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2025年3月14日金曜日

石原慎太郎の『弟』(幻冬舎、1996)を出版から約30年後にはじめて読んでみた ー 「石原兄弟」は昭和時代を代表する兄弟であった



仕事の滞在先で発生することが予想されているアイドリングタイム。時間つぶしのために持参した本が面白いので、あっという間に読み終えてしまった。 

その本のタイトルは『弟』(石原慎太郎、幻冬舎、1996)。石原慎太郎の「弟」といえば石原裕次郎。言わずもがなと思うのだが、唯一無二の兄弟、いや「男きょうだい」であった二人だ。  

出版されてベストセラーになった本だが、出版されてから29年たってから初めて読んだのである。 

「兄」の立場から見た「弟」、しかも早く父親を亡くしたので実質的に「家長」の立場にあった「兄」。そんな「兄」から見た「弟」は、肉親ならではのものがある。 

自分もまた長男で弟がいる二人兄弟なので、感情移入して読んでしまうことがあるのかもしれない。男きょうだいというのは、傍目から思うよりも難しい存在だ。英国王室のウィリアム皇太子と弟のヘンリー元王子との確執もまたそうだ。 


■なぜか昔のことには思えない「石原兄弟」

裕次郎が亡くなってすでに30年近くなっているだけでなく、慎太郎も亡くなってからすでに3年。

だが、不思議なことに読んでいて、そんな昔のことと思えないのだ。 二人の生前の活躍ぶりをリアルタイムで知っているからでもある。若い頃の二人は知らないが、TVドラマに出演していた頃の裕次郎は「ボス」のイメージが強く残っているし、裕次郎の歌の数々はカラオケの初期時代にはデュエット曲の定番であった。 

だがそれだけではなく、この本を書いたときの石原慎太郎が64歳であったことも、その理由のひとつかもしれない。そしてまた、慎太郎も裕次郎もまた、わたしの親たちの同世代の人物でもあった。 

いやいや、慎太郎となどと呼び捨てにしてはいけないな。石原慎太郎氏はわが母校の大先輩、しかも政治家としては大いにリスペクトしてきた存在だ。 

現在の日本の政治は腐りきっているとしかいいようがない。「亡国」の道をひたすら転げ落ちる日本。いまこんなときにこそ、生きていて日本と日本人にガツンと一発入れてほしいところなのだが・・・ 


■明治時代を代表する兄弟といえば「徳富蘇峰・徳冨蘆花」

さて、石原慎太郎の『弟』を読もうと思ったきっかけは、以下のようなものだ。 


その際、ともにエマソンの愛読者だった「徳富蘇峰/徳冨蘆花の兄弟」のことを考えた際に、この明治時代に生きた希有な兄弟は、現在に当てはめれば誰になるのだろうか? 

作業が一段落してからのことだが、そんなことを考えてみたことがある。 




そうだな、それは「石原慎太郎/石原裕次郎の兄弟」だろう、かれらこそ「昭和時代を代表する兄弟」だなと想起するするにいたったわけだ。

そういえば、たしか石原慎太郎には『弟』という作品があったな、と。 

比較を容易にするために、徳富蘇峰・徳冨蘆花の兄弟と、石原慎太郎・石原裕次郎の兄弟の生没年を記しておこう。

●徳富蘇峰(1863~1957)
 徳冨蘆花(1868~1927) 
●石原慎太郎(1932~2022)
 石原裕次郎(1934~1987) 

こうして並べてみると、徳富蘇峰(=猪一郎)/徳冨蘆花(=健次郎)の兄弟は5歳違いで、天才肌の文学者だった弟は早く死んでいる。石原慎太郎/石原裕次郎の兄弟は2歳違いで、天才肌の役者だった弟は早く死んでいる。 

徳富蘇峰も石原慎太郎も、ともに実質的な家長として生きた長男であり、早く死んだ弟を回想した文章を残していることも共通している。 

徳富蘇峰の回顧的文章は『弟 徳冨蘆花』(中公文庫、2001)として出版されているが、はたして読んだことのある人はあるのかどうか。  

石原慎太郎の『弟』には、湘南の風景を描写するなかで名文家であった徳冨蘆花の『自然と人生』の言及があったが、はたして徳富蘇峰/徳冨蘆花の兄弟のことを想起したことがあったのだろうか。 

そんなことをふと、考えてみたりもする。



<関連記事>

#1 石原慎太郎氏が『一橋文芸』にはじめての小説を書くめぐり合わせ...青春という選ばれた季節の運命(幻冬舎Plus)・・『弟』からの抜粋。大学の先輩であった文学者の伊藤整との出会いについて。
・・「その後私が世に出てから伊藤氏が何かに私のことを、『あの時私の家に「一橋文芸」のためにお金をとりにきた学生が石原君だったというのを後で知らされた。金のもらい方がさらっとしていて押しつけがましくも卑屈でもなく、これはちょっと変わった学生だなあと思ったが、あの時いわれるまま出しておいてよかったと思う』などと書いていた。確かに金くらい出してくれなかったら後でなんといったか知れないが、それよりなによりあの雑誌が私のデビュウのきっかけとなり弟の登場のきっかけともなったのだから、私たち兄弟からすれば、金を出しておいてよかったでしょうなどではとてもとてもすまぬものがある。」





<ブログ内関連記事>



・・明治時代を代表する「兄弟」として「秋山兄弟」をあげておかなくてはならない

(2025年4月1日 情報追加)


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