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2015年3月23日月曜日

巨星墜つ リー・クアンユー氏逝く(2015年3月23日)―「シンガポール建国の父」は「アジアの賢人」でもあった



けさ7時のNHKニュースで「シンガポール建国の父」リー・クアンユー初代首相が逝去したことを知った。2015年3月23日未明に亡くなったという。享年91歳。大往生といってもいい年齢だが、まさに巨星墜つ。わたしにとっては、青天の霹靂(へきれき)であった。
  
1965年8月にマラヤ連邦から分離独立したシンガポール。ことし2015年の8月に「独立50周年」を祝う5ヶ月前のことであった。本人にとっても、シンガポール国民にとっても、残念以外のなにものでもないだろう。
 
わたしもまた、たいへん残念に思っている。一国を代表する政治家の域を超えて、「アジアの賢人」としてその発言に傾聴すべきものが多かったからだ。シンガポールの事例を引き合いに出して、日本の将来は移民制度の拡充にかかっているというリー・クアンユー氏の主張。昨年おおいに話題になったが、日本への警鐘は最後のものとなってしまった。厳しいが親身に満ちた警告をもう聞けないのは、じつに残念である。
  
言論統制をめぐって内外でさまざまな批判があったものの、都市国家シンガポールを現在のポジションまで引き上げた功績は誰にも否定できないものがある。いまや一人当たりGDPにおいては、シンガポールは日本を抜いている。国際的に賞賛されるのは「日本モデル」ではなく「シンガポール・モデル」となっているのだ。


(英語を日常言語とするリークアンユー氏はパソコンを使用して執筆)


上掲の写真2枚は、1998年に出版されたリー・クアンユー氏のメモワール(=回顧録)。ハードカバーで650ページの大著である。みずからの半生を記した自叙伝は、シンガポールの歴史そのものである。だからタイトルは The Singapore Story(シンガポール・ストーリー) と題されているのである。
  
リー・クアンユー氏が健在のうちに読んでおきたいと思っていたのだが、それを実行できないまま逝去されてしまった。まだしばらく積ん読のままとなりそうだ・・・
   
わたしがもっとも尊敬していたアジア人の一人がリー・クアンユー氏であった。心よりお悔やみ申し上げます。合掌。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

Remembering Lee Luan Yew (1923~2015)
・・シンガポール政府による追悼特設サイト

REMEMBERING LEE KUAN YEW
・・シンガポールの Channel News Asia の特別番組のサイト

リー・クアンユー氏の輝き失わぬ言葉たち シンガポール建国の父が語った「日本への警鐘」(1999年7月12日号より転載) (日経ビジネスオンライン、2015年3月24日)

コラム:シンガポール建国の父死去、試される「富と幸福」の両立 (ロイター、2015年3月23日)

Lee Kuan Yew The wise man of the East Authoritarians draw the wrong lessons from Lee Kuan Yew’s success in Singapore (The Economist, Mar 28th 2015)
・・リー・クアンユー氏とその追随者(=模倣者)たちとの大きな違いについて指摘している

リー・クアンユー後のシンガポール 中国株式会社の研究(263)~真の多民族国家への道は遠い? (宮家邦彦、JBPress、2015年3月30日)
・・シンガポールをファミリービジネスとみる視点が面白い

(2015年3月28日、4月1日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

■戦後アジア史の巨人たち

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)-そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2) ・・タイのプミポン国王ラーマ9世は「足るを知る経済」を提唱する哲人でもある

「ダライ・ラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜 2010年6月26日)にいってきた


■客家(はっか)という存在

書評 『新・台湾の主張』(李登輝、PHP新書、2015)-台湾と日本は運命共同体である!
・・台湾の李登輝元総統は台湾客家の出身。シンガポールのリー・クアンユー氏もまた客家

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)-急激な経済発展による社会変化に追いつかない「中進国タイ」の政治状況の背景とは
・・クーデターで負われたタクシン元首相も客家出身


■英語化した中国人

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!
・・ほとんど英語を母語として使用してきたリー・クアンユー氏は典型的なアングロチャイニーズである

■シンガポールと東南アジア

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・「ジャパン・ミラクル」(=日本の奇跡)というケーススタディから本書が始まるのは、現在に生きる日本人ビジネスパーソンにとっては実に新鮮に写る・・(中略)・・高度成長は空前絶後であり、これほど国情と国家戦略がフィットして機能した例は他にないからだ。 この「日本モデル」とその応用発展系である「シンガポール・モデル」を押さえて進める議論は、すんなりとアタマに入りやすい」

