『ロシアトヨタ戦記』(西谷公明、中央公論新社、2021)を読了。2004年から2009年までの5年間を現地法人のロシアトヨタ社長として体験したエコノミストの回想記。たいへん興味深く読んだ。
昨年2021年末にソ連崩壊から30年が経過したが、2004年時点はまだソ連崩壊から14年目であった。まさに敗戦後の日本がたどったように、経済復興から経済成長に移行しようとする時期であった。
プーチン政権の反米志向が明確になっておらず、現在よりはるかに好景気に恵まれていたのは、高騰する原油価格がロシア経済を押し上げていたからだ。ソ連時代と変わらず、ロシア経済は原油価格の変動に左右される、典型的な資源国の経済である。
そんな2004年に、ロシアトヨタの2代目社長として赴任した著者は、トヨタの「中の人」でありながら、「外の目」を備えた人でもあった。長銀破綻後に中途でトヨタに入社した人であり、トヨタに入ってから国際マーケティングの部署で自動車ビジネスをゼロから学んだ人だからだ。
モスクワを拠点にした販売会社の舵取りを任されることになったが、上り調子の経済を背景に倍々ゲームで自動車販売を拡大させていく。
このほかに与えられたミッションは、ロシア国内の製造拠点確保に道筋をつけることと、モスクワの販売会社の新社屋を建設することであった。
これらのミッションは、著者の在任中にいずれもコンプリートさせている。工場は、プーチンの出身地でもあるサンクトペテルブルクに、販社の新社屋はモスクワ郊外にゼロベースで建設にこぎつけている。
2008年のリーマンショックで大打撃を受けたのはロシア経済もおなじであったが、資源国ロシアの経済がいかに脆弱であるか、著者は身をもって痛感することになった。積み増す在庫の山、資金繰りに苦慮し、債務超過の瀬戸際まで追い込まれる。
そんなロシア経済のジェットコースターのような絶頂期と急落期をともに体験した著者による、リアルビジネスの遭遇した体験の数々は、「外部の視点をもった異色な "中の人"」による、ある種の参与観察型のフィールドワークの記録であり、たいへん興味深く、かつ貴重なエピソードや教訓として読むことができる。
読者は、けっして外部から観察し分析しただけではわからない、底知れぬ闇も含めたロシア経済のリアルを、追体験することができるのである。著者はロシアのことを「未成熟社会」と形容しているが、むしろ「発展途上国」と言うべきかもしれない。
トヨタのロシアビジネスが、奥田碩(おくだ・ひろし)という非同族の出身者で、きわめて強烈なキャラクターの経営者のもとで推進されたことが、この本を読むとよくわかる。これが本書の底流を貫くテーマでもある。
「間奏曲」として挿入された「シベリア鉄道旅行譚」は、自動車の製品輸送手段としてのシベリア鉄道の可能性についての調査であり、かつ相談役となっていた奥田碩氏のたっての希望で実現した、極東のハバロフスクからイルクーツクまでの2泊3日の同行記である。
経営者としての奥田氏の人柄を知ることのできる興味深い読み物となっているだけでなく、ソ連崩壊から17年目の2007年当時のシベリア鉄道の状況についての報告でもある。1999年に旅した自分自身の体験も思い出しながら読んだが、8年たっても自分が旅した当時とあまり変化のないことに、ある種の驚きを覚えた。
著者の西谷氏は、わたしにとっては、かつての同僚であり、その人柄はよく知っている。長銀破綻後はまったくお会いしていないが、この間にそんな体験を積んでいたのか、と。そういった個人的感想は抜きにしても、面白い内容の本であった。
この本に書かれたことは、そのごく一部に過ぎないであろうが、女優・岸惠子の長編小説『わりなき恋』をめぐる知られざるエピソードなどは、通常のビジネスものにはない著者独自の個性の発揮された読み物といっていいだろう。ただし、内容については読んでみてのお楽しみということにしておこう。
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目 次プロローグ第1章 ロシア進出第2章 未成熟社会第3章 一燈を提げて行く間奏曲 シベリア鉄道紀行譚第4章 リーマンショック、その後エピローグ
著者プロフィール西谷公明(にしたに・ともあき)1953年愛知県生まれ。1984年早稲田大学大学院経済学研究科修了(国際経済論)。87年株式会社長銀総合研究所入社。1992年ウクライナ最高会議経済改革管理委員会メンバー。1996年在ウクライナ日本国大使館専門調査員。1999年トヨタ自動車株式会社入社。2004年1月から09年7月までトヨタロシア社長兼モスクワ駐在員室長を務める。その後、トヨタ自動車株式会社欧州本部BRロシア室長、海外渉外部主査を歴任。2012年より株式会社国際経済研究所で取締役、理事。2018年7月に合同会社N&Rアソシエイツを設立し、代表に就任。著書に『通貨誕生―ウクライナ独立を賭けた闘い』『ユーラシア・ダイナミズム―大陸の胎動を読み解く地政学』がある。(amazon書籍ページより)
<関連サイト>
コロナ禍を機に大衆化、「シベリア鉄道」の大改革(東洋経済オンライン、2022年2月23日)
・・シャワーつきの車両も導入されたようだ。これは大きな前進というべきだろう
(2022年2月23日 項目新設)
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