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2019年4月28日日曜日

「印旛医科器械歴史資料館」(千葉県印西市)がすばらしい!-医科器械の実物を収集展示した専門資料館は訪れる価値あり!


「印旛医科器械歴史資料館」という専門資料館があることを知ったのは、たまたまの偶然だ。運賃が高いことで有名な北総鉄道の印旛日本医大駅の近辺に用事があり、駅から目的地に行くために使用したスマホのアプリ google map にでてくるので気になっていたのだ。

存在すらそのときまでまったく知らなかったが、用事を済ませたあと立ち寄ってみた。それは大正解だった。じつに貴重な収集品を展示しているのだ。地味なネーミングに似合わない、じつに興味深い専門資料館である。


(「関東の駅100選」に選出されているという印旛日本医大駅 筆者撮影)

「資料館」というネーミングだが、文書資料ではなく、医科器械そのものの実物展示である。国立科学博物館には江戸時代以来の産業用機械が実物展示されているが、医科器械(一般には「医療機器」というが、ここでは「医科器械」となっている)だけに絞った実物展示は、少なくとも日本国内にはないだろう。世界有数のコレクションのようだ。

たまたま、その日が金曜日だったのが幸いだったのだ。なんと開館日は、平日の月・水・金の3日間のみ、しかも10時から16時まで。偶然とはいえ、なんとラッキーなことか! しかも入場は無料だ。

充実した展示内容で、10ある展示室を見ているうちに、あっというまに1時間近くたってしまった。もともと消防署の建物だったらしい。そのスペースをうまく活用している。

公式ウェブサイトがあるので、説明書きを引用しておこう。


■資料館の概要
当資料館には、世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を行った華岡青洲の外科器具をはじめ、大正時代に作られた国産初の顕微鏡や膀胱鏡、昭和初期に使用された陸軍野戦用の移動式消毒器、手術台、そして戦後に開発された国産の麻酔器、人工腎臓、人工心肺装置など、医療機器の歴史を物語る貴重な製品が多く収蔵されています。その数は1,000点を越え、医療機器の専門博物館として世界でも有数の規模を誇っています。
  
展示は、いきなり心臓のペースメーカーから始まるのだが、展示品を見ていて思ったのは、医療技術が進展したのは、「近代」に入ってからの、この100年から150年ほどのじつに短い歴史であることだ。


(パンフレットより展示品の一部)

とくにペースメーカーに代表されるように、電気が使用されるようになった「第2次産業革命」以降のことなのだなあ、ということだ。そういう観点から、昭和初期に輸入された電気治療器など見ていると興味深い。

心電図や脳波計なども、人体を流れる電気を利用したものだし、機器そのものも電気がなければ動かない。


(パンフレットより展示品の一部)

昭和初期に使用された陸軍野戦用の「移動式消毒器」など、はじめて見るものばかりだ。戦争や軍隊について考える際、医療は不可欠でありながら、野戦用の医科器械というものは知らなかった。貴重な実物であり、ここならではの展示品だ。陸軍医療関係の展示はほかにもある。

実際に使用されていた各種の手術台、解剖台なども興味深い。当時の手術台は、山形県の酒田の旧開業医の資料館で見たことがある。麻酔機や保育器、人工腎臓(つまり透析器)、レントゲンなども、初期のものを見るのも初めてだ。医療関係者でもなく、医療機器メーカーの人間でもなければ、患者として見ることができるのは、最新型ではなくても、現在でも使用可能な機器に限られるからだ。

このほか、顕微鏡や各種の手術器具なども展示されている。「世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を行った華岡青洲の外科器具」は「貸し出し中」ということだったが、まあ、そもそも展示品はレプリカなので、とくに残念という気はしなかった。

10ある展示室の詳細は、以下のとおりである。

1 心臓関連 
2 手術台・消毒器・無影灯
3 患者監視装置・臓器保存装置・レントゲンなど
4 顕微鏡・眼科器械・ミクロトーム・天秤など
5 保育器
6 電気メス 
7 心電計・脳波計など
8 麻酔器・肺機能検査器・酸素テントなど
9 透析装置・内視鏡・内科・外科各種手術器具・麻酔関連など
10 低周波治療器

展示されている医科機器の多くは、ドイツ製が多い。ついで米国製である。日本の医学がドイツ医学が主流だっただけでなく、先進工業国としてのドイツの独壇場であったためだろう。その後、日本の医療技術の深化と工業化があいまって、日本で国産の医科器械が開発され製作されるようになっていく。

