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2021年4月11日日曜日

書評『フォン・ノイマンの哲学 ― 人間のフリをした悪魔』(高橋昌一郎、講談社現代新書、2021)― 20世紀を代表する超天才を根底で支えていた「哲学」とは?



フォン・ノイマンといえば、ありとあらゆる分野に名前を残している「超天才」である。ノイマン型コンピュータ、原爆などの工学分野だけでなく、経済学の分野でもゲーム理論で知られている。 

52年の生涯で150編の論文を発表、その範囲は論理学・数学・物理学・化学・計算機科学・情報工学・生物学・気象学・経済学・心理学・社会学・政治学に及んでいる。常人の常識を超えた怪物としかいいようがない。

最近でたばかりの『フォン・ノイマンの哲学-人間のフリをした悪魔』(高橋昌一郎、講談社現代新書、2021)は、そんなフォン・ノイマンの「哲学」を、知られざる豊富なエピソードをまじえながら、その人生をたどりながら跡づけようとしたものだ。  

オーストリア=ハンガリー二重帝国(いわゆるハプスブルク帝国)のブダペストに生まれたユダヤ系のジョン・フォン・ノイマン(1903~1953)は、マッドサイエンティスト的匂いをプンプンさせているにもかかわらず、意外なことに、いわゆる奇人変人タイプの科学者ではなかった。愛情たっぷりの家庭環境で育ち、豊かな教養を身につけた社交家でもあった。 

フォン・ノイマンの「哲学」といっても、ここでいう「哲学」は、哲学者が扱う哲学といいうよりも、言動を根底で支えている「思想」といったようなものだ。経営者の「哲学」とか、職人の「人生哲学」のようなものだと考えればいい。 

「科学優先主義」「非人道主義」「虚無主義」。この3つが著者が取り出した「フォン・ノイマンの哲学」だ。 

科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきであり、目的のためなら原爆のような非人道的兵器でも許され、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しない。 

彼をモデルにしたとされるキューブリック監督の『ドクター・ストレンジラブ』に登場するマッド・サイエンティストそのものである。あるいは、第1次世界大戦時のドイツで毒ガス開発に従事したユダヤ系の化学者のフリッツ・ハーバーを想起させるものがある。 

こんな人物が、第2次世界大戦での米国の勝利に多大な貢献をなしたのである。「戦後」の米国を支配した「合理主義信仰」の権化のような存在であった。 

数学で天才ぶりを発揮したが、「純粋数学」の分野はゲーデルに譲り、もっぱら実際的な問題解決に資する「応用数学」に注力した。限りなく工学分野に近い数学である。その天才的知性は、とてつもない記憶力をフルに活用した産物である。1日4時間睡眠でも可能だったのだ。 

原爆開発中に浴びた放射能が原因でガンになり、52年というけっして長くない人生を閉じたフォン・ノイマンだが、肉体的な苦しみについては伝わっていても、闘病生活と早すぎる死をどう内面的に捉えていたのかが、まったくわからない。少なくともこの本には書かれていない。おそらくフォン・ノイマン自身もなにも語っていないのでろう。

徹底的な虚無主義だったのだろうか? ほとんど共感というものを感じさせない「人間のフリをした悪魔」であった人物だが、現代に生きるわれわれはフォン・ノイマンの発明の恩恵を多大に受けているのである。 そのことは、けっして忘れてはならないことだ。

あらためてフォン・ノイマンという超天才の生涯をたどってみるのも意味あることだろう。少なくとも、わたしはひじょうに楽しみながらこの本を読んだ。 


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目 次
はじめに-人間のフリをした悪魔 
第1章 数学の天才 
第2章 ヒルベルト学派の旗手 
第3章 プリンストン高等研究所 
第4章 私生活 
第5章 第2次大戦と原子爆弾 
第6章 コンピュータの父 
第7章 フォン・ノイマン委員会 
おわりに 

著者プロフィール 
高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
1959九年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在は、國學院大學教授。専門は、論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』などがある。


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2010年9月1日水曜日

書評『インドの科学者 ー 頭脳大国への道(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)ー インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる






インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる

 インドの科学技術の発展を、英国の植民地時代から、独立を経て今日に至るまで歩みを、傑出したインド人科学者の人物と業績を中心に、きわめてコンパクトにまとめあげた本である。

 インドに対する関心が再び高まりつつある現在の日本であるが、関心の中心はビジネスと経済が中心である。

 科学技術にかんしても、科学分野よりも、技術分野のIT(情報科学)、あるいは原子力工学といった分野に話題が限られているのが現状だ。「インドの科学者」を扱った本は残念ながらあまり類書がない

 この本を読むと、インド人科学者とインド人技術者をめぐるさまざまな疑問に、すっきりと統一的に説明で答えてくれるのがありがたい。最近のニュースを見ているだけではわからない、インドの科学技術の本質的な側面を知ることができる。

 インドが古代以来、自然科学を含めた学術上の遺産を多く残してきたのにかかわらず、なぜ西欧近代との接触が始まってから19世紀後半にいたるまで、自然科学方面では大きく遅れをとっていたのか?

