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2023年11月2日木曜日

書評『イスラエル ー 人類史上最もやっかいな問題』(ダニエル・ソカッチ、鬼沢忍訳、NHK出版、2023)ー この本をじっくり読めばイスラエルのなにが問題であるか、そしてイスラエルへのかかわりからみた米国社会の変化も理解できる

 

1948年にイスラエルが建国されてから、すでに75年もたっている。

「第4次中東戦争」(1973年)による石油ショックから50年。パレスチナ問題への解決の道筋が見えた「オスロ合意」から30年。すでに世の中は大きく変化してしまっている。

かつてイスラエルは、未来への可能性を秘めた若い国だった。さまざなま問題をもちながらも、なんとかサバイバルしてきたこの国も、すでに成熟期を過ぎて危機的な状況を迎えつつあるといっていいいのかもしれない。

危機的な状況とは、ことし2023年10月7日の「サプライズ・アタック」に始まる、大規模なテロ攻撃の犠牲と実質的な報復攻撃のことだ。「イスラエル・ハマス戦争」(2023 IsraelーHamas War)と仮称されている戦争状態のことである。

ガザ地区への地上作戦に先立つ激しい空爆と、巻き添えになった膨大な数のパレスチナ人犠牲者の発生に対してわきあがった批判で、イスラーム諸国の大海に浮かぶイスラエルはふたたび国際的孤立状態になりつつある。

「革命」なり「独立」なり政体が大きく変化したあとの国家は、70年を経過する頃から制度疲労の蓄積によって劣化していくことが歴史学者によって指摘されている。

近いところでは、ロシア革命後のソ連は約70年で崩壊、国家統一を果たしたドイツも、明治維新革命で新体制となった日本も約70年で体制が崩壊している。

イスラエルはことしの夏に、2023年の最高裁の権限を弱める司法制度改革を強行したネタニヤフ首相に反対する、イスラエルの大規模なデモが連日のようにつづいていた。

結局、この改革案は可決してしまったのだが、その矢先に起こったのが今回の大規模テロ事件であった。すでに危機的状況は顕在化していたのだ。

今回の「イスラエル・ハマス戦争」という、危機的状態を乗り切ることができるかどうか、イスラエルの運命はそこにかかっている。

もちろん、イスラエルという国家が消滅してしまうことを望んでいるわけではない。民主主義国家としての健全な発展を望んでいるだけだ。


■ユダヤ系米国人によるイスラエル入門

『イスラエル ー 人類史上最もやっかいな問題』(ダニエル・ソカッチ、鬼沢忍訳、NHK出版、2023)という本が、ことしの2月に出版されていたことを知ったのは、つい最近のことだ。

いまさらイスラエルの入門書を読むこともあるまいと思ったが、それは浅はかな考えであったと知ることになった。

この本を読んだのはじつに正解だった。この本をじっくり読めば、イスラエルのなにが問題であるか、そしてイスラエルへのかかわりからみた現在の米国社会も理解できる理解できるからだ。

著者は、リベラル派の米国系ユダヤ人である。おそらく主たる読者対象はまずはユダヤ系、その他イスラエルに関心のある英語読者なのだろう。

そして、『イスラエルを知るための62章【第2版】(エリア・スタディーズ)』(立山良司編著、明石書店、2018)を先に読んでおいたのも正解だった。この本は、日本人による、日本人のためのイスラエル入門であるからだ。




『イスラエルを知るための62章【第2版】』が、複数の日本人専門家による総合的なイスラエル全体像である。

『イスラエル ー 人類史上最もやっかいな問題』はイスラエルという国の過ぎ来し方と現状について、単独の著者ができるだけ公平な立場で描こうとしたものである。


■「ベングリオンの三角形」というパラドックスで考える

本書の通奏低音となっているのが、著者がいう「ベングリオンの三角形」である。イスラエルの「国のカタチ」を説明するための重要事項だ。

ベングリオンはイスラエルの初代首相でシオニスト。建国の父は、新生イスラエルが抱えている問題を、1948年の時点で熟知していたのである。


(「3つの旗」は同時に掲揚できない。本書の P.123 より)