その一躍を担ったのが、この資料館の基礎となった個人資料館を設立した泉工医科工業株式会社の社長(当時)だった青木利三郎氏だった。


■資料館の歴史
当資料館が開設されるきっかけになったのが昭和50年(1975年)、故・青木利三郎氏(当時、泉工医科工業株式会社社長)が大会長を務めた第50回日本医科器械学会(現・日本医療機器学会)大会です。青木氏は「医科器械の歴史展」を企画し、自ら日本全国を巡って歴史的価値のある医療機器を収集、また旧家に伝わる江戸時代の医療機器のレプリカを製作するなどして、歴史的価値のある医療機器の数々を一般公開するため青木記念医科器械史料館を開設し、その後、千葉県印旛郡印旛村(現・印西市)からの誘致を受け、平成19年(2007年)現在の地に開館。以降、市町村合併により印西市立印旛医科器械歴史資料館として現在に至っています。

なるほど、印西市(当時は印旛郡印旛村)が誘致したわけか。印旛日本医大駅の近くには、日本医大付属千葉北総病院がある。医療の町としての一環かな?

非常に貴重な実物資料を収集展示さいた資料館だが、あくまでも「資料館」であって「博物館」ではないのが残念だ。博物館ではないので学芸員がいない。そのため、個々の医科器械についての研究成果が展示されていないし、目録もないのだ。写真撮影は不可。一部は公式サイトで見ることができる

工業国日本を支えてきた産業用機械については、それなりに収集され研究蓄積もあるが、医科器械についてはかならずしもそうではない。医療関係者ではない限り、自分がそのお世話にならない限り、見ることもない。医療機器の展示会は、最新の機器しか展示していない。ましてや、歴史的価値のあるものなど見る機会もない。

どんな産業であれ、歴史的展開をたどって整理することは重要だ。今回たまたま入って見学することができた「印旛医科器械歴史資料館」(千葉県印西市)は、思わぬ収穫であった。機会があれば、ぜひ一度は訪れる価値のある「資料館」である。






<関連サイト>

「印旛医科器械歴史資料館」公式サイト 

非公開の展望台と松虫姫伝説 終点・印旛日本医大駅“4つの謎” (通勤電車乗り過ごしの旅・第3弾)(文春オンライン、2017年11月11日)


(印旛日本医大駅のドームを内側から見る 筆者撮影)


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2014年11月30日日曜日

書評『裁判官と歴史家』(カルロ・ギンズブルク、上村忠男・堤康徳訳、ちくま学芸文庫、2012)ー 初期近代の「異端審問」の元資料を読み込んできた歴史家よる比較論



歴史家と裁判官は、資料をもとに事実関係を明らかにする職業であるという点では共通するものがある。
  
裁判官は公平無私との原則があるので、特定の立場から自分たちに有利に事を進める検察官や弁護士とは違う、とはよくいわれることだ。だが、じっさいには裁判官の公平無私という立場はタテマエの場合は少なくない。神ならぬ人間である以上、バイアスがかかるのは当然だし、100%公正な判断など下せるわけがない。

歴史家も公平無私という立場で事実に向かい合い、史実にかんするジャッジを行っているとみなされがちだ。この点において裁判官(=ジャッジ)と同じだと思われている。だが、裁判官と同様、じつはかならずしもそうではないことが多い。生きている時代やその本人の思想傾向によるバイアスが生じるのは当然といえば当然だ。

裁判官と歴史家には共通点もあるが、根本的な違いがある。

事実関係を明らかにして解釈し下し判断を示すことは共通していても、歴史家は判断材料を提供することはできるが、他者の人生を左右する意志決定まで踏み込むことはない。あくまでも間接的な仕方で影響を与えるのみだ。

一方、裁判官が下した結論は判決という形で、被告人という他者の人生に多大なる影響を与える。裁判官と歴史家の違いは、影響力が直接的か間接的かという違いであるが、裁判官の権力の根源は、司法制度という制度の枠組みのなかで担保されている。

そう考えていくと、裁判官は検察官や弁護士とそう大きくかけ離れた存在ではないし、歴史家もまた裁判官と対比されるだけでなく、検察官や弁護士と対比して考えることも不可能ではない。


