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2018年5月28日月曜日

「ソーセージ&ビール フェスティバル」(JR津田沼駅前)に参加してみた-ストーリーで町おこし


 「ソーセージ&ビール フェスティバル」(津田沼駅前)に立ち寄りで参加、現在売り出し中の「習志野ソーセージ」を千葉県の地ビールである安房ビールの黒で味わう。 

この「習志野ソーセージ」は、第一次大戦中の青島(チンタオ)攻略戦で戦争捕虜となったドイツ人兵士から伝授されたレシピにもとづくのだとか。習志野には陸軍基地があり、基地内に設置された「俘虜収容所」に収容されたドイツ人兵士のなかにはソーセージ職人もいたのだという。その味を現代に再現したものだそうだ。


    

グリルしたソーセージからは熱々の肉汁が飛び出してきて旨い。 当然のことながらビールにはよくあう。

「安房ビール」は、房総半島の南房総市にある地ビールの醸造所がつくっているもの。黒ビールしか残ってなかったが、ドイツ風のドゥンケルで味は良し。選択は正解であったといえよう。



 「地ビール×ご当地ソーセージ」の組み合わせは、村おこしならぬ、町おこしか。

日本の地方は、もっとドイツのように地方色を前面に打ち出したらいい。金太郎飴のように全国チェーン店ばかりが増え続けている現在の日本は、救いようがないほどに画一化が進んでしまっている。こうした状況へのアンチテーゼとして、土地にまつわるストーリーを掘り起こしてどんどん推進すべきだ。

キーワードは、その土地にまつわるストーリーである。「習志野ソーセージ」の場合は、第一次世界大戦のドイツ人捕虜だ。どんな地域でも、それなりのストーリーが発見できるはずだ。ぜひ掘り起こしてみて欲しい。







<関連サイト>

ソーセージ&ビール フェスティバル(習志野ソーセージ公式ブログ)

「安房ビール」(公式サイト)


<ブログ内関連記事>


ドイツの「ビール純粋令」(1516年4月23日発布)から本日で500年

タイのあれこれ(5)-ドイツ風ビアガーデン

「ラオス・フェスティバル2014」 (東京・代々木公園)にいってきた(2014年5月24日)
・・ラオスのソーセージは旨い!

「タイガー・ビア」で乾杯!!

ミャンマー再遊記 (4) ミャンマー・ビアとトロピカルフルーツなどなど

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

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2018年5月22日火曜日

JBPress連載コラム第26回目は、「明治150年」だから聖徳記念絵画館に行ってみよう 一級の絵画作品で味わう日本近代化の「最初の50年」 (2018年5月22日)


JBPress連載コラム第26回目は、「明治150年」だから聖徳記念絵画館に行ってみよう 一級の絵画作品で味わう日本近代化の「最初の50年」 (2018年5月22日) ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53112

今回は、明治150年の最初の約50年の歴史を振り返ることのできる「聖徳記念絵画館」について紹介したいと思う。

聖徳記念絵画館は、明治天皇の一代記とその時代を重ね合わせて描かれた絵画作品を展示した記念館である。 

JR山手線の原宿駅の西側にある明治神宮と、JR中央総武線の信濃町駅の南側にある聖徳記念絵画館は距離的に離れているので、一緒に訪問する人はあまり多くはないだろう。

だが、近代日本の最初の50年間を「見える化」したこの絵画館は、ぜひ一度は訪問することを薦めたい。 

つづきは本文で ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53112





<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第25回目は、「近代日本の原点「五箇条の」が素晴らしい-憲法改正議論が活発な今こそ、改めて読み直そう」(2018年5月8日)

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)


「エンプレス・ショーケン・ファンド」(Empress Shoken Fund)を知ってますか?-国際社会における日本、その象徴である皇室の役割について知ることが重要だ





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2018年5月16日水曜日

司馬遼太郎の『花神』と吉村昭の『ふぉん・しいほるとの娘』(新潮文庫、2007)を読み比べてみる-歴史小説と「歴史其儘」(そのまま)について


小説家・吉村昭の『ふぉん・しいほるとの娘』(新潮文庫、2007)の下巻をようやく読了。下巻だけで660ページ超だが興味深く読めた。初版は1978年なので、すでに40年前の作品になる。 

