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2024年6月22日土曜日

『死の貝 ー 日本住血吸虫症との闘い』(小林照幸、新潮文庫、2024)を読了。初版から25年目に初文庫化されたこのノンフィクションは読みであり!

 

『死の貝 ー 日本住血吸虫症との闘い』(小林照幸、新潮文庫、2024)を読了。このノンフィクションは面白い。読みであり!  

X(旧 twitter)の新潮社による投稿でこの文庫の存在を知って、この5月に即購入、旅先で1/3まで読み進めながら、その後忙しさにまぎれてデイパックに入れたまま、存在すら忘れていた。本日、残りの2/3を一気読みした。 

「日本住血吸虫症」という漢字語じたいが、おどろおどろしい。これは、長きにわたって原因がわからないまま、山梨県を中心に日本各地の特定の地域で水田耕作農家を苦しめてきた「地方病」のことだ。恐るべき感染症である。 

この感染症の謎をつきとめ、寄生虫の存在と宿主となっていた巻き貝を特定し、治療法を考え出し、さらには感染源を断ち切るための100年におよぶ闘いが描かれている。 

事実関係をたんたんと述べていく文体なのだが、事実のもつ迫力と、謎の解明と撲滅にむけて情熱を傾けてきた医者たちの取り組みが読ませるのである。 

日本での闘いは、日本で完結して終わりというわけではない。「日本住血吸虫症」は「日本」とついているが日本に限られるわけではなく、フィリピンや中国の長江下流域、そして東南アジア、さらにはアフリカでも猛威を振るってきたらしい。

フロントランナーであった「近代日本」の苦闘の成果は、第2次大戦末期にフィリピンで対策にあたった米軍の経果もまじえて、世界全体に還元されることで大いに貢献もしているのである。

まことにもって「有用な知識」は人を救うのである。



■ネットによって実現した初版から25年目の「文庫化」

帯にもあるように「Wikipedia3大文学」の1つということは、読み応えのあるWikipediaの記事が、このノンフィクション作品をベースに執筆されているからだ。

とはいえ、Wikipedia の文章には終わらせず、オリジナルを読む価値は大いにある。 


映画化されて有名になった新田次郎の『八甲田山死の彷徨』はずいぶん昔に読んでいるので、読んでないのは吉村昭の『羆嵐(くまあらし)』だけということになる。 

初版が1999年、文庫化されたのはなんと25年後の2024年である。今回の文庫化は大いに意義あることだ。 

わたし自身は、公衆衛生や感染症は専門ではないので、純粋に楽しみのための読書としてこのノンフィクションを読んだわけだが、読みながら思っていたのは、子ども時代にさんざん脅かされてきた「日本脳炎」についてである。 

現在はワクチンがあって感染者は激減している「日本脳炎」だが、致死的な感染症に「日本」とつけられているのは、なんだかなあ、と。感染症撲滅の偉業は誇るべきではあるのだが・・・ 
 

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PS 姉妹編の『死の虫ーツツガムシ病との闘い』(小林照幸、中公文庫、2024)

『死の貝 ー 日本住血吸虫症との闘い』(小林照幸、新潮文庫、2024)がブームになったためであろう、姉妹編の『死の虫ーツツガムシ病との闘い』(小林照幸、中公文庫、2024)が文庫化されて再登場した。

東北の日本海側で被害をだしつづけてきたツツガムシ病。その真因をさぐる明治時代以降の医学者たちに奮闘記。

最終的に細菌のリケッチアであることが突き止められ、治療法が開発され定着したのは昭和時代になってからのことであった。敗戦にともなう米占領軍の医療行政による豊富な研究資金も大きな推進役となった。

この本も報告書のようなノンフィクションで、時系列に沿った記述はかならずしも、血湧き肉躍るような性格のものではないが、医学者たちによる地道な努力と、激しい競争などのヒューマンドラマでもある。

良質な科学ノンフィクションとして、あわせて読むべきであろう。

(2025年4月12日 記す)


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<ブログ内関連記事>

・・おなじ著者による本だと気がつかなかったほど、かけ離れたテーマでノンフィクションが執筆されている(2025年1月11日 追記)






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2022年12月1日木曜日

マンゾーニの『いいなづけ』(平川祐弘訳、河出文庫、2006)を読了 ー さらなるパンデミックの再来に備える心構えをもつため、17世紀イタリアのペスト大流行を描いた文学作品を読む