初期近代の「異端審問」の元史料を読み込んできた歴史家よる比較論

これくらいの対比であれば、なにも 『裁判官と歴史家』(Il giudice e lo storico)なるタイトルの本を読むまでもないだろう。

だが、本書を読む意味があるのは、歴史家の親友が巻き込まれた20世紀後半の裁判事件を徹底的に検証する作業をつうじて、裁判官と歴史家の共通点と相違点を考察している点にある。

しかも、著者のカルロ・ギンズブルクは、ミクロストーリア(=マイクロヒストリー)という歴史学方法論を開拓し、魅力的な歴史書を発表してきた現代イタリアを代表する歴史家だ。わたしも異端審問記録を徹底的に読み込んだ成果である、『チーズとうじ虫-16世紀の一粉挽屋の世界像-』『ベナンダンティ-16~17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼-』など、初期近代のヨーロッパを生き生きと描いた作品には魅了されてきた。

親友が被告となった裁判記録を解読した感想として、歴史家としての出発時点から読み込んできた17世紀から18世紀という初期近代の異端審問記録との類似性に言及しているのは、その意味では当然といえば当然なのである。

裁判をつうじて歴史が形成される、あるいは歴史が捏造されていくプロセスを、20世紀後半の裁判記録に読み取っているのである。


(イタリア語2006年新版カバー 著者の親友アドリアーノ・ソフリ)


イタリア現代史というコンテクスト

裁判が扱っているイタリア現代史は、ドイツや日本と共通する点が多い。1960年代から1970年代にかけて激しい政治対立がテロリズムにまで発展した、いわゆる急進派の新左翼による極左テロである。

歴史家の親友は新左翼の活動家であったが、その後は足を洗っていた。だが、事件から16年後に突然出現した「告発者」の「自白」によって、警視殺害事件の黒幕とされ、裁判に巻き込まれることになる。

本書執筆のそもそもの動機の第一は、親友の無実を晴らしたいという歴史家の「個人的動機」である。

日本人読者にとっては縁のない話であるし、よほどイタリア好きか、イタリア現代史に深い関心をもっている人でなければ、極左組織「赤い旅団」による1978年のモロ元首相誘拐暗殺事件に代表される極左テロ事件の詳細については、それほどつよい関心はないだろう。わたしも、もちろん同様だ。そもそも、わたしは左翼にも新左翼にもなんの共感も感じない。

イタリアの司法制度や、警察と憲兵(=カラビニエーレ)の違いなど、日本の制度とは大きく異なる点も多いので、ディテールを理解するのはやっかいだ。イタリアの政治は複雑怪奇で・・・ その点は日本でも京都など伝統ある地域と似たようなものだ。

そもそも日本の現実でさえ理解するのがむずかしいのに、ましてやイタリアの状況を正確に理解することなど専門家でもなければ困難であるし、また関心もないだろう。

歴史家の親友が「冤罪」なのかどうかも、わたしには判断しかねるし、それほど関心があるわけではない。



■「歴史学方法論」の考察として読む

歴史家の個人的な動機が個人的なものであったとしても、この動機が本書誕生のキッカケとなっただけでなく、この事件の解読をつうじて著者自身の歴史学方法論にかかわる考察が展開されているので読む価値があるのだ。

その意味では、「2. 裁判官と歴史家」、「6. 歴史的実験としての裁判」、「18. ふたたび裁判官と歴史家について」という3つの章が面白い。わたしが面白いと思った点をいくつか紹介しておこう。

まずは、「2. 裁判官と歴史家」では、古代ギリシアに出現した歴史(=ヒストリア)というジャンルは、「医学」と「法学」(・・とくに法定陳述としての「弁論術」)が交叉する地点で構成されるという指摘が興味深い。歴史の陳述においては、人物を生き生きと表象する能力が求められていたのであり、歴史学と証拠物件を扱う古物研究とは18世紀後半まで、それぞれ相互に独立していたのだという。

「6. 歴史的実験としての裁判」では、資料に語らせるためには、明確な見取り図と作業仮説が必要だという歴史家リュシアン・フェーヴルの文章を引用しながら、司法関係者と同様、歴史家においても「適切な質問を提出して訊問する能力」が必要なことが指摘される。

「18. ふたたび裁判官と歴史家について」においては、そもそも「歴史」と「人物伝」は古代ギリシア以来、異なるジャンルとして発展してきたことを指摘し、世界史と一体化した英雄を扱った「政治史」から、「事件史」を経て、隠蔽されてしまった次元を示唆するために開発された歴史学の技法としての「社会史」に至る推移について語っている。

