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2025年8月5日火曜日

映画『オッペンハイマー』(2023年、米国)を amazon prime video で視聴(2025年8月5日) ー オッペンハイマーの人物像を描いたヒューマンドラマであり、安全保障問題にかかわる「セキュリティ・クリアランス」もテーマ

  

 映画『オッペンハイマー』(2023年、米国)を amazon prime video で視聴さすがクリストファー・ノーラン監督の作品。180分の長編をまったく飽きることなく最後まで見ることができた。  

2023年に米国で公開され、同時に公開されて大ヒットした『バービー』とコラボした宣伝が日本国内で大顰蹙を買っただけでなく、原爆被害のシーンがないという理由で批判が殺到、日本公開が大幅に遅れた作品だ。 

それから2年もたってこの映画のことも記憶から消えていたが、 amazon prime にレコメンドされて思い出した。そうだ、いまこの時期に見ておかないと。 




「原爆の父」とよばれたロバート・オッペンハイマー博士の生涯を描いた作品だ。 

前半は、原爆開発に成功するまで。物理学者としての栄光と、ときおり顔を出す人間としての弱さが描かれている。個人的には、オッペンハイマーが若き日に教鞭をとっていたバークレーをなつかしい思いをした。

後半は、実際に原爆が投下されてからの苦難にみちた人生。多大な犠牲者を出したことによる良心の呵責と、戦後米国社会で猛威を振るった「赤狩り」のなかで名誉を失い、そして名誉を回復するまでの軌跡。 

背景として知っておくべきことは、原爆開発にかかわった物理学者たちはユダヤ系がかなり多いという事実だ。

オッペンハイマーもユダヤ系だが、アメリカ生まれのアメリカ市民だったのに対し、映画にも登場するシラードやテラーなど、いずれもナチスから逃れてドイツや中欧から移ってきた人ばかりなのである。原爆開発には関与していないアインシュタインもまた、いうまでもなくユダヤ系である。

この点にかんしては、『知識人の大移動 1(亡命の現代史 3) 』(みすず書房、1972)という本がある。科学者の大移動ということでいえば、第二次世界大戦時のドイツや中欧からの脱出がまずあげられるが、原爆開発競争において最終的に米国がドイツに勝ったのは、ユダヤ系の天才クラスの物理学者がドイツから失われたことも大きくあずかっている。

この映画は、そういった原爆開発と、それを物理学者として主導したオッペンハイマーを描いた作品だが、さまざまなテーマが複雑にからみあっている。

ここでは、陸軍が主導した原爆開発と国家機密の関係について重点的に見ておこう。これは現在の日本にとっても、きわめて重要なテーマである。





■主要なテーマは「セキュリティ・クリアランス」

原爆を開発し、第二次世界大戦で米国の勝利に多大な貢献をしたオッペンハイマーが、なぜ「赤狩り」の対象になったのか? 

専門の理論物理学だけでなく、文学や語学をふくめた、ありとあらゆることに興味をもち(・・そのなかには『バガヴァッド・ギーター』を原文で読むためのサンスクリット語も含まれる)、共産党員ではないが共産主義にシンパシーをもっていたこと、その交友関係に共産主義者が多数いたことが、冷戦時代に突入してから問題とされたのだ。 

そういう人物であることは承知のうえで、陸軍が主導権を握っていた原爆開発の国家プロジェクト、「マンハッタン計画」の開発責任者に選ばれたのである。アメリカ生まれのアメリカ市民であり、優秀な科学者、そしてプロジェクトリーダーとしての能力を高く評価されたからだ。

だが当然のことながら、採用される前から身辺調査がされていた。 この映画は、そんなオッペンハイマーをめぐる「セキュリティ・クリアランス」もテーマになっている。日本語字幕では「機密アクセス権」となっているが、最近日本でもその必要性がつよく叫ばれている「スパイ防止法」と密接にかかわる、国家機密漏洩防止制度のことだ。 

オッペンハイマーは、原爆開発プロジェクトが開始されて以後のことになるが、「セキュリティ・クリアランス」を付与されることになる。だが、戦後になってから「軍拡競争につながりかねない」として水爆開発に否定的な言動を行っていたため、「セキュリティ・クリアランス」が停止される。

これが後半の、安全保障問題がらみの非公開の委員会での査問につながっていく。 


■オッペンハイマーは原爆開発を成功に導いたが・・

この映画では、広島と長崎の原爆投下については、直接的なシーンがないことが日本では批判の原因となっていた。だが、見終わって思うのは、その必要はないという感想をもつにいたった。

なぜなら、原爆投下が引き起こすであろう地獄絵は、原爆投下するしないにかかわらず、オッペンハイマーにはわかっていたからだ。 

ドイツの敗戦によって原爆開発プロジェクトが中止になるかと思われたが、オッペンハイマーはプロジェクトの継続をつよく主張。これは陸軍サイドとしても同様だった。開発費に国家予算から巨大な金額が投下されていたからだ。

物理学者として、プロジェクト・リーダーとして、オッペンハイマーは原爆開発を成功させた。ここまでは物理学者たちの仕事である。プロジェクトが完了したら、そこから先は発注主である陸軍に引き渡されれ、物理学者たちの手を離れることになる。

いまだ戦争をやめようとしない日本に対して「新兵器」を使用するかどうか、陸軍内部でも政府のあいだでも激しい論争が行われたのであるが、原爆投下を最終決断したのは、あくまでも国家の最高責任者であるトルーマン大統領であった*。