 著者は、とくに知識層としてのバラモン階級がヒンドゥー教徒としての「心の内なる規制」が足かせになっていたことを、実例をもって指摘している。

 同時に、宗教上の理由から行われてきた詠唱(チャンティング:chanting)がインド人科学者たちの論理的能力のバックボーンにあることも著者は指摘している。詠唱によって、まとまった長い文章を記憶する訓練。

 そして、サンスクリット語の論理的厳密性が、現在でもインド人科学者たちの論理的思考能力の支えになっていること。またサンスクリットの動詞変化法則に体現された論理構造が、ソフトウェア科学の知識表現法にもつながることも指摘されている。

 これに加えて、微積分を含めた高度な計算能力を鍛えられていることが預かって大きい、と。

 これらが、インド人科学者やインド人技術者の高度な能力の下支えになっているのである。

 このほかさまざまな話題が織り込まれた本書は、中身がきわめて充実した、価値ある内容の本である。

 インドについて、科学技術方面から知ってみた人はぜひすすめたい一冊だ。


<初出情報>

■bk1書評「インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる好著」投稿掲載(2010年8月25日)
■amazon書評「インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる好著」投稿掲載(2010年8月25日)






目 次

はじめに 本書の主題と構成
第1章 植民地時代のパイオニア達
 1. インド近代科学の父 J・C・ボース
 2. 化学と化学工業の父 ラーイ
 3. 天才数学者 ラマヌジャン
 4. パイオニアを育てた舞台装置と条件
第2章 アジア初のノーベル賞受賞者 ラマン
 1. 若き日々 ヘルムホルツの本との出会い
 2. カルカッタ時代
 3. ラマン効果の発見とノーベル賞受賞
 4. 同時代の科学者 サハとS・N・ボース
第3章 独立インドの主役達
 1. 初代首相ネルーのリーダーシップ
 2. タタ基礎研究所 タタ一族とバーバー
 3. 独自の原子力戦略
 4. ロケット技術の父 アブドゥル・カラーム
第4章 グローバルに活躍するインドの頭脳
 1. 頭脳流出組 チャンドラとセカール
 2. 米国の技術革新を支えたインドの頭脳
 3. 科学技術と国際政治
 4. 持続可能な開発への挑戦
第5章 インドの教育・日本の教育
 1. 論理的表現力
 2. 数学基礎力の訓練
 3. 創造プロセスの追体験
 4. アマルティア・センの指摘
あとがき

著者プロフィール
三上喜貴(みかみ・よしき)1952年生まれ。東京大学工学部卒、通商産業省勤務を経て、現在、長岡技術科学大学技術経営研究科教授。 主著:『ASEANの技術開発戦略』(日本貿易振興会、1998年)、『文字符号の歴史:アジア編』(共立出版、2002年)、『日本の技術革新』(共著、放送大学教育振興会、2008年)


<書評への付記>

 独立後に初代首相ネルーのもとで科学技術立国を目指し、とくに原子力、宇宙、国防分野に重点的に資源配分を行い、多くの研究所を設立したことが、総合科学化の基礎を整備することになった反面、大学から研究機関への流出をもたらし、ひいてはそのひずみゆえに、多くの科学者や技術者が米国に頭脳流出したことを著者は説明している。

 この著者の指摘は、いろいろなことを示唆している。

 独立後のインドは、人口比でみれば「世界最大の民主主義国家」であるが、一方、独立後に東西パキスタンと分離(・・その後、東パキスタンはバングラデシュとして独立)、中国とはネパールその他の緩衝国家をはさんで直接対峙している。

 つまり、原子力、宇宙、国防に重点的に資源配分を行わざるを得ない状況にあったことは、毛澤東の中国と同じであったわけだ。中国と同様、社会主義を標榜するインドもともに、技術にかかんしてはソ連の圧倒的影響下にあったことは、本書には書かれていないが、知っておくべきことだろう。

 インドが社会主義から180度転換して、開放経済を志向し、外資導入政策を採用するようになった1991年から20年弱、民生技術にかんしては、米国に頭脳流出した科学者や技術者によるIT(情報技術)をまたねばならなかったこと、IT以外の技術にかんしては、外資導入をまたなければ発展しなかった。