社会史においては、欠落した事実を推測するためのコンテクストが重要である。アイリーン・パウアーとナタリー・デイヴィスという、世代の異なる英米の女性歴史家の詳細な対比が具体的で興味深い。前者は、英国中世史を題材にした『中世に生きる人々』、後者はフランス近世史を題材にした『帰ってきたマルタン・ゲール-16世紀フランスのにせ亭主騒動』が代表作である。



裁判官が歴史家となることの危険性

歴史家が裁判官になる時代は終わっていると著者はいう。それは倫理的な意味でそうあるべきという主張のようにも聞こえるが、歴史家の役割が変化したことが背景にあるのだろう。つまり歴史家の社会的役割が大幅に減少したということだ。

むしろ、裁判官が歴史家となる危険のほうが大きいかもしれない。裁判の判決をつうじて実質的に歴史が形成されるからだ。あるいは冤罪判決がひっくり返らないまま、歴史が捏造されるといっても差し支えないケースも少なくない。最高裁までいって判決が下されると、もはや司法制度の枠組みのなかでの「歴史書き換え」は困難になる。

17世紀の異端審問と同様、後世の歴史家があらたなコンテクストのもので、史料の「読み換え」をつうじてはじめて可能となることだ。いや、じっさいにはそのような「読み換え」すら起こらないことのほうが圧倒的に多いというべきか。

「歴史家は理解、裁判官は判決」を行うという著者の指摘は、まさにそのとおりだ。現実世界においての歴史家のチカラには限界がある。人々のパーセプションを変えるのは、きわめて困難な課題なのである。

本書が提起しているテーマに「告発者の自白」というものがある。

複数の証言をもとに事実関係を明らかにすることよりも、自白の内容を重視する傾向は、著者が批判している親友の裁判だけでなく、17世紀の異端審問にも見られるものだ。魔女のサバト、空中飛行を見たという告発や証言、魔女とされた人の自白。

自白と証言は似て非なるものだが、日本の裁判制度では、自白が過度に強調されている。いわゆる「被疑者泥を吐かせ」てえられた自白を重視する傾向である。

現代のイタリアにおいても、自白に見られる心理的動機が重視される傾向がなくもないことを著者は指摘しているが、自白と証言の関係については考えなくてはならない問題が多い。

著者は、古代ギリシアにおいて歴史が医学と法学の交叉する点に出現したと指摘しているが、医学と法学のまさに核心にある因果関係の議論には深く突っ込んでいない。

この点をさらに深掘りすると、さらに面白い議論になるのではないかと個人的に考えている。


 
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目 次

新版へのまえがき
序文
 1. 窓から舞い落ちた死体-十六年後の告発
 2. 裁判官と歴史家
 3. 予審判事ロンバルディの報告
 4. 裁判長ミナーレの追及
 5. 殺害指示
 6. 歴史学的実験としての裁判
 7. 謎の十七日間
 8. 憲兵たちの証言
 9. 闇に包まれた夜の面談
 10. ヴィンチェンツィ司祭の証言
 11. いつ始まったのか
 12. 記録からもれた面談
 13. マリーノの動揺
 14. 陰謀はあったのか
 15. 目撃証言
 16. 第三の説明
 17. ミナーレ裁判長と異端審問官
 18. ふたたび裁判官と歴史家について
 19. 結論
後記
新版へのあとがき
年譜
訳者あとがき
ちくま文芸文庫版への訳者あとがき
原注


著者プロフィール

カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburug)
1939年生まれ。イタリアの歴史家。ミクロストーリア(=マイクロヒストリー)の創始者。ボローニャ大学教授、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校教授、ピサ高等師範学校教授などを歴任。著書に『チーズとうじ虫-16世紀の一粉挽屋の世界像』『歴史を逆なでに読む『糸と痕跡』など。(出版社サイトより)




<ブログ内関連記事>

左派による世界的な「革命幻想」の時代

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・ドイツ赤軍を描いたドイツ映画

「航空科学博物館」(成田空港)にいってきた(2013年12月)-三里塚という名の土地に刻まれた歴史を知る
・・成田空港闘争の史実や反対派のヘルメットなどを展示した資料館「成田空港 空と大地の歴史館」についても紹介しておいた

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論


イタリア現代史

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・ギンズブルクと同じくイタリア北部トリーノに生まれ育ったユダヤ人であるプリーモ・レーヴィは、ギンズブルクの20歳年長

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)
・・イタリア政治経済の複雑怪奇さが集約的にあらわれているのがバチカン銀行

(書評再録) 『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)-いまだに「見えていないイタリア」がある!

