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2023年3月12日日曜日

映画『ベネデッタ』(2021年、フランス)ー 時代転換期であった 17世紀初期のイタリアの女子修道院で起きた「奇跡」と「事件」について映画と原作の関係を考えてみる

 

先日(2023年3月9日)のことだが『ベナデッタ』(2020、フランス)という映画を見てきた。有楽町のヒューマントラストシネマにて。  

17世紀初期のイタリアは中部の都市フィレンツェ近郊の町ペーシア(Pescia)の女子修道院を舞台に、実在の修道女ベネデッタ・カルリーニ(1590~1661)の生涯をもとにした歴史サスペンスものである。イタリアものだが、フランス映画なので音声はフランス語である。 

幼くして両親と別れて修道院に入った修道女が、神秘体験としての聖痕など数々の奇跡によって有名になっていく。イエスや天使を幻視し、聖痕(スティグマータ)を受け、さらにはイエスに心臓を奪われ、3日後に戻されるという奇跡の数々。 

そのおかげで修道院長になった主人公だが、神秘体験にかんしては修道院の内部から疑惑がもたれ、ついには教会上層部からの審問にかけられることになる。 

その審問プロセスのなかで明らかになっていったのは、奇跡が次作自薦の捏造だという疑惑と、若き修道女との同性愛疑惑であった・・・ 


■原作の歴史書について 

映画の内容はそんなところだが、この映画には原作があることを知った。 

『ルネサンス修道女物語 ー 聖と性のミクロストリア』(ジュディス・ブラウン、ミネルヴァ書房、1988)がそれだ。いままでその本のことはまったく知らなかった。大学学部では西洋中世史をやっていたのだが、すでにビジネスマンになっていたからか、17世紀だから関心がなかったのか・・。




映画は原作の忠実な再現ではないようだ。そういうことなら、ぜひ映画と原作を比べてみたい、原作に描かれている歴史的事実を知りたいと思ったが、残念なことにこの日本語訳は現在のところ「入手不能」になっている。 

それなら原文で読んでみるかと、Immodest Acts: The Life of a Lesbian Nun in Renaissance Italy,  by Judith C. Brown, Oxford University Press, 1986 を入手し、通読してみることにした。  




タイトルを直訳すると『不謹慎な行為 ー ルネサンス期イタリアのレズビアン修道女の生涯』となる。 推薦文を寄せている17世紀フランスを専門とするナタリー・デイヴィス氏は日本でも『マルタン・ゲールの帰還』(・・これまた映画化されている)の著者としてよく知られているが、著者のジュディス・ブラウン氏もまた米国人の女性歴史家である。


■映画より原作のほうがはるかに面白い!

感想としては、正直いって映画より原作のほうがはるかに面白い。 

映画はビジュアル・エフェクト狙いが強すぎて、まあ21世紀の観客にはいいのだろうが、映画からは時代背景も主人公が置かれていた状況もよくわからないので、イマイチ内容を正確に理解するのがむずかしい。下手するとB級映画的なキワモノで終わってしまいかねないテーマでもある。 

まず重要なことは、17世紀初頭のイタリア社会とカトリック教会が置かれていた状況が大きな意味をもっていることだ。

17世紀は時代の転換期であり、宗教が支配した中世と近代的な懐疑的知性が芽生えてきた近世の端境期であった。 

西欧社会で16世紀にはじまった「宗教改革」によって、カトリック教会はプロテスタント側からの執拗な攻撃にさらされていただけでなく、カトリック内部からの改革を生んでいる。

「カトリック改革」のなかから生まれてきたのがイエズス会であり、主人公のベナデッタが所属していたテアティノ会であった。 

修道院が当時のイタリア社会にもっていた位置づけと意味については、17世紀半ばのイタリア北部のミラノとその近郊を舞台に描いた『いいなづけ」でも見ることができる。主人公の若い夫婦のうち、新婦が保護してもらうことになったのが女子修道院であった。

修道院内部に世俗の人間関係が持ち込まれるために生じるコンフリクト。奇跡が有名になると、その修道院が有名になってカトリック教会内部でのポジションも向上する。 

だからこそ、つぎからつぎへと奇跡が発生するが、その多くがフェイクと判明したのであり、主人公のベナデッタも内部告発によって二度にわたって審問にかけられるのである。 

中世であったなら、おそらく聖者になったかもしれないベネデッタだが、時代はすでに近世(=初期近代)に入っていたのだ。 

改革志向のカトリック教会が推奨していたのは、イグナティウス・ロヨラのような世俗社会でも信徒の模範となるような人物であり、幻視や奇跡を神秘家ではなかったのである。

とはいえ、一般民衆は、教会上層部の意向に反して、そういう神秘家を敬愛して信仰の対象としていたのである。そこに支配階層(=知識階層)と無学な一般大衆とのあいだで大きなズレが生じる。 

