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2021年1月16日土曜日

書評『他者と働く ー「わかりあえなさ」から始める組織論』(宇田川元一、NewsPicksパブリッシング、2019)ー 自分と相手は違う人間なのだから・・


ベストセラーには、それなりに理由がある。気になってはいたが読んでいなかった本を読むのは、その理由を確かめたいからだ。 

『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』(宇田川元一、NewsPicksパブリッシング、2019)。組織論を研究する経営学者による本だ。2020年11月時点で、すでに7刷となっている。帯のウラには絶賛のことばが並んでいる。

たしかに、読んでいると、この本がなぜ支持を受けているのかが、よくわかる。自分自身、この本に書いていることは、この20年近く実践してきたし、あらためて気づかされる点も少なくないからだ。 

なぜ他者に対して不満を抱いたり、怒りを感じたりするのか。それは、相手も自分とおなじだと無意識のうちに思い込んでいるからだ。 

だが、いったんそういう思い込みを捨て去って、そもそも自分と相手は違う人間だと考えてみる。そうすれば、自分が思っていることが相手もおなじように思っているはずはなくだから自分の思い通りに他者が動かないのは当たり前だということに気づくはずだ。 

そこで意味をもつのが、本書のテーマとなるダイアローグ(=対話)とナラティブ(=語り)だ。ナラティブとは、人がそれぞれもつさまざまな背景から生み出されてくる個別の語りのことである。自分のナラティブと他者のナラティブは当然のように異なるものであり、だからこそダイアローグの必要が発生する。 

人と人との「関係」、組織と組織との「関係」は、いずれも目に見えない。そしてその「関係」には「溝」(=ギャップ)がある。相手とのあいだに目に見えない「溝」が存在するということに気づき相手の立場から自分を見る視点でその「溝」を理解し、どうやったらその「溝」に橋を架けることができるかを熟慮して、実際に橋を架ける試みを行う。 

ここで初めて、さまざまな組織変革にかかわるノウハウやツールが使えるようになるのである。組織変革がうまくいかないのは、ここまでのプロセスをすっ飛ばしてしまうからだ。スローガン的に表現すれば、「急がば回れ、ツールのまえに!」とでもなろう。

組織は生身の人間によって構成されている。個々の人間が異なるバックグラウンドをもっており、当然のことながら異なる考えをもっている。だからこそ、ダイアローグが必要なのである。ダイアローグぬきで、一方的に主張を通そうとしても無理なことは、当たり前ではないか。 

この本には、コンサルタント出身者が事業会社の経営ポジションについて、そこではじめてダイアローグの重要性に気づくという 事例がいくつも出てくる。自分の場合も、40歳の頃におなじような体験をして、はじめてダイアローグの重要性に気づいた経験をもっているので、著者の言うことがよくわかるのである。 

経営学の本であり、組織論の本であるが、ふつうのアプローチとは異なる本だ。 

著者をインスパイアしてきたのは、医療現場における医者と患者の相互理解のための実践から得られた知見である。おなじ現象を見ているのに、なぜ医者という専門家と患者とのあいだにスムーズなダイアローグが成り立たないのか、成り立つためにはどういうアプローチをしたらいいのか、その問題意識から生まれてきた実践である。

この本は、営利企業に限らず人間関係によって構成されている組織に生きる人が、どういうポジションにいるにせよ、意識するべき心得といっていいかもしれない。 

自分のなかでダイアローグを行いながら読み、そしてどう日々の実践に落とし込んでいくか、何度も反芻しながら読んで、自分のものとすることが必要なこが書かれた本なのである。

その意味では「セルフヘルプ」の本ということもできよう




目 次 

はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか
第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている 
第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス 
第3章 実践1 総論賛成・各論反対の溝に挑む 
第4章 実践2 正論の届かない溝に挑む 
第5章 実践3 権力が生み出す溝に挑む 
第6章 対話を阻む5つの罠 
第7章 ナラティヴの限界の先にあるもの
おわりに 父について、あるいは私たちについて
謝辞
参考文献

著者プロフィール
宇田川元一(うだがわ・もとかず) 
経営学者。埼玉大学経済経営系大学院准教授。1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。社会構成主義やアクターネットワーク理論など、人文系の理論を基盤にしながら、組織における対話やナラティヴとイントラプレナー(社内起業家)、戦略開発との関係についての研究を行っている。大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や組織改革のためのアドバイザーや顧問をつとめる。専門は経営戦略論、組織論。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>




・・ヴォルテールは、人間はそれぞれ違うことを前提にした agree to disagree の重要性を説いた『寛容論』の著者でもある。『論語』なら「和して同ぜず」というところだろう。

(2021年1月26日 情報追加)


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2011年12月13日火曜日

書評『面接法』(熊倉伸宏、新興医学出版社、2002)ー 臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい "思想のある実用書"


臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい「思想のある実用書」

シンプルなグリーンの表紙に、シンプルなタイトルの小型本。しかも、医学専門出版社からの出版物で、臨床精神医学を専攻しない一般人にはまず目に触れることのない本だろう。

私はたまたまタイトルに引かれて本書を手に取ったが、この本は臨床精神医学以外のカウンセラーやコンサルタントなど、人の相談に対応する専門家はもちろんのこと、他者の相談に乗るということはどういうことか、他者とかかわることはどういうことか、日々悩み、考えている人には必読書といっていいのではないか、私はそう思うのである。

入門者向けの実用書なのだが、この本の内容はほんとうに深い。ところどころ臨床精神医学の専門用語や概念がでてくるので、専門外の人間には難しく感じる箇所もあるだろうが、きわめて平易に書かれたこの本は、いわば「思想をもった実用書」だといっても言い過ぎではないだろう。