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集


あたらしい歴史学としての「社会史」

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)-「社会史」研究における記念碑的名著


証言と自白の違い

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点
・・「証人が、その事態について、感情の上で同意か不同意かを、日本語は見事に表現してしまう。そうしないためには、日本語ならざる日本語、つまり官庁式答弁をするほかはない。他方、現実のその事態がどんなものかについては、ややいい加減で済む。だから、われわれは伝統的に自白を重視する。これは言語の特性だから、しかたがない。日本語は、使用者の心理状態と、ことばとの間の関節が固いのである」  告発者の「自白」と心理的動機の関係について考察するヒントになる


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2014年7月24日木曜日

書評『猟奇博物館へようこそ ー 西洋近代の暗部をめぐる旅』(加賀野井秀一、白水社、2012)ー 猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

(18世紀フランスの版画家G・ダゴティによる彩色解剖図)


『猟奇博物館へようこそ ー 西洋近代の暗部をめぐる旅』(加賀野井秀一、白水社、2012)は、猟奇はめぐるよ、どこまでも、といった趣(おもむき)の内容である。

フランスを中心に、イタリアやその他周辺諸国にもときおり足を伸ばしながらめぐる猟奇の旅。

いわゆる「猟奇博物館」をつぶさに歩き回った著者のうんちくが、ディテールにこだわりペダンティックなものでありながら、おどろおどろしさとは裏腹の軽妙な文章で、これでもか、これでもか、と連想が連想を呼び、次から次へと止まることなくどこまでも続いてゆく。読み始めたら途中で読み終えるのが難しい。

「猟奇」という二文字に惹かれて読み始めた読者は、「猟奇」という割にちょっとペダンティック過ぎるなと思いながらも、知の案内人たる著者に導かれて、猟奇の旅を経巡ってしまうことになる。だんだんとジェットコースターのように加速が入ってくるからだ。それが「近代」というものだ。

副題には「西洋近代の暗部をめぐる旅」、とある。「西洋近代」そして「暗部」。この文言もまたそそるものがある。

「近代知」とは、一言で言ってしまえば「視覚による欲望を合理化」したものだが、その上澄みの近代科学精神は、目に見える部分はじつは氷山の一角で、その下部には膨大な暗部を抱えていることが、著者の案内で猟奇博物館とその展示品をつぶさに眺めていくと了解されるのである。

猟奇博物館に展示されているものは、解剖図、解剖蝋模型、デカルトの頭蓋骨、腐敗屍体像、カタコンベ、奇形標本などだ。聖者信仰や心臓信仰にもさかのぼる、日本人には理解しがたい西欧人の無意識が反映した文化の所産なのである。中世以来の「メメント・モリ」(Memento mori)や旧約聖書の「伝道の書」のフレーズ「空の空なるかな」(Vanitas vanitatum)を体現したオブジェなのである。


(『ヴァニタス』(ピーテル・クラースゾーン、1630年)Wikipediaより)


猟奇博物館に渦巻いているのは、視線、欲望、好奇心、探求心、情熱、執着などである。これらはみな一筋縄でいかないものであることは、近代科学精神のもとにおいても、マッドサイエンティストがときどき登場することからも容易に理解できるだろう。好奇心といっても知的なものから下世話なものまで幅広いし、欲望にかんしてはあえて言うまでもない。

重要なのは「視線」である。バロックが視線の方向性をフルに活用した視覚芸術であるように、「近代」とはなによりも「視線の時代」なのである。

猟奇博物館は、近代医学に脱皮する以前の解剖学と、見せ物としてのアートとのはざまというか、その両者が未分離の状態というか、際どいところに存在するミュージアムなのだ。そもそも、ミュージアムは博物館という性格と美術館という性格をあわせもっている。

このように見ていくと、西欧文明は、膨大な西欧文化の海に浮かぶ氷山の一角、蒸留された上澄みであることが実感されるはずだ。猟奇博物館に保管されているオブジェは、19世紀以降の近代科学が斬り捨ててきた痕跡である。だが、これらの痕跡が完全に近代科学から払拭されているとは言い切れまい。

バロックが生まれたのはカトリック世界だが、革命前のフランスもまたカトリック世界であったことを想起しておくべきだろう。西欧のなかでも自由貿易の英国とならんで革命後のフランスが最先進地帯となったのだが、現在の「スカーフ問題」に端的にみられるように、共和制フランスは「聖俗分離」原則を徹底させていることは周知のとおり。

しかしながら、フランス革命もその渦中においては、さまざまな猟奇的副産物(!)を生み出していることに留意しなくてはならない。蝋人形館で有名なマダム・タッソーは、マリー・アントワネットをはじめギロチンで斬首された人々の血のしたたる生首から、蝋(ワックス)で型どりして蝋人形をつくっていた女性なのである!