*ただし、『誰が日本を降伏させたか 原爆投下、ソ連参戦、そして聖断』(千々石泰明、PHP新書、2025)によれば、核使用にかんする大統領の命令文書は存在しないという。核使用命令は、7月25日にスティムソン陸軍長官とマーシャル陸軍参謀総長の承認を得て発令されたが、トルーマン大統領が核使用命令を事前に見たかどうかも明らかではない大統領は、核使用にかんしては、軍事作戦を遂行する責任のある軍にゆだねていた可能性がある、と。(P.62~63、103)


法的な最終責任を負わなくてはならないのは、シビリアンコントロールの下では、軍人でもなく、ましてや科学者ではないのである。 これはきわめて重要なポイントだ。

とはいえ、ギリシア神話のプロメテウスが人類に火をもたらしたように、オッペンハイマーは人類に原爆をもたらしたのである。火は人類の生活をラクにしたが、同時に破壊につながりかねない両義的な存在である。

原爆が戦争を終わらせたことは事実だが、その原爆が人類破滅につながりかねない贈り物であったことは、オッペンハイマー自身も深いレベルで自覚していたのだ。道義的責任を感じて苦悩していたのだ。 

この映画は、物理学者としての栄光と、みずからが発見し実現してしまったことによる苦悩を描いたヒューマンドラマとしてすばらしい。エンタメとしては最上等の作品だ。まだ見ていない人は、ぜひ見るべき作品である。 


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<ブログ内関連記事>



・・原爆開発を成功させた米陸軍からスピンオフした、米空軍が主管する研究開発組織「ランド・コーポレーション」が実現してものとは

・・超天才というべきフォン・ノイマンはハンガリー出身のユダヤ系。第2次世界大戦での米国の勝利に多大な貢献をなしたのである。「戦後」の米国を支配した「合理主義信仰」の権化のような存在。「マンハッタン計画」に参加、原爆開発中に浴びた放射能が原因でガンになり、52年というけっして長くない人生を閉じた

・・1995年に公開されたという韓国映画 「ムクゲの花が咲きました」は、日本を核攻撃して全滅させるという内容



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2017年8月12日土曜日

書評『日米同盟のリアリズム』(小川和久、文春新書、2017)ー 軍事のリアリズムを中心に政治経済まで視野に入れて分析した「戦争力」


米国と北朝鮮のチキンレースが続いている毎日ですが、そんな状況だからこそ妙に浮き足だったり、あるいは逆に、どうせ関係ないよとばかりに不感症にならないようにつとめなけなりませんね。

そこでぜひ読むことを薦めたいのが、『日米同盟のリアリズム』(小川和久、文春新書、2017)。7月の新刊ですが、すでにベストセラーになっているようです。

 「日米同盟のリアリズム」とは、強固な日米軍事同盟があるがゆえに、近隣の中国も北朝鮮も手を出せないというのが現実の状況のこと。日本に手を出せば、ただちに米国から手痛いしっぺ返しをくらうから。ちょっかいを出してきても「寸止め」にとどめるしかないわけです。

その昔の冷戦時代、「日本列島は不沈空母だ」といった首相がいましたが、米国にとって日本の存在は、その世界戦略にとってなくてはならない不可欠の存在絶対に手放せるわけがないのです。たとえ日本が「離脱」しようとしても、そうはできない仕組みと仕掛けがすでに「埋め込まれているのが実態なのです。
   
現在のような状況を「属国」だという政治的な主張をする人たちもいますが、そういう主張と、自分とその家族や友人の「生命財産」とどっちが大事か考えるまでもありませんね。

「属国」とまでは言わなくても、「半独立」状態であることまでは、わたくしも否定しません。すくなくともこの事実だけはアタマのなかに入れておいて、あとはリアリズムに徹して行動するしかないのです。

この本でとくに面白いのは、北朝鮮にかんする分析です。北朝鮮の究極の狙いは、米国に対する「核抑止力」を確立することで、コストのかかる通常兵力を削減し、予算の多くを経済発展に回したいという「インドモデル」(・・これは「中国モデル」でもある)があるのではないか、という見解が紹介されています。

なるほど!な見解です。目が開かれるような思いがしますね。となると、北朝鮮による ICBM発射実験は交渉戦術の一環と考えた方が理にかなっているわけです。

とはいえ、北朝鮮にとっての「核抑止力」の確立とは、北朝鮮の核が今後も消えることがないことを意味することになるわけですが、日米同盟が存在する限り、日本の安全は保障されるというのが著者のロジックとなるのでしょうか? 

