■「垂直分裂」というキーワードでみた中国企業の強さと弱さ■
実に知的刺激に富んだ中国産業の分析書であり、知見に富んだ経営書でもある。
「世界の工場」となった中国製造業の特徴が最もよく現れているのが家電産業、IT関連産業、自動車産業であるが、著者はこの3つの産業について、設計と製造の観点から詳細な事例分析を行い、中国製造業の強さと弱みを明確に整理して示してみせた。
著者が駆使するキーワードはずばり「垂直分裂」だ。正直いって聞き慣れないコトバである。「垂直統合」なら、ビジネス関係者であれば昔から比較的聞き慣れてきただろうが、「垂直分裂」とはいったい何か?
垂直分裂とは、垂直統合のまったく反対の概念である。
製造プロセスをモジュールごとにバラバラに分解し、こういったモジュールや基幹部品ごとに特化した専業企業が、市場で激しい競争を行っている状態を指している。消費財メーカーは、完成品としてのモジュールを外部から調達し組み立てた上で、自社ブランドをつけて消費者向けに市場で流通させるわけだ。
これにより消費財メーカーは、製品企画、全体設計、モジュール調達に特化し、徹底的なコストダウンが可能になる。勝敗を決めるのは消費市場でのマーケティング力である。これは、テレビでも、携帯電話でも、PCでも同じだ。
中国で主流になっているのは、こういった「モジュール型」製造業であり、これをフルに活用した消費財メーカーである。日本のお家芸であった「すりあわせ型」(インテグラル型)製造業ではない。最近では、電気自動車(EV)では、すでに中国メーカーが世界市場に名乗りをあげているが、背景にはこういった状況があるのだ。
日本のメーカーの多くが中国で苦戦している理由の一端がこれで説明される。しかしながら、キーデバイスの分野では「黒衣」に徹し、中国企業に伍して成功している日本企業もあるようだ。インテル・インサイドのような存在になれれば、日本企業にも生き残る道もある、ということなのだ。
消費財分野では目に見えにくい、産業財分野でのこうした動きをしっておくことは、これからの事業戦略を考える者にとって不可欠の基礎知識となっているといってよい。出版から2年近くたっているが、分析のフレームワークそのものはきわめて有効である。
事例がふんだんに示されており、印象と違って比較的読みやすい新書本である。この本をよむと、間違いなく少し賢くなったような気持ちになるはずだ。
必読の経営書である。
<初出情報>
■bk1書評「「垂直分裂」というキーワードでみた中国企業の強さと弱さ」投稿掲載(2010年2月5日)
<書評への付記>
■「オープン・アーキテクチャー」時代に生き残るためには
「垂直分裂」というコトバが定着したものかどかはわからないが、きわめて重要な概念である。この考え方が成り立つには、「ものつくり」において、設計上の「オープン・アーキテクチャー」という考え方が前提となる。
「オープン・アーキテクチャー」(Open Architecture)とは、「クローズドな製品アーキテクチャー」の反対概念で、外部に開かれた設計構造のことであり、代表的な例が PC である。
PC を一番最初に開発した IBM は、設計情報を公開し、CPU はインテルから、OS は MS(マイクロソフト)から購入していた。CPU も OS も外販されているにで、誰でも入手できることから IBM-compatible(コンパチ)という形で、互換性のある部品を使用した類似製品が大量に出回るようになり、ついには PC はどこのメーーの製品であってもたいした違いがないという状態、すなわち「コモディティ」と化してしまったのである。いわゆるウィンテル(Wintel=Windows + Intel)化現象である。
このように、部品を外部調達して組み立てれば製品ができあがるわけであり、似たような製品が、異なるブランドをつけて市場に出回ることになる。極端な話、差異はただ単にブランド名だけであり、価格競争に巻き込まれて、一気に競争力を失ってしまうという弱点がある。これは完成品メーカーの抱える大きな問題であり、かつてよくいわれたように、「パソコンも ソフトがなければただのハコ」である。
製品差別化は、外観のデザインや内部にインストールされたソフトウェアによってのみ可能であり、ここで付加価値をつけることによって、消費者に訴求することができる。この段階でモノをいうのは、製品ブランド力を含んだ、広義のマーケティング力であり、製品の性能そのものではなくなっている。
そして製品そのものの性能を左右するのは、インテルのようなキーデバイスである。インテル・インサイド(Intel inside)というプロモーションが象徴的に示しているように、カギを握っているのは完成品メーカーではなく、キーデバイスやモジュールを生産している、見えないところでモノをいうメーカーなのだ。主導権はすでに完成品メーカーにはないのである。
ちなみにインテル・インサイドは、そもそもインテル日本法人が世界にさきがけて始めたキャンペーンで、昔は「インテル、入ってる」という韻を踏んだフレーズの CM を流していた。これはよい、ということになって全世界で採用されるに至ったのである。
