「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 縄文時代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 縄文時代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年12月31日水曜日

書評『縄文 革命とナショナリズム』(中島岳志、太田出版、2025)― 「縄文」という切り口で読みとく「戦後日本」の「精神史」

 

2025年(令和7年)の読み納めは、『縄文 革命とナショナリズム』(中島岳志、太田出版、2025)。年末年始の休みは、仕事とは直接関係ない本を読むには適している。  

「縄文」という切り口で読みとく「戦後日本」の「精神史」である。この3つがキーワードである。 

大東亜戦争の敗戦によって、全否定されるにいたった「皇国史観」。戦中期には、オカルト的なまでにエスカレートしていた「皇国史観」にかわって注目されるようになったのが「縄文」だ。 日本と日本人のアイデンティティをどこに求めるか、その問いに対する答えとして注目されるようになったのである。

現代インド研究から出発して、現在は思想史の分野で活発に執筆活動を進めている著者は、1951年の岡本太郎の「縄文発見」から始めて、柳宗悦の民藝運動の行き着いた先、そして1960年代には南西諸島に日本の古層を見る島尾敏雄や吉本隆明たちの言説をていねいにたどっていく。この時代の言説は、著者のいう「縄文左派」である。 

そして、近代文明批判の観点から1970年前後に全面にでてきたオカルトブームや、反体制的なヒッピームーブメントを経て、そのなかから生まれてきたエコロジーへの関心のなか、1980年代には「縄文左派」の内側から「縄文右派」への流れが生まれてくる。 

かつては「縄文左派」によって天皇制を超えるものと見られていた縄文だが、日本が経済的に絶頂期を迎えた1980年代には、ナショナリズムと結びついて「縄文右派」の優勢を迎える。梅原猛に代表される「新京都学派」の言説が国民のあいだに浸透していった。 

そして、2020年代の現在、「縄文ナショナリズム」は「スピリチュアル」と結びついていく。この段階になると「左派」と「右派」の違いはきわめてあいまいとなり、安倍昭恵さんがその代表的存在だが、同一人物のなかで左右の違いは矛盾と感じられなくなっていく。 

「戦後日本の精神史」をざっと眺めたらそんな感じになるわけだが、結局のところ、人びとが見たいもの、そうであってほしいものが投影された存在が「縄文」だというわけなのだ。 

さて、2020年代も半ばを過ぎて、「縄文」に対する日本人の思いはどう変化していくのだろうか。日本をめぐる国内外の危機がエスカレートしていきつつある現在、この流れは加速していくのかどうか、考えてみるのも面白い。 


 画像をクリック!




目 次
序章 戦後日本が「縄文」に見ようとしたもの 
第1章 岡本太郎と「日本の伝統」 
第2章 民芸運動とイノセント・ワールド 
第3章 南島とヤポネシア 
第4章 オカルトとヒッピー 
第5章 偽史のポリティクス  ―  太田竜の軌跡 
第6章 新京都学派の深層文化論  ―  上山春平と梅原猛 
終章 縄文スピリチュアルと右派ナショナリズム 
あとがき 
参考文献


<ブログ内関連記事>






・・「縄文人や弥生人の二重構造説など、「常識」となっている固定観念にゆさぶりをかけ、日本人の認識を変える必要さえ迫ってくる」



■「縄文」をめぐる言説関連





(2026年2月22日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2022年11月27日日曜日

「高低差」が気になる人にとって『千葉凸凹地図』(昭文社、2022)は、千葉県北西部についての「アースダイバー」のガイドになる

 

 NHKの「ブラタモリ」の影響というわけではないが(・・いや、そうかもしれないが)、町歩きしていると「高低差」が気になる。 

東京湾のベイエリアにある千葉県北西部の船橋だが、湾岸の埋め立て地は別にして、内陸部に入るとは意外と高低差が大きい。つまり、上り下りが必要な坂がけっこう多いということだ。 

東京の都市部は坂の多い町で、『江戸の坂 東京の坂』(横関英一) なんていう本が出ているくらいだ。坂のそれぞれに名前がついている。だが、千葉県北西部にかんしてはそんなことはない。坂に名前がついているかもしれないが、東京のように標識がないのでわからない。

ことしになってから『千葉凸凹地図』(昭文社)『千葉スリバチ地図』というマニアックな地図帳が出版された。ここのところ、ふたたび歩き回っていて気になっていたので、前者を購入してみた。これがめっぽう面白い。  