オランダ商館の医師として来日したドイツ人シーボルトと日本人妻・滝(たき)とのあいだにできたのが稲(いね)。この歴史小説の楠本イネである。幕末に産科医として活躍した女医である。 

楠本イネについては、司馬遼太郎の『花神』(1969年)にも登場して、村田蔵六(=大村益次郎)とのロマンスならざるロマンス(?)が描かれていたが、読んでいてなんだか作り物で眉唾めいたものを感じていたので、吉村昭の『ふぉん・しいほるとの娘』と読み比べてみようと思った次第。 

吉村昭のほうはディテールの描写が精密であり、事実を淡々と述べていく手法は好ましく感じられる。主人公は楠本イネであり、村田蔵六はエピソード的に登場するに過ぎない。村田蔵六が彼女の人生において占める割合はかなり小さい。 

もちろん、司馬遼太郎も吉村昭も、あくまでも歴史小説家であって歴史家ではないので、事実関係について書いた説明的な文章はさておき、会話にかんしては創作によるものが大半であろう。ある意味、会話こそ小説家の腕の見せ所だから。 

ということは、つまるところ、司馬遼太郎は論外にしても(・・司馬遼太郎は、はっきりいって作りすぎの創作!)、吉村昭の描く楠本イネでさえ、たとえ限りなく実像に近いとしても、小説である以上、あくまでも虚像であり、文字通りそのままとして受け取るわけにはいかないだろうということだ。 

とはいっても、森鴎外のいう「歴史其儘(そのまま)」がどこまで可能かどうかも、正直なところ難しいものがある。過去の人物にかんしては、資料的制約があることはいうまでもなく、使用可能な複数の資料をつきあわせて事実を取捨選択するプロセスで、無意識のうちに作者の解釈が入り込んでくるからだ。つまり作品は、あくまでも再構成なのである。 

シーボルトの娘であった楠本イネについては、まだまだその他の文献を見ていく必要がありそうだ。といっても、メインの探求テーマではないので、あくまでも気が向いたときにということで。





<関連サイト>

歴史其儘と歴史離れ(森鴎外、青空文庫)




<ブログ内関連記事>

司馬遼太郎の『花神』が面白い-「超」のつく合理主義者で無口で堅物という、およそ感情移入しにくい大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした幕末の『プロジェクトX』

「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年8月12日)-江戸時代後期(=19世紀前半)の日本をモノをつうじて捉える

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③



■吉村昭の歴史小説


書評 『白い航跡』(吉村昭、講談社文庫)-脚気撲滅に情熱をかけた知られざる海軍軍医・高木兼寛の生涯を描いた伝記小説


書評 『彦九郎山河』(吉村昭、文藝春秋、1995)-「戦前」は賞賛され「戦後」は否定され忘却された高山彦九郎という人物を現代に蘇らせる

書評 『三陸海岸大津波』 (吉村 昭、文春文庫、2004、 単行本初版 1970年)-「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く






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2018年5月13日日曜日

『明治維新のカギは奄美の砂糖にあり-薩摩藩 隠された金脈』(大江修造、アスキー新書、2010)で、薩摩藩と革命家・西郷隆盛にとっての奄美の意味を知る


NHK大河ドラマ『西郷どん』は今週(2018年5月13日)から奄美大島に島流しされた主人公・西郷吉之助を描いている。 

本日18時から飯を食いながらBSで視聴したが、奄美方言には日本語字幕が入っていた。当時の薩摩人にとってすら理解しかねる奄美方言西郷吉之助も最初はまったく理解できなかったであろう。 もちろん、飯を食いながらの「ながら見」では、画面を見ずに音声だけを聞いていては知解できない(笑)
  
『明治維新のカギは奄美の砂糖にあり-薩摩藩 隠された金脈』(大江修造、アスキー新書、2010)という本があるが、この本は薩摩藩がなぜ倒幕の中心になれたのか、カネの側面から理解するのに役立つ内容の本だ。 
  
