「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2024 禁無断転載!



2010年7月19日月曜日

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人

 
                                      
 日本人はかつてのようにあまり酒を飲まなくなったようだが、それでも酒の席での無礼講が黙認される傾向がなくなったわけではない。

 私はこれを指して「泥酔文化圏」といっているのだが、これは日本から、朝鮮半島を経由して、モンゴル、そしてロシアと連続して分布している。

 いわゆる「ドリンキング・リレーション」(drinking relations)を重視する「文化圏」である。酒飲んでホンネで語ってはじめて人間は仲良くなれるという文化圏。

 イスラーム文明圏では周知のとおり、酒を飲むことは禁止されているし、上座仏教文明圏では酒をのむことはよろしくないとされている。インドも基本的にあまり飲まない。


 西欧と中国が、「泥酔文化圏」とは対極にあることは知っておいた方がよい。
 
 中国では宴席で強い酒を薦められるが、絶対に醜態をさらしていはいけない

 この点にかんしては西欧社会と同じである。中国では、配偶者は結婚後も姓は変わらないが、「妻もまた敵なり」として、中国人は基本的に配偶者を信用していないと主張する学者もいる。

 西欧の市民生活においては、泥酔者は社会的落伍者というレッテルが簡単に張られるのである。

 もちろん西欧社会でも若者がハメをがはずして乱痴気騒ぎをやらかすのはよくあることだが、それはクローズドな集団内部のなかでの話である。

 ドイツでもオッサン連中がジョッキのビールでグイグイやりながら、怪気炎を上げていることもあるが、キリスト教普及以前の名残が、ときどき浮上して噴き出してくるのであろうか。


 
 「前近代」の日本人がいかなる存在であったかを知るのは興味深いものがある。

 西欧人の眼に映った日本人について知るには、戦国時代末期の16世紀に、「第一次グローバリゼーション」の波に乗って、日本にやってきたカトリックの宣教師たちの記録を読むのが面白い。

 なかでも文庫本で手軽に読むことができるのが、『ヨーロッパ文化と日本文化』(ルイス・フロイス、岡田章雄訳注、岩波文庫、1991)である。原本は1585年刊。

 
 「第6章 日本人の食事と飲酒の仕方」から、いくつか引用しておこう。

「われわれの間では誰も自分の欲する以上に酒を飲まず、人からしつこくすすめられることもない。日本では非常にしつこくすすめ合うので、あるものは嘔吐し、また他のものは酔っ払う」(6-31)

「われわれの間では酒を飲んで前後不覚に陥ることは大きな恥辱であり、不名誉である。日本ではそれを誇りとして語り、「殿はいかがなされた」と尋ねると、「酔っ払ったのだ」と答える」(6-38)

「われわれは食卓についている時に、談話はするけれども唄ったり踊ったりはしない。日本人は食事がほとんど終わるころまで話をしない。しかし暖まってくると踊ったり唄ったりする」(6-45)

「ヨーロッパでは女性が葡萄酒を飲むことは礼を失するものと考えられている。日本ではそれはごく普通のことで、祭りの時にはしばしば酔っ払うまで飲む」(2-54)


 いかがでしょうか?

 比較による観察法の成果であるが、西欧社会との対比が重点に置かれているので、ことさら違いが強調されていなくもない。

 もっとも、16世紀当時の西欧社会も、現在と比べるとマナーの点にかんしては、まだまだ発展途上であったことには留意しておきたいものである。

 ルイス・フロイス(1532-1597)は、ポルトガルのリスボン生まれのイエズス会宣教師、日本での布教の記録をまとめるように命じられ、有名な『フロイス日本史』を完成して、長崎で生涯を閉じている。

 日本語訳は『完訳フロイス日本史』として、松田毅一と川崎桃太の翻訳で、中央公論社から出版されている。私は文庫本で全巻もっているが、ところどころ見ただけで全部は読んでいない。



 せっかくの機会なので『コリャード懺悔録』(大塚光信校注、岩波文庫、1986)もぜひ薦めたい。

 ディエゴ・コリャード(1589年?-1641)は、スペイン生まれのドミニコ会に属する宣教師。ドミニコ会は中世以来異端撲滅で有名な修道会で学問を重視してきたが、当時の日本においては、イエズス会とはカトリック布教をめぐって競争敵対関係にあった。

 イエズス会、ドミニコ会に、フランシスコ会もからんだカトリック内の宗派間の三つどもえの争いが、日本でのキリスト教禁教を招いた原因の一つともされている。

 内容は、告解の場において、日本人信者から聴き取った懺悔内容を記録したものだが、当時の日本人のセックスにかんする奔放ぶりが、これでもかこれでもかと当時の口語体で語られるので圧倒される。ここに書くにははばかれるような内容が満載だ。

 本来は、聴聞司祭は告解(confession)で聴いた内容は、絶対に外部に漏らしてはいけないはずなのだが、布教戦略の基礎資料のため、日本人研究の資料としてまとめられたようだ。

 ぜひフロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』とあわせて読んでみて欲しいと思います。面白さバツグンで太鼓判を押します。


 


<ブログ内参考記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

書評 『お馬ひんひん-語源を探る愉しみ-』(亀井孝、小出昌洋=編、朝日選書、1998)-日本語の単語を音韻をもとに歴史的にさかのぼる
・・イエズス会宣教師が日本で布教していた時代の日本語

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の認識の空白地帯となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る


酒文化

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

『izakaya: The Japanese Pub Cookbook』(=『英文版 居酒屋料理帖』)は、英語で見て・読んで・楽しむ「居酒屋写真集」+「居酒屋レシピ集」

味噌を肴に酒を飲む

タイのあれこれ(5)-ドイツ風ビアガーデン

タイのあれこれ (13) タイのワイン

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界
・・カトリックの修道院におけるビール醸造

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!

(2013年12月20日、2014年7月29日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!


(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end