「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル マッカーサー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル マッカーサー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年7月27日土曜日

映画『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた ― 日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念



『終戦のエンペラー』を初日に見てきた。このテーマの映画であれば気になる存在だからだ。

『終戦のエンペラー』(原題: Emperor)は、2012年度製作のアメリカ映画である。日米合作ではなく、アメリカ資本で製作された映画である。これはこの映画をみるうえで重要なポイントだ。

舞台は敗戦によってアメリカを中心とする連合国の占領下におかれた日本、とくに東京と静岡が舞台である。登場人物はアメリカ側は連合国最高司令官のマッカーサー元帥とその副官であるフェラーズ准将。日本側はフェラーズ准将の運転手兼通訳の日本人、そしてA級戦犯とされた日本人たち(・・東条英機、近衛文麿、木戸孝一)、そして昭和天皇。

映画『終戦のエンペラー』のキャスティング・ディレクターとして日本側配役の選定と推薦を担当した奈良橋陽子氏は、ハリウッドは”日本ネタ”を求めているハリウッドと日本の”橋渡し役”奈良橋陽子氏に聞く (東洋経済オンライン 2013年7月26日)というインタビューのなかで以下のように語っている。ちょっと長いがそのまま引用させていただこう。

――ハリウッドの映画が日本を描くと、「それは日本じゃない」と言いたくなるようなシーンもあります。そのことについてどう考えていますか?

監督のタイプも大まかに言うと2つあると思います。ひとつは、日本のことをすごく尊重している人。そういう方はこちらが「ここは間違っている」と指摘すると、「じゃあ直そう」と受け入れてくれます。

そしてもうひとつは、自分の世界を持っていて、本当は(日本の描写は)こうだと知っているけれども、あえて違う描写でやってしまう人。美的感覚が違うのでしょうね。ただ、私がキャスティングした日本人の俳優さんに関しては、きちんとこちらの意向を説明して、衣装などにも意見を取り入れてもらいました。

――今回の『終戦のエンペラー』は、そうした「日本らしくない」という違和感はありませんでした。

今回はキャスティングだけでなく、プロデュースをしましたから。美術やメイクなどもすべてチェックしました。


だが、じっさいに見た感想としては、やはりなにかが違う、というものだった。個々の日本人俳優の演技そのもの大きな違和感はないのだが、どうもなにかが違うのだ。もちろん、1945年当時の日本人というを2012年現在の日本人が演じるにはムリがあるのだが、それは脇においておこう。

この映画はアメリカ人がアメリカ人の視点、つまり占領する側が敗戦国を描いた映画である。この枠組みにはいささかの揺るぎはない。そうでなかったら、アメリカでは受け入れられないだろう。つまり敗戦国の日本人の視点で描かれた物語ではないアメリカ映画である。それも脇においておこう。

もちろんエンターテインメント作品であり、個々の史実を意図的に曲げて描いているシーンがあるのは仕方ない。これは演出の問題だからとやかく言う筋合いはなかろう。

だが、最初から最後まで違和感が残ったのは、メロドラマ的に一つの軸となっているフェラーズと、いかにもアメリカ人からみた "いかにも和風" な日本人女性との悲恋の描かれ方である。

正直いってオリエンタリズム以外のなにものでもないという印象である。アジアを描く際のアメリカ人の無意識の視点がでているという印象がぬぐえないのだ。さすがに1980年の『将軍 SHOGUN』に登場する島田陽子ほどではないが、30年たっても基本的になにも変わっていないという印象だけが残る。

今回のキャスティングに渡辺謙が入ってないのはよかった。といっても、渡辺謙が嫌いなのではなく、あまりにもハリウッド映画に登場しすぎるので食傷気味だということ以外に意味はない。

近衛文麿役の中村雅俊はいい線いってるし、関屋貞三郎役の夏八木勲はじつにいい味を出していた。また、西田敏行が演じる海軍将校の英語がじつに流暢で、それには大いに感心させられた。さすが役者である。

このように個々の日本人俳優はシークエンス単位で好演しているのだが、ぜんたいの枠組みが占領軍の側からみたオリエンタリズム映画なので、見終わった感想としては、日本人としてはイマイチとしかいいようがない。