「イタリアの国民文学」とされているマンゾーニの『いいなづけ』を読了。平川祐弘訳の河出文庫版で上中下の3冊。19世紀半ばに書かれた長編小説だ。

2020年にCOVID-19(=コロナウイルス感染症)の感染爆発が始まった当初、ミラノの高校の校長先生が生徒たちにあてた手紙のなかで、『いいなづけ』を読んで、ペストが大流行した400年前の混乱状況を思い起こすように語ったことが報道されていた。

これが文庫版の「復刊」につながったようだ。2006年に文庫化されてから14年ぶり(!)の復刊である。

地方の農村で生まれ育ち、結婚を誓い合った若い二人が、結婚をまじかにして運命に翻弄されて離ればなれになりながらも、最後はハッピーエンドを迎えるという内容だが、もちろん小説の山場はペストに襲われた大都市ミラノの混乱ぶりにある。 

小説の設定は1628年から1630年にかけて、舞台はイタリア北部のミラノ侯爵領のミラノとコモ湖畔の農村。当時はミラノ侯爵領はスペイン帝国の統治下にあった。川をはさんで「国境」を接していたのがヴェネツィア共和国である。イタリア統一は1860年、著者のマンゾーニ自身もイタリア統一の精神的指導者であった。


(第34章より ペストの死者が運び出されていく光景)

 文庫本で1000ページを超える分量なので、なかなか読むのは大変だ。しかも、海外文学の長編小説にはあるがちだが、本筋とは直接関係ないような描写もけっこうあるので読み進めるのは一苦労。だが、文庫本で下巻となる第28章から、物語は怒濤のように一気に展開していく。ペストの大流行が始まったのだ!

そうでなくても、すでにうちつづく飢饉のためミラノでは食糧暴動が発生していた。そこに「ドイツ三十年戦争」(1618~1648)のさなか、マントヴァ侯爵領の攻略のため南下してきたドイツ人傭兵たちによる略奪と虐殺で農村が荒廃していた。そのうえ、さらにペストの大流行が始まったのである。 「17世紀の危機」はイタリアも襲っていたのである。

ミラノの校長先生が生徒たちに『いいなづけ』を読むように語ったのは、自分たちが生活しているミラノが舞台だからであろう。 

だが、ミラノの人間ではなくてもパンデミックがいかに大きな混乱をもたらしたか、読ませるものがある。これでもかこれでもかというほど、ディテールにこだわった描写にリアリティがあるからだ。


(文庫版の帯より 上から㊤㊥㊦の帯)


なるほど、こういう大混乱のなかでは、人間が考えることも行動も変わらないな、と。 そしてまた、パンデミックが去ったあとに、幸運にも生き残った人たちの言動についても、十分に説得力があることが読むとよくわかる。この点にかんしても、400年前と変わらないな、と。 

ペストを題材にして描いた文学作品には有名なカミュの作品のほかいくつかあるが、ダニエル・デフォーの『ペスト』は、1665年のロンドンでの大流行を扱ったものだ。この『いいなづけ』は、1630年のミラノでの大流行を扱ったものだ。 

そろそろ「コロナ」の大流行も終わりに近づいているいま、この貴重な体験を振り返り、今後のパンデミックに備えるためにも、記憶が薄れないうちにペストを扱った欧州の文学作品を読んでおく意味はある。

大事なのは、事実をベースにしたイマジネーションの力なのだからだ。 事実の羅列だけだは、イマジネーションを働かせるには限界があるからこそ、文学のもつ力が必要となる。


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著者プロフィール
アレッサンドロ・マンゾーニ(Alessandro Manzoni 1785~1873)
19世紀イタリア最大の国民作家。ミラーノの貴族出身。1860年上院議員となり、イタリア統一の精神的指導者として国民的尊敬を受けた。

翻訳者プロフィール
平川祐弘(ひらかわ・すけひろ)
1931年東京生まれ。東京大学名誉教授。比較文学者。著書多数。イタリア関係では『マッテオ・リッチ』など。


 PS 『いいなづけ』が扱っている時代は、17世紀前半の混乱期だが、拙著『世界史から読み解く「コロナ後」の現代』(ディスカヴァー、2020年12月)執筆の際には時間がなくて読めなかった。書き直す機会があれば(・・ないだろうが)、『いいなづけ』についても言及したいものだな、と。 

<関連サイト>

・・さすが「国民文学」だけあってイタリア語版の情報が充実。


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2020年8月7日金曜日

書評『感染症は存在しない』(岩田健太郎、集英社インターナショナル新書、2020)― 病気は「モノ」ではない。「コト」である!



