梅雨があければ、もう夏休み。ことしの夏休みこそシベリア鉄道でモスクワまで乗ってみたいという方も、すくなくないのではないかと思う。
わたし自身については、いまから13年まえの1999年に、その夢を果たすことができた。
ウラジオストック始発ではなく、北京発モスクワ行きに乗ったのは、すでにウラジオストックとハバロフスク間などには乗ったことがあったためと、ぜひ旧満洲(・・中国)と旧ソ連(・・ロシア)の国境をシベリア鉄道で越えてみたいという思いがあったからだ。
まだ航空機が一般用には普及していなかった時代、戦前の日本人が欧州に行くには、日本郵船の客船でシンガポール回りでいくか、シベリア鉄道でモスクワ経由でいくしかなかった。そのシベリア鉄道も、満洲里(マンジョウリ)で国境を越えるのが当たり前だった。だからこそ、そのルートを体験したかったというわけだ。
わたしがシベリア鉄道で北京からモスクワまで旅をしたのは1999年7月、著者の森まゆみ氏は2006年8月だ。この間の 7年の月日は、短いようで長い。わたしがシベリア鉄道に乗ったときとは、また少なからぬ変化があったことを知った。
さて、本書は『女三人のシベリア鉄道』というタイトルだが、女三人で旅をしたわけではない。女流文学者三人の旅をなぞる形で行った、著者自身の旅の記録である。
女三人とは、与謝野晶子、中條百合子(=宮本百合子)、林芙美子。与謝野晶子を除けば、いまでは知名度はぐっと下がっているかもしれない三人の女流作家。著者自身の好みは『放浪記』の林芙美子にあるようだ。
1954年生まれの著者が大学に入学したのは1972年頃のはずだから、すでに学生運動の時代も下火になっていたはずなのに、読んでいると著者のロシアへの関心が、学生時代にシンパであった社会主義にあることを知る。
いわば「遅れてきたサヨク少女」だったのだろうか。キャンパスはすでに「しらけ世代」が支配的だったはずなのだが、早稲田のキャンパスは違っていたのかもしれない。著者は、わたしの8歳年上だが、まったく異なる体験をしているのは不思議である。
シベリア鉄道に乗りたいと思ったキッカケが、『青年は荒野を目指す』(五木寛之)とか『深夜特急』(沢木耕太郎)というのも、ある世代以上に特有のものだろう。わたしは、その両者とも読んでいないし、今後も読むことはないだろうから。
この本は、ハッキリいって書き込み過ぎである。事実関係はよく調査されているが、あまりにも詰め込みすぎなのが玉に瑕だ。
与謝野晶子、中條百合子(=宮本百合子)、林芙美子の三人の関係を整理していないのが残念だ。著者の興味関心のありどころがどこにあるかはわかるのだが、果たして一般読者の関心とジャストミートするのかどうか?
単行本を買ったまま、放置していたのだが、ちょうど『百合子、ダスヴィダーニヤ』という映画が公開になる前に読んだ。昨年10月のことである。百合子とは、プロレタリア作家の中條百合子(ちゅじょう・ゆりこ=宮本百合子)のこと。彼女は、ロシア文学者の湯浅芳子といっしょにシベリア鉄道でモスクワに旅したのであった。
著者のファンであれば最初から最後まで読むのもいいだろう。シベリア鉄道の旅の興味のある一般読者であれば、とばし読みで構わない。本というものは、いったん出版されると著者の手を離れて、どのように読まれても構わないのであるから。
最初に書いたように、わたしの関心はあくまでも、満州国とシベリア鉄道の関係に集約されている。
わたしがシベリア鉄道の旅をした際は、バイカル湖で一泊してモスクワまでいったのち、サンクトペテルブルクからフィンランドを経由して北欧からドイツまで抜けた。
著者のように、モスクワからポーランドを経由したパリまでは鉄道の旅は体験していないので、機会をつくってぜひ実行してみたいとは考えている。
今年になってから文庫化もされたので、感想を書いてみた次第である。
目 次
第1章 ウラジオストクへ
第2章 バイカルの畔にて
第3章 エカテリンブルクのダーチャ
第4章 「道標」のモスクワ
第5章 東清鉄道を追って
第6章 夜汽車でワルシャワ、ベルリンへ
第7章 パリ終着の三人
あとがき-旅を終えてから
著者プロフィール
森まゆみ(もり・まゆみ)1954年東京都文京区生まれ。早稲田大学政経学部卒業。地域雑誌「谷中・根津・千駄木」編集人(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011、日本) 予告編(YouTube)
http://www.youtube.com/watch?v=_-0NRFUri9M
30年の時を超える 大人のシベリア鉄道横断記(二村高史、日経ビジネスオンライン、2015年12月~)
(2015年12月13日 情報追加)
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■大正ロマンと社会主義
映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
マンガ 『はいからさんが通る』(大和和紀、講談社、1975~1977年)を一気読み
■かつてキャンパスに充満していた左翼的空気とは?
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