この見解が正しいかどうかはさておき、読者にとっての「考える材料」として提供してくれるのは、軍事のリアリズムと同時に、政治経済も分析できる軍事アナリストしかいないでしょう。
  
もちろん、世の中には絶対に安全ということはありえません。「備えあれば憂いなし」。そして「人事を尽くして天命を待つ」。日本と日本人の安全を守るのは自分たちだという覚悟は不可欠。

そういったことを十分に承知したうえで、浮き足立つことなく、逆に不感症になることなく、冷静に考えることが必要。そための参考資料として、読む価値の高い一冊です。





目 次

はじめに 日本を守る最善の選択はなにか?
 日知米同盟が北朝鮮と中国を抑止する
第1部 世界最強の日米同盟
 米国は日米同盟を手放せない
 自主防衛は幻想である
第2部 北朝鮮vs.日米同盟
 1994年北朝鮮核危機の真相
 北朝鮮の軍事力の実像
 日・米・韓の「戦争力」と金正恩斬首作戦
 米朝チキンゲーム
 北朝鮮はインド、中国型経済成長を目指す
第3部 中国vs.日米同盟
 東シナ海で中国を抑え込む日米同盟
 南シナ海での米中衝突はあるか?
 中国の戦略は「三戦」と「A2/AD」



著者プロフィール

小川和久(おがわ・かずひさ)

軍事アナリスト。1945年、熊本県生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。小渕恵三内閣では野中広務官房長官とドクター・ヘリを実現させた。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

<関連本の紹介>

本書で言及されている『在日米軍-軍事占領40年目の戦慄-』(小川和久、講談社、1985)は、発売当時に読んで、それ以後の思考に大きな影響を受けた本だ。米軍の許可を受けて行った実態調査をまとめたリポートである。いま手元にはないが、重要な事項はアタマのなかに刻み込まれている。

また、本書の中国にかんする分析は、くわしくは中国の軍事力-台頭する新たな海洋覇権の実態-』(小川 和久・西 恭之、中央公論新社、2014)を参照。日米中の戦力を冷静に比較検討したリポートで、中国の「三戦」(=輿論戦・心理戦・法律戦)おなじく中国の「A2/AD」(=接近阻止・領域拒否 Anti-Access/Area Denial)について、より詳しい説明がある。





<関連サイト>

映画『ザ・デイ・アフター』(The Day After  1983年)( YouTube)
・・核ミサイルの落下と核爆発、わきあがるキノコ雲と爆風。パニックに陥る群衆。この映画が製作公開されたのは、いまだ米ソ冷戦時代のまっただなかであった。ことさら終末(ドゥームズデイ)意識の強いキリスト教保守派の多い米国人のイマジネーションの中にある核戦争はこういうものか? 

・・韓国が東京に向けて核ミサイルを発射するという、とんでもない映画。南北統一によって北朝鮮の核を手に入れたいという韓国人の密かな(?)欲望の現れか? 途中でまったく迎撃されないという設定が理解不能だが


<ブログ内関連記事>

書評 『仮面の日米同盟-米外交機密文書が明らかにする真実-』(春名幹男、文春新書、2015)-地政学にもとづいた米国の外交軍事戦略はペリー提督の黒船以来一貫している
・・日本防衛のための駐留が第一目的ではないとしても、米軍にとって日本列島がロジスティクス上の重要な位置づけである点は否定しようがない事実だ。大平洋からインド洋に欠けて展開する米軍にとって、日本に基地がなければ支障を来す

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)

書評 『2020年日本から米軍はいなくなる』(飯柴智亮、聞き手・小峰隆生、講談社+α新書、2014)-在日米軍縮小という外部環境変化を前提に考えなくてはならない
・・シナリオとしてありえないわけではない

書評 『ビジネスパーソンのための世界情勢を読み解く10の視点-ベルリンの壁からメキシコの壁へ-』(森千春、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)-「冷戦後」の世界情勢を「現場」で読み抜いてきた国際報道記者の視点
・・朝鮮半島問題もテーマとしてかかわってきた国際報道記者による解説書

書評 『それでも戦争できない中国-中国共産党が恐れているもの-』(鳥居民、草思社、2013)-中国共産党はとにかく「穏定圧倒一切」。戦争をすれば・・・
・・「戦争になったら、間違いなく中国共産党は滅びる。中国共産党=中華人民共和国である以上、「亡党亡国」となるのは必定なのである。」

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」
・・この記事に掲載した各種資料を参照

書評 『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか-中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる-』(石平、PHP新書、2015)-首尾一貫した論旨を理路整然と明快に説く
・・「中華秩序」を破壊したのが近代日本であったという事実。これはしっかりとアタマのなかに入れておかねばならない。琉球処分と日清戦争における日本の勝利によって、「中華秩序」は破壊された。だからこそ、中国の指導者は絶対に日本を許せないのである。」

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ

書評 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力-自衛隊はいかに立ち向かうか-』(川村純彦 小学館101新書、2012)-軍事戦略の観点から尖閣問題を考える

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂聰、新潮社、2009)-「平成の林子平」による警世の書
・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・海は日本の生命線!


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2010年12月23日木曜日

書評『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)ー「知日派」両巨頭が語る知的刺激に満ちた一冊




「アーミテージ・ナイ報告書」番外編-「知日派」両巨頭が語る知的刺激に満ちた一冊

 まさに時宜を得た企画であり出版である。「日米安保体制50年」の節目の年に、米国の安全保障分野の「知日派」両巨頭が、日本人ジャーナリストの挑発的とも思える質問に思う存分に語った、知的刺激に満ちた一冊である。

 今年2010年は日米安保条約が締結されてから50年、この間かなりの紆余曲折を経ながらも、日米安保体制が東アジアにおける安全保障体制の要石となってきたことは疑いのない事実だ。

 政権交代によって政権党となった民主党による沖縄の基地問題をめぐる迷走は、日米安保体制を漂流させている感も抱かせていたが、2010年9月に発生した「尖閣紛争」によって、多くの日本国民があらためて軍事同盟としての日米同盟の重要性について再発見するに至っている。