 先月のことだが、『感染症は存在しない』(岩田健太郎、集英社インターナショナル新書、2020)を読んだ。

著者の岩田健太郎氏は、神戸大学医学研究科感染症内科教授。というよりも、新型コロナの感染者が大量発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号がらみで有名になった、目立ちたがり屋でお騒がせ医師といったイメージが強く印象に残っている人。

個人的には、正直いってあまりいいイメージをもっていなかったのだが、挑発的なタイトルのこの本を読んでみて、言っていることはまともだなと感じた次第。感染症と病気の本質についての認識を改めることを意図して書かれたものだ。

もともとは、『感染症は実在しない-構造構成的感染症学』(北大路書房、2008)として出版されたものの新書版再刊。 専門出版社から出ていた本だ。「構造構成的感染学」と副題にあるが、こういう小難しいことは読む際に忘れても構わない。

「感染症は存在しない」というのはどういうことか?

著者が言いたいのは、「感染症」は「現象」として「認識」されて初めて感染症となる、ということだ。つまり認識されない限り感染症ではないということ。感染症を病気と言い換えてもおなじこと。

病気だと思うから病気なのであって、病気だと思わなければ病気ではないのである。つまり、病気であるという「認識」は、あくまでも「主観的」なものであり、著者の表現をつかえば「関心相関的」なものとなる。腰痛もちなら、この意味はよくわかるのではないかな? 自分は腰痛に苦しんでいるという認識をもっているのだが、いくら医師の診断を受けても原因が「見える化」されないというもどかしさ。

「実在」と「現象」など、やや小難しい哲学用語がつかわれているが、日本語の日常語で言い換えれば「モノ」と「コト」となる。感染症や病気は、あくまでも「モノ」ではなく、「コト」なのである。

「モノ」ではなく「コト」である以上、特定の病原菌やウイルスだけが病気の原因ではないこと、つまり原因と結果は一対一対応というには限界があるだけでなく、そもそも無理な話であることもわかる。




実際、今回の新型コロナウイルスでも、新型コロナウイルス感染症が既往症を悪化させて重症化させるケースが多いことでも、それはわかる。著名人でいえば、志村けんさんはタバコ吸い過ぎで肺をやられていたこと、岡江久美子さんは乳がんの治療で免疫力が低下していたのである。新型コロナウイルスそのものが唯一の死因ではない。ウイルスは、あくまでもトリガーになったに過ぎないのである。

著者自身はつかっていないが、特定の病原菌やウイルスに原因を求める「要素還元主義」の誤りを主張しているのだろうと私は受け止めた。全体を見ることなく、部分のみを見ることに起因する誤りである。

漢方の話も出てくるが、漢方の思想とは、「全体」の関連のなかで「部分」である病気を考えるというものだ。著者の立ち位置は、基本的に西洋医学だが、東洋医学にも目配りを欠かさないというものであるようだ。岩田氏は、現在では漢方専門医を取得して漢方外来もやっているという。

医者は、それぞれの専門分野での専門家ということになっているが、専門家の言うことは人ぞれぞれで大幅に見解が異なっている。これは、医師であるコメンテーター諸氏のTV番組での発言を見聞きしていると実感されるものだ。専門家だから、一義的に正しいというわけではない

この本は読んでいて、なるほどと思って面白かった。いっけん挑発的なタイトルだが、言っていることはきわめて真っ当であり、むしろ本来そうあるべき考え方といっていいであろう。医療関係以外(たとえば経営関連)でも応用可能な考え方だと思いながら読んでいた。

だが、岩田氏の著書の評価と、岩田氏の専門家としての評価はイコールではない。医療専門家としての評価は、あくまでも治療実績そのもので判断したいと思う。その点についてはよく知らないので、ここでは保留しておきます。






目 次 
第1章 感染症は実在するか 
第2章 病院の検査は完璧か 
第3章 感染症という現象 
第4章 なぜ治療するのか 
第5章 新型インフルエンザも実在しない 
第6章 他の感染症も実施しない 
第7章 メタボ、がん…感染症じゃない病気も実在しない 
第8章 関心相関的に考える 
第9章 科学的に、本当に科学的に考えてみる 
第10章 医者は総じて恣意的な存在 
第11章 価値交換としての医療の価値 
第12章 病気という現象を見据えて、しなやかに生きていくために




