昨年(2024年)の7月に出版された本だ。つまり、トランプ元大統領が再選される前に出版されたものである。
すでにトランプ第2次政権が発足してから2ヶ月以上たっているが、いま現時点でも読む価値はある。というのは、この本はトランプ氏自身について解明することを目的にしたものではないからだ。トランプを支持する側に焦点をあてた分析である。
●なぜ2016年にトランプが大統領に選出されたのか?●なぜ2020年に敗れたのちも根強い人気を維持しつづけてきたのか?
こういった問いに対して、アメリカ現代史を「政治思想史」という観点から答えようとした試みである。
過去に発表してきた試論をまとめた論文集といった体裁の本なので、おなじ内容の繰り返しが多く、正直いって冗長だと言わざるをえない。とはいえ、おなじ話が繰り返されるので、おのずから著者の主張のポイントはあたまのなかに残る。
しかしながら、この本の著者のいう「思想」とは、「政治思想」に限定されたものであって、経済やビジネス、テクノロジーなどふくめた「思想一般」を取り扱ったものではない。
これは『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)の「思想家」も同様である。その点は、勘違いすることなく、大幅に割り引いて読むべきだ。
■超格差状況のもと「左右対立」から「上下対立」の階級闘争へシフト
基本的に、著者の立ち位置は「保守主義の政治思想」である。この立ち位置から、戦後アメリカ現代史の流れを押さえていく。 「保守主義」とその変容、「保守主義」と対立軸になる「リベラル派」を押さえることで見えてくるものに着目する。
重要なポイントは、1929年の「大恐慌」後に始まった「大きな政府」は1970年前後を境に行き詰まり、1980年代にはレーガン大統領の「規制緩和と小さな政府」と「グローバリゼーション」志向と進んでいくが、この流れもまた2008年の「リーマンショック」で行き詰まったという点だ。
ところが、「チェンジ」をスローガンに登場したオバマ政権のもとで、かえって「中間層の崩壊」が進展し、一握りの大金持ちが富の大半を所有するという、異常なまでの「超格差社会」となってしまった。オバマ氏の罪は大きい。
このような「超格差社会」の最下層で苦しむ白人中年層で激増した「絶望死」に代表される、民衆レベルにたまりにたまった憎悪のマグマをすくい上げたのがトランプ氏だったということになる。絶望的な状況だからこそ、トランプが登場してきたのである。
トランプは、あくまでも結果であって原因ではないとは、そのことを指している。別の言い方をすれば、トランプは病因ではなく病状なのである。
民主党内のサンダース現象は左派によるものだが、その右派バージョンともいうべきものが「トランプ現象」だということにある。政治状況は「左右対立」から、「上下対立の階級闘争」に移行しているのだ。まさに「地殻変動」といしかいいようがない。
「保守主義」の政治思想においては、レーガン後にすでに現れていたオルタナティブな流れ(・・いやもっとさかのぼることも可能)が、具体的な民衆レベルの怒りと合体した結果、「モンスター」を引き寄せてしまったのである。「アメリカ・ファースト」など、レーガン後のパット・ブキャナンの主張は、現在のトランプそのものなのである。
そして、『ヒルビリー・エレジー』の著者 J.D. ヴァンス副大統領を生み出した下層民衆レベルにおいても、トランプ氏とその周辺にいるイーロン・マスクのような大富豪においても、共通するのは「ルサンチマン」である。「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった負の感情である。
トランプ大統領が主張する「MAGA」はレーガンに由来するものだが、それはフレーズだけであって、それを支える思想はおなじではない。
外交における「マッドマン・セオリー」はニクソンに由来するものだが、「法と秩序」を重視する点と、「ニューディール政策」の残滓ともいうべき大きな政府である点は、似ていなくもない。
その結果、現在の第2次トランプ政権のもとで、これまでの共和党を支えてきた「保守主義の政治思想」も大きく変容しているのである。
源流ともいうべき19世紀英国のバークに代表されるような、古典的な「保守主義」から大きくかけ離れている。この流れはパンデミックを経て、定着しつつあるとえよう。
■アメリカの状況は対岸の火事ではない
ここまではアメリカの状況であるが、読んでいて思うのは、どうしても日本の現状を考えざるをえないということだ。
つい2~3年前までは「なぜ日本だけがインフレではないのか?」という問いがなされる状況だったのに、この日本もまた「世界的なインフレ」の波に飲み込まれ、「財務省解体デモ」が全国レベルで拡大するような状況になってきている。
アメリカと日本とでは、その歴史もおかれている状況も異なるが、「左右のイデオロギー対立」から「上下の階級対立」への時代に移行しつつあることは、世界的なトレンドだと言えるのではないだろうか。欧州もまた米国以上に、その傾向がはなはだしい。
その結果もたらされるものはなにか? 日本はどうなるのか?
それらの問いを考えるためにも、アメリカの状況を対岸の火事とみなすべきではない。いずれ日本もおなじような状況になる可能性もある。
日米のタイムラグは数年しかないのではないか? いや、すでにリアルタイムで加速していると言うべきかもしれない。
目 次序論 それでもなぜ、トランプは支持されるのか第Ⅰ部 トランプ政権誕生の思想史第Ⅱ部 現代アメリカの思想潮流第Ⅲ部 地殻変動の後景第Ⅳ部 文化戦争と「キャンセル・カルチャー」第Ⅴ部 思想の地政学第Ⅵ部 思想家ラッセル・カーク再考あとがき
著者プロフィール会田弘継(あいだ・ひろつぐ)ジャーナリスト・思想史家。1951年生まれ。東京外国語大学英米語科卒業。共同通信社ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任。その後、青山学院大学教授、関西大学客員教授を務め現在に至る。著書に『破綻するアメリカ』(岩波現代全書)、『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(中公文庫)など。訳書にフランシス・フクヤマ『政治の起源』『政治の衰退』(いずれも講談社)、同『リベラリズムへの不満』(新潮社)、ラッセル・カーク『保守主義の精神』(中公選書)など。『週刊東洋経済』の「Inside USA」連載中。(出版社の書籍サイトより)
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・・・もはやそんな状況ですらないのだが
・・『超一極集中社会アメリカの暴走』(小林由美、新潮社、2017)の状況がもたらすものは?
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