「ベングリオンの三角形」とは、以下の3つのテーゼがすべて成り立つことはないというパラドックスのことだ。

本書にはクリストファー・ノクソン氏による「3つの旗」のイラスト(上図)で示されているのでわかりやすい。いわゆる「トリレンマ」である。
 
1. イスラエルは、ユダヤ人が多数を占める国家である 
2. イスラエルは、民主主義国家である
3. イスラエルは、新しい占領地をすべて保有する

イスラエルはこのうち2つを選ぶことができるが、3つ全部は選べない。そして、この選択によって、イスラエルの「国のカタチ」が決まってくるわけだ。

つまり、今後もイスラエルが「ユダヤ人国家」でかつ「民主主義国家」でありつづけるためには、「占領地の保有」は放棄しなくてはならない。

あるいは、「ユダヤ人国家」であり、かつ「占領地の保有」をつづけるのであれば、「民主主義国家」であることをやめて、権威主義体制になってしまうことを意味している。

実際、現在のイスラエルは後者の方向に進みつつあったのだ。ベングリオンの「労働シオニズム」が退潮し、いわゆる「宗教シオニズム」の台頭がイスラエル社会の右傾化を招いている。

戦争が長期化する可能性が指摘されているが、今回の「イスラエル・ハマス戦争」が終了後には、攻撃を事前に察知できなかった情報体制の問題、政治的弱体化を招いた責任、戦争犯罪の責任などが徹底的に検証され、報告書にまとめられることになるだろう。

そのプロセスをつうじて、イスラエルの「民主主義国家」としての健全性が回復することを望みたいのだが・・・。


「グローバリゼーション」と「民主主義」、そして「国民的自己決定」の3つを、同時に満たすことはできないという「トリレンマ」のことだ。



■ユダヤ系米国人にとってのイスラエル、米国にとってのイスラエル

2023年10月7日の「サプライズ・アタック」は、米国のそれを模してイスラエルにとっての「9・11」と呼ばれることもあるが、忘れられていた「パレスチナ問題」があらためてクローズアップされただけでなく、この事件で可視化されたことはじつに多い。

そのひとつが、アメリカのユダヤ系市民によるガザ攻撃への反対運動だ。リベラル左派のユダヤ系の人たちを中心に、ワシントンの議事堂に座り込みの抗議が行われ、逮捕者も出しているという。

ユダヤ系米国人のゆるぎないイスラエル支持という「常識」は、すでに過去の話となっているのである。その件についても、本書ではくわしく説明されている。

イスラエルのユダヤ系イスラエル人は、すでにイスラエルが独立してから75年以上たっており、おなじユダヤ系とはいっても、ユダヤ系米国人とは異なる存在になっているのである。ユダヤ系だから無条件にイスラエル支持とはならないのである。

権威主義体制を強めているイスラエルにおいて、ユダヤ系は約8割を占めている。のこり2割はパレスチナ人などアラブ系である。これに対して、米国においてはユダヤ系は 2%強に過ぎない。

前者のイスラエルではユダヤ系がマジョリティだが、後者の米国ではユダヤ系はマイノリティなのである。この違いは大きい。イスラエルと、イスラエル以外で生きているユダヤ人の違いである。

しかも、ユダヤ系米国人は、ユダヤ系というよりも米国人としてのアイデンティティのほうが強いようだ。大半を占める改革派のユダヤ教徒は、宗教的というよりも世俗的であり、その点は伝統行事は守るが宗教的ではない一般的な日本人とよく似ている。

米国において、ユダヤ系の 3/4 は民主党支持、1/4 は共和党支持である。著者もまた民主党支持のリベラル派である。

伝統的に民主党支持が多いのは、ロシアや中東欧からの低所得層の移民が多かったことや、公民権運動などさまざまな理由があるが、共和党支持のユダヤ系は歴史的には比較的あたらしい現象である。

