いわゆる「婚活連続殺人事件」の裁判員裁判傍聴記である。
この事件は、絵に描いたようなワイドショーネタではあったが、けっして社会を動揺させたり、震撼させたという事件ではない。
結婚詐欺師が連続殺人を行ったという、いっけんきわめてわかりやすい事件である。しかしながら、被告人の殺人の動機がきわめてわかりにくい。
これは「女の事件」である。だから「女目線」でないとわからない。
「男目線」とは文字通り男の目線である。だが、「男目線」は男がしているだけではない。つねに見られる存在として、男にどう見られるかをすべての行動基準にしている女性もまた、「男目線」を内面化している結果、つねに「男目線」でものをみているのである。
木嶋佳苗についてもまた同様だ。容貌から単純化して判断しがちな「男目線」では、女の事件の真相はわからないのだ。その意味では、本のカバーデザインはじつによく著者の意図を反映している。
本書の最大の特徴は、この「女目線」によるノンフィクションであるとともに、男性読者にとっては「女目線」とはなにかをフォローすることができる点にある。異性の視線でものをみることは、観察力を高めるためにはきわめて重要だからだ。
著者は、最初から最後まで「違和感」を感じながら、法廷で木嶋佳苗を観察し、生まれ故郷の北海道別海町までフィールドワークを行っている。
この「違和感」もまた重要なキーワードだ。わかりやすい図式にあてはめてしまえば、きわめてわかりやすい陳腐な事件である。著者があえて「毒婦」という古くさい表現をタイトルに選んだのは、逆説的な意味でそうしたのだろう。
しかし、事件の動機もよくわからないし、法廷における被告の外見や言動から、木嶋佳苗の人間性を推測することもむずかしい。
最後まで読んでみても、結局のところ、すべてはミステリーのまま残る。
だが、むりに型にはめたり結論を急がない姿勢がよい。なぜなら、読者はアタマのなかでグルグルと回しながら考ええつづけることになるからだ。
読者の年齢層がどうであれ、自分が生きてきた1990年代から2000年代とはいったいどういう時代であったのかということを振り返って考えることにもなる。
著者の北原みのり氏は、神奈川県で 1970年に生まれている。木嶋佳苗は、北海道で 1974年生まれである。
しかし、同じ女性であっても、1970年生まれと1974年生まれという4歳の年齢差は、一般に思われている以上に大きいのかもしれない。バブル経済がピークに達して崩壊したのは1990年、そのときすでに20歳であった女性と、いまだ16歳で高校在学中の女性の違いは何か?
都会と地方の違いは、さらに大きなものもある。「世間」という視線が集中する状態は、見知らぬ人の多い都会よりも地方のほうが、より強烈に存在するからだ。
つねに視線を意識しなければならない「世間」はきわめてうっとおしいものだ。しかし、そうはいっても、視線を無視する姿勢をとることが、日本という世間においていかなるリアクションを誘発するのか、これもまた木嶋佳苗という人物を考える上で重要な観点だ。
木嶋佳苗は、けっして突然変異的に生まれてきたのではない。時代とシンクロしていることは否定できないだろう。
おそらく、被告は殺人事件のすべてにかかわっているのではないかと思われるが、状況証拠だけで判決をくだす裁判のあり方には、やや疑問を感じているのは、わたしだけではあるまい。
なんだか、最近このような恣意的な裁判が多すぎるのではないかという気がしてならないからだ。そしてまた裁判員裁判というものについても、違和感を感じるのである。
「女目線」、「違和感」、「観察」、「世間」、「視線」、「バブル崩壊後の20年」・・・こういったキーワードを意識しながら読むと、ワイドショー的な取り上げかたとは異なる姿が見えてくる。
ぜひ、みなさんもじっさいに裁判傍聴の臨場感を味わいながら読んでほしいノンフィクション作品である。木嶋佳苗とはいったい何であるのか・・・?
目 次
はじめに
第1章 100日裁判スタート
第2章 佳苗が語る男たち
第3章 佳苗の足跡をたずねて
第4章 毒婦
【資料】事件概要-「週刊朝日」編集部・編
おわりに
著者プロフィール
北原みのり(きたはら・みのり)
1970年、神奈川県生まれ。コラムニストで、女性のセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
PS 木嶋被告の死刑確定
最高裁が上告を棄却したことにより、木嶋被告の死刑が確定した(2017年4月14日)、当然であろう。ただし、殺害した人数が基準では、いつものことながら被害者は浮かばれないだろう。(2017年4月15日)
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