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2012年7月23日月曜日

書評『原発と権力 ー 戦後から辿る支配者の系譜』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)ー「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる


■「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる

「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる、そんな感想をもつ中身の濃い、読み応えのある一冊である。

すでに多くのノンフィクション作家が原発推進をめぐるこの戦後政治経済史について書いているが、本書のいたる所でその分析力の鋭さと洞察力の深さに、なんどもうならされる思いをさせられた。

それは、著者がすでに『田中角栄-封じられた資源戦略石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(草思社、2009)において、エネルギー問題を軸にすえた戦後史への鋭い斬り込みを示していることにもあるのだ。

広義の安全保障には、軍事力だけでなく、国民生活の根本にかかわるエネルギー問題と食糧問題が大きな意味をもつ。本書によれば、1970年代の前半の日米「再処理」交渉では、「核不拡散」政策によって、日本の再処理に首をタテにふらなかった米国を押し切って「再処理」へと踏みだした経緯があったのである。

「石油の一滴は血の一滴」という名台詞を吐いたのは第一次大戦当時のフランス首相クレマンソーだが、日本が第二次大戦で敗れ去ったのもまた、エネルギー源である石油が絶対的に不足していたからだ。

「敗戦国日本」が「唯一の被爆国」でありながら、政治家たちが原子力に着目したのはエネルギー問題の観点だけでなく、真の国家独立を獲得するために核武装へのつよい憧れが原発推進の「隠れた動機」であったことも、本書ではつぶさに検証される。

権力ときわめて相性のいいのが原子力だ。こと原子力をめぐっては党派を超えて戦時中の大政翼賛会的体質が見え隠れするのはそのためなのだ。

政治家、官僚、電力会社という鉄のトライアングルをめぐる関係も、じつは一筋縄ではいかない複雑さがあることを感じ取り、日本が高度経済成長とひきかえに、いかに国土だけでなく人心をも荒廃させてきたか。

これらのことを知るためにも、ぜひ読んでおきたい本である。


<初出情報>

■amazon書評「「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる」(2012年3月26日 投稿掲載)





目 次

はじめに
第1章 「再軍備」が押しあけた原子力の扉
第2章 原発導入で総理の座を奪え!
第3章 資源と核 交錯する外交
第4章 権力の憧憬 魔の轍「核燃料サイクル」
終章 二一世紀ニッポンの原発翼賛体制
あとがき
主要参考文献


著者プロフィール

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。出版関連会社、ライター集団などを経て、ノンフィクション作家へ。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治など分野を越えて旺盛に執筆。主な著書に『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)、『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、『狙われるマンション』(朝日新聞出版)、『成金炎上昭和恐慌は警告する』(日経BP社)、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄封じられた資源戦略』(ともに草思社)、『日本を大切にする仕事』(英治出版)などがある。(本データは出版社のサイトから転載)。




 <関連サイト>

「潜在的核保有国・日本」への不信 オバマが安倍から「核」取り上げた(山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]、ダイヤモンドオンライン 2014年3月27日)
・・「米国は日本の原子力技術の水準を認め、潜在的核保有を半ば容認しながら管理下に置いて利用してきた。その一方で、国際原子力機関(IAEA)を通じて日本の核物質管理を徹底して監視している。 「IAEAの査察で最重点に置かれているのが日本です。用途が定かでないプルトニウムや高濃縮ウランをこれほど大量に保有いている国はないからです。兵器転用が疑われているということです」 経産省の官僚は言う。そんな国が「戦後レジームからの脱却」に本気で動き出したら穏やかではないと、他国は思うだろう」  こういう見方がけっしておかしなものではないことは知っておくべきだ


<ブログ内関連記事>

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)
・・「3-11」の前に出版されたものだが、ぜひ『原発と権力』とあわせて読んでおきたい一冊

書評 『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)-「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい
・・原子力産業草創期にエンジニアとしてかかわった著者の軌跡

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?