 「いまそこにある危機」が、日本人の目を現実に開かせたのである。目を開いた日本人の前には日米同盟があった。

 小泉政権時代、”Show the Flag” や “Boots on the Ground” などの数々のキャッチフレーズで、軍事面における日本の国際貢献を促しつづけたリチャード・アーミテージは共和党を代表する「知日派」。現在でも毎日100kg以上あるベンチプレスを上げるという、海軍士官としてベトナム戦争従軍体験もある、国防問題と安全保障問題の専門家である。
 一方、ハーバード・ケネディ・スクール(公共政策大学院)教授のジョゼフ・ナイは、オバマ政権のもとでの初代駐日大使就任のウワサが出ていたことにもわかるように、民主党(米国)の外交と安全保障政策への影響力もきわめて大きい、「知日派」の米国の知的エリートである。

 民主党(米国)のナイと共和党(米国)のアーミテージは日米同盟にかんしては超党派で盟友の立場にあるが、この二人が地球全体を視野に入れた、米国の世界戦略の観点から一貫して日米同盟の重要性を認識し、米国の外交政策と安全保障政策に反映させるべく努力を続けてきたことが、日本人ジャーナリストの鋭いツッコミにより明らかにされている。

 米ソ冷戦終結を実現した共和党のレーガン政権時代に、キッシンジャー派の「親中政策」から「日米同盟重視」に舵を切らせたアーミテージたちの働き、湾岸戦争後の民主党のクリントン政権時代に日米同盟の重要性を認識し、政権の考えを最終的に改めさせたナイたちの働きは、ともに本人たちが語ることを聞くことで、あらためて確認できる重要な事実である。

 アーミテージ、ナイともに、日本開国以後の日米関係の歴史的推移を踏まえたうえで、「日米同盟」が東アジアにおける「拡大抑止力」として機能してきたことを重視している。これはナイ教授が最近提唱している「スマートパワー」の議論に基づくものだ。軍事力などの行使するチカラである「ハードパワー」と文化などの説得のチカラである「ソフトパワー」が合体したものが「スマートパワー」であり、本書を読むと二人の共通認識になっていることがわかる。

 いずれにせよ日米同盟が機能していくためには、軍事力だけでなく相互信頼が不可欠であり、自由主義経済体制と民主主義という共通の価値観をもつ日米両国が率直な意見交換をつうじて信頼醸成を行うことの重要性を再認識させられる。その意味では、日本の核武装論争をめぐる微妙な問題も含めて、米国サイドのかなり率直なホンネを引き出すことができた本書の価値はきわめて大きい。

 日本の安全保障における日米同盟の意味について考えるために、ぜひ目を通しておきたい一冊である。


<初出情報>

■bk1書評「「アーミテージ・ナイ報告書」番外編-「知日派」両巨頭が語る知的刺激に満ちた一冊」投稿掲載(2010年12月23日)


目 次

第1章 岐路に立つ日米同盟
第2章 中国の膨張を封じ込めよ!
第3章 北朝鮮「金王朝」崩壊のシナリオ
第4章 天皇・原爆・沖縄返還
第5章 日本が核武装する日
第6章 日米同盟の現在・過去・未来

著者プロフィール

リチャード・アーミテージ(Richard L. Armitage)

元国務副長官。1945年マサチューセッツ州ボストン出身。米海軍兵学校卒業。海軍士官としてベトナム戦争に従軍。ブッシュ政権で国務副長官を務めた共和党知日派のご意見番。国防戦略の専門家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。

ジョゼフ・ナイ(Joseph S. Nye Jr.)

ハーバード大教授。1937年ニュージャージー州出身。プリンストン大学を優等で卒業、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学、ハーバード大学大学院で政治学博士を取得。アメリカを代表するリベラル派の国際政治学者。民主党知日派の重鎮で、カーター政権で国務次官補、クリントン政権で国防次官補を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。

春原 剛(すのはら・つよし)

1961年東京生まれ。上智大学経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。米州編集総局ワシントン支局などを経て、編集局国際部編集委員。米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 日本の独立と米国との軍事同盟はけっして矛楯しないと私は考えている。

 問題は、日本が真の独立国たらんという気概に欠けることだ。主体的に自分の国を防衛しようとする気概のない国を、だれが血を流してまで防衛するというのか。もしその気概がないとわかったとき、米国を見捨てるような行動を日本が取ったとき、間違いなく同盟は破綻するであろう。

 問題は、日米同盟ではなく、日本そのものにある。まずは、自衛隊をきちんと軍隊であると認めることだ。
 独立自主防衛構想は心情的には理解できなくはないが、独立が孤立に陥ってしまえば、日英同盟が破棄された後の状況になりかねない。さらに国際連盟を脱退した後の日本がいったいどこへ向かって暴走したのかを思い出すべきだろう。現状の日米同盟にクサビを入れようとしている勢力にこそ、注意の目を向けなくてはならないのではないか?