ベナデットの審問プロセスのなかで浮かびあがってきたのが、修道院内部での同性愛疑惑であり、それがまた修道女どうしの同性愛であっただけに審問官も対応に苦慮したようだ。 

修道士どうしの同性愛や、修道女と修道士の性的関係などは、よくある話だったが、修道女どうしの同性愛は、さすがに想定外であったようなのだ。 

審問記録に残っていたベネデッタの相手方の同性愛にかんする証言内容は、じつにナマナマしい。著者は、それを記した書記官(男性)の手が震えているためか、古文書の文字が読みにくいと書いている。映画の内容とはズレがあるものの、かなり具体的な内容であって、ここに記すのははばかられるものがある。 ぜひ原作にあたってみてほしい。

最終的にベナデッタには火刑の判決が下されるが、死罪一等は免ぜられて修道院内部での幽閉となる。 相手方の修道女は、最初から極刑の判決は下されることなく、その後は修道女として人生をまっとうしたようだ。自分の意思で同性愛の関係になったのではないと証言しているからだろう。この点も映画とは異なる。 

40年間を牢獄で過ごした修道女ベネデッタが死んだというニュースが流れたとき、教会の意に反して一般民衆が修道院に押し寄せたという。

支配する側は、つねに民衆を恐れているのだ。 


■偶然に発見された西欧史上最古のレズビアン記録

著者の歴史家ジュディス・ブラウン氏は、フィレンツェの公立古文書館で調査をしていた際、ベネデッタ・カルリーニのことを偶然知ったのだという。 

著者が発見するまで、この人物のことは忘れられていたようなのだ。こういう無名の人物に焦点をあててその時代を描き出す歴史記述の手法ことを「マイクロヒストリー」という。イタリア語では「ミクロストーリア」である。

扱った時代からいっても、その先駆者であるイタリア人歴史家カルロ・ギンズブルクの古典的名著『チーズとうじ虫』を想起させるものがあるだけでなく、古文書館での偶然の発見が名著『ハーメルンの笛吹き男』を生み出した歴史家の阿部謹也を想起させるものもある。 

17世紀のベネデッタ・カルリーニの事例は、西欧社会でのレズビアンの最古の記録なのだという。LGBTが声高に語られる21世紀の現在からみれば、隔世の感を覚える人もいるのではないだろうか。 

イスラーム世界では、いまだに同性愛は神の法に反するとして厳しく禁止されていることは周知の通りである。おそらく今後もその可能性は低いのだろう。

同性愛が長きにわたって禁じられていた西欧社会とは違って、キリスト教の禁忌が存在しない前近代の日本社会では、男女ともに同性愛は自然に反する行為だとは見なされていなかった。学校では教えないだろうが、知る人ぞ知る歴史的事実である。 

この映画は、21世紀の現在と違って、17世紀の段階ではそうではなかったのだ、と訴えたいのであろう西欧人(男性)が監督・製作したものだ。 

歴史的事実を知っている日本人(男性)からすれば、サスペンスもののドラマとしての面白さはあっても、さまざまなテーマにかんして、イマイチ掘り下げの甘い内容に思ってしまったのであった。 

もちろん、女性は別の感想をもつかもしれないが・・ 


(画像をクリック!)
 

<参考資料>

Theatines(テアティノ会)
・・「対抗対抗改革」(=カトリック改革)のなかから生まれてきた修道会(1524~1867)。19世紀にその使命を終え、現在は存在しない。
The Theatines, officially named the Congregation of Clerics Regular (Latin: Ordo Clericorum Regularium; abbreviated CR), is a Catholic order of clerics regular of pontifical right for men founded by Archbishop Gian Pietro Carafa on 14 September 1524.

