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2019年4月28日日曜日

「印旛医科器械歴史資料館」(千葉県印西市)がすばらしい!-医科器械の実物を収集展示した専門資料館は訪れる価値あり!


「印旛医科器械歴史資料館」という専門資料館があることを知ったのは、たまたまの偶然だ。運賃が高いことで有名な北総鉄道の印旛日本医大駅の近辺に用事があり、駅から目的地に行くために使用したスマホのアプリ google map にでてくるので気になっていたのだ。

存在すらそのときまでまったく知らなかったが、用事を済ませたあと立ち寄ってみた。それは大正解だった。じつに貴重な収集品を展示しているのだ。地味なネーミングに似合わない、じつに興味深い専門資料館である。


(「関東の駅100選」に選出されているという印旛日本医大駅 筆者撮影)

「資料館」というネーミングだが、文書資料ではなく、医科器械そのものの実物展示である。国立科学博物館には江戸時代以来の産業用機械が実物展示されているが、医科器械(一般には「医療機器」というが、ここでは「医科器械」となっている)だけに絞った実物展示は、少なくとも日本国内にはないだろう。世界有数のコレクションのようだ。

たまたま、その日が金曜日だったのが幸いだったのだ。なんと開館日は、平日の月・水・金の3日間のみ、しかも10時から16時まで。偶然とはいえ、なんとラッキーなことか! しかも入場は無料だ。

充実した展示内容で、10ある展示室を見ているうちに、あっというまに1時間近くたってしまった。もともと消防署の建物だったらしい。そのスペースをうまく活用している。

公式ウェブサイトがあるので、説明書きを引用しておこう。


■資料館の概要
当資料館には、世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を行った華岡青洲の外科器具をはじめ、大正時代に作られた国産初の顕微鏡や膀胱鏡、昭和初期に使用された陸軍野戦用の移動式消毒器、手術台、そして戦後に開発された国産の麻酔器、人工腎臓、人工心肺装置など、医療機器の歴史を物語る貴重な製品が多く収蔵されています。その数は1,000点を越え、医療機器の専門博物館として世界でも有数の規模を誇っています。
  
展示は、いきなり心臓のペースメーカーから始まるのだが、展示品を見ていて思ったのは、医療技術が進展したのは、「近代」に入ってからの、この100年から150年ほどのじつに短い歴史であることだ。


(パンフレットより展示品の一部)

とくにペースメーカーに代表されるように、電気が使用されるようになった「第2次産業革命」以降のことなのだなあ、ということだ。そういう観点から、昭和初期に輸入された電気治療器など見ていると興味深い。

心電図や脳波計なども、人体を流れる電気を利用したものだし、機器そのものも電気がなければ動かない。


(パンフレットより展示品の一部)

昭和初期に使用された陸軍野戦用の「移動式消毒器」など、はじめて見るものばかりだ。戦争や軍隊について考える際、医療は不可欠でありながら、野戦用の医科器械というものは知らなかった。貴重な実物であり、ここならではの展示品だ。陸軍医療関係の展示はほかにもある。

実際に使用されていた各種の手術台、解剖台なども興味深い。当時の手術台は、山形県の酒田の旧開業医の資料館で見たことがある。麻酔機や保育器、人工腎臓(つまり透析器)、レントゲンなども、初期のものを見るのも初めてだ。医療関係者でもなく、医療機器メーカーの人間でもなければ、患者として見ることができるのは、最新型ではなくても、現在でも使用可能な機器に限られるからだ。

このほか、顕微鏡や各種の手術器具なども展示されている。「世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出手術を行った華岡青洲の外科器具」は「貸し出し中」ということだったが、まあ、そもそも展示品はレプリカなので、とくに残念という気はしなかった。

10ある展示室の詳細は、以下のとおりである。

1 心臓関連 
2 手術台・消毒器・無影灯
3 患者監視装置・臓器保存装置・レントゲンなど
4 顕微鏡・眼科器械・ミクロトーム・天秤など
5 保育器
6 電気メス 
7 心電計・脳波計など
8 麻酔器・肺機能検査器・酸素テントなど
9 透析装置・内視鏡・内科・外科各種手術器具・麻酔関連など
10 低周波治療器

展示されている医科機器の多くは、ドイツ製が多い。ついで米国製である。日本の医学がドイツ医学が主流だっただけでなく、先進工業国としてのドイツの独壇場であったためだろう。その後、日本の医療技術の深化と工業化があいまって、日本で国産の医科器械が開発され製作されるようになっていく。

その一躍を担ったのが、この資料館の基礎となった個人資料館を設立した泉工医科工業株式会社の社長(当時)だった青木利三郎氏だった。


■資料館の歴史
当資料館が開設されるきっかけになったのが昭和50年(1975年)、故・青木利三郎氏(当時、泉工医科工業株式会社社長)が大会長を務めた第50回日本医科器械学会(現・日本医療機器学会)大会です。青木氏は「医科器械の歴史展」を企画し、自ら日本全国を巡って歴史的価値のある医療機器を収集、また旧家に伝わる江戸時代の医療機器のレプリカを製作するなどして、歴史的価値のある医療機器の数々を一般公開するため青木記念医科器械史料館を開設し、その後、千葉県印旛郡印旛村(現・印西市)からの誘致を受け、平成19年(2007年)現在の地に開館。以降、市町村合併により印西市立印旛医科器械歴史資料館として現在に至っています。

なるほど、印西市(当時は印旛郡印旛村)が誘致したわけか。印旛日本医大駅の近くには、日本医大付属千葉北総病院がある。医療の町としての一環かな?