『国際シンポジウム 混迷続くタイ政治:その先に何が待っているのか』("Thailand’s Turbulent Politics: Peering Ahead")に参加(2014年3月27日)
・・近代化を完成したシンガポールと未完成のままのタイとの大きな違い。近代化されているのはバンコクだけ。バンコクとシンガポールは、アングロチャイニーズ主導の都市として比較可能だろう

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・「9・30事件」が起きた1965年の8月9日にシンガポールは独立した。ベトナム戦争が本格化するなか、シンガポールが独立したのであった


■「近代化」に成功したシンガポール

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・「近代化=西欧化」に完全に成功したのは日本とシンガポールだけである

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・一貫した原理原則を貫くプリンシプルの人であったがゆえに、変化する現実に対応するプラグマティストでありえたのがリー・クアンユー。英語で鍛えられたアジア人という点において白洲次郎と共通するものがある

(2015年3月28日 情報追加)


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2014年5月17日土曜日

書評『抵抗と協力のはざま ― 近代ビルマ史のなかのイギリスと日本(シリーズ 戦争の経験を問う)』(根本敬、岩波書店、2010)― 大英帝国と大日本帝国のはざまで展開した「ビルマ独立」前後の歴史



「ビルマ独立」とその後の歴史において、日本が演じてきた役割はきわめて大きい。これは戦時中の日本のコミットメントの大きさを物語るものであり、ビルマ独立の志士たちと日本軍の人的な関係によるものである。この濃厚な関係は1988年の軍政開始まで強固に続いていた。

こういった関係は、大日本帝国の植民地であった韓国や台湾と似た面もあるが、ビルマやインドネシアが違うのは、西欧諸国による植民地支配から脱して「独立」したという点にある。

日本は大東亜戦争を有利にすすめるために「植民地からのアジア解放」を理念として掲げ、独立派をとくに軍事面にかんして物心両面で支援したのである。そこにあったのは、民族独立を願う現地ナショナリストたちとの「協力」である。

だが一方、現地には「抵抗」もあった。日本が介入する前は宗主国の支配が長く続いていたわけであり、その体制下で生きるには積極的にコミットして生きるという生き方もあるからだ。つまり英国派という生き方である。

つまり、植民地であったビルマにおいては、英国と日本がビルマをめぐって激しくつばぜり合いを演じていたのであった。これは軍事面だけでなく、いかに現地の人心を引きつけるかという競争でもあった。ビルマ人から見れば、いかに日本を使って英国から独立を果たすかという戦いでもあったわけだ。

こういった状況を著者は「抵抗と協力のはざま」と表現している。日本ではなくビルマに主語を置けば、当然こういう見方が重要になる。独立はロマンティックな夢というよりも、リアリズムに立脚した、したたかな戦いであったのである。

とかく自分に都合のいいような見方をするのが人間であり、日本人はその傾向が強いと思うが、現在のミャンマーとの関係においても十分に心しなければならない重要な視点でありマインドセットなのである。

日本とビルマ(=ミャンマー)の関係も一筋縄でいくものではない。タイと同様、いやそれ以上に中国とインドという地域大国と国境を接するミャンマーである以上、したたかに生き延びてきた歴史をもつのである。

思い込みほど危険なものはない。心して肝に銘じておかねばならないのである。


■ビルマ独立と「抵抗と協力のはざま」

本書に登場するのは、初代首相バモオ、国民的英雄アウンサン、その「暗殺者」ウー・ソオ、そしてコミュニストや、ビルマ人高等文官という英国統治下のエリート官僚たちである。

とくに重要なのはビルマ独立の父アウンサン将軍であるが、対日協力者で日本の敗戦後はタイを経て一時期日本に亡命していたバモオ博士、かつては協力者でありながら政敵となったウー・ソオについても、人物像や言行もくわしく取り上げられており興味深い。

アウンサン将軍と日本の関係について書いておこう。アウンサン将軍は、いうまでもなく民主化指導者アウンサンスーチーの父親である。ビルマ独立戦争を戦い、ビルマ国軍の基礎を築いた英雄である。