聖テレジアの法悦
・・16世紀スペインのアビアの聖テレジアをモチーフにしたベルリーニの彫刻



<ブログ内関連記事>

・・小説の設定は1628年から1630年にかけて、舞台はイタリア北部のミラノ侯爵領のミラノとコモ湖畔の農村。

・・フランチェスコが集団を離れ、山中にひきこもっての40日間の断食と瞑想、そして自らの肉体に受けた聖痕(stigma)という喜び

・・フランシス・ベーコン(1561~1626)は、同時代のイングランドの政治家で哲学者。時代転換期に生きたベーコンの方法論は同時代のイタリアとも共鳴している。ルネサンスの発祥地イタリアの方が先進地帯であった。一般民衆の世界と知識階層との認識のズレ

・・「ミクロストーリア」の先駆者カルロ・ギンズブルク

・・ドイツのゲッティンゲンの古文書館での偶然の発見がきっかけになった。古文書館での偶然の発見が導いた点は『ベネデッタ』におなじ


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2018年7月17日火曜日

JBPress連載コラム第30回目は、「ベルギーは「トラピストビール」もストロングだった-「都会的でオシャレ」だけではないベルギーのビール文化」(2018年7月17日)


JBPress連載コラム第30回目は、「ベルギーは「トラピストビール」もストロングだった-「都会的でオシャレ」だけではないベルギーのビール文化」(2018年7月17日) ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53554

1カ月に及んだ「2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会」が7月15日に終了した。ベスト16に終わった日本は、4年後の2022年カタール大会に向けた取り組みを開始する。 

今大会の優勝国はフランス。日本が決勝トーナメントで惜敗した対戦相手のベルギーにはぜひ優勝してほしいと願っていたが、決勝進出はフランスに阻まれた。さすがフランスは強かった。ベルギーは最終的に3位となった。 

今回はそんなベルギーについて、ビールという食文化を中心に考えてみたいと思う。


(ブリュッセルのカフェにて筆者撮影)

日本で普及し始めてから20年近く経つのだろうか、ベルギービールはすっかり都会的でオシャレなイメージが定着した。だが深掘りすれば、いろいろと面白い側面が見えてくることだろう。(以下略) 

つづきは本文にて http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53554








<ブログ内関連記事>


『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

修道院から始まった「近代化」-ココ・シャネルの「ファッション革命」の原点はシトー会修道院にあった

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)



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2014年10月9日木曜日

映画『大いなる沈黙へ-グランド・シャトルーズ修道院へ』(フランス・スイス・ドイツ、2005年)を見てきた(2014年10月9日)― 修道院そのものを主人公にした3時間という長丁場のドキュメンタリー映画



映画 『大いなる沈黙へ-グランド・シャトルーズ修道院へ』(フランス・スイス・ドイツ、2005年)を見てきた。岩波ホールでの上映には間に合わなかったが、その後は地方での公開も進んでいるので、今回は千葉市の千葉劇場にて。

カトリックの修道院生活のドキュメンタリー映画である。原題はドイツ語で Die große Stille、日本語版のタイトルはその直訳である。

登場するのはフランスのアルプス山中に建てられたグランド・シャルトルーズ修道院(Grande Chartreuse)。1084年に設立された、カルトジオ会の男子修道院である。カルトジオ会とは、フランス語の名称 Ordre des Chartreux(シャルトル会)のことである。厳しい戒律で知られるという。

比較的よく知られたシトー派の修道院が12~13世紀に急速に拡大したのに対し、カルトジオ会は14~15世紀に拡大し、18世紀には最盛期を迎えたが、啓蒙主義時代には世俗君主からの攻撃を受け、20世紀には大幅に衰退していたらしい。

このドキュメンタリー映画は、修道院の一日を一人の修道士に密着して描いたものではなく、「修道院という共同体」(コミュニティ)全体を、一年の流れのなかで淡々と要素要素を撮影した映像を編集したものだ。主人公は個々の修道士ではなく、修道院そのものである。


(英語版ポスター)


冬から短い春を経て夏へ、そして短い秋を経てふたたび冬へと至る一年間の修道院。藁のベッドとストーブしかない小さなセル(=独房!)で祈りと瞑想の日々を送る修道士たち。食事も独房の外から差し入れられたものを、独房のなかで一人で食べる。清貧を絵に描いたようなシンプルライフである。

修道士は、日曜の昼食後と散歩の時間しか互いにクチをきいてはいけないことになっているので、この映画にはほとんど会話が収録されていない。ただし食事を共にする機会や、共に祈る機会はある。ときに修道院の外に出て会話する機会もあるようだ。そんなおりの修道士どうしの会話が、そのままフランス語の音声として収録されている。

とはいえ、音声といえば、基本的にビデオが拾った自然音と、時を知らせる鐘の音、そして祈りのつぶやきのみ。日課としての聖書の朗読と聖歌くらいである。しかもグレゴリオ聖歌なので伴奏はなく、文字通りのアカペラである(・・a cappella とは教会にてというラテン語)。聖歌の響きは美しい。映像もまた自然光だけで撮影されたものだ。