非常に貴重な実物資料を収集展示さいた資料館だが、あくまでも「資料館」であって「博物館」ではないのが残念だ。博物館ではないので学芸員がいない。そのため、個々の医科器械についての研究成果が展示されていないし、目録もないのだ。写真撮影は不可。一部は公式サイトで見ることができる

工業国日本を支えてきた産業用機械については、それなりに収集され研究蓄積もあるが、医科器械についてはかならずしもそうではない。医療関係者ではない限り、自分がそのお世話にならない限り、見ることもない。医療機器の展示会は、最新の機器しか展示していない。ましてや、歴史的価値のあるものなど見る機会もない。

どんな産業であれ、歴史的展開をたどって整理することは重要だ。今回たまたま入って見学することができた「印旛医科器械歴史資料館」(千葉県印西市)は、思わぬ収穫であった。機会があれば、ぜひ一度は訪れる価値のある「資料館」である。






<関連サイト>

「印旛医科器械歴史資料館」公式サイト 

非公開の展望台と松虫姫伝説 終点・印旛日本医大駅“4つの謎” (通勤電車乗り過ごしの旅・第3弾)(文春オンライン、2017年11月11日)


(印旛日本医大駅のドームを内側から見る 筆者撮影)


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2015年9月15日火曜日

書評『自動車と私 ― カール・ベンツ自伝』(カール ベンツ、藤川芳朗訳、草思社文庫、2013 単行本初版 2005)― 人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターの自伝



『自動車と私  ―  カール・ベンツ自伝』(カール ベンツ、藤川芳朗訳、草思社文庫、2013)は、いまから90年前の1925年に、当時80歳の「自動車の父」が発明のプロセスについて語った自伝である。

原題の直訳は、『あるドイツ人発明家の人生行路』というシンプルなものだ。人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターでありながら、このそっけないタイトル。昔かたぎのドイツ人らしく、実直で飾り気のない、しかも謙虚な人柄がにじみでている。

いまから130年前の1886年になされたカール・ベンツによる自動車の実用化は、まさに人類史において革命的な変化をもたらした技術上の発明である。ただ単に技術史上におけるだけでなく、人間生活すべてを変革したといっていい。それは自動車を意味するオートモービルというコトバに集約されている。自動車は、人間に陸上移動の自由(モビリティ)をもたらした。そしてその延長線上に空への飛翔がある。

カール・ベンツ自身の表現を引用しておこう。

重い地面から自分を引き離し自由にしようという努力、空間の奴隷から空間の支配者になりたいという努力のうちに、発明家が世代から世代へとつづき、数千年にわたる文明の発展を実現した。
橇(そり)やコロを使った輸送手段が考え出され、それから手押し車、二輪馬車、そして四輪馬車へと発展していった。しかしそこで文明は停滞し、数千年のあいだ人間がため息をつきながら、あるいは家畜があえぎながら、車を引く時代がつづいた。卓越した発明家たちが、家畜の代わりに機械が引く車の開発に取り組んだが、成功にはいたらなかったのである。
この状況に変化が訪れたのは蒸気機関が発明されたのちのことであった。・・・(P.194)

蒸気機関から内然機関へ。蒸気機関車から、さらには軌道を要しない自動車の発明へ。自動車の実用化は、カール・ベンツというビジョナリーで強固な意志をもった、類まれな発明家にして起業家の「手」によってなされたのである。しかも、ほぼすべての部品から設計し、じっさいに自分の手で作ったのである。

ここで「手」というコトバをつかったのは、カールベンツ自身が自伝のなかで何度も、手仕事の重要性について語っているからである。もともとは鍛冶屋という職人の家系に生まれた人なのだ。アタマだけではなく手の重要性について語っているのがじつに印象的だ。

父親が早く亡くなったために母子家庭で育ったカールは、母親の希望でギムナジウムに通ったものの(・・この自伝によれば19世紀前半にはリツェリウムと呼ばれていたらしい)、生来の実験好き、工作好きが高じて、職人の世界に入ってマイスター(=親方)について修行もしている。当時はまだ工科大学はなかったからだ。工科大学(=ポリテクニーク)というコンセプトは、19世紀初頭のナポレオン時代のフランスで生まれたものだ。

戦後日本の天才技術者で起業家の本田宗一郎にも『私の手が語る』という本がある。本田宗一郎もまた鍛冶屋のせがれで、自動車の修理工からはじめて、ついには自分の自動車会社をつくった人だ。ものづくりには、アタマと手の両方が重要なのである。

カール・ベンツがすごいのは、まったくのゼロからというわけではないが、全体構想から部品にいたるまで、ほぼすべてを独力で実現したことにある。ディファレンシャル・ギア、ラジエーター、ステアリング装置など、現在でも自動車に絶対必要な技術はすべて彼の発明になる。まさに自動車の原型をつくた人であることが、この自伝に詳細に書かれている。

この自伝はまた19世紀後半の生きた同時代史でもある。1844年生まれのカール・ベンツは、ドイツのナショナリズムの勃興期を体験した人である。1871年のドイツ統一の話は出てこないが、母親の世代が語っていたという、祖国の蹂躙者であるナポレオンの見方には、いわゆる狭義の知識階級とは違うものが感じられる。

19世紀がいかに革命的な世紀であったかは、自動車をはじめて見た人々の反応に現れているといっていいだろう。「馬のない車」に驚き、おののいた人たちの反応が、自動車が当たり前に存在する現在から見ると、じつに不思議な印象を受ける。

私の思い出の宝箱からいくつかおしゃべりをしてみたいと思う。まずは自動車がはじめて出現したころ、見慣れぬ乗り物が人間にも動物にもどれほど異様な印象をあたえたか、思い浮かべていただかなければならない。馬は新しい競争相手に愛情も理解も示さず、恐ろしがってすぐさま逃げ出そうとした。また、それまで自動車など見たこともなかった村に入ると、子供たちは飛び上がり、大声でわめいた。「魔女の車だ!魔女の車だ!」そして一目散に家に帰って中に飛び込むと、扉を閉めて閂(かんぬき)をかけた。・・(以下略)・・(P.131)

あたらしい技術の出現は、つねに人々を驚かせ不安を抱かせるが、自動車もまたっそうだったのだ。この回想から、自動車が馬車の延長線上にあり、自動車とは「馬のない車」ということの意味がよく理解できる。

