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2018年3月27日火曜日

JBPress連載コラム第22回目は、「日本は専制国家に戻るロシアを追い詰めてはいけない-「東洋的専制国家」の中国とロシア、その共通点と相違点」(2018年3月27日)


JBPress連載コラム第22回目は、「日本は専制国家に戻るロシアを追い詰めてはいけない「東洋的専制国家」の中国とロシア、その共通点と相違点」(2018年3月27日)
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52652

ロシアも中国も、ともに帝国崩壊から100年後となるが、プーチンも習近平も現代の「皇帝」になぞらえられるのは、ある意味では不思議なことではない。

ロシアと中国がよく似た体制であることは、「東洋的専制国家」という概念を補助線として引いてみると理解できる。ロシアはウラル山脈を境に西洋と東洋の双方にまたがる「ユーラシア国家」である。

今回のコラムはエッセイ風な書き出しで、ロシア帝国の専制政治のなかで生きた19世紀ロシアの国民詩人プーシキンを導入にして、ロシア政治の特性と中国との共通点と相違点について考えてみました。

つづきは本文で! http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52652

(プーシキンの肖像画 Wikipediaより)


次回の公開は、2週間後の4月10日(火)です。お楽しみに!


<ブログ内関連記事>

「わたしは春をこのまない」(プーシキン)

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

書評 『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか-中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる-』(石平、PHP新書、2015)-首尾一貫した論旨を理路整然と明快に説く

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008) ・・ユーラシア大陸の覇者モンゴルの盛衰。その長い衰退の歴史




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2018年3月21日水曜日

書評 『日本問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2017)-「日本の来し方・行く末」について考えるための読み応えのある濃厚な対話


 『日本問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2017)を読んだ。

この二人の名前はいわずもがなと思うが、田中優子氏は現在は法政大学総長、専門は近世日本つまり江戸時代の文化史で、日本をグローバル世界のなかに位置づけて考察している。わたしも『江戸の想像力』『近世アジア漂流』その他の著作には大いに感心してきた。

松岡正剛氏は、いわば「知の巨人」。古今東西の書籍の膨大な読書を続けている編集工学の主唱者ウェブで連載が継続中の「千夜千冊」などのほか、『空海の夢』『知の編集工学』などの著作には大いに啓発されてきた。 こんな二人の問答が面白くないはずがない。

とはいえ、日本にかんして、ある一定程度の知識をベースにした「教養」がないと、その面白さを十二分に堪能できないかもしれない。まさに日本の古今東西だけでなく、日本を越えて世界に及ぶ、縦横無尽といった内容の対話録だからだ。

出版社の岩波書店による内容紹介は以下のとおり。

「日本はどんな価値観で組み立てられてきたのか.なぜそれが忘れられてきたのか.「内なる日本」と「外なる日本」,「善」と「悪」,「表」と「裏」――デュアル思考で見えてくる多様性の魅力とは.常に新境地を切り開く江戸文化研究者と古今東西の書物を読破し続ける編集工学者が,日本の来し方・行く末をめぐって侃侃諤諤の知の冒険!」

いまの日本人に決定的にかけているのは、江戸時代の日本型儒教にかんする知識だという「第5章 日本儒学と日本の身体」での松岡正剛氏の指摘は重要だ。

儒教という思考方法を身につけたことによってカタチの明確でなかった神道が確立し、国学へとつながっていくからだ。こういう思想の発展経路は、小林秀雄晩年の大著『本居宣長』に詳しく書かれているのだが、日本人全般の「教養」にはなっていないのだろうか?

この対話録も終わりに近づくにつれて、とくに田中優子氏のリベラル派というか左派的な地金が浮上してくるのが、わたしにとってはややうっとおしいが(笑)、江戸時代を中心にした日本文化の考察にかんしては、大いに傾聴すべき指摘も多いことは否定しようがない。

第8章のタイトルではないが「日本の来し方・行く末」について考えるためには、読み応えのある濃厚な対話であるといえよう。









<ブログ内関連記事>

書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)-自らの内なる「複数形の日本」(JAPANs)を知ること

書評 『法然の編集力』(松岡正剛、NHK出版、2011)-法然は「念仏」というキーワードを膨大な大乗仏教経典のなかからいかに抽出したのか?