著者プロフィール 
岩田健太郎(いわた・けんたろう) 

医師。神戸大学医学研究科感染症内科教授。1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院研修医、セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医を経て、ベス・イスラエル・メディカルセンター感染症フェローとなる。2003年に中国へ渡り北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。2004年、帰国。2008年より神戸大学。著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





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2020年8月1日土曜日

書評 『日本経済予言の書-2020年代、不安な未来の読み解き方』(鈴木貴博、PHPビジネス新書、2020)-覚悟を決めながらも諦めないという相矛盾するマインドセットが、コロナ後に生きる日本人には求められている


「コロナ後を考える」といっても感染症そのものについてではない。経済についてだ。 

日本の場合は当然のことながら、世界全体を見回しても、たとえ感染爆発が進行しようが、圧倒的多数の人間は生き残るのである。 

だが問題は、パンデミックを生き残ったとしても、経済的に死んだのでは意味がない。失業率と自殺率にはかなり高い相関関係があるとされている。2020年以降の経済がどうなるのか、社会がどうなるのか想定内にしておく必要があるのだ。 

そんな観点から、『日本経済予言の書-2020年代、不安な未来の読み解き方』(鈴木貴博、PHPビジネス新書、2020年7月)という本を読んでみた。

基本的に、新型コロナウイルスによるパンデミックは、それ以前に進行していた諸問題が顕在化する契機となったというスタンスである。

コロナだから問題になったのではなく、コロナによって、もはや避けて通れない問題となったという意味だ。コロナによって問題の進行が加速する、という意味だ。 

目次を紹介しておこう。 

第1章 コロナショックでこれから何が起きるか 
第2章 なぜトヨタは衰退するのか 
第3章 気候災害の未来はどう予測されているのか 
第4章 アマゾンエフェクトが日本の流通を破壊する日 
第5章 確実に起きる人口問題の不確実な解決方法 
第6章 半グレ化する大企業とアイヒマン化する官僚たち 
第7章 日本崩壊を止めるには 

経済社会にかんするものと、ビジネスにかんするものが順不同になっているが、関心のある項目だけ読んでもいいだろう。

とはいえ、ビジネスの変化が経済の変化をもたらし、ひいては社会全体を変化させると捉えるべきであり、それぞれが密接な関係にあることは押さえておかねばならない。

基本的に、どう考えたって世の中は悪くなる、のである。これは避けられないことだ。とくに日本は自然災害大国であり、地球環境問題の影響をモロに受ける立場にある。人口も減少傾向にある。機械化・自動化だけでは対応不可能だ。移民受け入れは避けて通れない。 

だが、こういった事象は、この著者じゃなくても、ある程度までは誰もが考えることだろう。予測の手法に従って、ロジカルな推論を行えば、ある程度までおなじような結論がでてくるものだからだ。 

面白いと思ったのは、「第6章 半グレ化する大企業とアイヒマン化する官僚たち」だ。コンプライアンスを遵守する大企業は自社にとって都合の悪い面は外部化して中小企業に押しつけ、官邸支配下にある官僚は命令にのみ従う「アイヒマン」となっている、その弊害だ。この章だけでも読む意味はある。 

このほか、なかなか面白い分析と指摘がちりばめられているので、一読の価値のある本である。すべてに賛成するわけではないが、まあだいたいのところその通りだろうな、と。ただし、処方箋にかんしては異論も多かろう。 

間違いなくそうなるであろうという「予言」と、人間の意志によって変えることのできる「予言」の2つがある。前者はコントロール不能だが、後者はコントロール可能だ。そう考えて、覚悟を決めながらも諦めないという相矛盾するマインドセットが、コロナ後に生きる日本人には求められているのではないかと思う次第だ。 

いずれにせよ、すべてを想定内にして、事なかれ主義には陥らないことだ。主体的に動かなくては道は開けない。




PS 日本政府が酒の提供制限にこだわり、「1兆の損より10兆の損」を選ぶ謎
(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

最後にざんげしておきます。5月末でコロナが収束して6月以降、日本経済は回復すると想定したわたしの未来予測は完全に外れました。政府や都がここまで狂ったように経済を止めに来るとはわたしは想定していませんでした。その点でまだまだわたしは未熟です。 

(2021年6月19日 情報追加)



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JBPressの連載コラム第74回は、「繰り返される中国とイタリアの悲劇的な濃厚接触-パンデミックはグローバリゼーションを終わらせるのか」(2020年3月24日)

書評 『ペスト大流行-ヨーロッパ中世の崩壊』(村上陽一郎、岩波新書、1983)-感染症爆発とトビバッタの大発生による食糧危機は同期する!?