この自伝を読んでいて意外だったのは、ドイツで発明された自動車だが、初期段階の工業化においてはフランスやアメリカの後塵を拝する結果になったというくだりだ。スピードよりも安全性、信頼性を重視したと本人が語っているが、これが現在にいたるドイツ車のゆるぎない評判をつくりだしていることは言うまでもない。自動車王国となっている日本だが、高級車の分野では圧倒的な存在のドイツには、かないそうもないのは事実である。

自動車が発明されてから130年、現在では自動車という機械(マシン)のない世の中など考えられない。発展途上国を除けば、先進国ではアメリカの正統派アーミッシュのように現在でも自動車を拒否して馬車をつかう人たちもいるが、ごく限られた少数派である。エネルギー問題のからみから、自動車のない世の中を切望する声も増え始めているが、自動車に代表される機械文明が終わることは現時点では考えにくい

2000年代に入ってからは、電気自動車(EV)、2010年代には無人運転の実用化にむけての競争が激化している。19世紀後半に馬車から馬が消え、21世紀前半には自動車から運転手が消えることになる。燃料にかんしてはガソリンや軽油などの石油製品からエネルギーとしての電気へ、と。だが、自走式の四輪という自動車の本質そのものに大変化が生じるわけではない。そう考えると、あらためてカール・ベンツによる自動車の実用化が革命的な変化であったことが実感される。

ドイツ南部の都市シュトゥットガルト駅の駅舎にはベンツのマークが掲げられている(・・後述の<付記>を参照)。シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館を訪れると、自動車文明はカール・ベンツから始まることが具体的なモノをつうじて実感することができるはずだ。わたしは2007年に訪れた際に、そう実感した。

カールベンツは、まさに「技術で世の中を変え」た人物であった。






目 次

原出版社によるまえがき
  
村の鍛冶屋の炎に照らされて
父と母
幼年時代のカール
夏休みの楽しみ
ギムナジウム時代
「若いころはおいらも怖いもの知らずで、途轍もない目標を心に秘め、つぶらな瞳で人生を覗いていたものさ」
遍歴時代
ボーン・シェイカー型自転車に乗って
自分の家と作業場
生涯で最高の大晦日
抵抗に遭う
新しい二サイクル・エンジン
製図板の自動車から生きている自動車へ

初めての走行
最初の新聞記事
自動車の未来をめぐる戦い
警察が新しい車の前に立ちはだかる
世界へ乗り出そう!
新発明の車、1888年のミュンヒェン博覧会で金メダルを受賞
最初の買い手がフランス、イングランド、アメリカから訪れる
三つの部分からなる車軸の開発
最初のころどんな騒ぎがあったか
ドイツとハンガリーとボヘミアからの最初の買い手
忘れるな、自分がドイツ人であることを
ドイツの自動車産業の興隆
文化財としての自動車
自動車の《発明者》
80歳の誕生日(1924年11月26日)
スポーツの楽しみ
ミュンヒェンの祝賀会
回想と展望
フィナーレ
 
訳者あとがき
カール・ベンツ略歴年表


著者プロフィール

カール・ベンツ(Karl Benz)
1844年生まれ。1886年にエンジン駆動車(モートーア・ヴァーゲン)の特許を取得し、自動車を初めて実用化した発明家。ディファレンシャル・ギア、ラジエーター、ステアリング装置など、自動車に必要不可欠なあらゆる装置を発明し、現在まで使われる自動車技術を完成させた。また自動車メーカー、ダイムラー・クライスラー社の創立者の一人でもあり、その名前は高級車「メルセデス・ベンツ」にいまも残る。1929年没 。

翻訳者プロフィール

藤川芳朗(ふじかわ・よしろう)
1968年、東京都立大学大学院修了。現在、横浜市立大学教授。訳書にフリードマン『評伝へルマン・ヘッセ―危機の巡礼者(上・下)』、クローカー『グリムが案内するケルトの妖精たちの世界(上・下)』(以上、小社刊)、ベンヤミン『モスクワの冬』(晶文社)、クリストフ編『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』(岩波書店)、ダンカー『盗賊の社会史』(法政大学出版局)などがある。(出版社サイトより)


<付記> メルセデス・ベンツ博物館について

ドイツ南部の都市シュットッツガルトは、駅舎のてっぺんにベンツのロゴが飾られているくらい、メルセデス・ベンツの町である。


(シュトゥットガルト駅の駅舎 筆者撮影)


そのシュットゥットガルトには、メルセデス・ベンツ博物館(Mercedes-Benz Museum)がある。

いわゆる企業ミュージアム(=企業博物館)であるが、本書にあるように、カール・ベンツによる自動車の実用化が世界初めてのことだったこともあり、一企業の枠組みを超えた自動車そのものの博物館としての存在意義のあるものだ。


(メルセデス・ベンツ博物館 筆者撮影) 


わたしは2008年に訪れることができたが、見学はまずは最上階かららせん状に時代を下っていく構成になっている。もちろん頂点に展示されているのは、1886年のベンツ車

だがじつは、そのまえに馬車の展示と、馬の剥製の展示がある。自動車は馬車の延長線上にあることが、実物展示で示されているのだ。



(カールベンツによる自動車第一号の実物 筆者撮影)


ところで、日本ではメルセデス・ベンツのことを略して「ベンツ」というが、ドイツでは「メルツェデス」と呼ばれる。アメリカでは英語読みでマーシーディスという。

「メルセデス」(=メルツェデス)は、当時ダイムラー車のディーラーを経営していたハプスブルク帝国の領事で、ユダヤ系ドイツ人のエミール・イェリネックの娘の名前から採られたものだ。1899年に命名されたもので、きわめてスペイン語風の響きをもつ名前だ。

ドイツを代表する自動車メーカーのダイムラーとベンツが合併した結果、メルセデスベンツとなり、現在に至っている。

この件については本書には記述はないのは、カール・ベンツ没後のことだからである。

(2015年9月24日 記す)
 