猟奇的なテーマといえば、1960年代から1970年代にかけて活躍した澁澤龍彦のエッセーがあるが、本書は専門が哲学畑の人だけに、猟奇を単なる猟奇に終わらせない指向性というものを感じさせる。著者は、ソシュール言語学やメルロ=ポンティの哲学を研究してきた人だ。

この本で紹介された猟期博物館をすべて回るなど、常人にはとても不可能だろうが、他の書籍で取り扱われている猟奇博物館のくわしい背景を知るには、じつに重宝する参考書にもなっている。とにかく疑問に思ったことは万難を排しても調べ尽くすという著者の執着心と情熱には感心するばかりだ。

著者の情熱的な執着心はまた、猟奇博物館の展示品を作成したアーチストや解剖医や科学者たちにもつうじるものがあるといってよいだろうか。膨大な量の固有名詞が登場するが(・・索引がないのは残念)、それに怖じ気づくことなく、とにかく最初のページから読み始めてみることだ。

あまりにも面白いので、読み出したら止まらないはずだ。


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目 次

 序
 ファインアーツと奇形の胎児 フランス国立自然史博物館
 見世物小屋とフリーク・ショー 「つやま自然のふしぎ館」から「ピクルド・パンク」へ
 視覚の迷宮から人魚まで 展覧会「むかしむかし、見世物小屋があったとさ」
 「パノラマ」と猟奇的視覚 ぬくぬくとした場所でカタストロフィーを眺める
 解剖学ヴィーナス スピッツネル博士の大解剖学博物館
 眠れるヴィーナス ベルギー画家ポール・デルヴォーのトラウマ
 フィレンツェの街から消える美少女たち スペコラ博物館とクレメンテ・スジーニ
 スジーニの後継者たち カレンツォーリ、カラマイ、そのジェンダー的視点
 崩壊する人体のパノラマ ガエターノ・ズンボと『死の劇場』
 ズンボの礼賛者たち サド侯爵、ゴンクール兄弟、メルヴィル、ホーソン
 「ヴァニタス」から「腐敗屍体像」まで メメント・モリ(死を想え)の伝統
 日本の「腐敗屍体像」 小野小町の九相図
 腐らない聖人の遺体 カトリーヌ・ラブレと聖ヴァンサン・ド・ポール
 ルルドより遠く離れて 聖ベルナデッタの美わしき遺体
 聖遺物崇敬の楽屋裏 トマス・アクィナス、アンセルムス、リンカーン司教ヒュー
 デカルトのちっぽけな頭蓋骨 哲学者の聖遺物
 パスカルのデスマスクとベンサムの首 繊細の精神とパノプティコン
 シチリア島の休日 骸骨寺とカプチン会のカタコンべ
 止まれ! ここは死の帝国だ。 パリのカタコンブと聖イノサン墓地
 髑髏のシャンデリア セドレツの納骨堂
 解剖学の父 アンドレアス・ヴェサリウス ヴェサリウスとペトリュス・ボレルのブラック・ユーモア
 解剖図、その内臓的な恐怖と華麗 ヴェサリウス、アルビヌス、ゴーティエ・ダゴティ
 二つの不思議な人体標本 ライモンド・ディ・サングロの「悪魔との契約」
 人骨と臓器のアレンジメント フレデリク・ライスの解剖学博物館
 フラゴナールの従弟 『黙示録の騎士』からロジェ・グルニエのキマイラ的想像力へ
 フランス革命裏話(一) フラゴナール、ダヴィッド、そしてタッソー夫人
 フランス革命裏話(二) グレヴァン蠟人形館とシャルロット・コルデーの首
 聖人の涙が隠すグロテスクな内面の恐怖 エコール・ド・サンテとパンソンの蠟模型
 知られざるパンソンの伝記 フリーメーソンとパレ=ロワイヤルの「驚異の陳列室」
 エフィシオ・マリーニと奇怪な人体テーブル パリ医学史博物館
 奇形と病理の魔界 デュピュイトラン博物館
 悪魔と天使のはざまに生きた男 ギョーム・デュピュイトラン
 パリ大学第三の「魔界」 デルマス=オルフィラ=ルヴィエール博物館
 イタリアの巨匠を越える男と二つの首 ジャン=バチスト・ローモニエ
 解剖学教室の見える家 ルーアン市立病院とプローベールの父
 「恐るべき子供」から大作家へ ギュスターヴ・フロベール
 サミング・アップ─死と誕生とのはざまで 出産模型と「世界の起源」
 あとがき
 参考文献


