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2010年12月11日土曜日

書評『冬眠の謎を解く』(近藤宣昭、岩波新書、2010)ー 科学的発見の苦しみと喜びに満ちたプロセスを著者とともに追体験する




30年に及ぶ研究歴を振り返った著者がつづる科学的発見の苦しみと喜びに満ちたプロセス

 「冬眠」のメカニズムの解明に30年近く携わってきた研究者による、発見のプロセスと研究の苦労と喜びを時系列で書き記した本。

 「冬眠」している動物の観察というよりも、「冬眠」という現象のメカニズムに、薬学と遺伝子研究の観点から迫った、30年にわたる地道な研究の記録である。

 今年2010年の秋は、クマがなかなか冬眠しないので、日本全国でヒトが襲われる被害が続発している。こんなニュースが毎日のように流れているなか、軽い気持ちでこの本を読み始めた。

 ところが、本書は冬眠する動物をまんべんなく解説したものではないことが、読み始めてすぐにわかった。 実験動物として選び出したシマリスについての研究である。

 -なぜ「冬眠」するのか?
 -「冬眠」をもたらずメカニズムは何か?
 -「冬眠」とはそもそも哺乳類にとっていかなる意味をもつのか? 
 -人間にも備わっている「冬眠能力」とは? などなど、次から次へとでてくる疑問の数々に答える探求の旅の記録なのである。

 問題解決のまえに問題発見」がある。問題解決がまた次なる問題発見につながっていくという好循環。

 専門的なことは門外漢の私には判断する能力はないが、「冬眠」研究における発見プロセスの記述がきわめて面白く感じられた。研究における問題解決のためには、著者が「あとがき」でも記しているように、個人のもつ感性(個性)、突然やってくる出会いの時、答えを導く矛楯が、問題解決のために大切なことなのである。

 ほとんど手がつけられていなかったテーマを追い続けた研究は、その切り開いてきた研究領域と成果によって、無限の可能性を開きつつあるといってよい。

 「冬眠」研究の最新成果がいかにして導き出されてきたか、これを著者の記述にしたがって読んでいくと、だんだんと謎が解明されていくプロセスを再体験することができるのだ。

 結論から先に読むのではなく、著者といっしょに科学的発見の苦しみと喜びに満ちたプロセスを追体験してみたい。

 自分で問題発見して課題設定を行い、自分で問題解決していく姿勢には、科学者ではなくても、大いに学びたいものである。


<初出情報>

■bk1書評「30年に及ぶ研究歴を振り返った著者がつづる科学的発見の苦しみと喜びに満ちたプロセス」投稿掲載(2010年12月9日)
■amazon書評「30年に及ぶ研究歴を振り返った著者がつづる科学的発見の苦しみと喜びに満ちたプロセス」投稿掲載(2010年12月9日)





目 次

序章 冬眠の世界への入り口
 発想の瞬間 / 幻の冬眠物質 / 難攻不落の壁 / 体温低下は本質か
第1章 低温で生きる体の秘密
 1. 心臓の働きと細胞膜
 2. 心臓の低温保存
 3. 冬眠状態の体
 4. 冬眠できる心臓の秘密
 5. 低温に耐える細胞
 6. 新たな挑戦との出会い
第2章 冬眠物質を求めて
 1. 冬眠物質は存在するか
 2. 冬眠特異的蛋白質の発見
 3. 一年を刻む体内休眠時計
第3章 人工冬眠は可能か
 1. 冬眠の本質
 2. 中途覚醒の謎
 3. HPは冬眠物質か
 4. 人工冬眠の可能性
第4章 冬眠がもたらす長寿
 1. 常識を超えた長寿
 2. 寿命とは何か
 3. 長寿の原因
 4. 長寿を生むシステム
第5章 ヒトと冬眠
 1. ヒトは冬眠できるか
 2. 不老長寿は実現するのか
 3. 冬眠からのメッセージ
あとがき
参考文献

著者プロフィール

近藤宣昭(こんどう・のりあき)

1950年愛媛県今治市生まれ。1973年徳島大学薬学部卒業。1978年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、薬学博士。三菱化成(後、三菱化学)生命科学研究所主任研究員、(財)神奈川科学技術アカデミーを経て、玉川大学学術研究所特別研究員。専攻は薬理学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「第3章 人工冬眠は可能か」の議論について、人間の冷凍保存に取り組んでいるマッド・サイエンティスト(?)が米国にはいるようだが、ここでいう「人間の冬眠能力」とはそういった議論のことではない。


<ブログ内関連記事>

When Winter comes, can Spring be far behind ? (冬来たりなば春遠からじ)
・・「冬眠」できない人間は、冬のあいだに、そして夜に、何をすべきであるか

秋が深まり「どんぐり」の季節に
・・「冬眠」する哺乳類である、リスやクマが秋にどんぐりを食べるのは、どんぐりが腹持ちのいい食物だからなのだ!