<ブログ内関連記事>

自動車は「馬のない車」

書評 『馬の世界史』(本村凌二、中公文庫、2013、講談社現代新書 2001)-ユーラシア大陸を馬で東西に駆け巡る壮大な人類史
・・「英国ではイタリアの馬術書の影響が深まるにつれて management(マネジメント)というコトバが生まれたという事実だ。 英語の management はイタリア語の maneggiare から派生したそうだが、もともとはラテン語の manus(手)に由来するという。management とは馬を手で扱うことを意味したのだそうだ。経営は馬の世話から始まったのだ!」

書評 『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物

ミャンマーではいまだに「馬車」が現役だ!-ミャンマーは農村部が面白い


西欧における機械文明

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌
・・機械に欠かせない部品としてのねじ

『西洋事物起原 全4巻』(ヨハン・ベックマン、特許庁技術史研究会訳、岩波文庫、1999~2000)は、暇つぶしにパラパラとやると雑学に強くなれる本


技術で世界を変えてきたイノベーター

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)
・・電話もまた革命的な変化をもたらした人類史上の一大発明

書評 『「できません」と云うな-オムロン創業者 立石一真-』(湯谷昇羊、新潮文庫、2011 単行本初版 2008)-技術によって社会を変革するということはどういうことか?
・・技術で世の中を変える創業経営者


自動車文明とモータリゼーション

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!
・・「⑥ 「名神高速道路」は、モータリゼーションという「近代化」について、道の文明史の視点で書かれたものだ。」


ドイツの製造業

書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著
・・ドイツ人の「テュフトラー精神」について

「ポルシェのトラクター」 を見たことがありますか?

(2015年9月28日 情報追加)


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2014年8月7日木曜日

書評『ロボット新世紀』(シリル・フィエヴェ、本多力訳、文庫クセジュ、2003)-ロボット大国ではないフランスのジャーナリストが簡潔にまとめたロボット開発の見取り図


『ロボット新世紀』というタイトルになっているのは、21世紀初頭の2003年に出版されたからだろう。原著は、2002年にフランスで出版された Les robo(レ・ロボ=ロボット) という、じつにそっけないタイトルの本である。

「文庫クセジュ」は、フランスの岩波新書のようなものだ。サイズからいって文庫ではなく新書であるだけでなく、自然・人文・社会の科学全般にわたる百科全書的な知のライブラリーの日本語版である。「クセジュ」は、16世紀のモンテーニュの名言 Que sais je ?(わたしは何を知っているというのか?)という反語的表現からきている。

全般的にその分野の碩学が、簡潔なページ数に学識を詰め込んだかつてのスタイルと異なり、最近のものは読みやすくて理解しやすいものが多くなった印象を受ける。これは翻訳レベルの向上だけでなく、フランス語の本じたいがそういう傾向にあるのだろう。知の軽薄化というよりも、それが本来の「一般読者向け啓蒙書」のあり方ではないか。英語圏の影響だろう。

じつはこの本は、買ってからすでに11年もたっているのだが、ずっと本棚の奥で眠っていたこの本を「再発見」してパラパラと読んでいたら面白いので、あっという間に最後まで読んでしまった。

日進月歩のロボット分野のことだから、原著出版から12年もたてば、もうはるかかなたの昔のような気がしなくもない。だが、押さえるべきところは押さえているので過不足はない。最新事例を入れ替えれば、2014年時点でも読む意味はないとはいえない。

ロボット前史からはじまり、ロボット開発の方向性を分類している。「目次」を見ていただければわかると思うが、現在のロボット開発の方向性はほぼ網羅されている。

フランス人のコンピュータエンジニアでジャーナリストの著者が、フランス人向けにフランス語で書いた本だが、でてくる事例の大半は日本とアメリカである。この両国がロボット分野では世界の二大大国なのである。とはいえ、日本人が書いたのでもアメリカ人が書いたものでもないので、第三者が俯瞰的に見ている公平な視点が感じられる。



読んでいて思うのは、現在でも圧倒的に中心に位置づけられる産業ロボットを除けば、ヒューマノイドという二足歩行の人間型ロボット開発に注力してきたのが日本だが、どうも日本人には「ロボット性善説」があるようだ。人間の生活空間における人間とロボットの共生というテーマである。たしかに著者がいうように、文化的な影響が無意識のうちに働いているのだろう。

だが、アメリカにかんしてはかならずしもそうではない。アメリカは軍事以外でもさまざまな用途のロボット開発が行われてきているが、あくまでも「道具」として位置づけている印象を受ける。いってみれば「ロボット性悪説」とでもいうべきか。ヨーロッパもそうだが、アメリカでも開発者の動機の背後には、哲学や思想が背景にある印象を受ける。人間機械や人造人間である。

本質においてコンピュータであるロボットは、ますます「自律性」を明確にしつつある。コンピュータに自律性とモビリティが加わると自立型のロボットになる。フランス人の目からみると、アメリカのロボット開発にある種の懸念をもっていることがわかる。

「第4章 特殊探査ロボット」では、「自律性」を備えたロボットの出現によって、アシモフのロボット三原則の尊重がますます難しくなるであろう事が指摘されている。

特殊探査ロボットのカテゴリーには、戦争、観測、偵察、探索などの目的が含まれるが、もっとも裾野が広く投資額が膨大であり、目的性や道具性が明確なこの分野では、自律性をもったロボットが制御不能になった場合の What-if (もし~なら)にかんするイマジネーションが必要となってくるはずだ。「性悪説」が不可欠なのである。

人工知能そのものにはページはあまり割いていないが、「ロボットが知能的であるとは?」という問いを最後に行っている。こういう問いは西欧人ならではという気もする。

著者は、人間型ロボットであるヒューマノイドが感情面まで備えたように見えるのは、人間型ロボットだけでなくペットの動物に対しても、人間はどうしても擬人化して感情移入しがちだからだとする。ロボットに知能があるのは、人間がそのように設計しているからだ、と。2002年当時でも、2014年現在でも、この見解はそのとおりだろう。