面接の技法やテクニックを書いたハウツー本は多数あるが、理論的根拠まで書いてある本は少ない。この本は実用書でありながら、そういった類の本とはまったく性格を異にする。著者みずからのコトバで、事例をつうじて平易に解説しながら、理論的根拠までキチンと書いてある本こそが、ほんとうの意味で入門者向けの実用書というべきである。

読んだあとアタマだけでなく、ココロのなかになにか残るものを感じる。さらに折に触れて何度も繰り返し読むたびに新たな発見がある

こういう本はなかなか書けるものではない。著者の豊富な体験と長年の思索のなせるワザであろう。

知られざる名著として、臨床精神医学の専門家以外にもひろく推奨したい。


<初出情報>

■bk1書評「臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい「思想のある実用書」」投稿掲載(2011年1月20日)
■amazon書評「臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい「思想のある実用書」」投稿掲載(2011年1月20日)




目 次

この本を手にされた方に
Ⅰ. はじめに
1. この本の目的
2. 面接という体験
3. 心の専門家いろいろ
4. この本の使い方
Ⅱ. 面接とは
1. すぐれた面接
2. 面接という方法
3. 面接室と社会
4. 面接者が行うべきこと・行ってはならないこと
Ⅲ. 面接の実際
1. 「分かる」ということ
(ケース A氏)
2. 初回面接
3. 面接のゴール
(ケース B子)
Ⅳ. 面接で得られる情報
1. 来談理由
2. 構造化された観察
3. 「見立て」
Ⅴ. 面接の構成要素
1. 五つの要素
2. 聞くこと
3. 問いを立てること
4. 見ること
(ケース C君)
(ケース D婦人) 
5. 対等な出会い
6. 専門的関係
Ⅵ. 面接の展開
1. 分かること
2. 受け止めること
Ⅶ. 面接理論を学ぶこと
Ⅷ. ケース・レポートを書くこと
1. ケース・スタディ(症例研究)とケース・レポート(症例報告)
2. ケース・レポートの意味
3. ケース・レポートの書き方
4. 実践:ケース・レポート
Ⅸ. おわりに

エピソード
メドゥーサの視線
呪われた面接者
高位の面接者
道化の面接者
「見立て」とは何か?

理論
土井健郎の面接理論
sign・記号・徴候・症状
緊急事態
サイン・記号・徴候と実践理論
面接の理論
共感とは何か
科学者の観察、面接者の観察
自己と他者の出会い
日常語と専門語
「ともに眺めること」
論理・理論・メタ理論


著者プロフィール

熊倉伸宏(くまくら・のぶひろ)

1969年東京大学医学部卒業。1978年東京大学医学部助手。1981~1982年英国 Fulbourn 病院、および MRC 精神医学研究所に留学。1988年東邦大学医学部助教授。1994年東邦大学医学部教授。2006年メンタルヘルス・コンサルティション研究所開設。現在に至る(本データはこの書籍が刊行されたあとに出版された本に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

「面接者の視線」について考える上での一級書といっていい。入門書でありながら、きわめて深い洞察に基づいて書かれた本なのだ。

「匿名的観察者の視座」という視点のあり方がじつに興味深い。これはいわゆる世阿弥のいう「離見の見」に該当するもの。俗に言う「幽体離脱」にもつうじる視座である。著者のコトバをそのまま引いておこう。

客観的観察と心の臨床における観察には、決定的な相違点がある。人は自らが「見る」主体でもあるからである。観察することを止めた人間はいない。露骨に観察されることを、好む人もいない。面接の場では、そのように生きた他者がいる。来談者とは、面接者を観察する「不気味な他者」でもあるのだ。

客観科学的観察では、この意味での他者、主体としての他者は見えない。面接における観察の特徴は、観察すべきは来談者のみならず両者の関係そのものである。かつ、面接者の自己でもある。つまり来談者にとって面接者は、どう見えるのか。二人の関係は外部者から、どう見えるのかを観察する。比喩的にいうと、心の相談における観察は、観察者をも含めた二者関係を、二者関係の外部から観察する試みである。・・(中略)・・ちなみに、私は、その視点が面接室から天上まで浮動して動いていると感じる。

私は、このように自己の視覚から離れ、外在し、浮動する視座を、匿名的観察者の視座と呼ぶ。この第三者的視点は、客観科学的観察において想定される天上の視点とよく似ている。但し、面接で観察される世界は、脈を打つような生きた世界である。その生命的世界では、自己の視点は、もはや自己の身体に限局されることなく、その世界の何処にでも、自由に行くことができる。
・・(中略)・・

匿名的観察者とは実際の網膜の知覚ではなくて、自己の身体を超えたものである。平凡な言い方をすれば、「心の眼」である。そのような視座が生々しく体験される瞬間が、面接にはある。後に述べることであるが、匿名的観察においては、面接者と対談者が「一緒に見る」という体験が可能になる。そこに生じる「見守る眼差し」とは、人間的なつながりが、その本体である。(P.61~62)

とにかく深いのだ。コトバのひとつひとつが吟味に吟味を重ねて選択されている。専門用語もでてくるが、日本語の日常語に含まれる深い含蓄をすくい上げる著者の態度は、まさに臨床という実践をつうじて獲得されたものだ。

このほか「見立て」とは仮説的なストーリーであるとか、臨床精神医学を超えたものの見方がじつに参考になる。

ちなみに著者は、「甘え」という日本語の日常語をキーワードにした日本人論のロングセラー『甘えの研究』(弘文堂)で一世を風靡した精神医学者・土居健郎の弟子である。

この「見立て」という概念もまた土居健郎ゆずりのものである。



<ブログ内関連記事>

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる
・・徴候から全体像を読み取る

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと



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