ビルマ独立の志を抱いた青年たちをとりまとめて指導したのが、帝国陸軍の情報将校であった鈴木敬司大佐であった。対ビルマ謀略工作は正式に認められて南機関というコードネームをつけられ、アウンサンら30人のビルマ独立運動の志士を英国官憲の目をかいくぐって密出国させ、海南島で厳しい軍事訓練を行う。

こうして訓練をうけたアウンサンと30人のビルマ独立義勇軍が、鈴木大佐の指導下にラングーン(現在のヤンゴン)に進軍、英国植民地軍に打ち勝つが、対英領インド作戦の前線基地としてビルマを支配下におきたい陸軍主流は、アウンサンらの夢を踏みにじり、軍政を敷くこととなる。泰緬鉄道が建設されたのは、兵站基地として確保したタイから物資をビルマに輸送するためであり、インパール作戦実行のため建設が加速された。

日本の敗色が濃くなった1945年3月、真の独立を目指すアウンサンらは、日本軍に対して反旗をひるがえし、その後英軍はラングーンを奪還する。さまざまな経緯を経て、1947年ビルマ独立にかんする協定がアウンサンと英国とのあいだに結ばれ、独立に向けて準備をしていたまさにその最中に、アウンサンは政敵ウー・ソオの放った刺客の銃弾に倒れて非業の死を遂げることになる。享年32歳、アウンサンの死がいかに独立ビルマにとって痛手となったかはいうまでもない。

ここにみられるのは日本とアウンサン将軍との深い「縁」であるが、「日本を利用し英国と戦う」という思想と姿勢である。そして大英帝国におけるインド植民地とビルマの関係もまた、ビルマ独立に有利に働いたことである。

インド独立がすでに既定路線であり、インド独立後にはインド植民地への食糧と燃料供給基地であったビルマの重要性が下がることがあきらかであったこと、連合国東南アジア司令部最高司令官であったマウントバッテンがビルマのナショナリストたちには好意的であったことも大きい。マウントバッテン伯爵は現在のチャールズ皇太子の叔父にあたる人であった。


(アウンサンスーチーさんが少女時代を過ごしたヤンゴンの邸宅 筆者撮影)


■独立後のビルマと日本との関係、英国との関係

「独立後」のビルマが、政敵による暗殺によって「独立の父」アウンサン将軍を失ったことがいかに大きな痛手であったかはすでに記したが、それは日本との関係だけでなく、英国にとっても同じことであったと思われる。

なぜなら、本書に書かれているように、英国はアウンサンに対して信頼を置いていたからこそ、ビルマを独立に向けてスムーズに移行させることができたからだ。アウンサンは、多民族の連邦国家をまとめていく度量と人格の持ち主であった。

アウンサンの娘であるアウンサンスーチーが教育を旧英国領であったインドでまず受け、その後は英国に渡ってオックスフォード大学を卒業し、英国人と結婚したことは周知のとおりである。もしアウンサンが暗殺されることがなければ、ビルマの英連(Commonwealth of Nations)加盟もあったかもしれない(・・現在に至るまでミャンマーは英連邦に加盟していない)。英国にとってアウンサンスーチーの存在が大きなアセットであることは言うまでもない。

アウンサンの暗殺後、おなじく「ビルマ独立の志士」の一人であったネ・ウィンによる独裁が1988年まで(!)続くことになるが、日本がネウィン体制を支持し続けたのは戦時中の深くて濃い関係が前提にあったからだ。もしアウンサンが生きていれば日本との関係はどうなっていたのだろうか・・・。

紆余曲折を経て、ようやくミャンマーは鎖国体制を解いて「民主化」と経済改革に動き出したわけだが、日本政府がようやく大手を振ってふたたび全面的にコミットを表明し、日本企業が「最後のフロンティア」としてラッシュ状態になったのは本書が出版された2010年には想像もできなかったことである。

そんななか、旧宗主国の英国も着々と関係改善にむけて動き出している。

2014年3月には、世界最大の会計士組織である英国勅許公認会計士会(ACCA: Association of Chartered Certified Accountants)は、ミャンマー商工会議所連合会(UMFCCI)と覚書を締結し、会計制度の発展に協力することを約束、4月には英国系インターナショナルスクール(The British International School Yangon)がヤンゴンに開校、英国の外務省関連機関のほか、公的文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルなどが駐在事務所を再会している。