だが、著者は未来にかんしては断定的な結論は出すことなく、アメリカの発明家で人工知能研究の第一人者カーツワイルの「特異点」にかんするビジョンも含めて、さまざまなロボット開発者や人工知能開発者の議論を紹介している。ここでもその大半がアメリカ人と日本人の見解になるのだが、その違いが興味深い

先日(2014年6月)、日本のソフトバンクが人間の自然言語を理解する人間型ロボット Pepper を発表したが、プロトタイプはフランスのベンチャー企業 Aldebaran Robotics のものだという。日本企業でもアメリカ企業でもなく、フランス企業と提携したというのが興味深い。個別企業との提携だが、ロボット開発思想にフランス的なものがあるのかどうか。

「クセジュ」は写真も図版もいっさいない、文章だけのそっけないつくりの本だ。日本語版もそうである。フランスの「クセジュ」は、同じタイトルの本を、著者を替えて定期的にアップデートしているが、つぎのエディションではホンダでもソニーでもなく、ソフトバンクの取り組みが全面にでてくるのかもしれない。




目 次

はじめに
第1章 ロボットの歴史
 Ⅰ ロボットという言葉の進化と方向
 Ⅱ 映画とサイエンス・フィクション
 Ⅲ 最初のロボット
第2章 産業用ロボット
 Ⅰ 敏感でダイナミックな市場
 Ⅱ 目的が異なるさまざまなロボット
 Ⅲ 外科手術支援ロボット
第3章 家庭用ロボット
 Ⅰ 純粋に仕事が目的のロボット
 Ⅱ 高級なオモチャ
 Ⅲ アイボ、家庭用ロボット、すべてをこなすパートナー
 Ⅳ ロボット泥棒にご用心
 Ⅴ パーソナルロボットのオペレーションシステム
第4章 特殊探査ロボット
 Ⅰ 戦争と秩序の維持
 Ⅱ 探索ロボット
 Ⅲ 闘争するロボット
第5章 人間型ロボット
 Ⅰ ヒューマノイド型ロボット、なにを目ざすのか?
 Ⅱ 歩くロボット、アシモ
 Ⅲ ソニーの夢ロボット
 Ⅳ HRP、日本の未来のスター
 Ⅵ アメリカのコグが道筋を示す
 Ⅶ 「社会化」する機械、注目されるキズメット
第6章 ロボットの未来
 Ⅰ いくつかの大きな傾向
 Ⅱ 問題の人工知能
 Ⅲ 未来を予測する
おわりに
 Ⅰ 多様性の支配
 Ⅱ 曲がり角
 Ⅲ 意識するロボットか? あるいは一緒に存在するロボットか?
訳者あとがき
参考文献/ウェブリスト



著者プロフィール
シリル・フィエヴェ(Cyril Fiévet)
1967年生まれ。コンピュータエンジニアでジャーナリスト.1991年、トゥールーズの国立電子情報高等学院を卒業。1994年までパリのオルガ・コンセイユというコンサルタント会社に情報システムエンジニアとして勤務したあと独立。現在、ウェブサイトを利用したコンピュータ、ロボット、ナノテクノロジーなどの先端科学技術を専門とするジャーナリスト、フリーランスライターとして活躍。(訳者あとがきより)

訳者プロフィール
本多力( ほんだ・つとむ)
1977年東京工業大学大学院博士課程修了。国内外の大学研究所等をへて現在日本原子力研究所勤務。富士山火山洞窟学研究会理事、日本洞窟学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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2013年7月6日土曜日

韓国映画『嘆きのピエタ』(キム・ギドク監督、2012)を見てきた-「第69回ベネチア国際映画祭」で最高賞の金獅子賞を受賞した衝撃的な映画


ひさびさに映画館で韓国映画を見た。キム・ギドク監督の『嘆きのピエタ』((피에타, 英題: Pietà)2012)である。東京渋谷の Bunkamura のル・シネマで見た。

なんとも表現のしようのない、衝撃的な映画だった。感動とかそういった安っぽい表現を拒絶する内容。残念ながらそれを表現するコトバを持ち合わせないわたしは、ただ衝撃を受けてラストシーンを見ながら固まっていたとのみ書いておく。

悪魔のような残忍な手段で闇金の取り立てを行う虚無的な若い男。その男の前に突然あらわれた母親だと主張する女。この2人の男女の関係が密接になるにつれて明らかになってくる、さらなる残忍な事実の連鎖。ストーリーについてはこれ以上書かないほうがいいだろう。

描かれているのは、超格差社会となっている韓国の現実

もともと格差の大きな社会であったが、グローバリゼーションのなか格差はさらに拡大し、底辺で呻吟する人間は、搾取する側もじつは搾取される存在であり、その無限連鎖がさらなる悲劇を生む。どこにも出口もない。どこにも救済を見出すことができない絶望的状況。

全編にわたってクチにされる「ケーセッキ」という不愉快な子音の響き。ケーセッキとは、日本語では犬野郎という意味の韓国語のスラングだ。畜生よりもはるかにののしりの要素がつよい。

最後の大どんでん返しとそれにつづくラストシーンに唖然としながらも、そしてありえない設定であるはずなのに、なぜかそこにリアルさを感じさせてしまう。


愛の物語である。母の無償の愛である。拒絶されながらも受け入れる愛。その愛は子を包み込み、そして子もろとも滅ぼしてしまうパワー。救済はどこにあるのか。わからない。

ウソくさい韓流ドラマとは違うリアルな世界を描いたのが映画という芸術だ。わたしは韓流ドラマはほとんど見ないが、韓国映画はずいぶん見てきた。

『嘆きのピエタ』が、「第69回ベネチア国際映画祭」で最高賞の金獅子賞を受賞したのも当然だ。見る価値のある映画である。人生の真実を見つめるために。


韓国の超零細企業という最底辺で呻吟(しんぎん)する人々

20歳で海兵隊に入隊するまで17歳から工場で働いていたという1960年生まれのキム・ギドク監督は、大学卒のエリートが幅をきかす韓国社会ではきわめて異色の存在だろう。