縄文人たちの住まいは、海に面していた崖の上にあったわけだ。つまり、縄文人は、海の幸と山の幸を両方とも享受できる居住環境であったのである。うちの近くにも1万年前の縄文時代の集落跡が発掘されている。 切り立った崖の上にある。

というわけで、歩き回りながら高低差を体験していると、縄文時代にはフィヨルド状だったのだななどと考えながら、坂を上り坂を下るのである。 




東京にかんしては、中沢新一による『アースダイバー』という試みがあって面白い。だが、東京下町までカバーされているものの、残念ながら江戸川の東岸にまで言及されていない。江戸時代に盛んだった成田山新勝寺への「成田詣で」も、中沢氏には意識してほしかったところだ。東京下町と千葉県北西部は江戸川を挟んでいるものの、京成電鉄沿線など共通性の多い地域だからだ。

『千葉凸凹地図』に研究成果として掲載されている「麻賀多(まかた)神社」の起源についてのトピックが興味深い。


(麻賀多神社分布図 P.163に記載されているもの)


印旛沼周辺の南東にのみ18社が分布している麻賀多神社だが、「麻賀多」(まかた)4とは「真潟」(まかた)だったのだ、と。 

これは、海水面を5m高くシミュレーションした地図を作成してきてわかったのだという。あくまでも「仮説」であるが、こんな事例がほかにもあるのではないか? 

その意味では、『千葉凸凹地図』は、千葉県北西部についての「アースダイバー」のガイドになりうるものだ。この本に触発されて、民間からいろいろな「研究成果」が「仮説」としてでてくることを期待している。 


画像をクリック!



<ブログ内関連記事>







(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年5月16日日曜日

書評『土偶を読む ― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』(竹倉史人、晶文社、2021)― ついに謎が解けた土偶の秘密。その解明プロセスが面白い!


 

言われてみれば当然だなと思うが、はじめてそれを言い出すのは勇気がいることだ。 

そして、それをそうだと納得がいくように立証するのは、さらに大きな困難が待ち構えている。 

「常識」をくつがえす研究というものは、自然科学に限らずみなそんなものだ。

 『土偶を読む-130年間解かれなかった縄文神話の謎』(竹倉史人、晶文社、2021)「独立研究者」の竹倉史人氏がなしとげたのも、その1つであるといっていい。 

縄文時代の土偶(どぐう)は、いったいなにを意味しているのか? 

神話研究を行う人類学者の著者は、文字化された記紀神話以前の、無文字社会であった縄文時代の神話を解明するために、まずは土偶を読む必要を感じたのである。そこからすべてが始まった。 

いままで130年にもわたって「常識」とされてきた「妊娠女性説」や「地母神」とは違うのではないか? 

考古学を専門としない著者の違和感は、ただしかったのである。シトウトゆえの強みが発揮されたわけである。

結論から先に言ってしまおう。帯にも書いてあるように、「土偶とは、日本最古の神話を刻み込んだ<植物像>だった!」のである。土偶は、大地からのいただきものに感謝するための呪術として使用されていたのである。 

表紙カバーにあるように、土偶の頭部とクリの実の形がきわめて酷似している。先端のトンガリ部分も含めてだ。日本に自生しているシバグリの実なのである。 


(カバー表紙の裏)


帯の裏には、ハート型の土偶の顔とオニグルミを割った形、そして宇宙人のような土偶の頭部とハマグリ

ハマグリは貝類だが、クリと同様に落下している実を拾って、殻を割って食用とすることはおなじである。しかも、海浜で採取するハマグリとは「浜」の「栗」、すなわち「浜栗」ではないか!

縄文人は、現代人と違って、植物と動物の区別はしていなかったのであろう。現代人の「常識」をそっくりそのままあてはめても、縄文人の精神世界はわかるはずがないのである。 

土偶は、海のものとも山のものともつかぬではない。土偶は、海のものであり、山のものであったのだ。




こんな結論だけ書き出せば、「たしかにそう言われてみれば、そうとしか言いようがないよなあ。ほかにどう見ろというのだろう」と思うことだろう。

ここまでは、形の類似性に着目したイコノロジー(図像解釈学)によるものだ。

だが、ひらめきで思いつくだけでもたいしたものだが、そこで終わりにはならないのは、考古学の専門外であるとはいえ、著者が「研究者」であるからだ。形が似ているのは偶然ではない(!)ことの立証責任を果たさなくてはならないのだ。 

研究者としての著者は、「縄文脳インストール」と称して五感をフルに活用したフィールドワークを山で海で行い、さらに考古学の研究蓄積を中心に、環境文化史や民族植物学など、関連するあらゆる学問で得られた実証データをフルに活用する。 

