権を獲得するまでの18年のあいだ「無国籍」のまま生きることになる。

その後、ユダヤ人の故郷をパレスチナに建設するというシオニズム運動にもかかわり、1940年にはフランスで収容所に抑留されるが、これもまたうまく脱出し、翌年にはアメリカに渡航してニューヨークに落ち着くことにった。まさに間一髪の連続である。

映画では前半生はほとんど描かれないが、アーレント自身がユダヤ人として「過酷な時代」を生き抜いた人であったことはアタマのなかに入れておきたい。彼女の政治哲学は、そうした過酷な前半生が前提にありながらも個人的な体験そのものは語らないというスタイルに貫かれている。

だからこの映画で主要テーマとなる『イェルサレムノアイヒマン』においても、アイヒマンという「凡庸な人物」がなぜ「ユダヤ人虐殺という絶対悪」にかかわっていたのかという一点に集中して解明が行われることになる。それが「悪の陳腐(凡庸)さ」(the banality of evil)というアーレントの有名なフレーズとして結晶することになる。

絶滅収容所で虐殺された「被害者」の立場に立つ大多数のユダヤ人からは、裏切り者だという轟々たる非難を浴び続けることになっても、アーレントは見解を変えることも妥協することもいっさいなかった。たとえ長年の親友たちから絶交を言い渡されても。

そういう勇気ある発言を行ったアーレントがいかに危機的状況を乗り切ったのか、その時期をヒューマン・ドラマとして描いた映画でもある。


<関連サイト>

映画『ハンナ・アーレント』 公式サイト





ユダヤ人虐殺後も変わることのないドイツ系ユダヤ人のドイツ語へのこだわり

この映画の監督であるマルガレーテ・フォン・トロッタ(Margarethe von Trotta)は、いわゆる「ニュー・ジャーマン・シネマ」の旗手の一人。とくに知的女性を主人公にしたヒューマン・ドラマを数多く製作してきた。

わたしはマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の作品は、『ローザ・ルクセンブルク』(1986年)はビデオで、チェーホフ原作のイタリア映画『三人姉妹』(1988年)は岩波ホールで、『ローゼンシュトラッセ』(2003年)はDVDですでに見ている。

ローザ・ルクセンブルクはマルクス主義の理論家として、かつては日本でもよく読まれた人だが、映画では社会正義のために奮闘する女性として描かれている。第一次大戦敗戦後のドイツにおける「スパルタクス団」の反乱に参加し虐殺されている。

ハンナ・アーレントは、その精神においてローザ・ルクセンブルクにつながる人だが、ローザもまたドイツ語で著作活動を行ったポーランド出身のユダヤ人である。

『ローゼンシュトラッセ』では、ユダヤ人男性と結婚した貴族出身の非ユダヤ系ドイツ人女性の苦難を描いた作品。

主人公の非ユダヤ系ドイツ人女性に助けられたユダヤ人少女は、戦後ドイツからニューヨークに移住することになるのだが、アメリカ社会に生きながら、ドイツ語にこだわって生きてきたことが映画で描かれる。

アーレントの二番目の夫は非ユダヤ人であり、『ハンナ・アーレント』と『ローゼンシュトラッセ』では設定が正反対になるが、夫婦ともにドイツ出身であり、アメリカ人としゃべるときは英語だが、夫婦間や親しい友人たちとはドイツ語でしゃべる。

アーレントはアメリカに移住後は英語で著作活動を行っているが、英語を身につけたのはアメリカに移住後の36歳からであり、『イェルサレムのアイヒマン』を掲載する雑誌『ニューヨーカー』の編集部では、英文に誤りがあることが編集者から指摘されるシーンがある。

大学の授業でも一般学生を対象にした授業では英語で語るが、ドイツ文化専攻の週数の学生に対してはすべてドイツ語で講義を行っている。

アーレントにとっても、その他の亡命ドイツ系ユダヤ人についても同様、「母語としてのドイツ語」を捨て去ることはなかったようだ。

たとえナチスドイツによるユダヤ人虐殺を体験しながらも、ドイツ語を捨てなかったドイツ系ユダヤ人たち。ドイツ語はナチスのドイツ語でもあるが、ゲーテのドイツ語でもある。

「アイヒマン裁判」を傍聴するため渡航したエルサレムのシーンでも、旧友のドイツ出身の老シオニストとドイツ語で会話するシーンがある。隣のテーブルから話にわりこんできたドイツ出身の仕立屋が、父親が好んでゲーテのことばを引用したがるクセがあったと語るシーンもある。

人間にとって母語とはそういうものだ。そのなかで生まれ育った言語から切り離されることは、人生そのものが否定されるようなものなのだ。

その意味では、ドイツの女性監督がドイツ人女優を主人公にキャスティングして、セリフの一部を英語にするという設定に意味がある。英語を母語とするアメリカ人にドイツ語をしゃべらせたのではリアリティがなさすぎるからだ。