以上がじっさいに映画をみての正直な感想である。





原作は『陛下をお救いなさいまし』(Save the Emperor)

じつは今回は映画を観るまえに原作を読んでおいた。映画化によって、原作がどこまで再現されているのか、いないのかを見てみたかったからだ。

なぜなら、先にも感想を記したように、この手の映画はよほどのことがないかぎり、アメリカ側の一方的な解釈や演出で台無しになっているケースが多いからだ。

たとえば、かつて話題になった『硫黄島からの手紙』(Letters from Iwo Jima 2006年)。クリント・イーストウッド監督はすばらしいのだが、どうしてもあの映画にはなじめないものを感じたのはわたしだけではないのではないか? なにかが違う、という感じがぬぐえないのである。

同じ監督による二部作のもう一方である『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers)のほうがはるかにすぐれているのは、アメリカ人の監督がマイノリティの置かれているアメリカの現実を熟知しているからだろう。

日本人からみた違和感をなくすには、かつて真珠湾攻撃を描いた戦争映画『トラ・トラ・トラ』(1970年)のように、アメリカのパートはアメリカ人監督、日本のパートは日本人監督がメガホンをとる以外はムリだろう。そうでないと『パール・ハーバー』のような愚作となるのが落ちだ。

さて、原作のタイトルは『陛下をお救いなさいまし』(岡本嗣郎、集英社、2002)。文庫化にあたっては映画のタイトルを主に、単行本のタイトルが従となった。『終戦のエンペラー  ―  陛下をお救いなさいまし』(集英社文庫、2013)と変更された。

内容を正確に表現するなら、『陛下をお救いなさいまし  ―  恵泉女学園創設者・河井道とマッカーサーの副官フェラーズ准将』とするべき内容で、知られざる歴史を描いた正統派のノンフィクション作品である。

河井道(かわい・みち)という女性は、『BUSHIDO』の著者で教育家の新渡戸稲造の薫陶を受けた日本人キリスト教徒恵泉女学園を創設した教育家でもある。信念が堅固で、ハッキリとモノを言う人だったらしい。

フェラーズ准将という学者肌のアメリカの陸軍軍人は、大学時代にアメリカに留学してきていた日本人女性との交友から日本びいきになり、ラフカディオ・ハーンの全作品を読み込んでいた人。

この二人の日米をまたいだ戦前と戦後の友情が、天皇の戦争責任回避を実現させたのである。これがほんとうの「真相」である。無責任体制とも批判される日本の意思決定構造ゆえに、天皇の戦争責任論に結論をつけるのが困難であったのだが、フェラーズ准将が書いたレポートが最終的にものを言うことになった。

新渡戸稲造もフェラーズもプロテスタントの一派であるクエーカーであり、河井道をふくめた日本のプロテスタント人脈とプロテスタント国アメリカの密接な人的関係が、天皇の戦争責任回避を実現させたというのが原作の内容である。したがって、日米をまたいだ人脈が実現させたヒューマン・ドラマというのがほんとうの物語なのだ。メロドラマ的な要素はじつは皆無である。

もちろん、映画はエンターテインメントであるから、脚色や事実関係の変更、虚構の導入はあってもとくに文句をいう筋合いはない。この映画の脚本もひとつの歴史解釈というべきであり、これと異なる解釈があってもおかしくはない。

だが、原作の内容がなんであれ、メロドラマ的なオリエンタリズム映画となったことはじつに残念以外のなにものでもない。またかよ、といった思いで、正直いって閉口する。

ぜひ日本人監督によって『陛下をお救いなさいまし』を別バージョンとして映画化すべきだろう。そうすれば、歴史観の相違というものがおのずからにじみ出てくるはずだ。

占領する側と占領される側とは、それほど溝が深いのである。おそらく製作者サイドとしては無意識なのだろうが。


画像をクリック!