それが、本書で述べられている研究を貫くイコノロジー × 考古学」という方法論である。直観と推論。感性と論理。その相反する知性の組み合わせだ。この方法論は、土偶研究だけでなく、幅広く汎用性のあるものだといえよう。いくらでも応用可能だ。 

この本の存在は、じつはネット上のコラム記事で知った。その記事にも結論は書かれているが、結論そのものもさることながら、結論にいたるプロセスが、またさらに面白いのだ。130年間におよぶ「常識」をくつがえす研究など、めったにないことだからだ。 

しかも、竹倉史人氏の前著が『輪廻転生-<私>をつなぐ生まれ変わりの物語-』(講談社現代新書、2015)であることを途中で知った。なんだ、そうだったのか、と。土偶研究と輪廻転生の研究は、じつはおなじ著者によるものなのだ。『輪廻転生』もすばらしい内容の本だ。 

「脱魔術化」をはかった「近代主義」がすでに破綻しているのにもかかわらず、いまだに狭い実証主義に凝り固まったアカデミズムの世界

推論と論理だけではダメなのだ。五感をフルに解放して、直観と感性を活かすことが大事なのだ。 

著者は、すでに縄文人の精神世界の研究に着手しているという。今後の展開が大いに楽しみだ。 


画像をクリック!



<関連サイト>

竹倉土偶研究所(著者のウェブサイト)





トチノミ(google検索による画像集)

(2021年7月9日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

・・著者の前著




⇒ セイヨウトチノミ




(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2020年12月11日金曜日

かの有名な「加曽利貝塚」(千葉市若葉区桜木町)に初めて行ってきた(2020年12月11日)-貝塚として初めての「特別史跡」のは保存活動の長い歴史があった

 
かの有名な「加曽利貝塚」に初めて行ってきた(2020年12月11日)。

「加曽利貝塚」は、千葉県民ならもちろん、関東在住者なら一度は耳にしたことがあるのではないかと思う。加曽利といえば貝塚という連想ができあがっているはずだ。それほど有名な貝塚であり、縄文時代後期の縄文遺跡なのである。

そもそも「加曽利」という名称が珍しい。「加曽利」は当て字であろう。「かそり」というのがもともとどういう意味だか知らないが、他では聞いた事がない地名である。

千葉市若葉区に加曽利町という地名がある。たまたまその近くに用事があったので、ついでに加曽利貝塚までいってみた。

「加曽利って、もしかしてかの有名な加曽利貝塚の?」と自分のなかで自問自答してスマホで検索したら、やはりあの加曽利であった。そんな機会でもなければ、千葉市の住民ではないので行く機会はなかなかないだろう。

(貝塚のある縄文集落の全体像)

加曽利貝塚は、2017年に国の「特別史跡」に指定されている。貝塚としては初めてのことであるという。加曽利貝塚が最初に発見されたのは1907年のことであり、すでに100年以上も前のことになる。

加曽利貝塚は現在では整備された公園になっている。小高い丘の上にあるのは、その他の縄文遺跡とおなじだが、それはかつて「縄文海進」という状況があって、貝塚のある縄文集落の近くまで海が迫っていたからだ。

最終氷期の最寒冷期後(約19,000年前)から始まった海水面の上昇のため、縄文時代には海が陸地を浸食していたからである。現在の千葉湾は貝塚からだいぶ離れているが、それはかつて海だった場所が土砂の堆積によって陸地となっているためである。

(公園内の右奥に「復元集落」を望む)

残念なことに、現在は公園が改修工事中(・・2021年3月末まで)で公園内に入ることができなかった。時間がたっぷりあったわけでもないので、遠目で「復元集落」を見るにとどめた。「北貝塚」には、「竪穴住居跡群観察施設」と「貝層断面観覧施設」もあることはあとから知った。まあ、ここ以外でも多数見てきたのでよしとしよう。

(博物館の入り口)

公園内には、「千葉市立加曽利貝塚博物館」がある。入場無料である。この博物館の展示内容をざっと見て回った。縄文土器が中心だが、なかには「加曽利式」と命名されたタイプもある。このほか、土製品・土偶、貝製品・骨角歯牙製品、石器・石器製品、食料資源などのハ発掘物が展示されている。

(「加曽利式」を含む縄文土器)

加曽利貝塚について知っておくべきなのは、保存のための住民運動の長い歴史である。第2次大戦後の高度成長時代、あわや宅地開発されて破壊されてしまうという瀬戸際にあったのだ。高校教出会った一人の郷土史家が先頭に立って始まったこの運動についても、展示資料で知ることができる。