 究極の理想型は、スイスやスウェーデンのような武装中立であろう。しかし、現実的に考えれば、日米同盟の有効性は日米双方にとってきわめて大きい。日本が安保ただ乗りというのは間違いであることが本書を読むとわかることだ。日本にとってのみならず、米国にとっても地政学的に見た日米同盟の意味は大きいのである。

 また日本の防衛とは、日本列島の防衛だけに限定されるのではない。エネルギーの大部分を海外からの輸入に頼り、また国際貿易体制を国是として生きている日本が防衛しなければならないのはシーレーン全体である。その意味においては、日米同盟を中核として、東アジアと南アジア、そして中近東にかけて、価値観を同じくする諸国と同盟関係を広げていくべきである。これが日本にとっての集団安全保障体制というものだ。

 何よりも実利を重視するビジネスマンとして、私はプラクティカルな観点から、日米同盟を支持するのである。(2010年12月25日)
 


<ブログ内関連記事>

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・ナイ教授の「スマートパワー」論については、あわせてご覧いただきたい

「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)・・レーガン政権時代の「日米経済戦争」

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)・・「海洋国家」日本にとっての日米安保体制の意味

書評 『仮面の日米同盟-米外交機密文書が明らかにする真実-』(春名幹男、文春新書、2015)-地政学にもとづいた米国の外交軍事戦略はペリー提督の黒船以来一貫している

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『暗闘 尖閣国有化』(春原剛、新潮文庫、2015 単行本初版 2013)-「準戦時下」状態への分岐点となった「事件」の真相を分厚い取材で描き切ったノンフィクション作品

ノラネコに学ぶ「テリトリー感覚」-自分のシマは自分で守れ!

(2016年9月14日 情報追加)


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2010年7月23日金曜日

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた




 アマルティア・セン教授緒方貞子さんの講演を、本日(2010年7月23日)聞いてきた。
 日立創業100周年(!)記念講演である。講演会場は東京国際フォーラム(有楽町)のホールA、コンサート会場並の広さをもつ大ホールである。

 講演会は二部構成で、第一部でセン教授の講演、第二部ではそれをうけて緒方貞子さんとの対談。対談は当然のことながら英語。ともに英語を使い、国際社会に大きな影響を与えてきたアジア人である二人。
 先週のムハマド・ユヌス博士のシンポジウムに引き続き、対談の司会は道傳愛子NHK解説委員、売れっ子だな。
 道傳(どうでん)さんは米国のコロンビア大学の大学院を卒業しているだけでなく、10年前にはその当時の女性では珍しく、タイ王国のバンコク駐在を3年間体験しているので、英語を使うアジア人としても適任であろう。私がバンコクにいたときとは重ならないのが残念だが。



祝! 日立製作所創業100周年-日立と GE について考えてみる

 日立製作所が創業されてから100周年記念行事の一環のそうだが、それにしても100周年とはすごいことだ。なんといっても一世紀である。
 会場には往年の CMソング「♪この木なんの木 気になる木 名前も知らない 木ですから 名前も知らない木になるでしょう・・・」が流れていて、懐かしかった。最近は日立の CM を見る機会がなかったが、新しいバージョン(音声注意!)になっているようだ。このサイトでは「歴代のCM」が視聴できる。昔の CM は懐かしい。

 最近は「選択と集中」を唱えながらも巨大化し、肥大化して身動きのとれない日立製作所グループに対しては、経済マスコミの世界ではネガティブなコメントばかりが多いが、日本でもっとも博士号(ドクター)所有者が多いなど、サイエンス&テクノロジー(科学技術)分野での存在の大きさは、けっして軽視されるべきではない

 私は大学学部時代の四年間ずっと東京都小平市に住んでいたが、日立製作所の中央研究所いまはなき女子バレーボール部の存在は、身近に感じていたものだ。大林素子は見たことはないが、バレーボール選手はカラダが大きいのでよく目立つ。ちなみに、マンガとアニメの『アタック・ナンバーワン』は日立がモデルである。
 また、日立製作所の発祥の地で、企業城下町である茨城県日立市では、独特の競技スポーツであるパンポンが行われているよいうことはあまり知られていないようだ。
 パンポンとは、木製のラケットと同じく木製のネットで行う、テニスと卓球(ピンポン)によく似た球技で、軟式テニス用のゴムボールを用いるらしい。スポーツにおいても独特の企業文化が形成されてきたのが日立製作所である。

 しかし、この日立製製作所が長年の提携先である、米国の世界企業 GE(ゼネラル・エレクトリック)のようにはなぜなれないのか、それともならないのか、日本人ビジネスマンである私としては、大いに考えさせられるものがある。

 奇しくも私が卒業した米国の工科大学 RPIは、ニューヨーク州北部のトロイにあり、 GEの中央研究所(Corporate Research Center)は学校からそう遠くはないスケナクタディに立地していた。大学教員には GE出身者が少なからずいたし、学生のなかにはずっと三代つづけてGE に勤務していたなんていう者もいた。現在の CEO である ジェフリー・イメルト(Jeffrey Immmelt)もまた父親と二代で GEマンであるらしい。

 しかし、ニュートロン・ジャック(=中性子ジャック、つまり外部は破壊しないで企業内部のみ破壊したことのたとえ)の異名をとった GE 中興の祖ジャック・ウェルチの「業界ナンバーワンかナンバー2以外の事業から撤退する」という「選択と集中」という大改革で、整理されてしまった事業部門や工場も少なくない。このおかげで GE は現在でも米国を代表する世界企業として、ビジネススクールでもっとも研究される企業グループになっているが、現場で働く人たちの忠誠心にひびが入ってしまったのではないかと思われる。
 もちろん、とくに幹部候補生への充実した教育訓練で有名な GE であるが、生産部門で働いているエンジニアやワーカーにとってはどうなのだろうか、情報があまり伝わってこないのでよくわからない。