「超正統派」など宗教右派のユダヤ系にその傾向があることは、トラン元大統領の娘婿のジャレッドクシュナー氏が、不動産業者でかつ「正統派」(オーソドックス・ジュー)であることを想起するべきだろう。配偶者でありトランプ氏の娘のイヴァンカはユダヤ教に改宗している。

そして、いまやイスラエルの強力な支持者は、福音派(エバンジェリカル)のキリスト教徒である。ユダヤ系ではなく「キリスト教シオニズム」のほうが大きな影響力をもっている。だから、選挙戦においてトランプ氏は福音派を重視したのである。

国際関係においてきわめて重要な事項である、米国とイスラエルの密接な関係は、おなじ二国間の同盟関係といっても、日米同盟とは比較しようもないほど強力なものだ。

とはいえ、1960年代以降、米国がイスラエルを支持することには変わりないが、その中身と意味合いが変化しているのである。

イスラエルを強力に支持する米国は、内政は分断状態にあり劣化が著しい。戦争中の現在は「挙国一致」体制をとるイスラエルだが、国内の分断状況が進んでいる点は米国とおなじである。右派のネタニヤフ批判の声は止んでいない。

その一方、反イスラエルの動きがそのまま反ユダヤ主義につながってしまう米国だけでなく欧州でも、ユダヤ人コミュニティに対する脅迫が増大し、危険が高まっている。たいへん残念なことだ。


*****

ユダヤ系米国人が、おそらくユダヤ系米国人を主要な読者対象として書いたであろう本書をじっくり隅々まで読むと得られるものは多い。

もちろん一般的な入門書として読むこともできるが、米国にとってのイスラエル、米国人にとってのイスラエル、ユダヤ系米国人にとってのイスラエルについて知ることのできる、すぐれた内容の本である。

翻訳も読みやすく、しかもかゆいところまで行き届いた編集がされている。『イスラエルを知るための62章【第2版】(エリア・スタディーズ)』(立山良司編著、明石書店、2018)とあわせて読むべきだろう。得るものが多いことは間違いない。


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目 次 
はじめに
第1部 何が起こっているのか?
 1章 ユダヤ人とイスラエル ー 始まりはどこに?
 2章 シオニストの思想 ー 組織、移住、建設(1860年代~1917年) 
 3章 ちょっと待て、ここには人がいる ー パレスチナ人はどうなる? 
 4章 イギリス人がやってくる ー 第一次世界大戦
 5章 イスラエルとナクバ ー 独立と大惨事(1947~1949年)
 6章 追い出された人びと
 7章 1950年代 ー 国家建設とスエズ危機
 8章 ビッグバン ー 第3次中東戦争とそれが生み出した現実
 9章 激動 ー ヨム・キプール戦争から第1次インティファーダ(1968~1987年)
 10章 振り落とす ー 第1次インティファーダ
 11章 イスラエルはラビンを待っている
 12章 賢明な希望が潰えて ー オスロ合意の終焉
 13章 ブルドーザーの最後の不意打ち
 14章 民主主義の後退 
第2部 イスラエルについて話すのがこれほど難しいのはなぜか?
 15章 地図は領土ではない
 16章 イスラエルのアラブ系国民 ー 共生社会か、隔離か?
 17章 ラブ・ストーリー? ー イスラエルと、アメリカのユダヤ人コミュニティ
 18章 入植地
 19章 BDSについて語るときにわれわれが語ること
 20章 Aで始まる例の単語
 21章 Aで始まるもう一つの単語
 22章 中心地の赤い雌牛 ー イスラエルとハルマゲドン
 23章 希望を持つ理由  
紛争にかんする用語集
謝辞
解説(中川浩一)
訳者あとがき
参考文献
出典・参照先
人名索引

