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2010年4月28日水曜日

書評 『戦いに終わりなし-最新アジアビジネス熱風録-』(江上 剛、文春文庫、2010)




アジアビジネスへの著者の貪欲な関心と深い洞察力が示された、読み捨てにできない本


 2008年に単行本が出版された本書は、もともと2007年に「文藝春秋」に連載されたものだという。だから、この本に描かれた内容は、すでに3年前のものである。 
 文庫化されたのを機会に、あらためて読み直してみたが、とくに古さを感じなかった。おそらく、この本が情報の新しさだけをウリにしたものではないのがその理由だろう。この3年間に限ってもアジアの変化は激しいものがあるのだが、アジアビジネスの現実に対する一般日本人の関心の低さに、あまり変化がないこともまた、原因の一つかもしれない。
 旧第一勧業銀行銀行(現在みずほ銀行)出身で、支店長経験もあるビジネス小説作家である著者の、アジアビジネスの現場を知りたいという貪欲な関心と深い洞察力が示された本書は、読み捨てにできない内容の濃い本なのだ。

 インド、シンガポール、ベトナム、タイ、韓国、インドネシア、中国・・・。私自身、本書で描かれたすべての国を、本書が執筆されたのと同時期にビジネス目的で訪れているし、とくにタイ王国においては現地法人をたちあげて経営していた経験もあるので、現地事情にはつうじていたつもりだった。しかし、本書を読みながらところどころで出会った著者の洞察力には、おおいに唸らされたものである。何度もギクリとする指摘に出会うことになった。

 たとえばこんな一節がある。

「今も、日本は山田長政だと思う。タイの工業化を進める上での傭兵にすぎない。それならば、それでもいいではないか。ただ傭兵は、いつでもその価値を磨いていなければ捨てられる」(第5章)
(太字強調は引用者による)

 かつて、日本航空(JAL)出身で豊富な海外駐在経験をもつ作家・深田祐介による『東洋事情』が、リアルタイムのアジアビジネスを追いかけてシリーズ化もされていた。しかし、ビジネスの現場を熟知しており、かつ筆力のある作家によるアジアビジネス報告が、その後みられなくなったのを、たいへん残念に思っていた。
 作家・江上剛による本書は、深田祐介のものに勝るとも劣らない作品である。アジアビジネス関連の類書のなかでは、群を抜いた内容である。ぜひシリーズ化してもらえないものだろうか。

 著者は「まえがき」でこういっている。「過去において取引先の経営者たちにまともなアドバイスのひとつもできなかった償いに、私は、アジアを徹底的に見たいと思っていた。まずは、自分の目で現在のアジア市場を直接確かめることで、日本の進むべき道が見えてくるのではないか、と考えたのだ」。
 日本国内とアジア現地との認識ギャップは、自ら現地に身を置くことによって、はじめて肌身をつうじて体感することになる。この文庫本は、必ずやそのための「道しるべ」になるはずだ。

 疑似体験であってもいい。ぜひ一読してアジアビジネスを体感してほしい。


<初出情報>

■bk1書評「アジアビジネスへの著者の貪欲な関心と深い洞察力が示された、読み捨てにできない本」投稿掲載(2010年4月14日)





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