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)





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2018年3月13日火曜日

JBPress連載コラム第21回目は、「戦後もなぜか生き残ったナチスの発明「源泉徴収」-確定申告でタックスペイヤー意識の向上を!」(2018年3月13日)


JBPress連載コラム第21回目は、「戦後もなぜか生き残ったナチスの発明「源泉徴収」-確定申告でタックスペイヤー意識の向上を!」(2018年3月13日)
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52529

いわゆる「モリカケ問題」にかんして、昨日(2018年3月12日)、財務省が公文書の書き換えを認めたこともあり、野党が勢いづいてますね。

公文書書き換えは言語道断の所行でありますが、これをもって内閣総辞職だなんとかいうのは、国民をバカにしているのではないかという気がしないでもありません。

というのも、国として税金の使い道を議論するのが予算審議であり、衆議院でも参議院でも国会の予算委員会では、予算とその政策の中身に関する議論よりも、野党による与党のスキャンダル追求ばかりが行われることにウンザリしているからです。やるべきことやれよ、と。

時事的話題そのものではありませんが、今回は、日本国民の納税意識を規定している源泉徴収制度について、確定申告との対比を踏まえながら考えてみたいと思います。

つづきは本文で! http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52529


次回の公開は、2週間後の3月27日(火)です。お楽しみに!


<ブログ内関連記事>

フォルクスワーゲンとヒトラー、そしてポルシェの関係

JBPress連載コラム20回目は、「日本の道路が左側通行になった意外な経緯-世界のスタンダードは右側通行」(2018年2月27日)-右か左か、それが問題だ!

JBPress連載コラム19回目は、「「春節」を祝わない日本は不思議な国なのか?-年中行事まで太陽暦に移行した日本の特異性」(2018年2月13日)




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2018年3月11日日曜日

書評 『日本やきもの史入門(とんぼの本)』(矢部良明、新潮社、1992)-この入門書はわかりやすくて、しかも質が高い


別に骨董好きではないのだが、陶器の技術史的側面に関心があって『日本やきもの史入門(とんぼの本)』(矢部良明、新潮社、1992)を読んでみた。amazonで類書を探していて、この本が良さそうだったからだ。

この本は、面白くてじつに理解しやすいスグレ本だ。ビジュアル本で豊富なカラー写真と問答体スタイルなので読みやすい。 陶磁器は三次元構造物なので、ほんとうは二次元の画像ではリアルさに欠けるが、それは仕方がないこと。ホンモノを見るだけでなく、触って使い込んでみないと陶器は理解できないことは重々承知している。

著者は、東京国立博物館陶磁室長(出版当時)。いきなり「第一部 世界最古の土器は日本製!」という章で縄文土器の話から始まるが、その後の弥生時代以降は、先進技術文明である中国の陶磁器製作技術の影響などもからめた技術史的アプローチがよい。

 「第4部 世界が驚く桃山のやきものオブジェ」という章も読んでいて気持ちいい。技術もさることながら、茶の湯とのからみで美意識を重視した作品の数々抽象芸術としては西欧社会よりも400年早い!というのは、日本人としてはうれしいではないか!

秀吉の朝鮮出兵後に朝鮮の陶工たちが大量に日本に来たのは、技術者を必要としていた九州の諸大名が誘致したからだという説明には納得。技術移転は人間の移動をともなうものであり、来日した陶工たちにとっても歓迎される土地の方がよかったのだろう。

そのほか、さりげなく知見の数々が紹介されており、入門書にしては質が高い

 一読して、なんとなく日本の陶器の歴史がわかったような気持ちになった。現在は「品切れ重版未定」のようだが・・・。ぜひ重版するか、あるいはサイズを小さくして文庫版で復刊するべきだ。






<ブログ内関連記事>

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)-水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む 
・・「青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたというドラッカーの発言」

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007) 
・・テーマ性で収集したドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション

「縄文多空間 船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)-海辺の小高い丘に居住していた縄文人たちの痕跡。7000年前の「縄文早期」に思いをめぐらす

書評 『ニシンが築いた国オランダ-海の技術史を読む-』(田口一夫、成山堂書店、2002)-風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求




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2018年3月10日土曜日

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』(文春文庫)全10巻をついに読了!