著者プロフィール
ダニエル・ソカッチ(Daniel Sokatch)
社会活動家。イスラエルの民主主義を名実ともに達成させるためのNGO、新イスラエル基金(New Israel Fund)のCEO。同基金は、宗教、出身地、人種、性別、性的指向に関わらず、すべての国民の平等を確立すること、パレスチナ市民やその他の疎外された少数派の保護、およびあらゆる形態の差別と偏見をなくし、すべての個人と集団の市民権と人権を確立すること、イスラエル社会の本質的な多元性と多様性を認識し、それに対する寛容性を強化すること、マイノリティの利益とアイデンティティの表現および権利のための民主的な機会の保護、自国および近隣諸国と平和で公正な社会を構築し維持すること、などを目標に掲げて活動している。妻と二人の娘と共にアメリカ、サンフランシスコに在住。

日本語訳者プロフィール
鬼澤忍(おにざわ・しのぶ) 
翻訳家。おもな訳書に、サンデル『これからの「正義」の話をしよう』『それをお金で買いますか?』『実力も運のうち 能力主義は正義か?』、ワイズマン『滅亡へのカウントダウン(上)(下)』(いずれも早川書房)、クロス『Chatter(チャッター)』(東洋経済新報社)、共訳書にベッカート『綿の帝国』(紀伊國屋書店)、クリスタキス『ブループリント(上)(下)』(News Picks パブリッシング)など多数。
(本データはNHK出版の書籍サイトより)


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・・ピュー・リサーチセンターの調査結果。ユダヤ系米国人の大半は民主党支持だが、イスラエルの存在は「重要だが、本質的なものでない」とする者が約半数。ただし世代間の違いがある。年齢層が高いほどイスラエルへの思いが強い




(2023年11月6日、12日 情報追加)



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2023年11月1日水曜日

『イスラエルを知るための62章【第2版】(エリア・スタディーズ)』(立山良司編著、明石書店、2018)を隅から隅までじっくり読んで、 イスラエルにかんする「古い常識」を捨て去る必要を痛感した

 

ことし2023年の10月7日に起こったイスラエルへの「サプライズ・アタック」。

パレスチナ自治区のガザから、テロリストのハマスの武装組織による、陸海空の本格的な攻撃で1,400人を超える民間人の死者と多数の負傷者、そして外国人をふくむ250人をこえる人たちが拉致され、いまだに人質のままとなっている。

当然に予測されたことながら、イスラエルが「ハマス殲滅」を目的に掲げて攻撃を開始した。連日の空爆で、ガザ地区ではすでに8,000人を超える死者がでている。そのほとんどが巻き添えになった民間人だ。あまりにも非対称的である。

イスラエル軍は、ガザ北部の住民に対して北部から南部に避難するよう呼びかけていたが、水やガス、電気といったインフラが止められた状態で、ガザ住民の苦しみは増すばかりだ。

すでにイスラエル軍の地上作戦は開始されている。


■今回の軍事行動は「レバノン侵攻」のインパクトをはるかに上回る

わたしにとっては、今回のイスラエルの軍事行動は、20歳のときにリアルタイムで知った「レバノン侵攻」と同じくらい、いやそれ以上にネガティブなインパクトを感じている。

おそらく、いま20歳前後の若い人なら、その感覚は理解できるのではないだろうか。イスラエル軍の行動に、倫理的(エシカル)な観点からいって賛同するはずがないのは、Z世代の若者なら当然だろう。

日本ではPLOとパレスチナ支持が当たり前だった1980年代当時、イスラエルはあしざまに語られることが多かった長年にわたって戒厳令下にあり、しかも「光州事件」(1980年)のあった韓国と同様である。

それにもかかわらず、わたしはイスラエルには多大な関心を抱いて、基本的には支持してきた。

日本では当たり前のように語られていた言説を超える魅力が、イスラエルにはあったからだ。ただし、わたしはキリスト教徒ではない。それとはまったく異なる関心からである。たとえば、「独創性」という観点から糸川英夫博士はイスラエルに大いに注目していた。

さて、今回の事件、いやすでに「イスラエル・ハマス戦争」(Israel Hamas War)となっている戦争の発端となったテロ事件が発生してから、さまざまなリアクションがイスラエルの国内外からわきあがっている。