国際的に成功した有名人だからこそ尊敬もされるが、厳しい学歴身分社会である韓国では底辺に位置づけられる存在である。

底辺から見るという視線、これはキム・ギドク監督のような前半生を過ごした人でなければもつことのできない。ものすごくリアリティのある描写は、その世界を知っている監督ならではである。現在52歳の監督が17歳であった頃よりも、はるかに過酷さの増しているのが現在の底辺の人生。

この映画にでてくる社長は、一人かあるいは妻と二人でやっている家内工業的な零細中の零細の自営業者だ。おそらく学歴は中卒や高卒であろう。若い頃には兵役を体験し、のれんわけのような形で機械を買い独立したのだろうか。

だが、韓国の中小零細企業については書いておかなければならないことがある。

日本なら、東京の大田区や墨田区、関西なら東大阪には機械工業の集積地帯があるが、韓国の中小部品工業の製品レベルは正直いって低い。わたしも機械部品産業にいたことがあるのでそれはわかる。

政府がいくら音頭をとっても、いっこうに中小企業が育たないのが韓国である。いや、中小企業を育てるという環境が、大企業はもとより、社会のなかにまったくといっていいほど存在しないのである。一方的に買いたたかれるだけでは、産業として育つわけがない。

大韓民国は1948年の建国以来、日本に対する貿易赤字が解消したことはない。日本の部品がなければ韓国製品など成り立たないことは、サムスンのスマートフォンも同様だ。これは、その分野のビジネス関係者なら周知の事実である。

「働けど 働けど わが暮らし 楽にならざり じっと手を見る」と歌ったのは歌人の石川啄木だが、『嘆きのピエタ』に登場する下請けの機械メーカーの社長たちもまた「じっと手を見る」。

しかし、「じっと手を見る」がその手はさらなる稼ぎをつくりだすのではない。その手を物理的に失うことを代償に保険金をゲットし、そしてそのカネを借金返済にあてる。

やりきれない思いをするのは登場人物たちだけでなく、それを見る観客もまた同じだろう。

日本にも 『闇金ウシジマ君』 というマンガがあるが、底辺に生きる者たちが暴利で食い物にされる構造は日本も韓国も違いはない。

だが、韓国のヤミ金事情は日本の比ではないようだ。韓国が世界有数のアングラ経済大国であることは、『悪韓論』(室谷克実、新潮新書、2013)の第8章「高級マンションはヤミ金大国の象徴」を参照されたい。零細業者が金融機関から正規の融資を受けることは至難の業なのである。

そして、手荒な手段で借金返済させる闇金の取り立て人で生きている虚無的な主人公もまた、見えない巨大な機構の末端で使用される道具に過ぎないのだ。

人生とは、残酷なものなのだ。とりわけ半島の国民として生きるということは。


ピエタ、そしてキリエ

ピエタというのは、十字架からおろされて、まさにいま息が絶えなんとするイエス・キリストを抱いた聖母マリアの像のこと。聖母子像である。

ピエタ(pieta)と英語では piety に該当する、日本語では「敬虔」という意味だ。

(ミケランジェロのピエタ wikipedia より)


兵役を終え、絵画修業のためヨーロッパに滞在していた頃、キム・ギドク監督はローマでミケランジェロのピエタを見たのだという。冒頭に掲載した映画ポスターと比較してみるといいだろう。この映画は、ミケランジェロのピエタからモチーフを取ったのだと。

ラストシーンに流れる音楽から聞こえてくる「キリエ・エレイゾン」というフレーズ。ギリシア語で「主よ憐みたまえ」という意味だ。カトリックで使われる祈りのコトバである。





PS 『悪韓論』(室谷克実、新潮新書、2013)は、この映画を理解するための必読書として、とくに推奨いたします。


<関連サイト>

『嘆きのピエタ』 公式サイト(日本版)

영화 피에타 (Pieta, 2012) 예고편 (『ピエタ』トレーラー韓国語版 YouTube) 

Pieta (피에타) - Trailer - korean drama, 2012 [Eng subbed] (トレーラー 英語字幕つき)

中小企業のデータを持たない韓国・中小企業庁-売上高も把握できず、他省庁との連携も未熟(東洋経済オンライン 2014年1月8日)


<ブログ内関連記事>

マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)

書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける

書評 『悪韓論』(室谷克実、新潮新書、2013)-この本を読んでから韓国について語るべし!

書評 『韓国のグローバル人材育成力-超競争社会の真実-』(岩渕秀樹、講談社現代新書、2013)-キャチアップ型人材育成が中心の韓国は「反面教師」として捉えるべきだ

書評 『凶悪-ある死刑囚の告発-』(「新潮45」編集部編、新潮文庫、2009)-ドストエフスキーの小説よりはるかにすごい迫力、最後まで読み切らずにはいられない

本の紹介 『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する
・・「キリエ・エレイゾン」はギリシア語だが、それ以外のラテン語の祈りのコトバを解説

書評 『韓国とキリスト教-いかにして "国家的宗教" になりえたか-』(浅見雅一・安廷苑、中公新書、2012)- なぜ韓国はキリスト教国となったのか? なぜいま韓国でカトリックが増加中なのか?