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

「行動とは忍耐である」(三島由紀夫)・・・社会人3年目に響いたコトバ

(2014年8月22日 情報追加)


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2009年5月25日月曜日

『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』(植島啓司、写真・鈴木理策、集英社新書、2009)で、「熊野」と「屋久島」と対比しながら読んでみる



 宗教学者による「熊野考」

 民俗学が人が神を祀る、という観点からの学問だとすれば、宗教学は神の側から人間へのアプローチを考える、と著者はいう。

 その著者からみれば、岩など自然物そのものが御神体となった神社の多い熊野は、まさにうってつけのフィールドといえるだろう。

 本書は、熊野出身の写真家・鈴木理策氏があらたに撮り下ろした写真とあいまって魅力的な熊野入門書になっている。

 熊野の魅力は、著者による以下のような多面的アプローチで解明されていく。

 熊野の神々は記紀神話からはみでてしまう土着の神々であり、産土(うぶすな)神の性格を濃厚にもったものであり、単体の神社というよりも熊野の神々を総称したものである。この上に神道、仏教、修験道が重層的に重なり合い神仏習合としての聖地となった。

 熊野は別名「こもりく」といわれるが、これは籠り(incubation:宗教学的な用法。もともとは親鳥が雛を育てること。ビジネスの世界では起業の孵化器の意味)と託宣の場であり、岩盤性の切り立った海に面した絶壁は、古代ギリシアのデルフォイに比すことのできるもの。

 火山性の固い岩盤と鉱物資源、豊富な温泉は、死と再生の場でもあり、厳しい自然環境の上に、豊富に降り注ぐ雨が作った豊かな森は、籠りの場として、むしろ母性的な意味合いをもつ。つまり、すべてを受け入れ、そしてあらたに何かが生み出される場所なのだ。


 近年パワースポットという表現がポピュラーになっているが、現代でも日本人は森を前にすると、森の中に入るとなぜか生き返ったように感じる。

 日本国内で熊野に匹敵しうるのは、同じような自然条件にある屋久島くらいだろう。さまざまな神話や物語が堆積している意味で、熊野は屋久島以上に魅力的といえるかもしれない。

 実際、私自身、熊野はすでに1995年と2003年の二回にわたって旅してしており、大雨という自然条件に泣かされたこともあっても、そのことも含めて私は強い印象が思い出となって記憶に刻み込まれている。

 屋久島も同様に、予期せぬ大雪で観光客のまばらな2005年2月に、登山靴にアイゼンつけて雪山を歩き、縄文杉をみにいってきた。屋久島でも熊野と同様、温泉で癒された。

 熊野、屋久島ともに再訪したいと心から念願している。


 日本人にとっての信仰の原点、聖域がこの森であり、とくに海と山が出会う場所である熊野は、きわめつきの魅力をもつのである。熊野は、世界遺産に登録されたことにより、日本人自身が原点に立ち戻るきっかけになることが望まれる。

 著者もいうように、近代日本を襲った数々の宗教弾圧・・・明治維新の際の神仏分離(=廃仏毀釈)、明治末期からの神社合祀令、敗戦後の占領軍による神道指令・・・でズタズタにされた日本人本来の信仰の回復のために。

 本書は導入に折口信夫の「産霊(むすび)の信仰」を使っているが、那智山中に3年間滞在した南方熊楠に一言も触れていない折口信夫には釈超空の名で「海やまのあひだ」という歌集があるので、よりふさわしい人選ではある。

 いかなる理由かは知らないが、南方熊楠抜きの熊野、というのも熊野に対する一つの態度ではある。

 私としては、この両巨人をぶつけてほしかったのだが。



<読書案内> 

植島啓司、鈴木理策=写真、『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』、集英社新書ヴィジュアル版、2009



青山潤三、『屋久島-樹と水と岩の島を歩く-』、岩波ジュニア新書カラー版、2008



PS タイトルを一部変更し、読みやすくするために改行を増やした。またあらたに<ブログ内関連記事>の項目を加えた。 (2014年4月12日)


<ブログ内関連記事>

書評 『聖地の想像力-なぜ人は聖地をめざすのか-』(植島啓司、集英社新書、2000)

「お籠もり」は何か新しいことを始める前には絶対に必要なプロセスだ-寒い冬にはアタマと魂にチャージ! 竹のしたには龍がいる!

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に (総目次)

庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ

"粘菌" 生活-南方熊楠について読む-

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)-キーワードで読み込む、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>のあらたな全体像

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる

(2014年4月12日 項目新設)


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