 日立製作所の日本と世界に対する貢献は、なんといっても科学技術をベースにした製品づくりを通してのものだろう。これはセン教授も、緒方博士もともに強調すていたことである。これはリップサービスではなく、そう思うからこそ記念講演会への出席を快諾したのだと思う。

 営利企業としての存在、社会に貢献する組織としての存在、これは現代に限らず企業組織が社会のなかで存在するためには不可欠の相互関係だが、営利企業としての存在にゆらぎが生じると、社会貢献の主体としての存在に大きなネガティブな影響がでてくることはいうまでもない。
 日立製作所には、ひろく社会に貢献してもらうためにも、次の一世紀も活躍してもらいたいものである。
 しかし、GE のような戦略がほんとうに正しいのかどうか、にわかには判断しかねるものがある。
 転換期には巨大企業グループといえども、もがき苦しみながら、自らの道を切り開くしかない。



講演会の内容:「人間の安全保障」(human security)にとっての基礎教育(basic education)の意味

 さて、本題である講演会に移ろう。ここではまず、主催者側の講演会の説明文を紹介しておこう。

「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」

グローバル化が急速に進展していく中、世界の経済は飛躍的に発展してきました。しかし、一方で富の偏在化や国境を越えた気候変動、新型インフルエンザなど感染症の蔓延、テロ、経済危機などマイナスの側面ももたらす結果となりました。今後、さらにグローバル化が進む中、人類が直面する多くの課題をどのように克服していくべきなのか。また、その中で日本が果たさなければならない役割とは何かを検討していきます。

第一部では、混迷を深めるグローバル経済の未来に新たな希望の灯を灯す「厚生経済学」の提唱者で、アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン教授をお招きし、「人間の安全保障とグローバル経済の展望」について語っていただきます。

それを受けた第二部では、アマルティア・セン教授、JICAの緒方貞子理事長による対談を行います。これから迎える新たな時代において、世界全体の繁栄と平和のために、日本ができること、期待されていることを世界的な舞台でご活躍されているお二人に語り合っていただきます。


 1933年にベンガルに生まれたアマルティヤ・セン教授(Prof. Amartya Sen)は、いうまでもなく1998年にアジア人で初めてノーベル経済学賞を受賞したインド人経済学者。厚生経済学と経済倫理を専攻したセン教授の名前は、大学時代に塩野谷祐一教授の「経済と倫理?」の授業で聞いたことがある。厚生経済学とは、人間の福祉を経済学的にどう実現すべきかを研究する、実践性の高い理論分野である。
 セン教授は、英国と米国で経済と倫理の関係について研究し、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの元学寮長を歴任したのち、現在はハーバード大学経済学および哲学教授。

 奇しくも、先日シンポジウムに出席されたムハマド・ユヌス博士も、インド独立後はバングラデシュ(旧 東パキスタン)となって分離したが、同じくベンガルの出身で、同じく経済学博士である。
 200万人近くの餓死者がでたという、1943年の「ベンガル大飢饉」の記憶が、セン教授の原点になっているということだが、ユヌス博士も直接の見聞の記憶はないとしても、その話は何度も聞かされたことであろう。 
 ベンガル出身のこの二人が、一人は理論と啓蒙の分野で、もう一人は実践の分野で活躍していることは、大いに記憶にとどめておきたいことである。インドとバングラデシュは現在は国境で分断されているが、ベンガルという地域を一体として考えるべきことの重要性を知るべきなのだ。

 ベンガルの名門出身のセン教授の日本とのかかわりは、高校時代に日本とも縁の深い詩聖タゴールが創設した学園で、「聖徳太子の17条憲法」(The Constitution of Seventeen Articles)の話を教えられて以来のことだという。
 その意味では、セン教授の日本理解は、付け焼き刃の知識ではない。

 セン教授は、過去の日本の貢献は、なんといってもアジアではいち早く、国家の制度として無償の「義務教育制度」を導入したことだという。木戸孝允の名前を引き合いにして述べていたが、明治維新後の1872年という段階で初等教育の義務教育化を実行に移したことが、識字率の向上をもたらし、国家発展の基礎となっただけでなく、貧困問題の解消にもつながったことを指摘している。
 セン教授の表現を使えば、「人間の安全保障」(human security)にとっての基礎教育(basic education)の意味ということになろう。『人間の安全保障』(アマルティア・セン、東郷えりか訳、2006)にも収録された講演内容と重なるものだ。
 「人間の安全保障」とは、「国家の安全保障」とは異なり、個々の人間の生活を脅かすさまざまな不安を減らし、可能であればそれらを排除することを目的としているのである。そのためにはなんといっても、基礎教育が普及して識字率が向上することが不可欠なのだ。
 この持論は、ユヌス博士も共有している。

 日本モデルは、基礎教育の義務教育、民主主義(・・これは戦後民主主義の意味ではない)、開かれたディスカッションなどに代表されるもので、その後はいうまでもなくアジア各国にも普及し、アジア発展の原動力になっていくことになる。
 世界ではいまだに義務教育が普及しておらず、貧困問題解決の大きな妨げになっていることを考えると、日本モデルの世界的な意義が理解されるわけである。
 日本人にとっては当たり前のことも、セン教授に指摘されるとあらためてその意味の大きさに気づかされる。世界に義務教育を普及させていくことは、日本の使命である。