ラストに近いシーンでハンナ・アーレントが「悪の凡庸さ」について、なんと8分にもわたるスピーチを英語で行うのだが、ドイツ語なまりの英語で熱弁するアーレントがじつによく描かれていた。

イスラエルは建国後、ドイツやオーストリアなど中欧系ユダヤ人の母語であったドイツ語や、おなじく多数派であた東欧系ユダヤ人の母語であったイディッシュ語(・・ドイツ語に近い)でもなく、死語となっていたヘブライ語を復活させ国語とした。

この映画ではドイツ語、英語、ヘブライ語が飛び交うが、こうした言語状況について注意を払ってみるのも、ユダヤ民族が生きてきた現実を考えるうえで重要なことだ。

この点は日本語を固有の民族語とし、日本語と日本人を切っても切り離せないものとしてきた日本人とは大きく異なる点である。



『イェルサレムのアイヒマン』(1963年)で「組織と個人」の問題を考える

『イェルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告-』(大久保和郎、みすず書房、1969)は、1980年代後半にわたしも読んでいる。

二段組みでびっちり詰まった小さな活字。正直いって読みとおすのには骨が折れたが、「個と組織」の問題について考えるにあたっては必読書というべきだ。


魂なき官僚制は官僚組織だけの問題ではない。アイヒマンもまたナチスという巨大官僚組織のなかで出世を願っていた一人の凡庸な一官吏に過ぎないのである。

チェコ生まれのユダヤ人でドイツ語で著作活動を行っていたフランツ・カフカには『審判』や『城』といった長編小説がある。いずれもカフカを想わせる Kというイニシャルの平凡な勤め人が主人公であるが、組織のなかで不条理に運命にもてあそばれ、つぶされていく姿が描かれている。

アイヒマンの場合は、たとえ組織の命令が不条理であろうとも、積極的に主体的にそのなかに身を投じたのがカフカの小説の主人公とは異なるが、組織なくしては個が生きることのできない現代社会の象徴のような存在だ。

『イェルサレムのアイヒマン』の出版が、ユダヤ人たちのあいだで轟々たる非難を呼び起こしたことはすでに記したが、ユダヤ人のなかにはアーレントを積極的に支持した人もいなかったわけではない。

たとえば精神分析家のブルーノ・ベッテルハイム(1903~1990)である。彼自身がダッハウ強制収容所、そしてブーヘンヴァルト強制収容所に送られたが、戦争勃発前の1939年に解放されるという体験の持ち主だが、アーレントの主張を全面的に支持した結果、これまた大きな非難を浴びることになった。

ベッテルハイムに対して投げつけられた「ユダヤ人によるユダヤ嫌い」であるという非難は、なんだか「自虐史観」を非難する日本人の存在を想起させるものがある。自意識過剰傾向のつよいユダヤ人と日本人が互いに似た存在でもあると思わされる。

『イェルサレムのアイヒマン』(1963年)が出版されたのは1963年、その後の1960年代という時代が「権威」を否定する一大ムーブメントが先進国のなかで巻き起こった時代であったことを考えれば、アーレントの主張が世の中に受け入れられていったのもある意味では当然ではないかと思う。

ドイツ映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』に描かれているのは、ナチス世代の親をもつ若者世代が「革命運動」にかかわった1960年代後半を描いた作品だが、ドイツに限らず、イタリアでも日本でも、フランスに端を発した「権威を否定する1968年以後」の社会は、すでにそれ以前の世界とは異なるものとなった。



社会心理学者ミルグラムによる「アイヒマン実験」

現在では「六次のへだたり」というネットワーク理論で知られているアメリカの社会心理学者スタンリー・ミルグラム(1933~1984)だが、かつては「アイヒマン実験」という通称で知られた「服従の心理的メカニズム」を解明した人として知られていた。

わたしはこの2つの理論が同じミルグラムによるものであることに、なかなかアタマのなかで結びつかなかったのだが、それはさておき「アイヒマン実験」が世界に与えたインパクトもきわめて大きなものがあったのである。

「アイヒマン実験」とは、閉鎖的な環境で権威者の指示に対して人間がどう振る舞うかについて行われた実験だが、具体的には被験者に対して電気ショックを与える命令が下されたときの反応をみたものである。

かなりショッキングな内容の実験であり、現在では倫理的な観点から実施することは禁止されているが、その結果のほうがさらにショッキングなものであった。

人間は、権威あるものによって命令されたとき、電気ショックにスイッチを押してしまうのである。それほど人間というものは、普段の環境では理性ではおかしいと思っている行為であっても、いとも簡単に実行してしまうのである、と。

「アイヒマン実験」」についてはじめて知ったのは、日本的経営論の権威であった津田眞澂教授の1980年代に出版された著書であったが(・・タイトルは忘れた)、「組織と個」について考察する文脈のなかであったと記憶している。