最近、よく話題になる電気自動車(EV:Electric Vehicle)は、こうした「オープン・アーキテクチャー」型製品の最たるものである。男の子であれば、かつて小学校の夏休みの工作で、電気自動車の模型など何度もつくったことがあるはずだ。極端な話、バッテリーとモーター、ギアと車輪さえあればクルマになる。内燃機関とは桁違いの単純な構造であり、しかも部品は外部から出来合いのものを買ってくればよい。電気自動車にとってカギを握るのは、バッテリー(蓄電池)である。これをいかに小型化し、軽量化するかがモノをいう。
電気自動車は米国のベンチャーだけでなく、なんと無名の中国メーカーも試作品を製作しているが、実はカギとなるバッテリーの分野では、圧倒的に日本メーカーが強いのである。パナソニック、三洋電機、ユアサ・・・などなど。最終製品にブランド名が登場しなくても、目に見えないところで強みを発すればいい。これが賢い生き方だ。名をとるよりも実を取れ。
そもそも家電や PC の世界では、メーカー間で、部品を融通したり部品の共通化がかなり進んでおり、ある意味では「競争と協調」(compete and cooperate)は当たり前となっている。私が以前使っていた、パナソニックの Let's Note が故障したので、HDD をみたところ、Made in the Philippines の Toshiba 製だった! なんてことはよくあることなのだ。こういった事情については、すでにこのブログでも「台湾メーカーのミニノート購入」という記事のなかに書いた。
消費者としての一般人は、消費財(consumer goods)としての最終製品しか見る機会がないだろうが、産業財(industrial goods)である部品やモジュールという世界は実に奥が深い。
たまには、故障して使用不能となった家電製品やパソコンを自分で解体してみるとよい。設計の世界では、こうした行為を「リバース・エンジニアリング」(reverse engineering)といって、競合他社製品の分析を行う際にどこの会社でも行っていることだ。
常識にとらわれていては、見えるものも見えてこないという実例である。まあどんな業界でも、インサイダーであれば知っている話ではあるが。
<追記> (2010年5月10日)
<書評への付記>のなかで、電気自動車の蓄電池(バッテリー)に関しては、日本企業に優位性があると書いているが、ここのところ米中接近によって、急速に業界地図が書き換わる可能性がなくはない。
「NHKスペシャル|自動車革命 次世代カー 電池をめぐる闘い」が「自動車革命」シリーズの一つとして放送された(5月9日21時)が、このなかで中国の電池メーカーと米国企業がアライアンスを組んで動いていることが取材されていた。
この番組にかんする感想をツイッターに投稿したので、ここに再録しておく。
「NHKスペシャル自動車革命 次世代カー 電池をめぐる闘い」。太陽光発電と電気自動車とバッテリーでアフリカ市場を制覇しようという壮大なビジョン、中国人は考えるスケールがでかい。これでいいのかニッポン!!
「NHKスペシャル自動車革命 次世代カー 電池をめぐる闘い」。米中がタッグを組ん電気自動車のバッテリー覇権を確立する戦略、高品質にこだわる日本メーカーは再び半導体の轍を踏む危険ありか?ローエンド市場から参入して市場を制覇、その後に日本企業を買収して時間を買うのではという懸念・・・
最近の中国企業がやっていることは、日本企業が1980年代までやったことの忠実なTTP(パクリ)なのではないかと思われて仕方がない。ローエンドから市場参入して既存のプレイヤーを市場から駆逐、そしてミドルエンドからハイエンドに上昇していく戦略だ。やばいぞニッポン!!
ツイッターに投稿した上記の懸念が実現しないことを祈るばかりだ。
(2010年5月10日記す)
<ブログ内関連記事>
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・・『現代中国の産業-勃興する中国企業の強さと脆さ-』の著者の新著
■世界の製造業ビジネスモデルの変化
「円安バブル崩壊」(2009年5月4日)
・・このブログでいちばん最初に投稿した記事で、野口悠紀雄の『世界経済危機-日本の罪と罰-』 ( ダイヤモンド社、2009)を踏まえた所感を述べている
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書評 『アップル帝国の正体』(五島直義・森川潤、文藝春秋社、2013)-アップルがつくりあげた最強のビジネスモデルの光と影を「末端」である日本から解明
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(2014年8月18日、2016年7月24日 情報追加)
(2022年12月23日発売の拙著です)
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