<関連サイト>

映画 『終戦のエンペラー』 公式サイト

学校法人恵泉女学園|創立者 河井道 - 恵泉女学園 中学・高等学校

ハーン・マニアの情報将校ボナー・フェラーズ(加藤哲郎、一橋大学政治学 『講座 小泉八雲 1 ハーンの人と周辺』(平川祐弘・牧野陽子編、新曜社、2009)所収)
・・「したがって、「ハーン・マニア」フェラーズを、たんなる親日家・日本理解者とするのは誤解を生じる。その天皇制保持・不訴追工作も、当時の米国心理作戦の一部と見るべきであり、米国有数の有能な情報戦エキスパートであったフェラーズの全生涯との関連で、歴史的に評価されなければならない」



<ブログ内関連記事>

占領下日本(=オキュパイド・ジャパン)

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション


「戦後」の日米関係

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!


戦犯裁判

書評 『東京裁判 フランス人判事の無罪論』(大岡優一郎、文春新書、2012)-パル判事の陰に隠れて忘れられていたアンリ・ベルナール判事とカトリック自然法を背景にした大陸法と英米法との闘い

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)


オリエンタリズム

映画 『アバター』(AVATAR)は、技術面のアカデミー賞3部門受賞だけでいいのだろうか?
・・この映画のような知的な立場とは無縁のオリエンタリズム映画がハリウッドには多すぎる


恵泉女学園創設者の河井道

書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯
・・映画の原作 『陛下をお救いなさいまし』の主人公の一人、恵泉女学園創設者の河井道は新渡戸稲造の弟子であった

(2014年7月23日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2011年12月23日金曜日

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)-精神の深いレベルで傷を抱えている日本と日本人を象徴する天皇陛下


「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23年)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・

昭和天皇が崩御されてから、昭和時代の「天皇誕生日」は「みどりの日」となって国民の祝日として存続することとなった。

崩御から19年たった2007年(平成19年)には「昭和の日」と改名されて現在にいたっている。

現在の天皇誕生日は、本日12月23日である。

1948年(昭和23年)12月23日は、当時は皇太子であった明仁親王の15歳の誕生日であったが、その同じ日に占領軍によって東條英機をはじめとするA級戦犯たちに絞首刑が執行された・・・。東條英機は昭和天皇の身代わりとなったのであった。

なんという一致であることか。いや、しかしこれは偶然の一致ではない。アメリカ占領軍が、いや端的にいえばマッカーサーが日本占領の歴史に刻み込んだ「死の暗号」なのだ! 

猪瀬直樹は、じつにおそるべき事実を発見したのである。多感な少年時代にこの事実を知った、ただ一人を例外として、誰もが気がつかなかったこの事実を。

本書は、猪瀬直樹の作品系列のなかでは、『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』につづくアメリカもの三部作の最後にあたるものだ。本書では、より作者が内容に深く関与するドキュメンタリー・スタイルのノンフィクションになっているのは、著者自身もそのなかで生きてきた現代史そのものであるからだろう。

幕末に太平の夢を醒まされ、力づくに開国を迫られたうえに弱肉強食の近代世界に放り込まれた日本。そして、「黒船」コンプレックスを精神の深層にわだかまらせてきた日本人

第二次大戦における敗戦によって、さらに精神の深いレベルで傷を抱えることになっているのに、あたかも何もないかのように振る舞い続けてきた日本人。しかし、それにはおのずから限界というものがある。

3-11後」となり、長く続いた「戦後」という時代が終わったと言いつつも、じつはまだ「黒船」に余儀なくされた開国も、完膚なきまきまでの敗戦による占領も、長く尾を引き続けていることを、あらためて感じざるを得ないのである。

だがその事実を知ったところで、いったいどうしたらいいというのだろうか? 著者はあえて答えを書かずに、読者一人一人の課題として突きつけている。

本書は、日本人に問いかける本である。なぜ著者が東京副知事という多忙な職に就いていながらこの本を書き上げなくてはならないと思ったのか、それは最後まで読めばおのずから感じとることができるだろう。

何よりもまず、日本人は日本の歴史を過去から現在にいたる連続体として捉えなくては、けっして前に進むことはできないのである。事実を知ることそのものが大事なのだ。

だから本書を読むことを、「昭和時代」を知らない若い世代にはとくに勧めたいと思う。



<初出情報>

■bk1書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・」投稿掲載(2011年12月22日)
■amazon書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された」投稿掲載(2011年12月22日)





目 次

プロローグ
第1章 子爵夫人
第2章 奥日光の暗雲
第3章 アメリカ人
第4章 天皇の密約
第5章 四月二十九日の誕生日
第6章 退位せず
終章 十二月二十三日の十字架
文庫版のためのあとがき
参考文献
解説: 梯(かけはし)久美子