幕末に倒幕の原動力になった諸藩は、みな財政再建に成功した藩であり、薩摩藩の場合は調所広郷(=調所笑左衛門)の辣腕によるものだ。抜け荷と呼ばれていた密貿易が財政再建の一つであった。 

薩摩藩が琉球王国を支配し、清朝との二重帰属体制に置いていたことは比較的よく知られていると思う。当時の清朝に朝貢貿易を行う琉球王国は、薩摩藩にとっては重要な資金源であったが、奄美の砂糖もまた薩摩藩の財政を大きく支えていた。薩摩藩の財政の5割以上は奄美の砂糖が占めていたとされ、薩摩藩は沖縄でも奄美でも過酷な支配を行っていた。 

奄美は、薩摩藩が実質的に植民地扱いして砂糖キビ栽培のモノカルチャーを行わせており、砂糖からあがる収益が財政の下支えをしていた。これが薩摩藩の財政力であり、薩英戦争において英国と互角の戦いを行うことを可能とさせたのである。

この状況は、北米植民地を喪失する以前の第一次大英帝国(18世紀)におけるカリブ諸国と同様であった。英国はカリブの砂糖と、米国南部の綿花に大きく依存していたわけである。

薩摩藩と英国は、薩英戦争を戦った結果、互いをリスペクトし合う関係になっただけではない。南島での黒砂糖栽培という共通点があったのである。違いは、カリブと米国南部ではアフリカから連れてきた黒人奴隷を酷使していたのに対し、沖縄や奄美では現地人が虐げられていたことだ。
  
『明治維新のカギは奄美の砂糖にあり』は、専門の歴史家によるものではないので事実誤認や解釈の偏りが感じられなくもないが、財政という観点から幕末を考えるうえでは面白い内容だと思う。 

薩摩藩出身の革命家・西郷吉之助にとっての奄美の意味は、多面的に捉える必要がある。愛加那(あいかな)との出会いだけではない。






著者プロフィール

大江修造(おおえ・しゅうぞう)
1938年、東京都生まれ。両親が鹿児島県大島郡龍郷町出身。母方の家系は琉球王の末裔である田畑家。東京理科大学理学部卒業後、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)勤務。東京理科大学非常勤講師、東京理科大学図書館長などを経て、東京理科大学理学部教授。工学博士。米国化学工学会が蒸留工学における顕著な貢献により表彰(2008年)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

明治維新のカギは奄美の砂糖にあり(YuTube)


<ブログ内関連記事>

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・沖縄復帰以前は日本の最南端であった奄美大島に移住した日本画家のエキゾチックな作品

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』(文春文庫)全10巻をついに読了!

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)

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2018年5月8日火曜日

JBPress連載コラム第25回目は、「近代日本の原点「五箇条の」が素晴らしい-憲法改正議論が活発な今こそ、改めて読み直そう」(2018年5月8日)


JBPress連載コラム第25回目は、「近代日本の原点「五箇条の御誓文」が素晴らしい-サブタイトル 憲法改正議論が活発な今こそ、改めて読み直そう」(2018年5月8日) ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53015

先週の5月3日は「憲法記念日」だった。日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから、今年(2018年)で72年目になる。 ここ数年、憲法改正の是非をめぐって議論が活発になっている。

だが、あいもかわらず「改正派」と「護憲派」の主張ばかりが際立って対立しており、実質的な議論が深まっているという印象はない。

憲法改正を考えるには、改正の対象となっている個々の条文も重要だが、そもそもの“原点”がどこにあるかを確認することが重要だ。

そこで今回は、近代日本の原点であり、かつ「明治150年」の原点である「五箇条の御誓文」について考えてみたい。

つづきは本文で ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53015







<ブログ内関連記事>

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)

「エンプレス・ショーケン・ファンド」(Empress Shoken Fund)を知ってますか?-国際社会における日本、その象徴である皇室の役割について知ることが重要だ





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2018年5月5日土曜日

司馬遼太郎の『花神』が面白い-「超」のつく合理主義者で無口で堅物という、およそ感情移入しにくい大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした幕末の『プロジェクトX』