 たとえば、民生用の小型自動車の分野では、日本のスズキとの合弁企業マルティ・スズキが大きな枠割りを果たしたことは、周知の事実である。

 現在の活況を呈するインド経済だけをみていては、見落としてしまうことも多々あることに留意したいものである。そのためには、歴史を振り返らなければならない。



PS 読みやすくするために改行を増やした。また<ブログ内関連記事>を項目として新設した。 (2014年5月10日 記す)



<ブログ内関連記事>

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた
・・西欧近代化を突き進む日本大英帝国の植民地下のインドとの経済的・知的交流

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

ボリウッド映画 『ロボット』(2010年、インド)の 3時間完全版を見てきた-ハリウッド映画がバカバカしく見えてくる桁外れの快作だ!
・・インド人ロボット工学者が主人公。人間の心をもったロボットが暴走!

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)
・・「自分でプログラムを組んでいてわかることは、これはまさしくタルムード思考の、例の複雑な論理そのものの現実化ではないか、ということである。ある条件ではこうしてみる、ある条件ではこんなふうにするということが、複雑に関連し合って絡み合うことが、本当にタルムード的なのである」、と著者は言う

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・
・・近代化を急速に進めた日本は、独立後のインドと同様に工学優先で突き進んだが、科学方面においても成果が出始めていた

書評 『「大発見」の思考法-iPS細胞 vs. 素粒子-』(山中伸弥 / 益川敏英、文春新書、2011)

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
・・インド人天才数学者 ラマヌジャンにも勝るとも劣らない天才数学者・岡潔


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2010年8月18日水曜日

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌




「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌

 本書は、ねじとねじ回しという、ごくありふれているが、われわれの生活になくてはならない小さな機械部品と機械工具についての「博物誌」である。

 単行本出版当時の2003年、機械部品の会社で取締役を務めていた私にとって、この本の出版は、よくぞ翻訳していただきましたというものであった。

 業界内では、「たかがねじ、されどねじ」という表現がよくクチにされる。同様に、「たかがばね、されどばね」、ともよくいわれるが、世間一般での評価の低さ、関心の低さとは裏腹に、機械産業内部ではその重要性がきわめて高く認識されていることはいうまでもない。残念なことに、いまだに「ねじ」と「ばね」を一緒くたにしているのが世間一般の大勢ではあるのだが・・・

 その意味で、本書の日本語版の出版は、きわめて意義の大きなものだった。

 原書の副題は A Natural History of the Screwdriver and the Screw直訳すれば、『ねじ回しとねじの博物誌』となる。そう、工学分野のテーマを人文科学的に料理したこの本は、なかなか技術専門家には書きにくい、文化史の作品なのである。著者は米国人の大学教授だが、大工道具を使って自らの手で家を建てただけあって、道具にもたいへん造詣が深いらしい。

 「たかがねじ、されどねじ」、という表現の意味は、もしねじがこの世の中に存在しなかったと想像してみたらすぐにわかることだ。「ねじ回し」という工具についても同様だ。

 「ねじ山を制するものは世界を制する」という表現が本書にもでてくるが、ねじとねじ山の精密化と標準化(=規格化)は最初から当たり前のものではなかったのだ。もしこの各種の発明と改良がなかったら、工学だけでなく科学の進歩も後れたであろうし、もちろん現代のわれわれも安価で良質な製品に囲まれた快適な生活など望むべくもなかっただろう。

 本書は欧州を中心とした歴史なので触れられていないが、日本では種子島で鉄砲をみてはじめてねじの存在を知ったこと、戦後まで十字溝のねじ(=十文字ねじ)はなかったのだ、という事実を紹介しておけば十分だろうか。


 本書には実に面白いエピソードが満載である。なかでも(ヨーロッパでは)「紳士にとって旋盤を回すことは、婦人にとっての刺繍のようなもので、18世紀の終わりまで趣味として人気を保っていた」(第5章)なんてことは、まったく知らなかったので新鮮な思いをした(*右の文庫版カバー参照)。

 「天才技師は、天才芸術家ほど世の中から理解されないし、よく知られてもいないが、両者が相似形をなす存在であることは間違いない」(第6章)と著者はいう。しかし、読み終えたあと、本書に登場した天才技師たちの名前を忘れたとしても、ねじとねじ回しにこんなドラマがあったのだと納得してもらえば、著者冥利に尽きるというものだろう。

 文庫版の大きな付加価値は、旋盤工を定年まで長年続けながら執筆活動を行ってきた"町工場作家"の小関智弘氏が、比較的長めの解説文を書いていることだ。まさに解説者として適任というべき選択である。早川書店の選択眼に敬意を表する次第である。