著者プロフィール

猪瀬直樹(いのせ・なおき)

作家。1946年、長野県生まれ。『ミカドの肖像』(1986年)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本国の研究』(1997年。文藝春秋読者賞受賞)は、政界の利権、腐敗、官僚支配の問題を鋭く突き、小泉純一郎首相から行革断行評議会委員、道路公団民営化推進委員に任命される契機ともなった。東京工業大学特任教授など幅広い領域で活躍。2007年6月、東京都副知事に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>


2008年に出版された単行本の原題は『ジミーの誕生日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」ー』(文藝春秋社、2008)であった。

今回の文庫版では、副題はそのままにタイトルが『東條英機処刑の日』に変更された。「ジミーの誕生日」ではいまいちピンとこないためであろう。

ジミーとは、敗戦後の日本で皇太子(当時、現在の明仁天皇)につけられた英語教師ヴァイニング夫人が命名したイングリッシュ・ネームである。

キリスト教プロテスタント派のひとつであるクエーカーであったヴァイニング夫人が皇室に招かれた背景には、昭和天皇自身のつよい意向があったといわれている。当時の昭和天皇は、皇室の存続のためには、たとえキリスト教であろうが取り込むという、なりふり構わぬ・・・・を・・・・していたのだった。

本書は、ある子爵夫人の日記に記された「ジミーの誕生日」に関する記述から始まる。

その日記の一節のもつ謎にとりつかれたのは、子爵夫人の孫にあたる女性だが、この子爵夫人が誰であるか本文では明記されない。だが、読みすすめているうちに、分かるひとには分かってくるはずである。GHQにいて憲法起草にも関与したケーディス大佐との不倫で有名になった人のことである。ヒントは参考文献のなかにあるといっておこう。

本書によれば、アメリカ占領軍は、完璧なまでに日付に意味を込めていたことが明らかになる(P.252)。

天皇誕生日の12月23日は、東條英機らA級戦犯7人が絞首刑になった日であるだけでなく、昭和天皇誕生日の4月29日は、A級戦犯の28人が起訴された日、「憲法記念日」の5月3日は、「東京裁判」の開廷日であったのだ。

猪瀬直樹によって指摘されるまで、日付に仕込まれた暗合にはまったく気がつくことのなかった多くの日本人。わたしもその一人であった。

12月23日の翌日24日はクリスマスイブ、そして25日はクリスマスだ。今年2011年はたまたま三連休となるが、この本を読んだら、これから毎年12月23日が来るたびに、米国が仕込んだ刻印について思い出すことになるのではないか。

それがもし自分の誕生日であったなら、ましてや意図的に自分の誕生日にあわせて自分の父親の身代わりとして処刑された人がいたというのなら・・・。

今上天皇陛下(=明仁天皇)の御心を忖度(そんたく)するわけにはいかないが、文庫版の解説でノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子氏が書いているように、「先の大戦」で死者となったすべての人たちの鎮魂をライフワークとされている天皇皇后両陛下の動機がいかなるものであるかを考えるひとつのヒントになるのかもしれない。

なお、梯久美子氏は、クリント・イーストウッドが監督し、渡辺謙が主役として栗林忠道陸軍中将を演じたハリウッド映画『硫黄島からの手紙』(2006年)の原作者である。

知米派の将軍であった栗林忠道の伝記は、『散るぞ悲しき-硫黄島総指揮官・栗林忠道-』(新潮社、2006年)として出版された。現在では文庫版としてロングセラーを続けている。







<ブログ内関連記事>


猪瀬直樹の「日米関係三部作」

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)
・・猪瀬直樹による必読の名著。


黒船コンプレックス

『日本がアメリカを赦す日』(岸田秀、文春文庫、2004)-「原爆についての謝罪」があれば、お互いに誤解に充ち満ちたねじれた日米関係のとげの多くは解消するか?


日本の敗戦と極東軍事裁判

書評 『松井石根と南京事件の真実』(早坂 隆、文春新書、2011)
・・A級戦犯として処刑された悲運の将軍の生涯

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと

(2016年7月16日 情報追加)



(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end