(2014年1月7日、4月8日、8月19日 情報追加)



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2012年10月14日日曜日

書評 『誰も語らなかった防衛産業 増補版』(桜林美佐、並木書房、2012)-国防問題を国内産業の現状から考えてみる




国防をめぐっては、ますます状況が厳しさを増していることは、本日(2012年10月14日)の海上自衛隊観艦式で首相も訓辞しているとおりであります。

しかしながら、武器弾薬や装備品の調達という兵站(ロジスティクス)に目をむけると、それはもう、お寒い限りの現状

それが、『誰も語らなかった防衛産業 増補版』(桜林美佐、並木書房、2012)を読んでの率直な感想です。

防衛関連産業は安定しているどころか、防衛予算の削減はとどまるところをしらず、予算の制約からあらたな調達もままならない状況です。

こんなお寒い状況で、果たして国境線防衛のみならず、国土防衛もできるのか? 疑問を感じてしまいます。

ライセンス生産では肝心要の部分がブラックボックスであることは、同盟国アメリカの兵器についても例外ではなく、また武器弾薬を輸入に依存することは有事の際に大きなボトルネックとなりかねない。

だからこそ、防衛産業にかんしては「国産」にこだわる必要があるのですが、経済原則だけを貫くと、それはきわめて困難な課題であることは言うまでもないでしょう。

自動車産業と同様、最終製品のアッセンブリー段階にいたるまでの一次下請け、二次下請け、三次下請けが存在するのが防衛産業の実態。ひとつの製品(=武器)の製造に、約1,000社以上がかかわっています。

予算が削減されるので仕事が減る、仕事が減ると失敗は許されないのでどうしても熟練工に頼ってしまう、したがって若い人が育つ機会が失われている・・・。この悪循環は、こと防衛産業だけでなく、日本のものづくり全般にあてはまることだと言っても言いすぎではありません。

わたしの前職は機械部品、とくに「ばね」関連でしたが、ライフルに使用される「ばね」も供給しておりました。実際問題、けっしてうま味のあるビジネスではなかったということは、業界内部では「常識」なのです。しかし、国防に関与できているという「誇り」がありました。

本書の著者は、「防衛生産・技術基盤研究会」の委員もつとめた軍事ジャーナリストです。

防衛産業がかかえる「苦境」についての問題提起となっている本書は、ルポルタージュ的な取り組みによって、防衛産業にかかわる中小零細企業、とくに機械関連産業についての実態について書かれた本でもあります。

ぜひ、みなさまも問題について共有していただきたいと思い、紹介させていただいた次第です。






目 次

はじめに
第1章 国防を支える企業が減っている
第2章 国家と運命をともに
第3章 戦車乗りは何でも自分でやる
第4章 戦車製造の最前線
第5章 武器輸出三原則の見直し
第6章 日本を守る「盾」作り
第7章 富士学校と武器学校
第8章 刀鍛冶のいる工場
第9章 女性が支える「匠の技」
第10章 日本の技術者をどう守るか
第11章 国内唯一の小口径弾薬メーカー
まとめ 防衛装備品調達の諸問題
コラム 自衛隊の装備品開発の流れ
コラム 世界の武器輸出戦略
増補1 国産装備と輸入装備
増補2 君塚陸幕長インタビュー
おわりに


著者プロフィール 
桜林美佐(さくらばやし・みさ)
  
昭和45年(1970年)、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作した後、ジャーナリストに。ニッポン放送『上柳昌彦のお早う Good Day』「ザ・特集」にリポーターとして出演。「フジサンケイビジネスアイ」に『防衛産業のいま』を連載。国防問題などを中心に取材・執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

防衛ジャーナリスト・桜林美佐オフィシャルウェブサイト

桜林美佐の新・国防日記


<ブログ内関連記事>

祝! 海上自衛隊創設60周年-2012年10月14日の第27回海上自衛隊観艦式ポスターに書かれている「五省」(ごせい)とは?





自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面

(2014年6月18日 情報追加)




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2010年3月6日土曜日

「急がば回れ」ー スイスをよりよく知るためには、地理的条件を踏まえたうえで歴史を知ることが何よりも重要だ




スイスといえば、観光業や金融業だけではなく機械産業でもある、という連想が働くのは、私は以前に機械部品産業に身を置いた経験があるためだろう。

 現在では工作機械産業をはじめとした機械産業といえば、日本勢が圧倒的な市場支配をし、これに価格攻勢を強めて追い上げる台湾という構図があるが、こうしたアジア勢は機械+電子制御技術でのし上がってきたというのが、業界関係者の一致した見解である。

 機械を使う側からみれば、機械の性能にかんしては、やはりなんといってもスイス製やドイツ製に限る!というのはいまでもよく聞く話である。

 実際、北ドイツのハノーファーで毎年一回開催される、世界最大の機械関連の見本市「ハノーバー・メッセ」においては、ヨーロッパの機械産業の底力を見ることができるのである。写真は、スイス産業ブースのものである。
 

 スイスで機械といえば、まず何よりも機械時計をあげなくてはならないところだが、私自身に高級腕時計を収集する趣味はないので、この話題は簡単に済ませておくが、基本的にスイスのフランス語圏が、伝統的な時計産業の中心となる。

 理由は、歴史的にみてみなければならない。現在のスイスのフランス語圏ジュネーヴで始まった、神学者ジャン・カルヴァン(Jean Calvin)による「宗教改革運動」(1536~1564)は、フランスにも拡大していったのだが、その後激しい宗教戦争を巻き起こすことになる。最終的にフランス国王アンリ4世による「ナントの勅令」(1598)によって、はじめて個人の信仰が認められ、カトリックとプロテスタントの融和が図られることとなった。宗教戦争の渦中の1572年におきた「聖バルトルメの虐殺」(セント・バーソロミュー)については、イサベル・アジャーニ主演の『王妃マルゴ』の舞台背景である。

 プロテスタントのなかでも最も厳格なカルヴィニズムが、その後産業資本主義の原動力となっていったことは、マックス・ウェーバーの『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』に詳しいが、彼らはフランスでは「ユグノー」と総称されていた。

 フランスから逃れてスイスの山中に避難していった彼らが持ち込んだのは、教会の聖器や十字架製作で培った金属加工技術であり、これが精密機械時計を選択する土台となったのである(1554年)。