忘れられていた「パレスチナ問題」があらためてクローズアップされただけでなく、この事件で可視化されたことはじつに多い。

そのひとつが、アメリカのユダヤ系市民によるガザ攻撃への反対運動だ。リベラル左派のユダヤ系の人たちを中心に、ワシントンの議事堂に座り込みの抗議が行われ、逮捕者も出しているという。

ユダヤ系米国人のゆるぎないイスラエル支持という「常識」は、すでに過去の話となっているのではないか? そんな疑問がわいてきた。

米国がイスラエルを支持することには変わりないが、その意味合いが変化している。しかも、イスラエルを強力に支持する米国は、内政は分断状態にあり、衰退プロセスに入っている。

イスラエルも建国75年を過ぎ、かつての輝かしい理想は完全に希薄化してしまっている。未来志向ですらなくなり、ネタニヤフ政権のもとで民主主義が後退し、権威主義国家しつつある。



■「古い常識」を捨てなくてはならないと痛感

今回の悲劇的なキブツ襲撃と虐殺事件が発生しなかったら、これほど多くのタイ人の農業労働者がキブツで働いていたなんてまったく知らなかった。タイ人ワーカーたち多数がハマスに殺害され、拉致されて人質となっているのだ。

「湾岸戦争」後の1992年に米国からイスラエルに旅した際には、ミニツアーに参加してキブツを訪問して一泊しているが、それからもう30年もたっているのだ。イスラエル社会が様変わりしていても、まったく不思議ではない。1992年当時は、建国からまだ50年もたっていなかった。

2000年代になってからは、それ以外の地域にコミットしていたため、イスラエルにかんして集中的に考えることも、あまりなくなっていたが、イスラエルのことはそれなりに知っているつもりだった。

ただし、ことし2023年の最高裁の権限を弱める司法制度改革を強行したネタニヤフ首相に反対する、イスラエルの大規模なデモには注目していた。

とはいえ、1990年代までの「古い常識」をもとに、ときどき目にする断片的な情報で組み立てられたイスラエル像のままでいいのか? そんな疑問から、あらためてイスラエルについての概説書を読んでみることにした。


2012年に初版のでた本書は、2018年に第2版がでている。このインターバルなら、そろそろ第3版がでてもおかしくないが、今回の事態を受けて大改訂する必要がでてくるかもしれない。それは待ってられないので、この第2版を読むことにした次第だ。

最初のページから最後のページまで、隅から隅までじっくり読んでみて思うのは、自分がイスラエルにかんしてもっていた「常識」は捨て去る必要を痛感したことだ。知識のアップデートの必要を痛感したことだ。

「目次」を掲げておこう。このように幅広い側面から、それぞれ専門家によって書かれた凝縮された文章を読むことで、イスラエルのあらたな全体像が見えてくる。


はじめに 
Ⅰ イスラエルという国 (第1章・第2章 コラム1)
Ⅱ 歴史(第3章~第9章 コラム2~4)
Ⅲ イスラエル歳時記(第10章~第16章 コラム5、6) 
Ⅳ 多様な言語と社会(第17章~第23章 コラム7)
Ⅴ 政治と安全保障(第24章~第34章 コラム8、9)
Ⅵ 経済発展の光と影(第35章~第40章 コラム10)
Ⅶ 文化・芸術・若者(第41章~第47章 コラム11~13)
Ⅷ 外交(第48章~第54章)
Ⅸ 中東和平問題とイスラエル(第55章~第61章)
 第62章 <終章>イスラエルはどこに向かうのか ーー 輝かしい成長と根源的ジレンマ
イスラエルを知るための文献・情報ガイド


イスラエルは、あくまでもイスラエルそのものとしてとらえないと、見誤ってしまう。どういうことかというと、どうしても「イスラエルとユダヤ人をほぼイコールで考えてしまう思考のクセ」に気がつかなくてはならない、ということだ。

イスラエルは、シオニズムというユダヤ民族主義運動から生まれた「イデオロギー国家」であるが、建国の当初から「ユダヤ国家」というのは、あくまでも願望であって、実態ではなかったのである。