しかしなんといっても169分は長い。約3時間は長すぎる。眠気が襲ってくるのはどうしても避けられない。ナレーションがなく、劇的な展開もいっさいなく、映画を盛り上げるための効果音もないからだ。

ひとつひとつのシークエンスは短いが、映像はひたすら淡々としたものだ。四季(・・というよりも冬と夏)折々の変化はあるが、画面にはフランス語とドイツ語で書かれた聖句が何度も何度も繰り返し同じ文言として字幕にでてくる。

監督は意図してそれを行っているのだろう。修道士の毎日は、寒い冬であろうが暑い夏であろうが、決められた日課を365日淡々と送るものだからだ。それも修道院に受け入れられた日から死ぬ日まで。

修道士は独房で過ごすから、修道院のことを Monastery という。Mono(単独)で過ごす修道士たちの集まりが修道院である。修道院は「共同体」なのである。フランス語で communauté(コミュノテ)なのである。コミュニティなのである。

だがそれは、生まれながらそこに存在している村落共同体ではなく、あくまでも個人の自由意志によって自由を放棄(!)し、規律と秩序のなかで生涯を送ることになる共同体である。それが修道院なのである。西欧文明の心髄がそこにあるといえよう。

新たに入会してくる修道士たちがいれば、そのなかで死んで行く修道士もいる。修道院は、ホスピスでもあるわけだ。そういう見方も可能だろう。


■ドキュメンタリー映画であることの意味について考える

このドキュメンタリー映画は、監督・脚本・撮影・編集すべてをドイツ人監督のフィリップ・グレーニング氏が一人で手がけている。撮影として修道院に入ることを許可されたのが一人だけだったからでもある。

監督によれば、修道院に撮影を申し込みんだのは1984年、門が開かれるまでには、なんと16年間も待つことになる。そして映画が公開されたのは2005年。最初の申し込みから映画の公開まで21年。日本公開はそれからさらに9年。このスピード時代においては、なんとも息の長い話である。

以下、このドキュメンタリー映画について、やや距離をおいた観点からコメントしておこう。礼賛一方ではバランスを欠くからだ。

この映画を見ているとわかるのは、グランド・シャトルーズ修道院は11世紀の創設だが、現在の建築物は中世そのものではないということだ。建物の外観も何度も改築や増築を経ているという。映像で見る限り、修道院内部の床のフローリングも、あたらしく張り替えられているようだ。


(グランド・シャトルーズ修道院全景 wikipediaより)


野菜を栽培して調理するシーンはでてくるが、家畜は登場するものの、乳を搾ってチーズをつくったり、家畜を屠るシーンは出てこない。

ドキュメンタリー映画といっても、そこに「編集」が加わっている以上、まったくのありのままではない。それがわたしには残念に感じられた。監督が見たい、見せたい映像しか出てこないのである。

この修道院の経済構造がどうなっているのか、それも映画からはわからなかった。これはわたしの個人的関心であるが、共同体として存在する以上、経済的な基盤なしでは成り立たないからだ。食糧は自給できても、それ以外の器具などは自家製とはいくまい。

唯一の所有物は小さなブリキの箱だけと映画解説にはあるが、ディテールを細かく見ていると、ボールペン、スニーカー、ペットボトル、書見台のライト、腕時計、電気バリカン、水道が登場し、中世そのものではないことがわかる。編集が加わっているとはいえ、ドキュメンタリー映画のドキュメント性が露呈する瞬間である。

この修道院は、近代文明を完全に否定しているわけでもなさそうだ。この点は、アメリカに移住したアーミッシュのなかでも厳格派とされる人たちとは異なる。

ただし、外界との通信は手紙のみ。電話も、スマホも携帯も iPadも登場jしない。映画には登場しないが、事務所には電話やパソコンもあるのだろうとわたしは推測しているのだが・・・。

とにかく3時間の長丁場である。正直いって、わたしはこの映画にとくに感動といったものは感じなかった。

だが、この映画は、現代でもこういう生き方をしている人たちもいるという、一つのドキュメントとして見るべきではないか、と思うのである。

その意味では、修道院内部を詳細に撮影したドキュメント作品としては大いに評価すべきだ。監督の努力と手間に対してだけでなく、内容に対して3時間かけてでも見る意味はある。


(グランド・シャトルーズ修道院図面 小部屋が修道士の独房 wikipediaより)



<関連サイト>

映画 『大いなる沈黙へ グランド・シャトルーズ修道院へ』 公式サイト (日本版)

映画『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』 予告編

Into Great Silence / Die Große Stille [HD US Trailer] (YouTube)

