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2019年12月31日火曜日

JBPressの連載コラム第68回は、「250年前に日本に来ていたトゥーンベリさんは何者か 「今年の人」グレタさんと時空を超えて共通するもの 」(2019年12月31日)-大みそかでもコラム公開です!



JBPressの連載コラム第68回は、「250年前に日本に来ていたトゥーンベリさんは何者か 「今年の人」グレタさんと時空を超えて共通するもの 」(2019年12月31日) 
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58779 

トゥーンベリさんというのは、グレタ・トゥーンベリさんのこと。みなさんもご存じの通り、今年2019年でもっとも有名になった16歳のスウェーデン人の環境活動家ですね。 


(TIME Person of the Year 2019 に選ばれたグレタ・トゥーンベリ)

なんと、いまから250年前の江戸時代のことですが、田沼意次が老中だった時代に、同じトゥーンベリという名字のスウェーデン人が来日していたのですよ! それも当時の第1級の知識人で植物学者。


(カール・ペーター・ツュンベリー Wikipediaオランダ語版より)

今回は、スウェーデンと日本の架け橋として存在していたトゥーンベリさんについて、時空を超えて250年前を往復する歴史ツアーにおつきあいいただきたい願いましょう。

つづきは本文で https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58779







<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第51回目は、「略奪と殺戮の時代に終止符を打ったストイックな女王-『自省録』を座右の書にしてきたトップリーダーたち」(2019年5月7日公開)

「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年8月12日)-江戸時代後期(=19世紀前半)の日本をモノをつうじて捉える

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)-本書の隠れたテーマは17世紀から19世紀までの「東南アジア」

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策(2009年7月12日)
・・小石川植物園は吉宗の時代から

書評 『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』(小宮正安、集英社新書ヴィジュアル版、2007)-16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行した元祖ミュージアム
・・リンネ以前は分類されないままの収集がブームだった

『生誕150年企画展 南方熊楠 100年早かった智の人』(国立科学博物館 東京・上野)に行ってきた(2017年12月22日)-「グローカル」で「智の巨人」であった南方熊楠の全体像を知る企画展

「植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)」(国立科学博物館 東京・上野)にいってきた

9月になると紫色の実をつけるムラサキシキブの学名(Callicarpa japonica)はツンベルクの命名


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2016年9月25日日曜日

9月になると紫色の実をつけるムラサキシキブの学名(Callicarpa japonica)はツンベルクの命名



九月も後半になると、紫色のつぶつぶが目に入ってくるようになる。そしてはじめてそれがムラサキシキブであることがわかる。紫色に染まる前は、つぶつぶはできれいるが真っ白なので気がつかない。

ムラサキシキブはシソ科の落葉低木だそうだ。つぶつぶの果実が紫色で美しいので観賞用に栽培されている。一般家庭だけでなく公園などでもまとめて植わっているのをめにすることもある。

もともと日本の山野に自生する植物のようなので、ムラサキシキブという名称も十分に納得のいくものがある。ムラサキシキブとは、紫式部のことだろう。




ラテン語の学名は Callicarpa japonica と日本産であることが明記されている。wikipediaによれば、スウェーデンの植物学者のカール・ツンベルクが学名を命名したという。

ツンベルク(Carl Peter Thunberg 1743~1828)は、「分類学の父」であるカール・フォン・リンネ(1707~1778)の弟子。18世紀後半にオランダ東インド会社の商館に医師として来日することに成功し、日本滞在はわずか一年半であったが、精力的に日本の植物を調査した。帰国後の1784年には 『日本植物誌』(Flora Japonica)を出版している。

医師としては日本人に蔓延していた梅毒の治療法を伝授し、大いに名声を博した。来日前には南アフリカで3年間の調査を行っている。この間にオランダ語を習得している。


(カール・ツンベルク 1808年 wikipediaより)


日本では19世紀になってから来日したドイツ人のシーボルトの方が有名だが、学問世界、とくに分類学への貢献という点ではツンベルクはきわめて大きな存在である。ツンベルクについては、『リンネとその使徒たち-探検博物学の夜明け』(西村三郎、朝日選書、1997)に1章をさいて描かれているが、ツンベルクはリンネによって海外各地に派遣された「使徒」の一人であった。

ツンベルクは日本滞在中に蘭学者たちと広く交遊し、その関係は帰国後もオランダ語の手紙のやりとりで続いていたという。ツンベルクの著書『日本紀行』によって、桂川甫周(かつらがわ・ほしゅう)や中川淳庵(なかがわ・じゅんあん)の名は、西欧だけでなくロシアでも知られていたことが、漂流先のロシアから帰国後の大黒屋光太夫によって日本に知らされることになる。

しかも10代将軍家治の謁見の際の書記役が、将軍の侍医を務めていた桂川甫周その人であり、光太夫の発言は示し合わせたものではなかったため、桂川甫周は将軍の面前で大いに面目を施したというエピソードが残っている。18世紀末には、日本にとっても地球はすでに狭くなっていたのである。

桂川甫周は将軍の命により、大黒屋光太夫の聞き書きをまとめて『北槎聞略』という当時は一級のロシア関連情報の百科全書ともいうべき書を編纂している。残念ながら一般公開されなかったので、ロシア情報は活かされなかったようだ。




19世紀になってからは、学問研究という観点よりも、産業振興の観点から、大英帝国を中心に精力的に有用な植物採集が行われるようになる。その拠点となったのがロンドンのキュー王立植物園であり、植民地現地には熱帯植物園(ボタニカル・ガーデン)である。


ムラサキシキブの果実はベリーだが人間にとって食用にはならない。そのため有用性の観点からは漏れ落ちるだろう。観賞用としては日本では愛好されているが、海外の状況は、はたしてどうだろうか?



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<ブログ内関連記事>

「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々展」(パナソニック汐留ミュージアム(2016年1月22日)-現在の英国を英国たらしめている植物愛を体現している植物園とその世界を紹介した展示会

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー ・・お茶の木もまたプラントハンターによって中国から英国に持ち出された

「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年8月12日)-江戸時代後期(=19世紀前半)の日本をモノをつうじて捉える

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③

空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻のこと-『源氏物語』の「空蝉」をめぐってつれづれに


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