司馬遼太郎の『花神』を読み終えた。新潮文庫の上中下の三冊本だが、面白いので一気に読んでしまった。これがまたじつに面白い。 

大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした歴史小説。大村益次郎は言うまでもなく「日本陸軍の父」靖国神社の境内に銅像がある(・・官軍側で死んだ将兵を祀った靖国神社の性格を考えれば当然というべきか。とういうよりも、靖国神社の原型となった招魂社をつくったのは彼である。安心して死ねるための装置が必要であったからだ)。 

その昔、NHK大河ドラマで放送されたので見ていたはずなのだが、健忘症なのか細かい中身はすっかり忘れている。記憶は稀薄である。あまりにも昔すぎるからかもしれないし、ドラマで視聴するのと、原作の小説を読むのとでは、ぜんぜん違う印象を受けるからかもしれない。 記憶に残っていたのは村田蔵六の「蔵六」とは亀の意味だというくらいだった(・・手足と頭としっぽで6つ。この6つを甲羅のなかに蔵しているから蔵六)。 

名のみ高くて、具体的にどういう人物だったかわからないのが大村益次郎こと村田蔵六。大村益次郎の名前で活躍した期間は、人生の最後のわずかに数年間

「超」のつく合理主義者で無口で堅物という、およそ感情移入しにくい主人公であるにもかかわらず、この小説は不思議なことになぜか面白い。幕末の動乱期にその才能を見いだされ、求められるがままに、やるべきことをやり尽くした、そう長くはない人生。小説的には面白くもない人物を、よくぞ小説の主人公に仕立て上げたものだ、と感嘆する。

長州の百姓身分の村医者の息子が、大坂に出て緒方洪庵の適塾で蘭医学を学び、超優秀なオランダ語の読解能力が買われて、医学から軍事学への道へと導かれていく。 医者から軍事技術者へ、そして倒幕軍の司令官へと、時代の激流のなかで、自ら意図したわけではないのにキャリアチェンジしながら、とんとん拍子で出世してていく主人公。現代風にいえば、ある種の「引き寄せ力」の持ち主だったようだ。 

小説だから、もちろん脚色は多々あろうが。 幕末から明治維新にかけての歴史を長州藩の立場から描いたこの作品は、薩摩藩の立場から描いた作品とも、会津藩の立場から描いた作品とも違うのは当然だ。それぞれの立場によって見えてくるものは異なるからだ。もちろん、長州藩のもつメリットとデメリット双方が浮き彫りにされているのは、この作家が単なる小説家ではないからだ。 

作者は長州藩の特徴として、つねに政治が軍事に優先した体質について語っている。具体的にいえば、軍事の天才・村田蔵六(=大村益次郎)を見いだして長州藩に引っ張り、最後までメンターとして守る立場にいたのが政治家の桂小五郎(=木戸孝允)だが、村田蔵六はあくまでも軍事技術の専門家として遇され徹底的に活用された。ある意味では、そういう概念がなかったにもかかわらず、シビリアンコントロールが徹底していたといえるのかもしれない。 

たしかに日露戦争においても、戦争指導にあたったのは長州藩の奇兵隊出身の山県有朋だが、戦争終結と講和のタイミングは絶妙であった。政治が軍事をコントロールしていたからこそ、日露戦争はからくも勝利できたのである。軍が暴走するようになったのは、明治維新の元老たちが退場し、陸軍人事における薩長の独占体制が崩れて以降のことである。長州藩の体質については、ポジティブな面をもっと評価すべきかもかもしれない。 ただし、平等主義の負の側面である下克上体質という悪しき体質を陸軍(および出先の関東軍)に持ち込んだのも長州であることは指摘しておかねばならないが・・)。

最期は暗殺された村田蔵六(=大村益次郎)だが、明治維新という「革命」に対して、かならず西から「反革命」が起こると先読みして、そのための準備に抜かりがなかったというのが、じつに興味深い。この点は、西南戦争を前史も含めて描いた『翔ぶが如く』でも何度も繰り返し言及されている。

みずからの戦争指導もあずかって、戊辰戦争があまりにもあっさりと決着がついたために、不完全燃焼に終わってしまい、攘夷と倒幕のエネルギーがくずぶったまま残るだろうという理解からだ。実際、これは明治10年に勃発した西南戦争として現実のものとなる。