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2012年7月22日日曜日

書評『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)ー「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい

■「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい

著者が逝って12年、最後のメッセージをテープから起こして編集した文字通りの遺著である。

『市民科学者として生きる』(高木仁三郎、岩波新書、1999)には書ききれなかった思いが、このほんとうの最後の本にはこもっている。著者の執念と気迫が読者にも迫ってくるのを感じるはずだ。

著者の故高木仁三郎氏は、原子力関係者に多い「物理屋」ではなく「化学屋」である。この点が、著者の見る視点にユニークさをもたらしているようだ。

現象を数値計測し観察するのが「物理屋」の世界であれば、モノとしての放射能に直接かかわるのが「化学屋」の世界である。

シミュレーションによる設計からはもれ落ちてしまう放射能というリアリティ。バーチャルな世界ではなく、リアルな世界で放射能とかかわってきた著者の、実体験から語った日本の原子力技術が誕生当初から抱えている問題点については説得力がきわめて大きい。

いかなる産業であれ組織であれ、その後の性格はその誕生時点で大きく規定されてしまうものだが、1950年代における日本における原子力産業の誕生が財閥企業復活の原動力ともなったことには大きな注意を払う必要があるだろう。この側面にかんしては書いている人も少なくないが、著者のように、その当時の「空気」まで語れる人はそう多くはない。

つまり、原子力産業には「出生の秘密」があるというべきなのだ。

「輸入技術としての原子力」という視点も鋭い。

原子力産業とは、明治以来の日本近代化をそのまま凝縮したようなものとさえいえるものだ。けっして自然発生型の技術ではなく産業でもないという点が重要である。

また、各財閥グループ企業から技術者を寄せ集めてつくった組織という点にも、原子力産業における他人まかせの無責任体制が誕生時点から内在していたことが理解される。まさに「押しつけられた運命共同体」だったわけだ。

日本における原子力産業の誕生からかかかわってきた著者が語るところを聞けば、そもそもの誕生の時点で原子力産業が大きな問題を抱えていたことが手に取るように実感される。

そもそも、営利事業であるビジネスと技術はお互いにとって異物なのであるが、とくに原子力という技術はその最たるものでることが理解される。

本書は、「組織と個人」の問題、「技術と倫理」の問題にも大きく踏み込んでいる。「企業の社会的責任」をクチにする以前に、「技術の社会的責任」を理解しない技術者たちの存在に言及している本書の指摘に、原子力産業だけでなく、ひろく技術者のみなさんも真摯に受け止めて欲しいと思う。

アカウンタビリティは「説明責任」ではない、ほんとうは「結果責任」と訳すべきなのだ。こう語る著者の気迫が「3-11」後によみがえったことはたいへんよろこばしい。

技術者そうでない一般市民も高木仁三郎氏の声に耳を傾けてほしいと思う。そして、日本は「先進国」とは何がどう違うのかを考えてみてほしいと思う。


<初出情報>

■amazon書評「 「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい」(2012年3月26日 投稿掲載)

*再録にあたって加筆した(2012年7月22日)





目 次

はじめに
1. 議論なし、批判なし、思想なし
2. 押しつけられた運命共同体
3. 放射能を知らない原子力屋さん
4. 個人の中に見る「公」のなさ
5. 自己検証のなさ
6. 隠蔽から改ざんへ
7. 技術者像の変貌
8. 技術の向かうべきところ
あとがきにかえて
-友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ/高木さんを送る
高木仁三郎・年譜



著者プロフィール

高木仁三郎(たかぎ・じんざぶろう)
1938年、群馬県前橋市生まれ。東京大学理学部化学科卒業。理学博士(東京大学)。専門は核化学。日本原子力事業でエンジニアとして勤務したのち、東京大学原子核研究所、東京都立大学助教授、マックス・プランク核物理研究所客員研究員をへて、原子力資料情報室の設立に参加。1987年から1998年まで同代表。原子力発電、とりわけプルトニウム利用の危険性について、専門家の立場から警告を発し続けた。2000年10月没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに筆者が増補した)。


<書評への付記>

正直なところ、もし「3-11」で福島第一原発で原発事故が起きなかったら、高木仁三郎の本を読むことは、一生なかったかもしれない。

「市民」と名のつくものに、少なからぬ違和感を感じていたからだ。「市民」という名をかたったいかがわしさといってもいいだろうか。「市民」といいながら、ある種の「政治」がからんでくるいかがわしい「市民派」。

だが、『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)を読んで、高木仁三郎氏は、そういったいわゆる「市民」派とは、まったく関係のない、ほんとうの意味での「市民」であることを知った。知るのが遅すぎたのかもしれない。死後10年以上たって、はじめてその意味を悟ったということだ。

あわせて読んでおきたいのが、『市民科学者として生きる』(高木仁三郎、岩波新書、1999)である。この本は、「市民」と「科学者」をどう両立させて「市民科学者」として生きることになったかを、包み隠さず語っている自伝である。この本で書ききれなかったことが、『原発事故はなぜくりかえすのか』として最後のメッセージになったのである。

癌で亡くなった高木仁三郎氏。おそらく、原発の現場のエンジニアとして働いていた時代の被曝が原因の一つなのであろう。その意味では、象牙の塔のなかという安全地帯で発言する学者とは異なる人であった。

『原子力神話からの解放-日本を滅ぼす九つの呪縛-』(高木仁三郎、講談社+α文庫、2011)も、テーマと内容は重なる点も多いが、あわせて読んでおきたい。

「原子力村」は「世間」論の観点から、大いに検証すべきである。なぜ、人間は、とくに日本人は、個人としてはまともな考えをもっているのにもかかわらず、集団になると、利害関係のある組織に属すると、とたんに思考停止状態になってしまうのか?