(石棒や土偶)

いまでこそ、サステイナブルがキーワードになるなど乱開発の時代は終わっているが、開発か保存かという問題は、とくに地価の高い都心部や市街地では、現在でも関係者が大いに苦慮する状況にある。その点、加曽利貝塚は、都心部からはずれているので保存に成功したとは言えるだろう。もちろん、保存活動に携わった方々の熱意には頭を下げなくてはならない。

日本列島の先住民が縄文人であったこともあり、日本列島のどこでも縄文遺跡があるのだが、有名な「大森貝塚」をはじめ、貝塚はとりわけ東京湾周辺に集中しているようだ。個人的には、船橋市海神にある「船橋市飛ノ台史跡公園博物館」のほうがコンパクトにまとまった縄文遺跡と博物館のセットとして好ましく感じているが、規模的には加曽利貝塚は、はるかに大きな集落が保存されている点は特筆すべき点だ。

機会があれば、一度は訪れる価値はあるといえよう。加曽利といえば、貝塚なのだから。だが、加曽利貝塚は千葉市若葉区加曽利町にはない。行政区域としては千葉市若葉区桜木町にある。そこらへんの事情については、どうなっているのだろうか?




<関連サイト>



<ブログ内関連記事>





 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)


   
(2012年7月3日発売の拙著です)

 





Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end


2018年8月18日土曜日

特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(東京国立博物館・平成館)を見にいってきた(2018年8月17日)-これだけまとめて一級品の「縄文」を見る機会もなかなかない



特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(東京国立博物館・平成館)を見にいってきた(2018年8月17日)。これだけまとめて一級品の「縄文」を見る機会もなかなかないと思う。

「縄文」は、北海道から沖縄に至るまで日本の「基層文化」だから、日本中いたるところで縄文遺跡が発掘され、自治体ごとに縄文遺跡から発掘された土器や土偶、矢尻など生活用具に至るまで展示されている。とはいえ、国宝6点をふくめて「これぞ縄文!」という逸品が一カ所に集められた展示会だから、いく価値があるのだ。「博物館」での展示だが、「美術展」ととらえても問題ない。



8月17日(金)に、開場とともに「縄文展」へ行ったのは、夏休みということもあり、そうとう混んでいるのではないかと恐れていたからだ。朝イチならすいてるだろうと思ったが、同じように考えている人が多いようで、会場に入るところまではスムーズにいったが、なかに入ったらやはり混雑していた。

観客はほとんど日本人のようだ。日本が世界に誇る JOMON だからね、当然といえば当然だろう。少子高齢化で人口が減少しようが、GDPが中国に追い抜かれようが、濃度の濃さに違いはあろうとも、日本人が1万年も昔に花開いた「縄文」に生きた「縄文人」の末裔であるということは、日本人のアイデンティティと誇りの再確認になるからだろう。

「縄文」というのは、土器に縄目模様があるからそ名付けられたのだが、抽象度の高い人物表現や動物表現には、かなり高度な知性が反映していると考えるべきだ。文字をもたなかった縄文人だが、写実そのものではなく抽象度の高い表現をあえて行っている点は、どの縄文土器や土偶をみて感心させられる


(展示の最後のこのコーナーは撮影可能 筆者撮影)

興味深いのは、土器や土偶ではないが、石棒(せきぼう)が展示されていたことだ。石棒とは、男性性器をかたどった信仰の対象のこと。土器ではなく石を削ってつくられているのでそう呼ばれている。大地に対して垂直に立てられた石棒が、会場ではかなり異彩を放っていた。インドやネパールならリンガムである。男根崇拝は豊穣儀礼。 

縄文土器には、一般に女性をかたどったものが多い。子どもがいままさに生まれようとしている姿を描いた縄文土器も展示されていたように、豊穣のシンボルとしては女性が圧倒的に多い「縄文」だが、石棒のような男性機能をシンボライズしたものも存在しているのは興味深い。対(つい)になると考えるべきか。

たまには1万年前のことを考えてみるのも意味あることである。



◆主催: 東京国立博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社 
◆協賛: 凸版印刷 協力: 文化庁、国際交流基金、大塚オーミ陶業、大塚国際美術館、 日本児童教育振興財団◆公式サイト http://jomon-kodo.jp/







<ブログ内関連記事>

「縄文多空間 船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)-海辺の小高い丘に居住していた縄文人たちの痕跡。7000年前の「縄文早期」に思いをめぐらす


書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)


「かなまら祭」にいってきた(2010年4月4日)-これまた JAPANs(複数形の日本)の一つである


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end