『翔ぶが如く』の文春文庫版全10巻をついに読了。1月27日から足かけ3ヶ月で読み切った。感無量だ。最後の方では、読み終えてしまうのがもったいない気持ちさえ感じさえしていた。

28年前の「NHK大河ドラマ」の原作となった歴史小説だが、まさに「大河小説」というべきだろう。マンガ本なら10巻なんて当たり前だが、小説で10巻というのはあまりない。同じ著者による『坂の上の雲』よりも長いのだ。

とはいえ、背景となるのは明治5年(1873年)から明治10年(1878年)までのたった6年間。「明治維新革命」における最大の危機となったのが「征韓論」と「明治6年政変」、そしてその帰結としての「西南戦争」

この小説の最後の3巻は西南戦争の詳細な叙述にあてられており、読者は、ついに暴発し挙兵した薩軍(=旧薩摩藩士たち)に担ぎ上げられた西郷隆盛と、積雪の2月から9月までの8ヶ月に及ぶ苦難の行軍をともにして、最後の最後は鹿児島の城山での「玉砕」を見届けることになる。

だが小説はそこで終わらない。大久保利通の暗殺まで描かれる。

西郷隆盛にとっては、吉之助と一蔵として、同じ「郷中」に生まれ育った無二の親友であり、しかも革命の同志でもあったが、征韓論を境に袂を分かつことになった大久保利通この小説の主人公はこの二人であり、その周辺に無数の脇役がちりばめられる。

 『翔ぶが如く』というタイトルの意味は、第9巻まで読み進めてようやくわかった。 それは「鹿児島県氏族の気質」にかんして薩摩藩出身の陸軍大佐が、長州藩出身の山県有朋陸軍卿に説明した、「彼等は進むを知って退くを知らず、唯、猪突を事として、縦横の機変に応ずるを知らず」という文言に対する司馬遼太郎のコメントにある。

「まことに上代の隼人(はやと)が翔ぶがごとく襲い、翔ぶがごとく退いたという集団の本性そのままをひきついでいるかのようである」と司馬遼太郎は書いている。(2002年文庫版 P.159~160)。古代の戦士そのものである。

「翔ぶが如く」とは、「薩摩人の気質」を形容した形容した表現なのである。だから、この歴史小説は西郷隆盛と大久保利通が主人公だが、薩摩そのものを描いた作品だというべきだろう。魅力的で個性的な薩摩人が数多く登場する。

「西南戦争」とはもちろん新政府側の命名によるものだが、挙兵した旧薩摩藩士たちは鎌倉時代に始まる、戦国時代の気風を維持しつづけた希有の存在であったようだ。

反乱の壊滅とともに「開国」から始まった25年に及ぶ「明治維新革命」が完結しただけでなく、8世紀にも及ぶ日本の封建制の歴史も完全に幕を閉じることになったのかと思うと、じつに感慨深い。

しばらくは、『翔ぶが如く』の余韻のなかを過ごすことになりそうだ。








<関連サイト>

2018年のNHK大河ドラマは『西郷(せご)どん』


<ブログ内関連記事>

司馬遼太郎の歴史小説 『翔ぶが如く』 は傑作だ!

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を「半分読了」(中間報告)


幕末の日本で活躍した英国の外交官アーネスト・サトウは日本人?-きょうは「佐藤の日」 ② (2016年3月10日)


■明治維新革命と西郷隆盛

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971)は「敗者」の側からの血涙の記録-この本を読まずして明治維新を語るなかれ!


■征韓論と脱亜論

「脱亜論」(福澤諭吉)が発表から130年(2015年3月16日)-東アジアの国際環境の厳しさが「脱亜論」を甦らせた

書評 『新 脱亜論』(渡辺利夫、文春新書、2008)-福澤諭吉の「脱亜論」から130年、いま東アジア情勢は「先祖返り」している





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