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2010年2月6日土曜日

書評『岩倉具視 ー 言葉の皮を剝きながら』(永井路子、文藝春秋、2008)ー 政治というものの本質、政治的人間の本質を描き尽くした「一級の書」




政治というものの本質、政治的人間の本質を描き尽くした「一級の書」

 下級公家の一人であった岩倉具視(いわくら・ともみ)がなぜ、いかにして、幕末という激動期に歴史の表舞台に躍り出て、しかも権力の中枢に入ってしぶとく生きのび、そしてまた時代の流れに追いつけず静かに消えていったか。

 著者はこのテーマを存分に描き尽くした。著者自身、40余年間抱えてきたテーマであると述懐している。

 私がこの本に注目したのは、そもそも日本中世について多く書いてきた歴史小説家・永井路子が、幕末を舞台に、しかも岩倉具視を書いた(!)という驚きが一つ。そしてまたこの「言葉の皮を剥きながら」という副題に込められた著者の思いについてであった。

 歴史用語という決まり文句を使うことは、その時点で思考停止状態をもたらすだけだ。多くの歴史家がそのワナにかかっている。

 著者は「言葉は虚偽の衣装を身に纏う曲者(くせもの)である」という考えのもと、「尊皇攘夷」、「佐幕」、「王政復古」、「明治維新」といった歴史用語をいっさい使用せず、歴史が創られる、まさにその現場の視点にたって、岩倉具視という政治的人間の、浮沈の多い波瀾万丈な生き様を、原資料を虚心坦懐に読み込むことをつうじて描きあげることに成功した。

 本書は、岩倉具視の評伝であるとともに、歴史小説家として著者が40年間にわたって、歴史上の人物を観察し、培ってきた洞察力によって、政治というものの本質、政治的人間との本質を存分に分析し、一人の政治的人間の評伝として描き尽くした「一級の書」である。

 政治的人間の本質について考えるために、じっくり読み込むべき本でもある。

 必ずや、充実した読後感をもつことだろう。ぜひ一読を薦めたい。








<初出情報>

■bk1書評「政治というものの本質、政治的人間の本質を描き尽くした「一級の書」」投稿掲載(2010年2月4日)



<書評への付記>

 岩倉具視(1825-1883)、明治維新政府の中枢に入った、公家出身では数少ない政治家。贈太政大臣・贈正一位・大勲位菊花大綬章。


 いまの若い人は知らないかもしれないが、昔は500円玉ではなく500円札だったのだ。そして岩倉具視の肖像画であったのだ。昔は、紙幣に登場するのは壱万円札と五千円札の聖徳太子を筆頭に、千円札の伊藤博文、五百円札の岩倉具視、百円札の板垣退助と、すべて男性政治家の肖像画だけだったのだ、驚くべきことに。お札から消えると、知名度はぐっと下がってしまったのかもしれないな・・・

 五百円札の画像は、マイ・コレクションからスキャンしたものである。


 しかし、岩倉具視といえば、いわゆる「岩倉使節団」として米国と欧州を歴訪した際の集合写真(写真左)で、一人だけチョンマゲにシルクハットで羽織袴(はおりはかま)、しかも革靴(!)という、なんともヘンテコな、奇妙きてれつな格好をしている姿の方が記憶にあるかもしれない。これはたいていの高校日本史の教科書に掲載されているはずである。

 Wikipedia によれば、この写真はすでに著作権の保護期間が満了しているため「パブリック・ドメイン」にあるので、ありがたく転載させていただく。

 ちなみに左から、木戸孝允(=桂小五郎)、一人おいて、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通。説明ではよく「一人おいて」となっているのは山口尚芳(なおよし)、この人は佐賀藩出身の官僚で政治家。なぜかいつも名前が省略される、不幸な人である。もっとも写真に写っている他の4人ほどきわだった個性がなかったのかもしれない。


 それはさておき、先祖の一人が岩倉具視と同様に京都の貧乏下級公家であった私からみれば、岩倉具視の「政治的人間」ぶりは際だっている。「戊辰戦争」の「鳥羽伏見の戦い」で、幕府側についたばかりに、その後「負け組」として、変転とした人生を歩むことになったご先祖さまとはまったく異なる、先見性と変わり身の早さ。

 ねづ・まさしなど、戦後の左翼歴史家が主張していた「岩倉具視による孝明天皇毒殺説」は、さすがに近年は否定されており、永井路子も否定派であるが、多くの人がそうであっても不思議じゃないな、と思っていたのもまた事実であった。

 公家らしからぬ面構え(写真右)が、そういう連想を呼んだことも確かであろう。この写真の出典は、The Japanese book "画譜憲政五十年史"、著作権フリーとのことで転載した。
     


PS 読みやすくするために改行を増やした。内容には手は加えていない (2014年7月4日 記す)


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