現在でもイスラエルの人口900万人のうち、非ユダヤ系が2割を占めているのである。事実としてはもちろん知っていたが、その意味をあらためて深く考える必要があると感じる。

イスラエル社会の変化は、とくに「宗教シオニズム」の増大と、「超正統派」(ハレディーム)の人口増加にあきらかである。

かつての主流派であり、支配者層であった世俗的で社会主義的な「労働シオニズム」が大幅に後退しているのに対して、宗教的なシオニズムが前面にでている現状。これは軍隊においても大きな変化をもたらしているという。社会の右傾化が進み、以前よりもはるかに強硬な姿勢になりがちな理由がそこにあるかもしれない。

詳細まで触れるつもりはないが、先にもふれたが、タイ人農業ワーカーの存在抜きには成り立たなくなっているイスラエル農業の現状フィリピン人看護師抜きには成り立たない状況、社会主義経済による停滞は新自由主義への転換で克服したが、一方では経済格差を生み出している現状など、イスラエル社会の変化は本書によって知ることができた。

また、今回のテロ事件にかんしては、インドがイスラエルを全面的に支持しているが、これは同じくイスラームのテロ攻撃に苦しむ点において共通するものがあることが背景にある。イスラエルの武器輸出先の4割がインドであることも、本書ではじめて知った。

イスラエルとインドの密接な関係は、インド側からは見えにくい。インドはロシアとの関係だけではないのである。イスラエルのような「小国」から見ると、「大国」インドの真の姿が見えてくるのだ。



■イスラエルはそのすぐれた側面と負の側面の両方を見なくてはならない

そんなイスラエルだが、近年、ようやく日本のビジネス界からイスラエルのハイテク産業、とくにセキュリティを中心としたIT分野に関心が集まるようになってきていた。

イスラエルにかんしては、ビジネス関連本が多数出版されている。イスラエルへの投資を促すセミナーも多数開催されてきた。

だが、とくにビジネスパーソンにとっては、イスラエルという国が、ポジティブな面からのみ語られるようになっていた現状で、イスラエルの生存にとって根源的問題であるはずの「パレスチナ問題」が急浮上し、残酷なカタチで可視化されたことになる。

ものごとはポジティブとネガティブの両方、正負の両面から見ないといけないことが痛感されることになったのではないだろうか。

今回の戦争でイスラエルへのコミットを再考する企業もでてくるだろうが、イスラエルのビジネス界からも戦争拡大への反対の声がでていることも知っておく必要があるだろう。イスラエル全体のレピュテーションを大幅に低下させることになっているからだ。

戦争で利するのは兵器産業など一部の業界だけであり、とくに長期化した戦争はビジネス環境の明らかな阻害要因となる。

すでにイスラエルに出入りする国際便はストップしている。36万人の予備役動員は、人口900万人の国内では市民生活に不便をもたらしている。ITエンジニアも動員されている。農業を支えてきたタイ人ワーカーたちも、タイ政府が飛ばした帰国便で帰国してしまった者も少なくない。

今回の戦争も長期化は避けられないだろう。ハマス殲滅なんて、そもそも不可能である。ガザの一般市民の犠牲が増えれば増えるほど、イスラエルの国際的孤立は深まるばかりだ。

だからこそ、「イスラエルとは、そもそもそういう国なのであり、そんな国であるからこそ現在のハイテク産業が発展してきた」のである。この言説の背後にある事実をしっかり見つめたうえで、イスラエルについて考え、つきあっていく必要がある。

そのためにも、『イスラエルを知るための62章』は、読むべき本であることは間違いない。


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編著者プロフィール
立山良司(たてやま・りょうじ)
1947年東京生まれ。日本の国際政治学者、防衛大学校名誉教授。専門は中東現代政治。 早稲田大学政治経済学部卒。在イスラエル日本大使館専門調査員、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員、財団法人中東経済研究所研究主幹などを経て、1997年防衛大学校総合安全保障研究科・国際関係学科教授などを歴任。2013年定年退官、名誉教授。日本エネルギー経済研究所客員研究員。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに Wikipedia情報で加筆)。


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