フィリップ・グレーニング監督の言葉 (公式サイトより)

容易なことではない。ほとんど会話がなく、通常、映画を成立させるべき言葉からも出来るだけ離れ、考えられる制作プロセスがまったく通用しない作品を作り上げるというのは、本当に容易ではない。
 言葉を使わず、通常の制作論理や劇作法、映画監督としての自分の能力からもかけ離れたところで映画を作るというのは容易ではない。修道院を映像化するのに、映画を修道院そのものにしてしまう以外にどんな方法があるだろうか?どうだろう?
 今でもなお、正解は分からない。言えるのは、やれば出来るということだけだ。この作品は、ある時期からうまく形作られていった。
 ナレーションもなく、あの空間だけで、映画が修道院そのものになった。雲のようにつかみどころのない映画、私が最初にこの作品のアイデアを思いついた時、こう表現していた。そしてこの考えは、1984年に私が初めてカルトジオ会の修道士に会った時も、1年後に、彼らに「今はまだ早すぎる、10年か13年後であれば」と言われた時も、2000年に、修道院から「まだ興味を持ってくれているなら」と電話をもらった時もまったく変わっていなかった。
 そうだ。そうなんだ。雲とは何か?その答えは難しい。雲には様々な種類がある。どれもまったく違っているが、その一つ一つどれもが正しい。間違った雲など見たことはない。
 結局、私は6ヶ月近くをグランド・シャルトルーズ修道院で過ごした。修道院の一員として、決められた日々の勤めをこなし、他の修道士と同じように独房で生活をした。この、隔絶とコミュニティーの絶妙なバランスの中で、その一員となったのだ。
 そこで映像を撮り、音を録音し、編集した。それはまさに、静寂を探究する旅だった。






<ブログ内関連記事>



書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について

書評 『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた ・・日本には「起きて半畳寝て一畳」というフレーズがある。独居ならそれだけのスペースで十分だということ。それを実行したのが幕末の探検家・松浦武四郎

(2014年11月1日 情報追加)


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2013年12月25日水曜日

修道院から始まった「近代化」ー ココ・シャネルの「ファッション革命」の原点はシトー会修道院にあった



「20世紀のファッション革命」の創始者ココ・シャネル。そのシャネルがじつは貧しい家庭に生まれ、しかも修道院付属の孤児院で少女時代を過ごしたことは、本人はいっさい言及しなかったが近年ではすっかり常識となったといっているようだ。

フランス文学者でファッションやブランドにもくわしい山田登世子氏の著書に 『贅沢の条件』(岩波新書、2009)がある。その「4章 禁欲のパラドクス-修道院という場所から 1.ココシャネルの修道院」を読んでみるといい。シャネルが少女時代を過ごしたフランスの田舎オバジーヌ村の孤児院が併設されていた中世以来のシトー派修道院を訪れた記録が書かれている。

現在では孤児院は廃止になっているが、修道院は中世以来のものであり、内部は一切の華美を廃し、窓は「白というよりグレーに近いガラスが鉛ではりあわされ」たものであるという。

その鉛のごつごつした曲線が、わずかに「ステンドグラス」という言葉に照応しているだけだ。わたしたちがステンドグラスというときに想像する色の美しさはどこにもない。そんなわたしの衝撃を見てとったかのように、修道女の案内の声が晴れやかに響いた。「そうなんです、禁欲を尊んだシトー派は、ステンドグラスに色を禁じました。ごらんのとおり、白ガラスと鉛だけです。
ああ、シャネルの「白」と「黒」の原点はここなのだ--声にならない衝撃を呑みこんだまま、案内に従う。・・(後略)・・ (P.129 太字ゴチックは引用者=さとう)

新書本に挿入されたモノクロ写真ではわかりにくいが、われわれがふつうに連想するカラフルなステンドグラスではないことは明らかだろう。


(オバジーヌ修道院の「ステンドグラス」 『贅沢の条件』より)


『シャネル・スタイル』(渡辺みどり、文春文庫、2005)にカラーで収録されている修道院の写真はシンプルで美しい。


(左上の写真が上記のステンドグラス 『シャネル・スタイル』より)


シャネルが修道院付属の孤児院で身につけたのは裁縫という手仕事の技術だけでなく、修道女たちによる体罰もふくめた、厳しいしつけと早寝早起きという規則正しい生活習慣であった。この生活習慣は一生つづいたようである。

ファッションデザイナーとして成功し、サロンの女主人として華やかなパーティを主催するようになってもけっして夜更かしはせず、早寝早起きの習慣はつづけていたという。子どもの頃に身につけた生活習慣は変わらないのだろう。ファッションはつくる側と、それを買って楽しむ側とは違うものだということを意味しているのかもしれない。