 緒方貞子(Dr. Sadako Ogata)さんは、1927年生まれ、上智大学教授から国連難民高等弁務官に転出し、冷戦構造崩壊後の世界で頻発する難民問題解決の陣頭指揮をとってきた、日本が誇る世界的リーダーである。現在は、独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長である。
 セン教授の講演後の対談では、セン教授の持論である「人間の安全保障と基礎教育」の問題について、さらに突っ込んだ議論が交わされた。
 「小さな巨人」ともいってよい、現在83歳の緒方さんからは、まったく年齢を感じさせない、明晰で説得力のある英語で対話がなされていた。セン教授の英語も英国で鍛えられているので聞きやすいが、緒方さんの英語もまたたいへん聞きやすいものであった。


緒方貞子さんの著書とセン教授の著書の紹介

 緒方貞子さんの国連難民高等弁務官時代のメモワールは、英語版で読んだ。Sadako Ogata, The Turbulent Decade: Confronting The Refugee Crises Of The 1990s, W W Norton & Co Inc, 2005 日本語版は、『紛争と難民-緒方貞子の回想-』(緒方貞子、集英社、2006)
 国連難民高等弁務官10年間の回想録では、 クルド、ボスニア、ルワンダ、アフガニスタンでの経験が書かれており、リーダーシップのあり方についても勉強することの多い本である。
 英語版は品切れだが日本語版は在庫があるので、長い本だがぜひ一読をすすめたい。


 セン教授の講演録は集英社新書にまとめられている。『貧困の克服-アジア発展の鍵は何か-』(アマルティア・セン、大石りら訳、集英社新書、2002)と、とくに『人間の安全保障』(アマルティア・セン、東郷えりか訳、2006)は、今回の講演内容にも重なるものも多く、セン教授のこの10年間の思索内容が文字になっているものなので、たいへん読みやすい日本語訳でもあり、ぜひ目を通すことをすすめたい。


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書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)


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2010年2月17日水曜日

書評『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)― 国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論




国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論

 2010年以降の「日本の立ち位置」はいったいどこにあるのか、これを真剣に考える人にとっては、いまこそ議論の出発点として振り返るべき論文集である。中公クラシックスという形で、古典として出版された意義は大いにある。

 本書『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)は、いまから45年前の1965年、著者31歳のときの処女作である。

 単行本タイトルともなった「海洋国家日本の構想」と巻頭におかれた「現実主義者の平和論」だけでなく、「外交政策の不在と外交論議の不毛」、「二十世紀の平和の条件」、「二十世紀の権力政治」、「中国問題とは何か」、「核の挑戦と日本」の全7編、いずれも読み応えのある論文である。

 大半が雑誌論文として発表されたものであり、1964年当時の一般の知的読者向けに平明な文章で書かれているが中身の濃い、読み応えのある内容となっている。

 今回、初めて全編とおして読んでみて思うのは、時代の制約があるのは当然としても、本質においてはまったく古びていないことだ。たとえば日米安保条約について、現在の迷走する状況をあたかも予言しているかのような記述を目にしたとき、その透徹した「現実主義者」のまなざしには思わず恐れ入った。

 著者の論点が本質においてけっして古びていないのは理由がある。

 それは、日本をめぐる国際政治的 "状況" は大きく変化しても、日本がおかれている地理的条件に基づいた国際政治的 "条件" が変化することはないからだ。日本は地理的には「極東」でありながら東洋ではなく、開国以来の政策によって西洋世界の「極西」となったが西洋ではない。アイデンティティがはっきりしない宙ぶらりんの存在なのである。

 島国として大陸から距離があることを、著者は「東洋の離れ座敷」と表現しているが、この地理的条件のおかげで、中国文明、西洋文明、アメリカ文明の圧倒的影響を受けながらも、日本人による取捨選択を容易にしただけでなく、直接国土を蹂躙(じゅうりん)されることもなく今日までやってこれたのである。

 しかしながら、地理的条件からいえば欧州に対する英国に近いのにかかわらず、英国とは異なり「海洋国」としての意識が弱く、「島国」のままではないか、というのが著者の懸念である。

 海洋によって世界とつながっている日本がとるべき道は、太平洋を圧倒的に支配する米国海軍による通商保護体制のもと、必要な軍備を備えた通商国家として、知的能力でもって世界に貢献することではないか、と。

 あくまでも政治を権力の観点から捉え、イデオロギーでみることを排した高坂正堯は、現実追随主義ではない現実主義者であった。解説者の中西寛・京大教授のコトバを借りれば、それは「理念を実現するための手段を選択する上での現実主義」である。

 京都人特有の柔らかな語り口に潜む、現実認識と強靱な論理によって貫かれた本書は、政治の本質、国際政治の本質を考えるうえで、日本人に残された大いなる知的遺産であるといえよう。

 アクチュアルな問題を論じて本質について語った本書の諸論文は、今後も振りかえるべき古典として残っていくであろう。


<初出情報>

■bk1書評「国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論」投稿掲載(2010年2月14日)


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<書評への補足>

国際政治学者・高坂正堯が原論活動を行った時代とは

 高坂正堯(こうさか・まさたか)は国際政治学者(1934~1996)。長く京都大学法学部教授を務めた。

 生前は、日曜朝の田原総一郎が司会する番組にレギュラー出演し、コメンテーターとして柔らかい京都弁で活躍していた姿を覚えている人も多いだろう。62歳の若さで亡くなったことは、実に惜しまれてならない。