著者プロフィール

加賀野井秀一(かがのい・しゅういち)
1950年、高知市生まれ。中央大学文学部仏文科卒業。同大学大学院博士前期課程修了後、パリ第8大学大学院に学ぶ。現在、中央大学理工学部教授。専門は、哲学、言語学、フランス文学、日本語論、メディア論。主要著書に、『メルロ=ポンティ 触発する思想』(白水社)、『メルロ=ポンティと言語』(世界書院)、『知の教科書 ソシュール』(講談社メチエ)、『20世紀言語学入門』『日本語の復権』(共に講談社現代新書)、『日本語は進化する』(NHKブックス)、『日本語を叱る!』(ちくま新書)ほか。主要訳書に、メルロ=ポンティ『知覚の本性』『フッサール「幾何学の起源」講義』(共に法政大学出版局)、ドゥルーズ『哲学の教科書 ドゥルーズ初期』(河出文庫)、ミシュレ『海』(藤原書店)、ルピション『極限への航海』(岩波書店)などがある。(出版社サイトより)


PS あらたに『ヴァニタス』(vanitas)の画像を挿入した(2023年8月22日 記す)



<ブログ内関連記事>

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る
・・ラ・スペコラの「解体されたヴィーナス」などをカラーで収録した写真集

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録
・・心臓信仰などの実態に解剖学者が迫る

書評 『骸骨考-イタリア・ポルトガル・フランスを歩く-』(養老孟司、新潮社、2016)-欧州ラテン系諸国の「骸骨寺」めぐり

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡
・・16世紀から18世紀にかけての初期近代(=近世)ヨーロッパの知られざる世界

Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)-「3-11」から 49日目に記す

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ
・・イエズス会の保護者でもあったカトリックの牙城ハプスブルク家出身のマリー・アントワネット

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌
・・「(ヨーロッパでは)「紳士にとって旋盤を回すことは、婦人にとっての刺繍のようなもので、18世紀の終わりまで趣味として人気を保っていた」(第5章)」ことを同時にアタマのなかにいれておくとよい


日本の猟奇

「旧江戸川乱歩邸」にいってみた(2013年6月12日)-「幻影城」という名の「土蔵=書庫」という小宇宙
・・「猟奇」といえば江戸川乱歩!

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い
・・猟奇的なエピソードが満載な『近世怪人伝』

・・「即身仏」は死んでから遺体処理を施されたのではないので「ミイラ仏」ではないこと、死後も内蔵は取り出さないので腐敗を防ぐため五穀断ち(・・コメなどの穀物を食べず、木の実や草の根などだけ食べる苦行)をしていたこと、腐敗防止のためさらに漆(うるし)を飲んでいたことが語られた。うるしは手はかぶれるが、クチビルはかぶれないそうだ。 こういう修行を千日なり二千日行った上で、土中入定(どちゅうにゅうじょう)し、竹筒からの空気と持ち込んだ水だけで過ごし、ひたすらお経を読みながら入滅を待つのである」  解剖を行わなかった時代の日本の猟奇

(2014年8月25日、2017年5月24日 情報追加)


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2014年2月23日日曜日

「ホリスティック」に考える ― 「医学」のアナロジーで「全体」を観る視点を身につける



先日のことだが、「漢方」関係の方とお話しする機会があり、「断食」の話で盛り上がったのだが、ふと思い出して20年ぶりに『ホリスティック医学入門-全体的に医学を観る新しい視座- (ビオタ叢書 1) 』(日本ホリスティック医学協会編、柏樹社、1989)という本を引っ張り出してきて、パラパラと読んでみた。