厳しいしつけが成功した理由の一つが修道院の生活規則であったことは言うまでもない。

カトリックの修道院は「ベネディクト戒律」(後述)という中世に定められた規則で運営されてきた。一日の日課が細かく規定されており、ほとんど深夜といってもいい時間帯から早朝のから一日の日課がはじまる。これが毎日つづくのである。

シャネルが生まれたのは1883年であったから、現在では考えられないほどきつく厳しい生活であっただろうと想像される。電気も洗濯機も普及していなかった頃である。とくに冬の洗濯当番が子どもにはきわめてつらいものであったようだ。

ココ・シャネルは、孤児院時代のことは、隠したかっただけでなく、思い出したくもなかったのだろう。


■修道院の日課と早寝早起きの生活習慣

現在では時間にうるさい日本人も、幕末から明治時代にかけて来日した外国人たちにしてみれば、時間にはきわめてルーズな状態であったようだ。

そんな日本人が時間に厳しくパンクチュアルアルな存在になったのは、文明開化のもと機械時計による時間が導入されたことが大きかったといわれる。

とくに徴兵制施行以降は、軍隊においては分刻みの時間管理が徹底され、近代的な時間感覚がカラダに叩き込まれることになった。

その近代の時間感覚は、西欧中世の修道院に起源をもつのである。

ネットを検索したら、たまたま「大分トラピスト修道院の一日」というサイトを発見したので、「修道院の日課」を紹介しておこう。 


午前  3:30 起床
     3:45 夜間の祈り
     5:00 朝の祈り
     5:45 ミサ聖祭
     6:45 朝食
     7:15 聖なる読書
     8:00 三時課(祈り)
     8:30 労働
    11:00 労働終了
    11:20 六時課(祈り)
    11:30 昼食
午後 12:45 九時課(祈り)
     1:00  労働
          4:30  労働終了   
          5:30  暁の祈り
          5:45  夕の瞑想
          6:00  夕食
          6:25  自習・講話
          7:30 寝る前の祈り
          8:00  就寝


こうやって書き写しながら思うのは、早寝早起きは漁師並みだということだ。基本的に軍隊なみの「分刻み」の規則正しい生活は修道院ならではだが、「祈り、かつ働け」という日々であることがわかる。

こういう生活をつづけるのは、慣れるまでは大変だろうが、慣れてしまえば健康で健全な日々なのだろう。「規律による自律」である。

外的な規律も「内面化」してしまえば自律となるが、自律とはセルコントロールのことである。自分がコントロールの「主体」となること、これは「近代精神」そのものといってよい。

西欧においては、修道院にとっての必要性から中世の14世紀頃に「機械時計」が発明され、物理的時間を正確に刻むことが可能となった。それが「近代化」を促進したことにも注意しておく必要がある。

近代の軍隊制度もその起源は修道院にあるので、修道院が軍隊的規律であるのは、ある意味では当然といえば当然なのである。


■シトー会修道院

さきに大分トラピスト修道院の日課を紹介したが、日本でもっとも有名な修道院はクッキーで有名な函館トラピスチヌ修道院であろう。女子修道院である。トラピスト(Trappist)は男子、トラピスチヌ(Trappistine)は女子である。


(函館トラピスチヌ修道院の「トラピスト・クッキー」)


トラピスト修道会は、正確には厳律シトー会(Ordo Cisterciensis Strictioris Observantiae)という。より厳格な戒律による修道生活を送ることを求めた観想修道会である。

厳律シトー会は、シトー会から枝分かれしたものである。その意味では、ヨーロッパの骨格の一つをつくったともいえるシトー会について常識程度のことを知っておくことは重要なことだ。


(12世紀のシトー会修道士による開墾 wikipediaフランス語版より)


『シトー会 』(レオン・プレスイール、杉崎泰一郎=監修、遠藤ゆかり訳、創元社、2012)という本がいい。フランスで出版されている「知の再発見」双書の一冊で日本語版である。カラー写真が豊富に入った手軽な読み物である。

書籍紹介文を編集し直して紹介しておこう。

1098年3月21日、聖ベネディクトゥスの祝日に、モレーム修道院長ロベールは、フランス東部のディジョンに近い荒野に、『聖ベネディクトクスの戒律』を順守するために「新修道院」を設立した。これがのちにシトー修道院と呼ばれるようになるもので、ここからシトー会が誕生した。
修道士たちは孤独と清貧を求めて労働と祈りの生活を営むが、シトー会の発展とともに、厳格であったその規律が緩んでいく。
シトー会の制度、建造物や美術作品などを紹介しながら、シトー会の理想が歴史の中でどのように実現し、また変質し、改革を繰り返しながら現代に受け継がれていったかを綴る。