ビルマと英国の関係といえば、『1984年』という逆ユートピア小説で全体主義を描いた作家ジョージ・オーウェルが若き日に英領ビルマで警察官をしていたことが知られているが、のちに『ビルマの日々』(Burmese Days)という小説にまとめている。

英国は旧宗主国の立場よりもソフトパワーを前面に打ち出して関係再構築を図っているのであろう。いずれミャンマーが英連邦に加盟することも視野に入ってきたのではあるまいか。

ミャンマーとシンガポールがじつは思っている以上に関係が深いことは知る人ぞ知ることだ。これは、旧大英帝国ネットワークという「見えざるネットワーク」の存在あってこそのものである。軍事独裁政権においても軍の高官が治療を受けるのはシンガポールであった。シンガポールに在住するミャンマー人は多い。

日本とミャンマーの関係を二国間関係の狭い視野だけで見るのではなく、インドや中国、そして英国や米国といった大国間の複雑な関係と見るたことが必要であり、そのためにも独立前後のビルマ史は知識として知っておかねばならない。

その意味において、本書はじつにインフォーマティブで、しかも役に立つ。歴史書を読む意味はそういうところにもあるのだ。



* いったん書いておいた「書評」ファイルを一年以上前にパソコン事故によって消去してしまった・・。今回まったく異なる観点から、あらためて全面的に書きおろしてみた。



 (画像をクリック!)


目 次

序章 抵抗と協力のはざま
 1. 本書の目的
 2. 対英協力と対日協力が有した意味
 3. 植民地期のビルマ人政治・行政エリート
 4. 依拠史料と構成

第1章 強制された国家のなかで-植民地ビルマの特徴とナショナリズムの展開
 1. 英緬戦争とビルマの植民地化
  英緬戦争の経過/植民地ビルマの誕生
 2. 近代国家の強制
  「国家の合理化」/英国による支配の特徴
 3. ビルマ人中間層の登場
  ビルマ人中間層という存在/政治運動への傾斜
 4. 自治の段階的付与とビルマ・ナショナリズムの展開
  両頭制の導入/新たな展開/ビルマ統治法/
  ビルマ人エリート間の権力闘争
 5. タキン党に見るビルマ・ナショナリズムの思想
  タキン党の結成/思想的特質
 6. 日本占領期がもたらした変化
  日本軍のビルマ侵攻/日本軍政下のビルマ/
  パサパラの結成と抗日武装蜂起
 7. 戦後の対英独立交渉
  英国統治の復活/アウンサンの台頭/
  アウンサン暗殺からビルマ独立へ
第2章 バモオ-知識人政治家の光と影
 1. 日本占領期の歩み
 2. 「独立」ビルマの国家元首に
 3. 抵抗と協力のはざまにあって
 4. 大東亜会議への出席
 5. 戦後の低い評価としの理由
 6. 戦後日本とバモオ
第3章 アウンサン-国民的英雄への道
 1 .学生運動の世界へ
 2. タキン党幹部となる
 3. 日本軍と組む
 4. 抗日の決断とその帰結
 5. 対英独立交渉の先頭に立つ
 6. 暗殺の悲劇と「英雄の座」の恒久確保
第4章 ウー・ソオ-ナショナリストと暗殺者のはざま
 1. 政治家への道
 2. 日本との関係
 3. 政治資金、私兵団、議会内闘争
 4. 英領ビルマの首相となる
 5. 英国訪問と真珠湾、そしてアフリカでの軟禁
 6. 戦後の帰国とアウンサン暗殺事件の暗闇
第5章 ビルマ人コミュニスト-反日と「苦渋の親英」のはざま
 1. ビルマ共産党の結成
 2. 日本軍侵入前夜
 3. コミュニストたちの抗日準備
 4. パサパラの結成とビルマ共産党
 5. 英国復帰後の混乱と分裂
第6章 ビルマ人高等文官-対英協力者とナショナリストのはざま
 1. ビルマ人高等文官の採用
 2. 行政の現地化をめぐって
 3. ビルマ人高等文官の出自と学歴
 4. ビルマ・ナショナリズムとの接点
 5. 独立後の高等文官
終章 独立後の英国・日本との関係-軍の政治的台頭のなかで
 1. 独立後のビルマ-混乱と軍の台頭
  ウー・ヌ時代-「社会主義国家」をめざして
  内乱
  軍の台頭
  クーデター
  ビルマ式社会主義の下で
  国軍の政治化
  民主化運動の封じ込め、そして軍政へ
 2. 英緬関係-遠のく旧宗主国の影
  ミニマムな外交関係
  マウントバッテン
  関心の高まり
  政経分離
  希薄化する英国のプレゼンス
 3. 日緬関係-影を落とした戦時中の人脈
  戦後のビルマ米輸入
  賠償交渉
  膨らむODA供与
  「援助に値する国」?
  「特別の関係」
  1988年以降の変化-「特別の関係」の終焉