意志決定論で有名な議論に、グループ・シンクというものがある。ケネディ政権時代のキューバ危機における意志決定について研究されたものだが、アメリカ人ですら集団のなかでは空気に流されがちなのだ。いわんや、日本人をや、ということか。

「3-11」という未曾有の危機に直面し、歴史が一変した世界に生きる日本人。本書は、自分で考え、自分で行動するためのよきテキストとなる本である。

いかなる立場に立つのであろうとも、かならず一度は考えながら読むべきである。





<ブログ内関連記事>

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!


書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年-ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!

<スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む

書評 『コミック みえない雲』(アニケ・ハーゲ=画、グードルン・パウゼヴァング原作、高田 ゆみ子訳、小学館文庫、2011)-ドイツでは親子二代で読み継がれたベストセラー小説のマンガ化

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる・・「出生の秘密」(status nascens)というライプニッツのコトバ


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2012年7月21日土曜日

書評『官邸から見た原発事故の真実 - これから始まる真の危-』(田坂広志、光文社新書、2012)-「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

■「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

最悪のシナリオとしては、「首都圏3,000万人避難」も政府は検討していたということが明らかになってきたいま、内閣官房参与として原発事故対策に取り組んだ直接の当事者によって、原発事故が徹底検証される意味はきわめて大きい。

本書は、いろんな立場の人が読むべき本だと思うが、とくに企業経営者など組織のトップに立つ人こそが読むべき本である。しかも危機管理の観点から読むべき本である。

ここ数年の田坂氏の詩人のような書きぶりによる書き物は、正直いってわたしはずっと敬遠していたが、著者の田坂広志氏は、もともと「核燃料サイクルの環境安全研究」で工学博士号を取得した人である。核廃棄物の処理問題を専門に研究していた人なのである。

本書で田坂氏は、「危機管理」の専門家として、科学者らしく包み隠すことなく誠実に問題について語っている。

今回の原発事故は、個人や企業や自治体レベルを越えた問題を日本全体だけでなく世界にもたらした。直接的なリスクやコストだけでなく、目に見えない社会心理的なものまで含めて今回引き起こされた「危機」の内容は多岐にわたる。

国民目線にたったとき、原子力ビジョンは「計画的、段階的に脱原発依存を進め、将来的には、原発に依存しない社会を目指す」となると語っているのは好感がもてる。現実的な立場からみたらそのとおりだろう。

しかしもっとも重要なことは、田坂氏が指摘しているように、「問題はこれから」なのだ!

福島第一原発の廃炉は、通常の原発の廃炉よりも格段に難しい技術的問題を突きだしている。事故でメルトダウンした原子炉には、「大量のウランやプルトニウムなどの核燃料と、膨大な核分裂生成物が、原型を留めないほどに溶融した、極めて扱いにくい放射性廃棄物」がたまっているのである。

廃炉作業には最低でも40年はかかると、現時点においてすら推定されているのだ。じっさいに廃炉作業にとりかかったとしても、未知の領域に乗り出すということを忘れてはならないのだ。

日本人が抱きがちな「根拠のない楽観」を避け、「真の危機はこれから始まる」という覚悟を、国民一人一人に訴えかけている田坂氏の発言に耳を傾けなければならない。

この本は評論家の無責任な放言でも、特定の立場に立った政治的な発言でもない。当事者でなければ話せない内容のみが書かれた真摯な発言だ。ぜひ読んで考える材料としてほしい。


<初出情報>

■amazon書評「「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編」(2012年3月26日 投稿掲載)

*再録にあたって加筆した(2012年7月22日)






目 次

はじめに
第一部 官邸から見た原発事故の真実
第二部 政府が答えるべき「国民の七つの疑問」
第一の疑問 原子力発電所の安全性への疑問
第二の疑問 使用済み燃料の長期保管への疑問
第三の疑問 放射性廃棄物の最終処分への疑問
第四の疑問 核燃料サイクルの実現性への疑問
第五の疑問 環境中放射能の長期的影響への疑問
第六の疑問 社会心理的な影響への疑問
第七の疑問 原子力発電のコストへの疑問
第三部 新たなエネルギー社会と参加型民主主義
謝辞