 その後フランスでは、太陽王ルイ14世による「ナントの勅令廃止」(1685年)という天下の愚策により、産業資本主義の担い手であったユグノー(フランス人プロテスタント)は、難民としてスイスやドイツに大量に脱出、その後のドイツ語圏の産業振興に大いにチカラを発揮したことは、機械産業の歴史においては常識となってもいい歴史的事実だ。ドイツ語圏だけでなく、英国やオランダにも大量に受け入れられて、産業資本主義の基盤となっている。

 たとえば、プロイセン王国のフリードリヒ2世(大王)は、ユグノーを大量に誘致し、三十年戦争で疲弊した北ドイツの復興に大いに活用した。その痕跡は、ベルリンがドイツではもっともフランス的な都市であることに残っている。ベルリンの地名にはフランス語経由のものが多い。

 技術(テクノロジー)や技能(スキル)は人と一緒に移動する。技術と技能を身につけた難民の移動は、図らずも技術移転をもたらしたことになる。同様の事例は、1492年のスペインからのユダヤ人追放によって、金融業の知識をもったユダヤ人を大量に受け入れたオスマントルコ帝国が、ヴェネツィアを凌駕して地中海の覇者になったというものもある。中国によるチベット弾圧によって全世界に散らばったチベット難民によって、チベット仏教が西洋や米国に拡がったことも付け加えていいかもしれない。


 近年では「機械の時代」は終わった、いまは「生物の時代」だ、という声もよく耳にするところであるが、比喩的な意味はさておき、やはり何といっても機械は現代文明の基本中の基本であることはいうまでもない。いまこの文章を書いているPCも、ソフトウェア以外は機械そのものである。

 機械が何よりも近代ヨーロッパを中心に発達したことは、西欧文明そのものにかかわるものであり、このテーマは掘り下げれば非常に面白いのだが、とても書ききれないので、ここらへんでやめておこう。


 話をスイスに戻せば、機械時計を中心にした機械産業だけでなく、紡織産業における機械の発達武装中立を維持するための全方位的傭兵派兵政策がもたらした、送金ネットワーク構築と外貨蓄積を出発点とした金融業(プライベートバンク)傭兵たちが欧州各地で築き上げた海外貿易ネットワーク氷河の豊富な水力を利用した水力発電紙とエンピツだけあればできる保険業・・・と発展していったスイスの歴史は、現代産業を考える上できわめて面白い事例となっている。

 現代の巨大多国籍企業がなぜスイスに生まれたかを知るには、経営学者マイケル・ポーター国の競争優位 上下』(ダイヤモンド社、1992)のスイスの項を読めば参考になるだろう。


こういった歴史をしるためには、何よりも地理的条件を押さえたうえで、歴史をみるのが回り道のようにみえて実は手っ取り早い「急がば回れ」である。

 歴史を知るためには、物語 スイスの歴史-知恵ある孤高の小国-』(森田安一、中公新書、2000)が、スイスの通史としてはコンパクトにまとまっており、たいへん参考になる。

 何よりもスイスは連邦国家であり、キリスト教をベースにした連邦国家という意味においては、米国(=アメリカ合州国)の原型ともいえる。「武装中立」や「連邦制」などの抽象的な概念も、歴史のなかに位置づけて考えてみると、具体的に理解しやすくなる。

 また歴史を押さえた上で、現在のスイスについて知りたければ、ヨーロッパ読本 スイス』(森田安一/巽 共二編、河出書房新社、2007)が格好のガイドになる。
 こういった読書を踏まえたうえで、スイスが日本のモデルになるかどうか、じっくりと考えてみたいものである。


 スイスについては、トマス・マンの『魔の山』のダヴォスユング心理学のチューリヒレーニンのチューリヒ「アスコーナ・コロニー」ギリシア古典学専攻のニーチェをバーゼル 呼び寄せたヤーコプ・ブルックハルト国際連盟日本代表であった新渡戸稲造と柳田國男のジュネーヴ、阿部謹也の翻訳による『放浪学生プラッターの手記-スイスのルネサンス人-』のバーゼルなど、他に触れたいことは多々あるのだが、これらは機会があればまたということで。

 スイスは、バーゼルとベルン、チューリヒなどしかいったことのない私自身がスイスについて語るのは、あくまでも周辺から「群盲象をなでる」のみである。



<参考サイト>

swissinfo.ch 世界に発信 スイスのニュース
スイス外国企業誘致局



<ブログ内関連記事>

書評  『ブランド王国スイスの秘密』(磯山友幸、日経BP社、2006)
・・ビジネスパーソンにとっては「ブランド王国スイス」という捉え方が面白い

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005)
・・「マネーの防衛」というのがスイス流の投機。セキュリティの観点から投資と投機を考える

書評 『民間防衛-あらゆる危険から身をまもる-』(スイス政府編、原書房編集部訳、原書房、1970、新装版1995、新装版2003)
・・スイスといえば、いまでは「国民皆兵」は日本人の常識になったことと思う。スイス人の家庭には、一家に一冊備え付けなのが、この本と銃器一式!

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)
・・とはいえ、スイスも曲がり角にきていることが、スイス大使として赴任した國松元警視庁長官のやわらかな筆致で描かれている

1980年代に出版された、日本女性の手になる二冊の「スイス本」・・・犬養道子の『私のスイス』 と 八木あき子の 『二十世紀の迷信 理想国家スイス』・・・を振り返っておこう
・・現在から30年前はまだスイスは観光先としてしか認識されていなかったようだ。そういう現状認識への異議申し立ての内容でもある

ペスタロッチは52歳で「教育」という天命に目覚めた
・・「預言者故郷に容れられず」という格言があるが、理想主義者のペスタロッチの試みは、すくなくとも生前においては故国のスイスでは受け入れられなかった。」

「チューリヒ美術館展-印象派からシュルレアリスムまで-」(国立新美術館)にいってきた(2014年11月26日)-チューリヒ美術館は、もっている!

「フェルディナント・ホドラー展」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年11月11日)-知られざる「スイスの国民画家」と「近代舞踊」の関係について知る

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