注
あとがき
参考文献一覧
関連ビルマ人名一覧/関連英語名称一覧
関連年表
索引

著者プロフィール

根本 敬(ねもと・けい)
1957年生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程中退(文学修士)。東京外国語大学教授を経て、上智大学外国語学部教授、ビルマ近現代史。ビルマ関連の著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内

三度目のミャンマー、三度目の正直 (5) われビルマにて大日本帝国に遭遇せり (インレー湖 ④)
・・「アウンサン将軍がラングーン(=ヤンゴン)で凶弾に斃れたのは32歳、われらが坂本龍馬が京都で斬殺されたのは33歳、早すぎる死が惜しまれるのは、ともに大きな志(こころざし)をもちながら、若くして志半ばで非業の死を遂げたからである。まこともって「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」とは、まさにこのことを指している。
 そして、その京都には、アウンサン将軍の娘であるアウンサンスーチーが客員研究者として京大に1年間滞在、父親の足跡をたどって日本人関係者とのインタビュー調査を行っている。なにやら因果は巡る、とでもいうような不思議な話である。このインタビュー調査の記録が、いまだに研究として発表されていないのは実に残念なことだ」

映画 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』(2011年、フランス・英国)をみてきた

書評 『銃とジャスミン-アウンサンスーチー、7000日の戦い-』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008)

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・アウンサンスーチーさんも卒業しているオックスフォード大学のPPEについて触れている

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

ミャンマーではいまだに「馬車」が現役だ!-ミャンマーは農村部が面白い

書評 『ポロ-その歴史と精神-』(森 美香、朝日新聞社、1997)-エピソード満載で、埋もれさせてしまうには惜しい本
・・インドとビルマとは縁の深いマウントバッテン伯爵(=チャールズ皇太子の叔父)もまたポロ好きであった

会田雄次の『アーロン収容所』は、英国人とビルマ人(=ミャンマー人)とインド人を知るために絶対に読んでおきたい現代の古典である!


■旧大英帝国ネットーワーク内の人口移動

書評 『裁かれた戦争裁判-イギリスの対日戦犯裁判』(林博史、岩波書店、1998)-「大英帝国末期」の英国にとって東南アジアにおける「BC級戦犯裁判」とは何であったのか
・・大英帝国と英領マラヤ(シンガポール含む)を中心にみる。英国にとってのマラヤとビルマの違いとは?

「タイガーバーム」創業者の「タイガー・カー」(改造車)
・・ビルマ(=ミャンマー)とシンガポールは旧大英帝国ネットーワークという「見えざるネットワーク」のなかにある。 「当時は、ビルマもシンガポールも香港も英国の植民地であり、胡兄弟は、英国の植民地統治システムをフルに活用して財をなしている。これは、イラクのバクダッドが起源の、セファルディム系のユダヤ系財閥サッスーン家(Sassoon)も同様である。サッスーンの主家は、バグダッド(イラク)⇒ボンベイ(インド)⇒上海(中国)と移動している」 マレーシアのペナン島にもビルマ仏教寺院がある


■大東亜戦争と東南アジア(=南洋)、そして英国

書評 『泰緬鉄道-機密文書が明かすアジア太平洋戦争-』(吉川利治、雄山閣、2011 初版: 1994 同文館)-タイ側の機密公文書から明らかにされた「泰緬鉄道」の全貌

書評 『同盟国タイと駐屯日本軍-「大東亜戦争」期の知られざる国際関係-』(吉川利治、雄山閣、2010)-密接な日タイ関係の原点は「大東亜戦争」期にある

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・原作は南アフリカ出身の英国陸軍コマンド部隊大佐、ジャワ島の日本軍捕虜収容所を舞台にした日英の相克と奇妙な友情の物語