著者プロフィール

田坂広志(たさかひろし)
1951年生まれ。1974年東京大学工学部原子力工学科卒業、同大医学部放射線健康管理教室研究生。1981年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程修了。工学博士(核燃料サイクルの環境安全研究)。同年三菱金属(現三菱マテリアル)入社、原子力事業部主任技師に。青森県六ヶ所村核燃料サイクル施設安全審査プロジェクト、動力炉・核燃料開発事業団高レベル放射性廃棄物処理・処分プロジェクトに参画。原子力委員会専門部会委員も務める。2011年3月29日~9月2日、内閣官房参与として原発事故対策、原子力行政改革、原子力政策転換に取り組む。多摩大学大学院教授。シンクタンク、ソフィアバンク代表(光文社のウェブサイトより)。


<関連サイト>

『官邸から見た原発事故の真実-これから始まる真の危機-』(光文社の新書紹介サイト)・・詳細な目次あり


<ブログ内関連記事>

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年-ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む

書評 『コミック みえない雲』(アニケ・ハーゲ=画、グードルン・パウゼヴァング原作、高田 ゆみ子訳、小学館文庫、2011)-ドイツでは親子二代で読み継がれたベストセラー小説のマンガ化


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2011年12月26日月曜日

『チェルノブイリ極秘 ー 隠された事故報告』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年。ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!



チェルノブイリ原発事故が発生したとき、いちばん最初に検知したのは風が流れる方向にあるスウェーデンであった。

事故が発生した1986年には、改革派の切札ゴルバチョフがすでに1985年には就任していたのだが、そのゴルバチョフですら事故の発生を、ただちに国内外で公表しなかったことを、まずは押さえておきたい。

しかも、原発事故が直接の引き金になったわけではないが、いまからちょうど20年前の 1991年12月25日にソ連自体が解体し、崩壊することになるとは事故当時は予想すらしなかったであろう。

『チェルノブイリ極秘 ー 隠された事故報告』は、被災地に住む女性ジャーナリストが、ソ連末期から真相を求めて体当たり取材を行って解明した事実に、ソ連崩壊後に入手できた「極秘」議事録をもとに書いた、チェルノブイリ原発事故8年後の真相である。

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する という記事をこのブログに書いたとき、この本がどこにいってしまったかわからなかったので参照しなかったが、先日段ボール箱のなかから発見したので、ソ連崩壊20年目に紹介してみようと思った次第だ。

新刊では入手困難で古書価も高止まりしており、おそらく再版される見込みがなさそうなので、目次と中身を一部紹介しておきたいと思う。

関心のある方はぜひ図書館で閲覧してみてほしい。


目 次

日本の読者へ
第1部 わが内なるチェルノブイリ
1. 世界ではじめての体験
2. ルードゥニャ=オソシニャ村-偽りのゾーン
3. 廃墟のそばで
4. ジトーミルでの政治戦争
5. 議会での虚しい叫び声
6. 体制の秘密主義-情報はいかに統制されたか
7. 罰なき罪
8. イズラエリは告白する
9. 「子どもたちの健康は心配ない」
10. 真理の瞬間
11. 「地球規模の大惨事(カタストロフ)である」
12. IAEA はそれでいいのか?
13. チェチャ川は流れる-ウラル核惨事の警告
14. 溺れる者を救うのは、溺れる者自身の手である
15. 汚染地域再訪
16. 「子どもたちが死にかかっています、助けて下さい!」

第2部 極秘
1. クレムリンの賢人たちの40の機密議事録-「秘密の対策本部」は何を決めたのか
ウソ1-放射能汚染について
ウソ2-汚染された農地の「きれいな」農産物について
ウソ3-新聞向け報道について
2. この世の生活は原子炉とともにあるのか-共産党政治局の白熱の議論
一味の利益
「炉の安全は組織面や技術面の対策によってではなく、物理法則によって保証されなければならない」
「あなたはどの原子炉を選ぶのか」

解説(今中哲二)
機密議事録解題/年表
訳者あとがき
各章の扉写真説明(撮影:広河隆一)
凡例
本書第2部2は原著とは異なる。原著では第2部1も引用された機密議事録40点(200頁余)を収めているが、訳書ではこれに代えて著者の最新の論文を収録した。


ざっと目次に目をとおしていただいた感想はいかがだろうか?

