ノンフィクション作家の野村進氏による『フィリピンと日本人』(ちくま新書、2026)を興味深く読んだ。
著者がジャーナリストになったキッカケが、上智大学在学中の23歳のとき、1978年から2年間にわたって留学したフィリピンで遭遇したゲリラと行動をともにした体験だったことは、意外と知られていないかもしれない。
文庫化されたその記録である『フィリピン新人民軍従軍記 ナショナリズムとテロリズム』(講談社+α文庫、2003)は、本棚に入れたまま読んでない。いつか読もうと思っているのだが・・・
さて本書は、日本とフィリピンの長くて濃い関係を、戦国時代末期の16世紀、豊臣秀吉の時代から現在まで5つのテーマを設定し、オムニバス風にエピソードの束ろしてまとめられている。フィリピンとの濃厚な関係をもつ著者だけに、個人的な体験談や感想が随所にはさみこまれていて面白い。
「目次」は以下にようになっている。
プロローグ第1章 国民的英雄と日本人の恋人第2章 豊臣秀吉とフィリピン第3章 ドゥテルテはなぜ米国を憎んだか ― 裏切られた比独立運動第4章 日本軍政下のフィリピンで何が起きたか第5章 独裁者はなぜ奇跡の “無血革命” で追放されたかエピローグ
豊臣秀吉と同時代、スペインによって植民地化されたフィリピンは、時の国王フェリペ2世にちなんで名付けられたように、その歴史の大半を植民地として苦しんできた。
第1章の「国民的英雄」とは、35歳でスペイン植民地当局によって処刑された独立運動家ホセ・リサール(1861~1896)のことだ。現在でもフィリピンで英雄視されている彼と、日本滞在中の日本人女性との秘められた恋の話など、じつに興味深いではないか!
(万能の天才であったホセ・リサール Wikipediaより)
しかも、ホセ・リサールの銅像が、なんと日比谷公園にあるという。いずれ見に行かなくてはならないな。
ホセ・リサール処刑後もフィリピンは独立に向けて動くが、「米西戦争」(1898年)の結果として米国の植民地となって独立運動が挫折、米国による初期の苛烈な統治が日本への憧憬を生むことになる。
ところが、日米戦争の主戦場となることによって状況は反転、独立を約束していた米国びいきと、民間人虐殺を招いた日本軍に対する反発が反日姿勢を生み出すことになる。大東亜戦争で日本人の最大の犠牲者を出したのがフィリピンであり、しかもそれはフィリピン人の犠牲をともなうものであったことを日本人は知らなくてはならない。
日本とフィリピンの関係は、日米関係という要素もあって、あざなえる縄のごとし。なかなか複雑なのだ。
米国と植民地フィリピンの関係、そして米国と占領下日本、その双方に深くかかわることになったのがマッカーサー元帥である。占領下の日本では「農地改革」を断行したマッカーサーも、フィリピンでは行わなかった。このことが現在に到るまで大きな問題を残している。
日本のメディアでフィリピンがもっとも取り上げられたのは「ピープルパワー革命」(1986年)のことだった。わたしも、ベニグノ・アキノ議員の暗殺から、政治の素人であった未亡人のコラソンを担いで成就した結末にいたるまで、メディアをつうじてリアルタイムでフォローしていた。
とはいえ、「ピープルパワー革命」もすでに40年前のことである。本書ではじめて知る読者も少なくないことだろう。アキノ大統領が「農地改革」を実行できなかったことは、さらに知られていないかもしれない。なぜできなかったのか、その意味は本書を読むとよくわかる。本人が華人系の財閥出身であっただけでなく、日本の比ではないほどの、濃密な人間関係のなせるわざである。人間関係とカネは複雑にからまりあっている。
もちろん、現在の日本ではフィリピンといえば、現地の英語学校やオンラインをつうじた「英語留学」が想起されるのだろうか。米国統治時代に米国が普及させた英語がフィリピン人の武器となっているのである。米国のコールセンターもそのおかげで成立している。スペイン統治時代は、「知らしべし、寄らしむべからず」のポリシーで一般人にはスペイン語は教えなかったこととの大きな違いである。
そして、スペイン統治時代に根付いたカトリック信仰とその土着化、それが本来の南国気質と結びついたホスピタリティを忘れてはならない。
土着化したカトリックにもとづくホスピタリティは、出稼ぎとして来日したフィリピンの女性エンターテイナーたちや、現在では介護労働者の女性たちに体現されている。そんなフィリピーナたちのおかげで、現在のフィリピン対日意識は好転し、世界有数の親日国になっているのである。
このように、日本とフィリピンの関係は、国と国との関係もさることながら、庶民レベルにおける人間どうしの交流が濃厚であり、東南アジアのなかでは、切っても切れない関係の最たるものとなっていると言えるかもしれない。
(2026年は「日本。フィリピン友好年」)
著者プロフィール野村進(のむら・すすむ)1956年、東京都生まれ。上智大学外国語学部中退。1978~1980年、フィリピンに留学。帰国後、『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+&文庫)を発表して、ノンフィクションライターに。1997年、『コリアン世界の旅』(講談社+&文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞。1999年、『アジア 新しい物語』(文春文庫)でアジア・太平洋賞を受賞。2004~2025年、拓殖大学国際学部教授。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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