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・原爆投下による日本降伏によって捕虜収容所から生きて出ることができたと考える著者の回想録。同様の意見を表明する元捕虜は少なくない

本の紹介 『潜行三千里』(辻 政信、毎日新聞社、1950)-インドシナに関心のある人の必読書
・・この男がシンガポールにおける華僑虐殺の主張者なのだが、この本じたいは面白い

三度目のミャンマー、三度目の正直 (5) われビルマにて大日本帝国に遭遇せり (インレー湖 ④)
・・日本軍占領下のビルマで発行されたルピー軍票に書かれた大日本帝国の文字

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本
・・「植民地喪失」と大英帝国の終焉

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2013年7月8日月曜日

書評『「シベリアに独立を!」ー 諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす』(田中克彦、岩波現代全書、2013)ー ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ



「シベリアに独立を!」というタイトルをみてドキっとした。なぜなら、いま極東においてロシアと中国の国境問題がふたたび浮上してきているからだ。

だが、「シベリアに独立を!」を主張したのは著者ではない。ロシアの民族学者ポターニンである。それもロシアがまだ革命以前の帝政時代、1865年のことである。

本書は、その知られざるポターニンの生涯と思想、そしてその思想が現代においてもつ意味を、社会言語学者でモンゴル学者の著者がロシアとシベリアを含むユーラシア全体で考えた本である。


■シベリア人の、シベリア人による、シベリア人のための「連邦制」

流刑地としてのシベリア。これはドストエフスキーなどロシア文学に親しんできた人にとって、シベリアと聞いてすぐに思い浮かべるイメージだろう。ソ連時代もまたシベリアは流刑地であり、また日本人兵士たちのシベリア抑留も連想される。

だが、シベリアに生まれ育った人にとっては、あくまでもシベリアは彼らにとっての祖国(パトリア)である。祖国という日本語にはやや問題があるので、郷土といったほうがいいかもしれない。父祖が暮らし、みずからもそこで生まれ育った土地だ。

この本を読んでいて感じるのは、シベリアから西を見るという視線である。つまりシベリアから首都のペテルブルクを見る視線、そしてのそのさらに先にあるフランスやドイツといった当時のヨーロッパ先進国を見るという視線だ。

そして興味深いのはシベリアからアメリカが近いという地理的な事実。「連邦制」を考える際、シベリアを郷土とする人たちのアタマのなかにあったのは、アメリカ合州国であった。

日本のような国民と民族がほぼイコールの関係にある国はあくまでも例外で(・・その日本でも出自を異にする人たちが集まって形成されたのが日本民族である)、多民族が統合されている政治形態には「帝国」と「連邦」がある。

「帝国」はいまや姿を消したが、「連邦」はなんども再編を経ながらも現実的な政治形態として命脈を保ってきた。

著者は本書のなかで、「ソ連邦」ではなく「ソ同盟」という表現を一貫してつかっており、やや奇異な印象をもつのだが、それは「連邦」(ユニオン)は「同盟」(ユニオン)でもあるということを読者に示したかったからであろう。

意外かもしれないが、「ソ同盟」は最初から最後まで「同盟(=連邦)からの離脱可能性」は憲法に明記していた。著者はこの点を強調して、現在のロシア連邦における状況を後退だとして批判している。

ここで、わたしは小室直樹の『ソビエト帝国の崩壊』(1980年!)を想起する。小室直樹が1980年という時点で法律論の観点から「連邦離脱可能性」を指摘し、ソ連崩壊の可能性について論じていたことは明記しておきたい。

連邦制は 「求心力と遠心力のせめぎ合い」の観点から理解すべき政治形態であり、現実的には、そう一筋縄にはいかない問題である。じっさい、ソ連時代も含め、ロシア連邦におけるシベリアは実質的に「国内植民地」として扱われてきた。

連邦制を最終的に拒否した中国共産党においては、漢族中心の国家体制においては少数民族のチベットや内モンゴルを「国内植民地」扱いしてきたし、おなじく多民族国家のミャンマー連邦(Union of Myanmar)においても、事情は変わらない。

沖縄についてもまたおなじ問題が潜在的に存在することは、これまた著者は触れていないが大前研一が提唱してきた「道州制」について考えてみればわかることだ。大前研一は沖縄の「ユイマールビジョン」のサポーターである。