わたしがこの本をはじめて見たとき、ソ連だから情報を隠蔽していたのだ、ソ連が崩壊して情報公開が行われることになりほんとうによかった、というものであった。

すでにチェルノブイリ原発事故が発生して以後、日本でも広瀬隆による『危険な話』や、米国人医師による治療記録などが出版されており、だいたいの概要は知っていたが、情報隠蔽をしているソ連の内部情報にアクセスできない以上、それが事実であるとどうやって検証できるのか、という疑問を抱いたことも確かである。

だが、ソ連崩壊によって「極秘」文書が公開された結果、それまで隠蔽していたことが事実であったことがわかったのである。

原著は 『わが内なるチェルノブイリ』 というタイトルで 1992年に出版されているが、それはソ連崩壊の翌年である。日本語版はそれから2年後の1994年に出版されている。

2011年時点から振り返ってみたとき、福島第一原発事故が発生して以来、日本政府が繰り返し述べてきた文言が、  『わが内なるチェルノブイリ』 でも、ほぼそっくりそのままで繰り返し引用されるのを見ると、なんともいえない気分になってしまう。

ソ連だから情報を隠蔽していたのだ・・・、果たしてこのセリフを無邪気にクチにできる日本人はどれだけいるのだろうか、と。

第1部 わが内なるチェルノブイリ 9. 「子どもたちの健康は心配ない」から一部引用しておこう。


子どもたちの健康は心配ない-この言葉は、権力を持っている者たちがチェルノブイリ事故についてふれる時に、安心させるあらゆる言葉の中でも最も愛用している言葉の一つである。私は何十回となくこの言葉を聞いた。それは実にさまざまな任務についている実にさまざまな人びとの口から自動的にでてきた。しかも、その大部分は高い地位にある医者から。

チェルノブイリ後の三年間にわが国の公的医学界、つまり E.I.チャーゾフ(医学博士、アカデミー会員)が大臣になっているソ連保健省は、三度も許容被曝線量の限度を変更した。はじめは生涯70年間に70レムとなっていたが、その後50レムにになり、ついには、1987年から35レムになった。だが、チェルノブイリ以前は総量25レムだったのである。この基準値は、受け入れられない危険の下限、つまり一生の線量限度を意味しており、それを越えれば居住していることが危険になり、人びとは「きれいな」場所に移住しなければならない。したがって、人間の生命にとって決定的な数字に対するこのような恣意的な態度には驚かされるだけでなく、不審の念を呼び起こさせる。一体この数字はどのようなものか-科学的なものか、あるいは「でまかせ的なもの」なのか。・・(以下略)・・
(P.142)

この文章にでてくる固有名詞と、レムという単位をのぞけば、そのままそっくり2011年のフクシマと変わらないのではないか? (注:レムについては wikipedia の「レントゲン(単位)」の項目を参照。シーベルト単位への換算の仕方も書いてある)

一事が万事こんな感じである。

被災地に居住する二児の母親であったからこその問題意識。程度の差はあれ、日本でも小さな子どもを抱えた母親の危機意識が高いことはあえてここに書くまでもないことだ。

2011年のフクシマの場合は、1986年のチェルノブイリとは違って、インターネットやその他SNSなどのパーソナル・メディアの発達によって、政府発表やマスコミ報道が事実そのものではないことは知ることは可能である。

しかしだからといって、真相が政府から語られることや、マスコミで報道されることは現在の日本では期待できないことだ。

その意味では、チェルノブイリ原発事故から6年目にソ連が崩壊したことは、事実を知るという意味では幸いだったといえるかもしれない。

もちろん、日本が崩壊したらいいなどと言うつもりはまったくないないが、それにしてもお粗末な状況だと嘆かざるをえないのはわたしだけではないだろう。

日本政府から真相が語られる日は、はたして来るのだろうか?



著者プロフィール
アラ・ヤロシンスカヤウクライナの女性ジャーナリスト。1953年生まれ(2児の母)。ジトーミル州新聞の記者として、情報統制の枠を破ってチェルノブイリ事故被災地を体当たり取材。現地の人びとに推されて、1989年ソ連邦人民代表議員選挙で当選。以後、最高会議議員として、被災者救援と事故の真の原因および情報隠しの追求のために活動。現在、ロシア連邦政府新聞情報省マスメディア局勤務。エリツィンの大統領顧問会議メンバー。1992年には<もう一つのノーベル賞><人間に値する生涯に贈る賞>を受賞。チェルノブイリをめぐる事態の全貌を描破した本書は、英米独仏の各国でも刊行(刊行時のカバーに書かれていたもの)。

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