書評 『ウイルスの意味論-生命の定義を超えた存在-』(山内一也、みすず書房、2018)-こういう時期だからこそウイルスについて知る

映画『コンテイジョン』(米国、2011)を見た-その先見性の高さに脱帽



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2020年6月20日土曜日

書評『ペスト大流行 ー ヨーロッパ中世の崩壊』(村上陽一郎、岩波新書、1983)ー 感染症爆発とトビバッタの大発生による食糧危機は同期する!?


『ペスト大流行-ヨーロッパ中世の崩壊』(村上陽一郎、岩波新書、1983)を読んだが、面白い事実を発見した。

著者の村上陽一郎氏は、日本を代表する科学史の大家の一人。大学学部時代にヨーロッパ中世史のゼミにいたこともあり、この本は出版された時点ですぐに読んでいるのだが、いくら探しても本が見つからない。仕方ないので、今回の新型コロナウイルスのパンデミックで復刊されたので先日購入した。 

じつに37年ぶり(!)の再読となるわけだが、当然のことながらディテールなどまったく記憶から消えていた。14世紀に地中海沿岸を含むヨーロッパ全域に拡大したペスト被害の恐怖がユダヤ人をスケープゴートにしたという点だけに注目していたからかもしれない。この点は、いま大きな問題となっている米国の不当な黒人差別と同根だ。 感染症爆発は分断と差別、そして暴力を生み出すのは人間の悲しい性(さが)である。

本書で興味深いのは、感染症爆発とトビバッタの発生がほぼ同時期に発生していることが、歴史的に確認できるという記述だ。 


奇妙なことに、ペストの流行とトビバッタの大発生とは、不思議に暗合する(P.57) 


アフリカ東部で大発生し、食糧を食い荒らしているアフリカトビバッタ(locust)の群れが、インドでも被害を拡大させている事態が、ようやく日本語メディアでも報道されるようになっているが、感染症の爆発とトビバッタの大発生は、無関係の現象ではないと考えるべきかもしれない。


 
(サバクトビバッタの大群 東アフリカからパキスタン・インドに被害が拡大(ロイター よりキャプチャ)


引き続き『ペスト大流行』から引用を続けよう。


14世紀に入って、ヨーロッパのみならず当時歴史を記し得た文化圏に共通に、気象の変化が起こっていた。打ち続く旱ばつ、寒冷な夏、洪水などによって農村は極度の疲弊に追い込まれた」(P.56) 

14世紀に入って、中国大陸は、洪水、旱ばつ、地震に加えて、大蝗害にも見舞われていた」(P.58)  

14世紀ペストの世界的大流行が、古今未曾有の伝染力をもつペスト菌によって支えられていた(・・中略・・)その背後には、こうした自然環境の極度の悪化や、それに伴う飢饉によって、人びとの抵抗力が予想以上に低下していたこと(・・後略・・)」(P.60) 


蝗害(こうがい)とは、イナゴの食害のことだ。基本的に、トビバッタの食害とおなじである。

感染症爆発とトビバッタの大発生による食糧危機は、いずれも地球環境の変化がもたらした自然災害と関係があるということだ。トビバッタの大発生は、土中の湿度変化が影響しているのである。

 14世紀の場合は「地球寒冷化」であったが、21世紀の現在は「地球温暖化」だ。寒冷化と温暖化では方向が違うとはいえ、いずれも正常な状態からの逸脱であることには変わりない。

ペスト菌という「細菌」と、新型コロナウイルスという「ウイルス」の違いがあっても、感染症爆発という点は共通している。 細菌は生物だが、ウイルスは生物ではない。生物と無生物の中間的存在だ。

現在の地球温暖化は、太陽黒点などの自然現象に由来するものもあるが、化石燃料の消費増大という人為的な要因もすくなからずある。 

新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われた人類だが、根本要因にさかのぼって地球環境問題について真剣に反省し、アクションを起こす必要があると痛感する。 






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