民族学者ポターニンが提起した「シベリア独立」について考えることは、ナショナリズム(愛国主義)とはイコールではないパトリオティズム(愛郷主義)について考えるひとつの事例となるだろう。


■シベリアでも「運動」に挫折した知識人たちは地理学と民俗学に向かった

逮捕後のポターニンらがシベリアの地理や民俗の研究に向かったことは、戦前や戦中の日本においても転向によって「運動」から離脱しマルクス主義者たちが柳田國男の民俗学に向かったことを想起させる。

著者は触れていないが、橋浦泰雄、大間知篤三、中野重治、福本和夫、石田英一郎といった民俗学者や民族学者たちについては 『柳田国男とその弟子たち-民俗学を学ぶマルクス主義者-』(人文書院、1998) に描かれているのでぜひ参照していただきたいと思う。

シベリアの少数民族には、モンゴル系だけでなく、トルコ系でもない、われわれ日本人とよく似た風貌のものも多い。たとえば、最近DVD化された黒澤明監督の名作『デルス・ウザーラ』のナナイ族もまたその一つだ。

ただ、本書には問題もある。全体にやや冗長な感があるのは否定できないことだ。第1章から第5章までのポターニンの生涯についての記述が長すぎて、しかも脱線が多い。だが、ポターニの生涯を紹介するという趣旨とともに、著者が高齢であるがゆえに語っておきたいという思いが強すぎた結果であろうと好意的に受け取っておこう。

第6章における問題提起こそ読むに値する。その意味では、第6章の分量はすくなくとも全体の1/3から1/2は欲しかったところだ。第6章で語られている論点については、田中克彦の他の著作を参照すべきだろう。

ベースにある思想は、母語という固有の言語にささえられた共同体こそ政治の基本単位であるべきだというものだ。

言語共同体というのは、もともとは近代国家としての統一が遅れたドイツで生まれたドイツロマン主義的発想である。言語を軸にして民族と国家を考えるために必要な前提条件であったが、それは少数民族の権利を守るための基礎理論となりうる。

ロシアやシベリアに関心のある人だけでなく、ナショナリズムとパトリオティズムの相克という普遍的な問題に関心をもつ人も一読をすすめたい。




目 次

はじめに-私はなぜこの本を書くか
第1章 シベリア独立事件
第2章 ポターニン
第3章 ポターニンの仲間たち
第4章 逮捕と獄中生活
第5章 探検と孤独
第6章 ポターニンの思想的遺産
あとがき-ポターニンにみちびかかれて
参考文献
関連年表

著者プロフィール

田中克彦(たなか・かつひこ)
1934年兵庫県生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科、一橋大学大学院社会学研究科、ボン大学哲学部でモンゴル学、言語学を学ぶ。現在、一橋大学名誉教授。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS. 『西北蒙古誌 第2巻 民俗・慣習編(アジア学叢書)』(ポターニン、東亜研究所訳、大空社、2008)から復刻されている。

目 次 
第1章 人種と種族(トルコ系人種;蒙古人種)
第2章 西北蒙古に於ける古代の記念物
第3章 宗教生活、生活の外的環境、家庭内及び社會的慣習に關する覺書
第4章 指、天體現象、動物及び植物の名稱並びにそれらに關する迷信
第5章 童話と傳説

(古書店の販売目録に掲載されている表紙写真)


<関連サイト>

『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』 編集部からのメッセージ(岩波書店のサイト)

「コレクション全体に反映された石濱の学問への願い」(田中克彦 大阪大学図書館報 2010年3月)
・・上原専禄と石濱純太郎との関係。大阪大学の石濱文庫とポターニン



PS. 「ポターニンとシベリア独立運動-田中克彦『「シベリアに独立を!」』出版記念シンポジウム」(2013年11月30日)

「ポターニンとシベリア独立運動-田中克彦『「シベリアに独立を!」』出版記念シンポジウム」と題したシンポジウムが、2013年11月30日(土)に東京・四ツ谷の桜美林大学サテライト校で開催された。

直前になって東京在住のブリヤート・モンゴルの方から教えていただいてシンポジウムの開催を知った。ブリヤートはバイカル湖のほとり、まさにシベリア人の故郷の一つである。

