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2014年12月24日水曜日

歌人・九條武子による「聖夜」という七五調の「(大乗)仏教讃歌」を知ってますか?

(『九條武子 歌集と無憂華』 のばら社版 より)

「聖夜」という「仏教讃歌」がある。もちろん「きよしこの夜」で始まるクリスマス・キャロルが念頭にあるのだろう。英語の「聖夜」(Silent Night)は、Silent Night, Holy Night ・・・で始まる曲である。

「仏教賛歌」の「聖夜」は、歌人で「大正三美人」の一人と呼ばれていた九條武子(1887~1928)の詩に、「シャボン玉」(作詞:野口雨情)などの童謡や「ゴンドラの唄」(作詞:吉井勇)のなどの歌謡曲で知られる中山晋平(1887~1952)が曲をつけたもの。

明治維新に際して吹き荒れた廃仏毀釈の嵐によって大きなダメージを受けた日本仏教は、再建を果たすなかで「近代化=西欧化」のなかでキリスト教の影響を大幅に取り入れている。とくに日本最大の宗派である浄土真宗は、日本仏教界を先導して「仏教近代化」を推進した。

(九條武子 『近代美人伝』(長谷川時雨)より)

九條武子は、浄土真宗の西本願寺の大谷家に生まれ、「大正三美人」のもう一人とされた同じく歌人の柳原白蓮とともに華族の出身者であった。日本の近代化は、エリート層による「上からの近代化」が主導しているが、仏教界においてもエリート主導の西欧化が行われたのである。

この「聖夜」も、布教(=伝道)にあたってキリスト教の影響を大胆に取り入れていたケースの一つとして考えるべきだろう。

浄土真宗は、早い時期から日本人の海外移民に向けての布教にも力を入れており、そういうった経験がフィードバックされてきたのかもしれない。築地本願寺には、1970年に設置されたという立派なパイプオルガンが本堂にあるが、そういった流れのなかにあるのだろう。

ちなみに、浄土宗から登場した近代の聖者・山崎弁栄(やまざき・べんねい 1859~1920)もまた、アコーディオンを引きながら布教に従事していたらしい。アコーディオンにせよオルガンにせよ、本来の仏教音楽ではなく、西洋音楽を演奏するためのものである。

音楽にかんしては、西欧近代化のなかで日本人の感覚そのものも不可逆的な変化を被ったことに触れておかねばならない。日本の唱歌の旋律の多くは、プロテスタントの讃美歌から生まれたものなのである。仏教もまた現代に生きる以上、音楽にかんするこの流れのなかから出ることはもはや不可能である。

「聖夜」(Holy Night)とは、いうまでもなく「きよしこの夜」ではじまるキリスト教クリスマス・キャロル Silent Night からきているのだろう。だが、九條武子の「聖夜」は、キリスト教の「聖夜」とは違って「聖母子」を歌ったものではない。クリスマスとも関係ない

「聖夜」の歌詞を引用しておこう。

聖夜 (九條武子)

星の夜ぞらの うつくしさ
たれかは知るや 天(あめ)のなぞ
無数のひとみ かゞやけば
歓喜になごむ わがこゝろ

ガンジス河の まさごより
あまたおはする ほとけ達
夜(よる)ひる つねにまもらすと
きくに和(なご)める わがこゝろ

「あまたおはする ほとけ達」というフレーズに見られるように、阿弥陀仏を絶対視する浄土真宗の枠を越えた、大乗仏教そのものを歌いあげた「(大乗)仏教賛歌」といえよう。どういう曲なのか聞いたことがないのでわからないのが残念である。

仏教聖歌の「聖夜」は、九條武子歌文集の『無憂華』に収録されている。九條武子が亡くなる一年前に出した歌文集である。

(『九條武子 歌集と無憂華』 のばら社版)


九條武子の兄であった大谷光瑞(おおたに・こうずい)はシルクロードの西域探検をプロモートした人物として有名だが、建築家の伊東忠太にエキゾチックなインド風建築で築地本願寺の設計を依頼している。

東京の築地本願寺の境内の片隅に九條武子の歌碑がある。文字がかすれて読みにくいのだが、幸いなことに歌詞を記した看板が立っているので内容がわかる。きわめて宗教的な内容の歌である。

おおいなる
もののちからに
ひかれゆく
わがあしあとの
おぼつかなしや



(九條武子夫人歌碑の左隣にある案内板 築地本願寺境内)


九條武子は、文学史に名を残した歌人というよりも、仏教歌人として記憶されるべき存在かもしれない。

そんな九條武子が遺した「聖夜」という七五調の詩を味わってみたいものである。





<関連サイト>

仏教賛歌混声合唱団コール・スカンディ 公式サイト
・・九條武子作詞の「聖夜」の解説がある


<ブログ内関連記事>

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる
・・『無憂華』(むゆうげ)という文集を遺した九條武子について詳しく触れておいた

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・築地本願寺には1970年に設置されたパイプオルガンが本堂に(!)ある

「法然と親鸞 ゆかりの名宝-法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌 特別展」 にいってきた


日本の近代化=西欧化とキリスト教の影響

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・日本人の脳は西洋音楽によって「洗脳」されてしまったのである

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・キリスト教の聖書の日本語訳は近代の日本語にきわめて大きな影響を与えた

書評 『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)-「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

書評 『普通の家族がいちばん怖い-崩壊するお正月、暴走するクリスマス-』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007)-これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ
・・クリスマスは「習俗化」しているのである

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・「英語・アメリカ・キリスト教」の三位一体が明治時代を主導した

書評 『オーケストラの経営学』(大木裕子、東洋経済新報社、2008)-ビジネス以外の異分野のプロフェッショナル集団からいかに「学ぶ」かについて考えてみる
・・「(フラットな組織である)オーケストラにおいては、個々の演奏者が、いかに他の演奏者とのハーモニーをつくり出すことができるかということであり、別の表現をつかえば、いかにチームワークを作りあげるかということになる。「もともと日本には、教会の響きのなかで賛美歌を歌いながらハーモニー(調和・和声)を創っていくという習慣がない。そのため、お互いの音を聴き合ってハーモニーを創っていくという意識が、どうしても低くなっているようにみえる」(P.157~158)」 日本と西欧との大きな違い。

(2014年12月28日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)













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