副題に 「全体的に医学を観る新しい視座」とある。なんで医学関係でも医療関係者でもないのにこんな本を読んだのかというと、企業組織は人体のアナロジーで考えると理解しやすいと思っていたから。カネは会社にとって血液(のようなもの)だとかよく言われているが、そのためには「全体」で考えることが重要なのだ。

「全体は部分の集合ではない!」

いまではそうめずらしくもないが、20年前はまだまだ西洋的思考にもとづく「要素還元主義」が当たり前だった。いまでも「全体最適」というコトバは定着したものの、依然として「部分最適」なソリューションが行われていることが多い。

おそらく「診断」そのものに問題があるのだろう。数値だけみてもその関連がわからなければ意味はない。全体をみるといっても、そう簡単にできるものでもない。だが、たんなる「診断技術」の問題でもない「診断」における「視点」の問題である。

表紙には、「なぜ、いま、ホリスティック医学なのか」として、つぎのような文言がならんでいる。

現代医学・東洋医学・心身医学・自然療法など、現行医学の長所と短所を見極め、包括的に統合する全体的な新しい医学-ホリスティック医学の流れや思想から、世界のホリスティック医学事情までを初めて紹介する画期的入門書!

つまり現代医学とオルタナティブ・メディスン(=代替医療)を融合させようという視点だ。それが「ホリスティック」、すなわち「全体」を観る視点である。

表紙のウラには、「ホリステック医学の概念」が5項目でまとめられている。

1. ホリスティック(全的)な健康観に立脚する
2. 自然治癒力を癒しの原点におく
3. 患者がみずから癒し、治療者は援助する
4. さまざまな治療法を総合的に組み合わせる
5. 病への気づきから自己実現

「ホリスティック」の語源とそこからの派生語についても書かれている。

holistic(ホリスティック)という言葉は、ギリシア語の holos(全体)を語源としている。そこから派生した言葉に whole, heal, holy, health・・・などがあり、健康-health-という言葉自体がもともと「全体」に根差している。


もともと大学時代に合気道の修行に専念していたこともあり、この分野には多大な関心があった。

「全体は部分の集合ではない!」 

このコトバの重要性はなんど繰り返しても繰り返し過ぎることはない。「専門」としての「部分」はもちろん大事だが、「全体」として「統合」する視点や教養がないとけない。これができるのは、残念ながら組織においてはトップに限られるそれ以外のメンバーは「俯瞰して視る」という視点を意識的にもたねばならないのだ。

さらにいえば、「部分」そのものが「全体」であるというホロンという考えも視野に入れておきたいところだ。この考えはジャーナリストで思想家のアーサー・ケストラーによるものだが、やや哲学的に過ぎるかもしれない。「ホロン」(holon)とは、全体を意味するホロス(holos) と存在を意味するオン(on)というギリシア語の合成語だ。

1980年代後半には「ホロニック・マネジメント」という形で、「個」と「組織」の難問を解決する思考方法として脚光を浴びたが、その後はあまり耳にすることもなくなって久しい。考え方そのものは興味深いが、実践レベルでの実行が困難なためだろう。

「医学」そのものは専門に勉強しなくても、「医学」のアナロジーでものを見て考えることは、ビジネス関係者にとってもきわめて重要だ。もちろん、ビジネス関係者以外にとってもきわめて重要だ。

あらためてそう思ったので、あえて「ホリスティック」という考えを紹介した次第である。


<ブログ内関連記事>

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点 ・・ケストナーのホロンは階層構造であることが指摘だれている

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・病理診断について

書評 『面接法』(熊倉伸宏、新興医学出版社、2002)-臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい "思想のある実用書"
・・全体性を重視した面談法

「半日断食」のすすめ-一年つづけたら健康診断結果がパーフェクトになった! ・・西式、甲田式という日本発の減量法を実践

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)
・・最初の700日目とその後の300日目にはさまれた、生まれ変わりのための激しくも厳しい 9日間の断食・断水・不眠・不臥の苦行についても語られる

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・著者の高木一行氏は1カ月間の断食を実行している(・・これは真似しないよう!)

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)-イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
アナクレピオス

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い
・・Stuart Brand の Whole Eaarth Catalog

「上から目線」が必要なときもある-リーダーや戦略家は全体を見わたすバーズアイという視点が必要だ!

書評 『経営の教科書-社長が押さえておくべき30の基礎科目-』(新 将命、ダイヤモンド社、2009)-経営者が書いた「経営の教科書」
・・経営者は「全体」を見る視点が不可欠

(2015年7月21日 情報追加)


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