先見の明の背景には、蘭学者(洋学者)として、究理学(=物理学)につうじていたことが背景にあったようだ。エネルギー保存の法則と作用反作用の法則である。自然科学と技術の知識が、血肉のものとなっていたことがうかがわれる。その意味でも、徹底的な合理主義者の大村益次郎は、人徳あり情に厚く存在そのものが思想であるような西郷隆盛とは、まったく対極にある人物であったようだ。 

「徴兵制」の実行によって身分制度が打破されたことは、奇兵隊を生み出した長州藩ならではの功績だし、そもそも百姓身分出身の大村益次郎自身の思想でもあった。その意味では、まさに「日本陸軍の父」というべき存在だ。 (・・これに対して警察は、不平士族対策もあって当初は士族中心であったが、この点も『翔ぶが如く』に書かれている)

大村益次郎がもし暗殺されずに生き延びていたら、日本陸軍はどうなっただろうかと、ずいぶん以前から考えてみることがある。 

だが、この小説を読んだあとに思うのは、陸軍の西洋式軍服を着た大村益次郎はまったく想像しにくいということだ。西洋の軍事技術で明治維新革命に貢献したが、あくまでも攘夷派でありナショナリストであり、最後の最後まで、戦場においても和服を貫き通したという頑固な姿勢。おそらく、やるべきことを終えたと思った時点で、地位にしがみつくことなく、あっさりと去って行ったのではないだろうか。 

大村益次郎について正面切って取り上げた本があまりないだけに、司馬遼太郎のこの小説は読む価値があると感じた。NHKでかつて放送されていた『プロジェクトX』のような、知られざるヒーローを描いた作品というべきかもしれない。





<ブログ内関連記事>


司馬遼太郎の歴史小説 『翔ぶが如く』 は傑作だ!

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を「半分読了」(中間報告)

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』(文春文庫)全10巻をついに読了!

NHK連続ドラマ「坂の上の雲」・・・坂を上った先にあったのは「下り坂」だったんじゃないのかね?

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

「韮山反射炉」を見に行ってきた(2018年4月21日)-日本人なら一度は見学しておきたい反射炉は、まさに「百聞は一見にしかず!」の産業遺産
・・アヘン戦争(1840年)以降、蘭学の中心は医学から兵学へと移行していく

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③
・・佐倉藩もまた、蘭学ことに西洋医学の中心地であった

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ
・・福沢諭吉は、緒方洪庵の適塾では村田蔵六の後輩に当たるが、おなじく蘭学の秀才であった開国派の福澤諭吉と攘夷派の村田蔵六とは真逆の方向を志向することになる

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!


(2018年5月20日 情報追加)



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2018年5月4日金曜日

映画 『ホース・ソルジャー』(2018年、米国)を日本公開初日の初回に見てきた(2018年5月4日)-2001年の「9・11」から1ヶ月後のアフガニスタンで始まった米国の「対テロ戦争」は機密作戦から始まった


映画『ホース・ソルジャー』(2018年、米国)をTOHOシネマズで日本公開の初日の初回で見てきた。原題は 12 Strong(12人の強者たち)。実話に基づいたストーリー。 

2001年10月から11月にかけてという21世紀の初頭に実際に行われた騎馬戦戦車や迫撃砲、ロケットロンチャーの攻撃をかいくぐりながら、騎馬軍団が馬上からマシンガンを撃ちまくる。最後の戦闘シーンは迫力満点で圧巻だ!  