『服従の心理』(原題は Obedience to Authority : 権威への服従)という本は1974年に出版されている。「アイヒマン実験」そのものは「アイヒマン裁判」に触発されて行われたものだが、一般向けの書籍として出版されたのは、『イェルサレムのアイヒマン』出版後の11年後にあたる。



ミルグラムもまたユダヤ系であるが、アーレントとは28年と、約一世代違うので親子ほどの関係になる。ニューヨーク生まれなので、直接ヨーロッパで反ユダヤ主義を経験したわけではない。

『服従の心理』のなかでミルグラムは、『イェルサレムのアイヒマン』について以下のように書いている。山形浩生氏による新訳が河出書房から文庫化されているので、そこから引用しておこう。

実はこれは、ハンナ・アーレントの著書『イェルサレムのアイヒマン』に関連して提起された問題を想わせる。アーレントは、アイヒマンをサディスト的な化け物として描きだそうとする検察側の試みが根本的にまちがっていると述べた。アイヒマンはむしろ、机に向かって仕事をするだけの凡庸な官僚に近いも者だというのがその主張だ。・・(中略)・・
われわれ自身の実験で、何百人もの一般人が権威に従うのを目の当たりにして、わたしは「悪の陳腐さ」というアーレントの発想が、想像もつかないほど真実に近いと結論せざるを得ない。被害者に電撃を与えた一般人は、義務感--被験者としての自分の役目についての認識--に従ってそれを行っただけだ。ことさら攻撃的な性向のためにそうしたのではない。
おそらくこれが、われわれの研究の最も根本的な教訓だろう。・・(以下略)・・ (P.21)

新訳版には、ミルグラムの先生であったジェローム・ブラナーによる2004年版序文がついているが、ベトナム戦争だけでなく、つい最近のこととして、米軍兵士ったいがイラクの囚人たちに対して行った虐待について触れている。

「アイヒマン実験」に先だって公表されたアーレントの「悪の陳腐(凡庸)さ」という観点がいかに先駆的なものであったか人間の本質についての哲学者の考察の鋭さ、深さについてあらためて思わざるをえないのである。



「アイヒマン裁判」には日本から傍聴しにいった文芸評論家がいる

大学時代のことだが古本屋で『ナチズムとユダヤ人-アイヒマンの人間像-』(村松剛、角川文庫、1972)という本をみつけて読んだことがある。



村松剛はすでに亡くなっているが、文芸評論家で三島由紀夫とは親しく交友していたことでも知られる人。日本文学にかんする造詣の深い人であったが、一方では本書以後、ユダヤ人問題や中近東問題についても深い関心をもち、さまざまなノンフィクション作品を発表している。

『ナチズムとユダヤ人-アイヒマンの人間像-』は、初版は1962年の発行だという。まさに同時代としてリアルタイムで「アイヒマン裁判」を傍聴した記録である。

ユダヤ人に対してとくに敵意をもっていたわけでもないアイヒマンという人物。十分な学校教育も受けず、中流階級から転落したこの男は、社会的上昇を願って新興のナチス党という組織に入る。

ナチズムや反ユダヤ主義からではなく、あくまでも出世のためにユダヤ人問題にかかわることになったアイヒマン。

シオニズムの原典となったテオドール・ヘルツルの『ユダヤ問題』を読んで、そのナショナリズムに感激したアイヒマン。これがのちにシオニストと結んだ秘密協定の伏線ともなるのだが、個人的悪意からでもなく、主義主張からでもなく、ユダヤ人虐殺の責任者となったアイヒマンは、まさに組織の一歯車として働いたに過ぎない。

そのような内容が書かれている村松剛のこの報告書は、機会があればぜひ図書館で探してでも読んでほしいものだ。


終わりに-半世紀前の1960年代を振り返る

映画のなかでハンナ・アーレントはひっきりなしにタバコを吸っている。映画をみているときに、なんだかタバコの匂いが漂ってくるような感じがしたのは、岩波ホールが古い劇場だからだろう。

考えてみれば岩波ホールで映画をみるのは20年以上ぶりのようだ。改装も改築もされていない古い映画館には、過去に蓄積された匂いが染みついている。

現在ではヨーロッパですら禁煙エリアが拡大しているが、1960年当時のアメリカでも、授業中に講師がたばこを吸うことが許されていたというのは驚きだ。

おなじくユダヤ系のフランス人セルジュ・ゲンズブールもひっきりなしにタバコを吸っているが、1960年代という時代がそこに現れているようでもある。

半世紀を経て時代は根本的に変わったのだが、さて2010年代の現在、人間の本性は変わったといえるのかどうか。あらためて考えてみる必要がある。









<関連サイト>

映画『ハンナ・アーレント』 公式サイト

映画『ハンナ・アーレント』 Official facebook

民族としてのアイデンティティーとは、いったい何なのか---映画『ハンナ・アーレント』が内包する普遍的なテーマを考える(川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 現代ビジネス 2013年10月18日)

映画『ハンナ・アーレント』 どこがどう面白いのか 中高年が殺到!(週刊現代 2013年12月9日)








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