『AI監獄ウイグル』(ジェフリー・ケイン、濱野大道訳、新潮社、2022)を読了した。新疆ウイグルで進行中の「AI監獄状態」は、わたしたち自身の「近未来の現実」ではないか?
著者は、イスタンブール在住の米国人ジャーナリストでテックライター。アジアと中東で豊富な取材経験をもつ。トルコに逃れたウイグル人の取材をつうじて、現地で進行中の状況を描き出す。
(原題は The Perfect Police State: An Undercover Odyssey into China's Terrifying Surveillance Dystopia of the Future, 2021 日本語訳すれば『完全な警察国家:中国の驚愕すべき監視ディストピア未来への極秘調査行』となる)
中国の新疆ウイグル地区で進行中の「ディストピア状況」は、顔認証と音声認証、DNA採取、移動・購入履歴ハッキング、密告アプリ、そして「強制収容所」における思想改造にまで進んでいる。21世紀の「ジェノサイド」とは、まさにこの「状況」のことだ。
しかも、AI化によって監視装置である「パノプティコン」(Panopticon)には生身の身体をもった監視員すら存在しない。技術的には人間が介在しない、AIが判断をくだす状況が可能となっているのだ。
(ベンサムによる「パノプティコン」の構想図 Wikipediaより)
ウイグルの「状況」を時系列で見ていくと、「AI監獄化」の進行はが、ほとんどこの数年間の出来事であったことに驚くだけではない。「状況」はすでにウイグルだけに限定された問題ではなく、中国を中心に全世界に拡散しつつあるのだ。
著者が指摘するように、もはや「もし○○になたら?」という問いはすでに意味をなさない。いま必要なのは、「○○にどう対応するか?」という問いである。
なぜなら、中国の「監視テクノロジー」関連企業は、米国の関連企業との密接な関係のもと、ウイグルを実験場として技術を進化させてきたのであり、技術そのものにはイデオロギー性など存在しないからだ。
技術は、それをどう使うかによって、「善」にも「悪」にもなりうる諸刃の剣である。メリットとデメリットはコインの裏表、背中合わせの存在だ。国民をコントロールしたいという点においては、中国も米国も違いはない。ロシアやイランなどの強権国家は言うまでもない。この日本もまた例外ではない。しょせん程度問題に過ぎないのだ。
技術の進歩はもはや止めようがない。ウイグルを「実験場」にした中国が、技術戯実の進歩を加速させたに過ぎない。「倫理」(エシックス)しか「制御」の手段はないのだが・・・
著者自身は、「○○にどう対応するか?」という問いには答えていない。この点については、わたしたち一人一人が自分で考えていくしかないのだろう。
いずれにせよ、ウイグルでの「AI監獄化」が、わずか5年程度で進行したという厳然たる事実は、アタマに入れておかねばならないのである。
目 次注記 調査方法について、ウイグル族と漢族の名前について(年表)中国政府のウイグル政策/米中テクノロジー企業の動き/メイセム(ウイグル人女性・仮名)の日常(地図)中国と新疆ウイグル自治区、そしてユーラシアプロローグ その暗黒郷を "状況" と呼ぶ第1章 中国の新たな征服地第2章 国全体を監視装置に第3章 ウイグル出身の賢い少女第4章 中国テック企業の台頭第5章 ディープ・ニューラル・ネットワーク第6章 「中国を倒せ!」「共産党を倒せ!」第7章 習近平主席の “非対称” の戦略第8章 対テロ戦争のための諜報員第9章 「政府はわたしたちを信用していない」第10章 AIと監視装置の融合第11章 このうえなく親切なガーさん第12章 すべてを見通す眼第13章 収監、強制収容所へ第14章 強制収容者たちの日常第15章 ビッグ・ブレイン第16章 ここで死ぬかもしれない第17章 心の牢獄第18章 新しい冷戦第19章 大いなる断絶第20章 安全な場所など存在しないエピローグ パノプティコンを止めろ謝辞
著者プロフィールケイン,ジェフリー(Cain, Geoffrey)アメリカ人の調査報道ジャーナスリト/テックライター。アジアと中東地域を取材し、エコノミスト誌、タイム誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など多数の雑誌・新聞に寄稿。2020年発表のデビュー作 SAMSUNG Rising: The Inside Story of the South Korean Giant That Set Out to Beat Apple and Conquer Tech(『サムスンの台頭』(未訳))はフィナンシャル・タイムズ紙とマッキンゼー社が主催するビジネス本大賞候補に選ばれた。現在はトルコ・イスタンブールに在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)訳者プロフィール濱野大道(はまの・ひろみち)翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)卒業、同大学院修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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