2001年9月11日の「9・11テロ」後のアメリカによる初めての反撃はアフガニスタンであった。 

米国によるアルカイダへのリベンジの第一弾が、タリバンの拠点であったアフガン北部のマザーリシャリーフを陥落させることであった。アルカイダはタリバンがかくまっていたからだ。 

反タリバンの勢力で土着のウズベク人軍閥であるドスタム将軍の側面支援を行うことがミッション。米軍はあくまでもオモテに出ず、CIAと特殊部隊が秘密作戦で側面支援する。 

そのために現地に送り込まれたのが「12人の強者たち」なのだった。


(アフガン北部のまざーりーマザーリシャリーフ Googlemapより)

側面支援の具体的内容は、米空軍のB-52戦略爆撃機による9,000フィートという超高度からの空爆を地上から無線で誘導することだ。これだけの高度になると、正確な座標軸を特定しないとピンポイントでの爆撃は難しい。空爆のターゲットから離れると精度が落ちるが、爆撃ターゲットに近すぎる地点からの誘導は爆撃に巻き込まれる危険が高くなる。

制空権を奪っても、地上軍が進出しなければ占領はできない。まさに「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(boots on the ground)の先兵となるのが特殊部隊であり、かれらによる地上からの精密誘導なのである。 

機密ミッションを担ったのが「米陸軍特殊騎馬隊」。といっても正規の編成ではなく、じつは米陸軍特殊作戦群、通称グリンベレーの12人が、現地で否応なく取らざるを得なかったのが騎馬作戦なのだった。険しい山岳地帯のアフガニスタンでは、戦車よりも馬のほうがはるかに機動力がある。 机上の作戦ではない現地での臨機応変の対応は、牧場で生まれ育った隊長のリーダーシップのたまものであった。


(予告編よりビデオキャプチャ)

現地人から信頼を勝ち得ながら作戦を実行するのは、きわめて泥臭い活動。さすがベトナム戦争で有名になったグリーンベレーである。 ここ数年は米海軍特殊部隊のネイビー・シールズ(Navy SEALs)ばかり脚光を浴びているが(・・ウサーマ・ビンラディン暗殺作戦もシールズが実行)、米陸軍特殊部隊のグリーンベレーが脚光を浴びた映画が製作されたのは珍しい。 

映画の最後のクレジットによれば、ロケは米国南部のニューメキシコ州で行われたようだ。たしかに、アフガンの光景と似ている。 メキシコと隣接するニューメキシコ州は山岳地帯で砂漠地帯だ。



うちの近所では、なぜか「プレミアム・シート」でしか上映がないので今回初めて利用してみた。座り心地のいい座席で、ゆったりとできるのはメリットかも。

もちろんスクリーンは大きくて見やすく大音量。迫力ある戦闘シーンの臨場感が楽しめたい。たまには、プレミアムシートも悪くないな、と。







<関連サイト>


映画『ホース・ソルジャー』公式サイト(日本版)

12 STRONG - Official Trailer (YouTube)




<ブログ内関連記事>


映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・オサマ・ビンラディン殺害作戦を描いた映画。計画実行にあたったのは米海軍特殊部隊ネイビーシールズ

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった 
・・アフガニスタンでの対アルカーイダ掃討作戦。米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)をもとにしたもの

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)-戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・
・・「戦後米国による冷戦構造が構築される以前、地政学の観点から、帝国陸軍主導で行われた構想である。日本の敗戦後、この構想にかかわった関係者を尋問し、米国が徹底研究したことは記憶されるべきことである。 そしてなぜEUも米国もアフガンに派兵しているかについても、その意味を理解することができる。いち早くアフガンの地政学的重要性を指摘していたのは大川周明であった」

『新版 河童駒引考-比較民族学的研究-』(石田英一郎、岩波文庫、1994)は、日本人がユーラシア視点でものを見るための視野を提供してくれる本
・・中央アジアの馬

書評 『馬の世界史』(本村凌二、中公文庫、2013、講談社現代新書 2001)-ユーラシア大陸を馬で東西に駆け巡る壮大な人類史
・・「戦車」に代わって「騎兵」が戦場の主役に登場する。この段階において人と馬のかかわりはより密着したものとなる。いわゆる「人馬一体」という形である。これによって機動力はさらに高まり、馬のもつ軍事的な意味は計り知れないものとなる。中央ユーラシアを疾駆する騎馬遊牧民は、離合集散しながら勢力を拡大し・・」

書評 『ポロ-その歴史と精神-』(森 美香、朝日新聞社、1997)-エピソード満載で、埋もれさせてしまうには惜しい本
・・騎馬による球技であるポロの源流は中央アジアのアフガニスタン方面にあるようだ





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