 面白くて、間違いなく、なるほどと思うに違いない、ねじとねじ回しの博物誌。

 文庫版になったこの機会に、ぜひ一読を奨めたい。


<初出情報>

■bk1書評「「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌」投稿掲載(2010年8月5日)
■amazon書評「「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌」投稿掲載(2010年8月5日)


PS 改行を増やして読みやすくした。一部加筆した(2014年1月14日)。




<書評への付記>

 釘とねじの違い。同じく締結(ファスニング:fasten-ing)機能をもちながら、この両者の違いは限りなく大きい。クギは打ち付けて締結する機能には優れているが、クギをぬくのはそう簡単ではない。

 これに対して、ねじは、ねじ回し締めて締結するだけでなく、はずすことが容易である。むしろ、このはずすという後者の機能のほうが、より重要なのである! これは、実に革命的な発明なのである!!

 しかも、規格化(=標準化:standardization)がいち早く進んだことによって、機械設計が容易になっただけでなく、これによって、分解掃除やメンテナンスがきわめて容易になったのである!

目 次

第1章 最高の発明は工具箱の中に?
第2章 ねじ回しの再発見
第3章 火縄銃、甲冑、ねじ
第4章 「二〇世紀最高の小さな大発見」
第5章 一万分の一インチの精度
第6章 機械屋の性
第7章 ねじの父


 本書は、どうしても機械産業の発祥の地である西欧を中心にしたものとなっているのだが、最後に日本にとっての重要なエピソードを提供しておこう。

 十文字ねじは戦後まで日本になかった(!)という話だ。

 ホンダ技研の創業社長の本田宗一郎が海外の工場視察で欧州を回った際、視察先の工場に落ちていた十文字ねじを拾ってポケットに入れて、そのまま日本に持って帰ったというエピソードがある。これが、十文字ねじが日本で普及するキッカケになったのだ。このエピソードは、本田宗一郎の盟友として経営を支えた藤澤武夫の回想録 『経営に終わりはない』(文春文庫、1998)にでてくる。最高の「ナンバー2」とは?-もう一人のホンダ創業者・藤沢武夫に学ぶ を参照されたい。

 ちなみに、種子島で鉄砲を知った日本人は初めて「ねじ」の存在を知ったのである。1543年に種子島に「鉄砲伝来」ということがあったものの、日本で機械産業が本格的にテイオクオフしたのは明治時代に入ってからである。とはいいながら、機械産業の歴史はすでに150年近くあるわけだ。

 この点においては中国や東南アジアと比べると、アジアのなかでは日本の機械産業の蓄積の歴史は長いといえる。ものつくりにかかわる産業においては、やはり何といっても、長年の蓄積がものをいう面があるのは否定できない。

 本書の日本語訳では、「ばね」が「バネ」とカタカナ表記されているのが、元「ばね屋」にとってはまことにもって残念なことだ。「ねじ」も「ばね」も外来語ではないので、ひらかな表記でなくてはいけないのに、画竜点睛を欠くとはまさこのことか。

 いうまでもなく、「ねじ」は動詞の「ねじる」(捩る)から「ばね」は動詞の「はねる」(跳ねる)からきて、濁音化して「ばね」になったと、ばねの業界団体が発行している『ばねの歴史』(非売品)という本に書いてある。

 「ばね」は英語では spring であり、泉や温泉と同じコトバを使う。春も泉もばねも、運動性というコンセプトが共通している。

 ちなみに「ばね」はドイツ語では、die Feder というのだが、Feder は「羽根」という意味だ。英語では feather にあたる。

 どう考えても偶然の一致だろうが、奇しくも日本語でもドイツ語でも、「ばね」と「はね」(羽根)が一致しているのだ! なぜ、ドイツ語でばねのことを Feder というのか、『グリムのドイツ語辞典』でも読みこまないといけないのだろうが、私の手には余ることである。

 こういうコトバは他にも、「名前」と「das Name」という有名な例もある。

 こんなことを知ったところで、別に何がどうだというものでもないのだろうが、たまたま知ったこの事実、私にとっては、不思議でしょうがないのである。



<ブログ内関連記事>

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!
                              
鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む 
・・日本の機械産業の1930年代における達成レベルについて。部品製造や溶接技術においては、同時代のドイツには大幅に遅れをとっていた

書評 『ものつくり敗戦-「匠の呪縛」が日本を衰退させる-』(木村英紀、日経プレミアシリーズ、2009)
・・これはちょっと大きな話

(2014年1月14日 情報追加)



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