専門研究者ではない「単なる一ビジネスマン」であるわたしにとっては、やや場違いな感も否めなかったが、シンポジウムに参加してみての感想は以下のとおりだ。

著者である田中克彦氏はさておき、パネル出席者の方々のなかでは、岩波書店の担当編集者の馬場氏の書籍成立にかんする内輪話が面白かった。

モンゴル研究者の宮脇淳子氏のコサックにかんする話は理路整然としていて、しかも立て板に水のようなしゃべり方で、聞いていてたいへん勉強になった。

産経文化人としての活躍の多い宮脇氏であるが、いまだにやや左寄りの田中克彦氏とは、じつはモンゴル研究という接点を媒介にした人間関係が長い。こういうことは、右派と左派という日本人が大好きなステレオタイプな分類ではわからないことだ。

諸民族を抑圧してきたソ連崩壊は実現したが、さて中国は・・・?

モンゴルやその他シベリアの少数民族だけでなく、さらにはチベットやウイグルを視野に入れることが重要だ。視点と軸足をどこに置くかで、ものの見方はまったく異なるものになる。

逆にいえば、チベットやウイグルだけではなく、モンゴルやシベリア諸民族もまた視野に入れて考える必要があるということなのだ。  

(2013年12月1日 記す)。




<ブログ内関連記事>

■ナショナリズムとパトリオティズム

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『クオリティ国家という戦略-これが日本の生きる道-』(大前研一、小学館、2013)-スイスやシンガポール、北欧諸国といった「質の高い小国」に次の国家モデルを設定せよ!

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい


■シベリア

書評 『女三人のシベリア鉄道』(森まゆみ、集英社文庫 、2012、単行本初版 2009)-シベリア鉄道を女流文学者たちによる文学紀行で実体験する

『ピコラエヴィッチ紙幣-日本人が発行したルーブル札の謎-』(熊谷敬太郎、ダイヤモンド社、2009)-ロシア革命後の「シベリア出兵」において発生した「尼港事件」に題材をとった経済小説

書評 『諜報の天才 杉原千畝』(白石仁章、新潮選書、2011)-インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!

「岡本太郎のシャーマニズム」展にいってきた(2013年6月15日)-エリアーデの『シャーマニズム』が岡本太郎に与えた影響の大きさを知る企画展


■モンゴル

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相

書評 『漢字が日本語をほろぼす』(田中克彦、角川SSC新書、2011)

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『朝青龍はなぜ強いのか?-日本人のためのモンゴル学-』(宮脇淳子、WAC、2008)-モンゴルという日本人にとっての「異文化」を知る上で、信頼できる手頃な入門書


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2009年7月4日土曜日

アメリカ独立記念日(7月4日)


          
 本日7月4日は、アメリカ独立記念日である。
 Independence Day といって、米国では祝日である。

 1776年7月4日、アメリカ独立宣言が発布された。
 ちょうど1976年7月4日、「アメリカ建国200年祭」にあたり盛大な祝祭が行われたのを記憶している。
 いまはなきNHKラジオ教育番組 『続・基礎英語』では、教材として取り上げており、その際 Bicentennial という単語を覚えた。めったに使う英語ではないが、その当時の記憶とともに思いだされる、なつかしい英単語である。マーシャ・クラカウワーがレギュラー出演していた番組である。

 いまから思えば1976年は平穏無事な年であった。ベトナム戦争もすでに終結し、厭戦ムードの高まる中、民主党から出馬したジミー・カーターは本当は海軍兵学校卒業の潜水艦乗り出身なのだが、アトランタのピーナツ農園の農場主としての側面を強調されていた。
 3年後の1979年イラン革命が勃発、サウジアラビアのメッカ占拠事件、そして年末のソ連によるアフガン侵攻と、情勢は一気に激動モードに突入していった。
 イランの米国大使館人質事件解決の不手際を責められたジミー・カーターは再選されることなく大統領職から去り、以後共和党による政権が、ロナルド・レーガン、ブッシュ・シニアと続くこととなった。

 『インデペンデンス・デイ』というとハリウッド映画でしょ、というのがいまの反応だろう。私としては、トム・クルーズ主演の『7月4日に生まれて』を挙げたいところだが。

 時差があるから現時点ではアメリカではどういう反応なのか知らないが、いずれにせよ本日は建国223年目である。
 建国200年の頃に比べると、日本でも手放しで礼賛する人もはるかに減ったような気もする。それだけ米国のパワーにも翳りが見えるということなのだろうか。

 私自身、自分の国ではないので、特に祝うつもりはないが。






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