「ベネディクト戒律」は、「服従」・「清貧」・「童貞」(純潔))が三本柱である。規律による自律である。さらに加えて「定住」を誓願することで、「祈りと労働」中心の修道生活が以後の標準となる。

荒野を開墾して建設された修道院では自給自足が原則である。それによって経済的な自立が可能となる。利益獲得が目的ではなくても、そこには経済活動は存在する。たとえば、トラピスト・クッキーもまた修道会が経済的に自立し、運営を維持するために必要な活動と位置付けられている。

自分たちだけで消費できない余剰分は、贈与に回されるのであれば富は産まないが、物々交換や市場で販売されることになれば、そこに富が生まれることになる。

これに貨幣経済が重なると修道会はどうなるのであろうか?



■「祈り、かつ働」くと富が蓄積される

社会学者の大村英昭氏は、『日本人の心の習慣-鎮めの文化論-』(大村英昭、NHKライブラリー、1997)において、修道院内の献身的禁欲が資本蓄積につながるという逆説について語っている。

修道院内での禁欲主義のせいか、とくにヨーロッパ辺境の開墾とか、さまざまな文化的技術の蓄積のおかげで巨大な富がもたらされ、それが、かえって修道会の躓(つまづ)きのもとになる、そんな歴史をくり返しているのです。ヴェーバーの言う「世俗外」禁欲ですら、こと献身的アクティヴィズムを導きだすという点では、「世俗内」の禁欲-通常の職業労働-とも、さして違わないということになります。(P.36) (* 太字ゴチックは引用者=さとう)

先に引用した『贅沢の条件』(岩波新書、2009)では、山田登世子氏は「世俗内」勤労に対して「僧院内」勤労と言っている。「僧院内」勤労とは、大村氏のいう「世俗外」禁欲と同じことを指している。

清貧な生活のもとでの勤勉は、結果として富を生み、富は人間を堕落させるのである! 「献身的アクティヴィズム」とはじつに的確な表現だ。日本語の「禁欲」からうけるニュアンスとは異なるドイツ語の「アスケーゼ」(Askese)のことである。

社会学者マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、プロテスタンティズムの倫理が逆説的に(!)資本主義を推進したことを示したものだが、プロテスタンティズム成立以前にすでに、シトー派の修道院では勤勉の結果として(!)富が蓄積されていたことが指摘されている。

多くの日本人は大塚久雄訳に慣れ親しんできたが、哲学者の中山元氏の新訳は、きわめてわかりやすい透明な日本語になっているので意味が伝わりやすい。中山氏の新訳から引用させていただくこととしよう。


世俗内的な禁欲の先駆者である中世の修道院の禁欲 [の精神] もまた、これと同じ運命をたどったのだった。修道院においても、厳格に規制された修道士の生活のうちで、消費が抑制されながら合理的な経済運営がそのすべての力を発揮し始めると、修道院の内部に富が蓄積されるようになる。この富のために修道院はそのまま貴族的な地位を獲得するようになるか(教会分裂の頃には、こうした傾向がみられた)、あるいは修道院の規律が崩壊する危険に直面して、何度も修道院の「改革」が行われるようになった。修道会の会則の歴史は、獲得した富によって修道院が世俗化する問題との絶え間ない格闘の歴史とも言えるだろう。 
(出典:『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(中山元訳、日経BP社、2010) P.474 太字ゴチックは引用者=わたし)


ウェーバーによるこの数行の記述はあまり注目されていないが、きわめて重要だとわたしは考えている。くり返すが、プロテスタンティズム成立以前にすでに、修道院では勤勉の結果として富が蓄積されていったのである。

そしてその蓄積された富が堕落を招き、改革を必要とする。この「改革 ⇒ 刷新 ⇒ 勤勉 ⇒ 富の蓄積 ⇒ 堕落 ⇒ 改革 ⇒」 というサイクルがくり返される。

「祈り、かつ働け」が生み出した遺産にはさきにあげたトラピスト・クッキーのほか、ベルギーのトラピスト・ビールやフランスのブルゴーニュ・ワインがある。

トラピスト・ビールは文字通りベルギーのトラピスト修道院で醸造されるビールのことで、現在では修道院内部での消費よりも、外部に市販する商品としての位置づけになっている。 


(ベルギーの「トラピスト・ビール」の銘柄 シメイ修道院)


現在ヨーロッパでは修道院の断食が復活しているようだが、ある意味では、「断食」は現代人にとっては最高の「贅沢」といえるだろう。冒頭で引用した『贅沢の条件』(岩波新書、2009)の「第4章 禁欲のパラドクス-修道院という場所から」にもあるように、修道院は逆説的な意味で贅沢そのものとなったのである。

現代の贅沢品であるファッション・ブランド、その創始者であるシャネルの原点が修道院にあったというのは、逆説的でじつに興味深いではないか!


