前著の『身体巡礼』の続編に当たる本書『骸骨考 ー イタリア・ポルトガル・フランスを歩く』は、おなじく欧州大陸の「カトリック圏」だが、ラテン系諸国をめぐったものだ。イタリア、ポルトガル、フランス(パリのみ)が取り上げられている。いわゆる「骸骨寺」めぐりである。
なぜこのなかに、スペインが出てこないないのか、著者はなにも説明していない。いまこれを書いているわたしも、理由はよくわからない。「聖遺物」ということであれば、カトリック国のスペインもまた本場であるのだが(・・わたしは、アビラで聖テレジアの右手(?)を見たことがある)。
この本の楽しみは二つある。まずは表題にある「骸骨」というテーマそのもの。その点にかんしては、72ページもあるカラー写真だけ眺めるのもよい。写真集として楽しむ。本文はその説明と訪問記である。
もうひとつは「養老節」。いつもの「養老節」であるが、もはや「名人芸」の領域に近い。しゃべりことばを活字化したもののようだが、「ですます調」をつかわないからこそよいのだろう。
鎌倉出身の著者の口調は、「ぶっきらぼう」な語り口なのだが、内容にはフィットしている。なぜなら、教科書を説明するのではなく、骸骨と納骨堂を目の前にして考えたことを、限りなく「仮説」に近い形で語っているからだ。すでにできあがった知識ではなく、生成途上の思考を言語化したものに「ですます調は」はふさわしくない。「ですます調」はいっけん丁寧な物言いに聞こえるが、じっさいは「上から目線」を糊塗するための方便でしかないケースが多い。
テーマそのものだが、同じカトリック圏とはいっても、『骸骨考』のラテン世界のイタリア・ポルトガル・フランスと、『身体巡礼』で取り上げられたゲルマン世界のドイツ、オーストリア、チェコとは異なるものがあることがわかる。そもそもカトリックはラテン語の世界で、地中海世界のものだから、ラテン世界のほうが本来的なあり方に近いのではないかと思う。遅れてキリスト教化されたゲルマン世界は、ゲルマン本来の個性を反映しているためか、やや重い。
わた自身についていえば、「骸骨寺」の存在をはじめて知ったのはアンデルセンの『即興詩人』であった。森鴎外訳の文語体のものではなく、中学生の時に読んだ口語体の新訳であったが、奇妙な印象がつよく記憶に刻まれたのであった。その記憶があったので、1990年代のはじめに、はじめてイタリアにいったときには訪問して見学している。
本書ではじめてしったのだが、イタリアには第一次世界大戦の死者を悼むために、戦死者の骸骨で内装を飾った礼拝堂があるのだそうだ。サン・マルティーノ納骨堂である。ソルフェリーノという小さな町にあるという。フィレンツェの北、ミラノの東だそうだ。
本書は、常識的にいえば西欧中世史のテーマもあり、西欧近世史のテーマでもあるが、解剖の専門家から見た訪問記はまた違った解釈が示されるのが面白い。具体的なモノ(・・この場合は骸骨)をつうじて、とくに転換期の「死生観」が「見える化」されているカトリック教会の寺院。
本書では、養老氏は、イエズス会経営の栄光学院出身であることを本書でカミングアウト(?)しているが、その意味でも本書のようなテーマについて語るにはふさわしいのかもしれない。
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目 次
第1章 死者は時間を超越する
第2章 イタリア式納骨堂
第3章 ウソ学入門
第4章 フィレンツェと人体標本
第5章 ポルトガルの納骨堂
第6章 王の最後の姿 崩れゆく肉体を
第7章 墓とはなにか 「使った地図が古かった」
第8章 感覚の優位
写真の場所について
あとがき
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