 「海洋国家日本の構想」(1963)は著者の論壇デビュー作で、この論文を収めた本書『海洋国家日本の構想』(1965)は、同じく京都出身で京大教授であった梅棹忠夫(1920-)の代表作『文明の生態史観』(中公文庫、1974 原著1967)と並んで、戦後日本が生んだ重要な古典といっていいだろう。現在では、当たり前の考え方になっているので、出版当時のインパクトは想像しようもないのだが。

 弟子の一人である中西寛・京大教授の本書解説によれば、いわゆる左派の"進歩思想"が幅をきかせていた時代には、とくに「現実主義者の平和論」は、かなりのインパクトがあったらしい。

 現時点から読むと、本書で展開されているような考えは、至極まっとうではないかという気もするが、私が大学生だった25年前でも、まだまだ抵抗感をもつ者も多かっだろうとは思われる。念仏のような平和論を唱える者がまだまだ多数派だったし、「非武装中立」なんてナンセンスな戯れ言を平気で党是にする政党があったくらいだからね。「産学協同」なんてまったくありえないとされた時代でもあった。

 最近、総括せよ!さらば革命的世代-40年前、キャンパスで何があったか』(産経新聞社取材班、2009)という本を読んでいたら、たまたま高坂正堯にかかわるエピソードを見つけたので紹介しておきたい。「全共闘」時代の1969年、京大応援部長(当時)の回想である。

 ゼミの指導教官だった国際政治学者の高坂正堯教授(故人の研究室が破壊されたときのことだ。
 学生たちは当時、沖縄国際海洋博のブレーンを務めていた高坂教授に「資本主義、大企業を喜ばせるにすぎない」などと主張して公開討論を要求、応じた教授は、時計台広場でマイクを持って討論に臨み、堂々と彼らを論破した。
 ところが、その翌日、学生らはゲバ棒を手に研究室を襲撃、使い物にならなくなった部屋を見て、高坂教授は「卑怯千万」と悔しそうにつぶやいたという。(P.96)

 こんな時代もあったのだ。

 「全共闘世代」を扱ったこの本は、なんと産経新聞社によるもので、しかもともに1973年生まれの記者二人が取材を担当したという。全体的にバランスのとれた内容になっている。また、この本の副題にある「革命的」世代というのがミソだ。「革命」世代ではない「革命」世代。

 しかしなんといおうが、「全共闘」世代の次の(次の?)世代にあたり、「新人類」などと一方的にレッテルを貼られた私の世代からみれば、破壊だけして何も残さなかった、理解不能な世代としかいいようがないので、まったく何の共感も感じない。もちろんなかにはまともな人もいないではないが、小学生の頃、大学というのはゲバ棒をふるう場所だと思っていたのは、私だけではないはずだ。

 ただし注意しておかねばならないのは、『総括せよ!』でも指摘されているが、当時の大学進学率は15%と、2009年時点では50%という「大学全入時代」からは考えられない数字であり、「団塊世代」=「全共闘世代」ではないことだ。ここらへんはよく気をつけておかねばないといけない。つまり、「総括」が必要なのは「全共闘世代」であって、「団塊世代」全体ではない、ということだ。

 ずいぶん昔だが、私がとくに何の考えもなく「総括」というコトバを使ったら、その世代の上司から「総括」というと連合赤軍の「浅間山荘事件」を思い出すので使って欲しくないんだよねー、といわれたことを強烈に覚えている。そのときはじめて「総括」というコトバの隠された意味を知ったのであった。

 私は、浅間山荘事件をリアルタイムでテレビ中継を見ていた世代である。

 誰がなんといおうと、「全共闘時代」に比べれば、いまの世の中のほうがはるかにマシだ。世の中は「右傾化」したのではなく「正常化」したのである。

 いまのような時代だからこそまた、高坂正堯の言説がまともに見えるのである。しかし、「正常化」はしたものの「流動化」し迷走を続ける現在の日本。最後に書評のなかでも触れた「日米安保条約」についての発言を引用しておこう。

 国際社会の現実と遊離した条約は意味を持たない。しかし、そうかといって、すべての条約が無意味であるわけではない。条約は現実を法的なものにし、強めるのである。
 ついでながら、日米安保条約についても同じことがいえる。日本には日米安保条約さえ結んでいればよいかのようにいう人がいるが、日本の安全は極東の情勢にかかっているし、日米関係は友好関係の有無にかかっている。日米両国の全般的な友好関係が崩れた場合、仮に日米安保条約があっても、それは意味がないのである。(P.30)

 「現実主義者の平和論」(注(2)より


 45年前の発言(雑誌発表はその2年前)である。2010年の現在、この発言の意味をかみしめるる必要があるのではないだろうか。



                    
<ブログ内関連記事>

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

書評 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力-自衛隊はいかに立ち向かうか-』(川村純彦 小学館101新書、2012)-軍事戦略の観点から尖閣問題を考える

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・2年前の2010年に発生した「尖閣事件」と「尖閣ビデオ流出」にかんして所感をつづったもの

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!・・ハンドルネーム「sengoku38」氏の憂国の情にあふれた手記

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009) ・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)・・航空母艦なき現在、陸上にある海軍航空基地は最前線である! 対潜哨戒機について

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)
・・点と線ではなく、面、さらには体積をもった三次元で考えよ

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)・・日米同盟の重要性と限界について


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