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<参考> 『中世ヨーロッパにおける清貧と営利経済』

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・このブログ記事に「修道院と経済」関連の研究書について記述しておいたので参考のために再録しっておこう。

「卒論指導に際して、何冊か先生の蔵書を貸していただいたが、コピーをとって夏休みに辞書を片手に読んでみた。そのうちの一冊が L.K. Little, Religious Poverty and the Profit Economy in Medieval Europe, Cornell University というタイトルのハードカバーであった。 ところどころに先生自身がした、鉛筆による線引きと書き込みが多数なされており、「あー、学者というのはこういう風に本を読むのかー」という感想をもった。ある意味では、大学院生でもないのに実地教育を受けたような気もする。 その本は、タイトルを日本語にすると、『中世ヨーロッパにおける清貧と営利経済』とでもなるのだろうか。卒論執筆には、Chapter 3. The Jews in Christian Europe(キリスト教ヨーロッパにおけるユダヤ人) と Chapter 10. Scholastic social thought(スコラ派の社会思想)が役にたった。同書のペーパーバック版は現在でも入手可能のロングセラーである。」


PS 「近代化」の意味を明確にするために一部加筆を行った。 (2014年2月20日 記す)。



<関連サイト>

養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(2) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(3) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・「「肉体」を規律で縛って「精神」の自由を担保する」  近代精神の主導者であるイエズス会系の栄光学園という男子校出身者の三人が語りあう記事。(3)では、世界的建築家の隈研吾が、カトリック修道院の「黙想の家」で「黙想」という宗教行事に同級生10人と参加し、2泊3日の間まったく口をきいてはいけいない状態で神父から「メメント・モリ」を叩きこまれた体験について語っている


なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)


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この本は、さらに2022年には新潮文庫から文庫化されている。(2025年12月17日 記す)


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<ブログ内関連記事>

「祈り、かつ働け」(ora et labora)

映画 『大いなる沈黙へ-グランド・シャトルーズ修道院へ』(フランス・スイス・ドイツ、2005年)を見てきた(2014年10月9日)-修道院そのものを主人公にした3時間という長丁場のドキュメンタリー映画
・・フランスのアルプス山中に建てられたグランド・シャルトルーズ修道院(Grande Chartreuse)のドキュメンタリー映画

映画 『神々と男たち』(フランス、2010年)をDVDでみた-修道士たちの生き方に特定の宗教の枠を越えて人間としての生き方に打たれる
・・アルジェリアのフランス系トラピスト修道会

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)
・・修道院の一日を知ることができる

・・トラピスト・ビール


人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著

書評 『ココ・シャネルの「ネットワーク戦略」』(西口敏宏、祥伝社黄金文庫、2011)-人脈の戦略的活用法をシャネルの生涯に学ぶ

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・中世のトマス・ア・ケンピスの『キリストのまねび』、近世(=初期近代)のイエズス会創始者イグナティウス・デ・ロヨラの『霊操』(スピリチュアル・エクササイズ)について触れてある

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス
・・ドラッカーは、「目標管理」制度(MBO:Management by Objective and Self-Control)の原型は、近世(=初期近代)にルター派とイエズス会が同時並行的に採用したメソッドにあると指摘している。キモはセルフコントロールにある

クレド(Credo)とは
・・クレド(信条)を日々唱え、徹底的に内面化すること。自分の行動規範となるまで浸透し、内面化することが必要

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』
・・ユダヤ教・キリスト教・イスラームの経済思想についてまとめてある。「中沢新一の議論が面白いのは、資本主義をプロテスタンティズムと結びつけてきたこれまでの "陳腐な発想" から一歩踏み出して、キリスト教の構造そのものに深く迫っていることにある。それも信仰の観点ではなく、経済思想の観点から」

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について
・・カトリックの修道院にもつうじるものがあるプロテスタント系のアーミッシュ的な生き方。外の世界を知った若者は自分の意思で共同体に戻っていく

(2014年2月20日、10月26日 情報追加と加筆)


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