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2014年4月29日火曜日

(書評再録) 『プリンス近衛殺人事件』(V.A. アルハンゲリスキー、滝澤一郎訳、新潮社、2000年)-「ミステリー小説か?」と思って書店で手に取ったら…


原題は「誰がプリンス近衛を殺したか?」。「プリンス近衛」とは、戦前に首相を務めた近衛文麿公爵の嫡子文隆氏のことである。

最初、ミステリー小説か?と思って書店で手に取ったが、なんと内容は、近衛文隆氏とは面識はおろか、縁もゆかりもない一ロシア人ジャーナリストが長年にわたって収集した極秘資料をもとに描いたノンフィクションなのであった。

日本の敗戦後、朝鮮国境で逮捕されシベリアの収容所に送られた陸軍中尉のプリンス近衛は、スターリン統治下のソビエトの収容所で11年間過ごした後、帰国を前にして、病死を装って「殺された」らしいのだ。最後までソ連による罪状を否認しとおし、日本人としての誇り、人間としての尊厳を守りぬいたプリンスの姿には、感銘さえ覚える。

と同時に、実は100万人を超えていたといわれる日本人抑留者の真相について、著者をしてここまで感情移入してこのノンフィクションを書かしめた思いは何なのか、という思いにもとらわれる。

著者もいうように、このシベリア抑留問題の抜本的解決なしに北方四島返還交渉を行うのは、日本人として許してはならないのである。


(初出情報 2001年3月28日 bk1に投稿掲載 に一部加筆)





<書評への付記>

こういう好著が文庫化もされずに埋もれてしまうのはじつに惜しいことだと思い、あえてここに13年前に執筆した書評を再録次第である。新潮社以外でも文庫化していただける出版社はないものか。

この書評は、すでに 64年前のきょう、ソ連軍が「対日宣戦布告」して侵攻を開始した(20008年8月8日) というブログ記事のなかに「再録」しているのだが、今回の記事はやや異なる角度から取り上げたいと思う。

それは、近衛文隆氏の存在が、父親の近衛文麿について、あまり言及されない視点を提供してくれるという点である。

近衞文隆氏(このえ・ふみたか、1915年~1956年)について wikipedia の記述を引用しておこう。

近衞文隆(このえ ふみたか、1915年(大正4年)4月3日 - 1956年(昭和31年)10月29日)は、昭和期の陸軍軍人。元首相近衞文麿・千代子(父は豊後佐伯藩主・毛利高範)夫妻の長男。家系は藤原北家の嫡流にして摂家筆頭・近衞家。京都府出身。階級は陸軍中尉。位階は従五位。学歴はプリンストン大学政治学部修業(中退)。・・(以下略)・・

父親の近衛文麿についてはあえて書くまでもないが、かれは「世界大戦」後の1918年に発表した「英米本位の平和を排す」という論文で、世界大戦の戦後処理について見解を述べている。

当時、この世界大戦への参戦によって国際的な地位を高めた日本であるが、それでも英米アングロサクソン中心の国際秩序がゆるぐことはなく、新興国・日本としては悔しい思いもあったことだろう。

だが、近衛文麿自身は京都帝大時代には英文学をオスカー・ワイルドを愛読していたのであり、長男にはアメリカのアイビーリーグの名門プリンストン大学に進学することを最終的に許している。英米を知っているがゆえに、英米に反発も感じたのであろう。愛憎関係ともいうべきか。

これらの事実から、とかく優柔不断なための国を誤らしたというレッテルを張られたままの近衛文麿の現実感覚についてうかがい知ることもできるし、ソ連は長男の文隆氏のプロファイルを熟知していたうえで抹殺したことが残念でならないのである。

近衛文麿とプリンストン大学に進学した長男を連想させて考えることが重要ではないだろうか。そもそも開国と明治維新以降、日本の支配層が定めた国是は、皇室を筆頭にして親アングロサクソンなのである。

さて、わたくしは京都舞鶴市の生まれであり、「シベリア抑留」の話はさんざん聞かされてきた。また、祖父が徴兵されてシベリア出兵に出征していることもあり、シベリアとは縁がある。現地在住の日本時居留民がロシア人共産主義者のパルチザンによって虐殺された「尼港事件」後に現地入りした祖父からは、ウラジオストックの話も聞いたことがある。

その後、ソ連崩壊後のことであるが、舞鶴市とは姉妹都市のナホトカとウラジオストックを訪問することができた。ソ連時代、西側に開かれていた港湾都市ナホトカも、ソ連崩壊後は訪れる日本人は多くないようだ。

シベリア関連の話は、イヤなことを見たくない耳にしたく日本人一般から意図的に避けられている感をもたなくもない。だが、シベリアはロシア人政治犯や日本人抑留者関連だけでなく、現地住民の世界でもある。

シベリア全般について、さまざまな観点から、もっと関心を深めてほしいと思うのである。

(2014年4月28日 記す)






<参考>

『沈黙のファイル』(共同通信社社会部編、共同通信社、1996、新潮文庫版 1999)もあわせて読みたい一冊だ。

単行本の帯には以下の文言がある。

元大本営参謀瀬島龍三は〔真実〕を語ったか。敗戦、シベリア抑留、対韓賠償・・・。戦後史の謎に迫る衝撃のルポルタージュ。〔瀬島神話〕の言葉を生んだ華麗な経歴。だが、そこには大きな謎がつきまとう。無謀で愚かな戦争の核心にかかわった瀬島が、なぜ不死鳥のようによみがえったのか。敗戦、シベリア抑留、対韓賠償、防衛庁商戦、中曽根政権誕生・・・。その軌跡をたどれば、日本の暗部に潜む沈黙の歴史が見えてくる (*太字ゴチックは引用者=さとう)

このコピーに誇張はない。私は、日本人全てが読むべき本だと考えています。






<ブログ内関連記事>

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!
・・スターリンの命令による敗戦後のシベリア抑留とは性格がやや異なるが、交戦中の戦争捕虜を実質的に軍事目的の労働に使用された、「泰緬鉄道」建設工事における英国やオーストラリアなどの戦争捕虜についても考えることが日本人には必要である。戦時における労働力不足が生んださまざまな悲劇についてである

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・展示内容の一部である英国世紀末文学のオスカー・ワイルドと日本への思いについても書いておいた

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・明治維新以降の日本の国是は親アングロサクソン。大東亜戦争はその不幸な逸脱であった

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書評 『女三人のシベリア鉄道』(森まゆみ、集英社文庫 、2012、単行本初版 2009)-シベリア鉄道を女流文学者たちによる文学紀行で実体験する

『ピコラエヴィッチ紙幣-日本人が発行したルーブル札の謎-』(熊谷敬太郎、ダイヤモンド社、2009)-ロシア革命後の「シベリア出兵」において発生した「尼港事件」に題材をとった経済小説

64年前のきょう、ソ連軍が「対日宣戦布告」して侵攻を開始した(20008年8月8日)
・・『プリンス近衛殺人事件』の書評はこちらにも掲載してあるが、今回の記事とは異なる角度から取り上げているので参照いただきたい




(2012年7月3日発売の拙著です)





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