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2009年6月10日水曜日

イエズス会士ヴァリニャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」




 ビジネスマンとして日本で30年以上を過ごしたイタリア人ヴィットリオ・ヴォルピ(Vittorio Volpi)の、イタリア人向け著書2冊を続けて読了した。  
 
 『巡察師ヴァリニャーノと日本』(原田和夫訳、一藝社、2008) 『賢者の「営業力」-日本進出の成功例ヴァリニャーノの教え-』(大上順一訳、PHP研究所、2006)である。それぞれオリジナルのタイトルは、『IL VISITATORE』(2004)、『MARKETING MANAGEMENT: Come conquistare un mercato internazionale. Le straordinarie lezioni di Alessandro Valignano, gesuita italiano del Cinquecento』(2005)。  

 前者の『巡察師』は、巡察師ヴァリニャーノの生涯を、主に日本布教にかかわることに絞って、イタリア人読者に紹介した本。  

 後者の『賢者』は、ヴォルピ氏のビジネス経験をもとに、ヴァリニャーノの手法を異文化ビジネスの方法論として、いかにすぐれたものであるかを、イタリアの一般読者向けに書いた本。  
 
 前者の内容は、先に紹介した若桑みどりの『クアトロ・ラガッツィ』の叙述のほうが、ヴァリニャーノの存在を生き生きと紹介しているので、正直言ってあまり新鮮味がなかったが、もともとの執筆意図がイタリア人向けの日本紹介という性格の本であるので、その点は割り引いて読む必要があろう。  


著者のヴォルピ氏は日本通のイタリア人ビジネスマン

 日本通のヨーロッパ人ビジネスマンの日本知識の確かさは、かなりのものがある。友人にフォスコ・マライーニがいたことでも大きな力となったことだろう。むしろ翻訳者の日本史にかんする知識不足がやや散見されたが、ささいな間違いを訂正しない編集者にも責任がある。   

 Wikipedia でみると、ヴァリニャーノの記述は日本語版の方がイタリア語版より長いのは、イタリアでの認知度がやや低いことを意味しているのだろうか。  

 海外で活躍しながら日本では知られていない日本人がいるが、ヴァリニャーノはこの反対のケースのようだ。著者の問題意識は、この知られざるイタリア人をイタリアにあらためて紹介したいということにあった。  


ヴァリリャーノ布教方針はローカリゼーション(現地化)のさきがけ

 イエズス会本部から34歳にして全権委譲されたヴァリニャーノは、アフリカから日本に至るまでの地域を「巡察」する責任権限を与えられていた。

 もともとザビエルのこlとを知って日本で布教したいという熱烈な思いから出発したヴァリニャーノは、結局日本には3度にわたり滞在し、日本布教の黄金期から黄昏の予感を感じる時期までを日本にかかわったことになる。  

 ナポリ近郊に生まれたヴァリニャーノは、日本にくるまでにすでに、パドヴァ、ヴェネツィア、ローマ、スペイン、ポルトガル、モザンピーク、インド、マラッカ、マカオと異文化を豊富に体験していた。この経験の上にたったヴァリニャーノのアプローチが画期的だったことは、著者自身のコトバを借りれば以下のようになる。

原始キリスト教のモデルに倣い、布教しようとする土地の文化を尊重するという健全な教理に基づいたメソッドは、すぐさま予想もしなかった成功を得た。しかし同時に、イエズス会の内外の多くの人によって反対され、アジアでまたとない布教の機会を逃す原因となった。有効で正統(オーソドックス)なアプローチとして認められ、公式に承認を受けるために、この彼の教えは、20世紀の後半の第二バチカン公会議まで、実に400年近い歳月を待たねばならなかったのである」 (『巡察師』P.68~69)。

 ヨーロッパで発展したキリスト教であるが、ヨーロッパ的要素をそぎ落とした原始キリスト教の精神を、ユダヤキリスト教的な伝統がまったくない日本や中国といった高度文明の異文化に移植するには、キリスト教の原理原則を曲げることなく、その土地の文化を内在的に理解し、自らを適応させ、その上で教えを無理なく伝えるべきだ、とということでえある。

 いわば、「現場発の方法論」であるといえよう。ヴァリニャーノの意義は、現場で苦労してきた宣教師たちの実践に「理論づけ」をし、布教の「方法論として体系化」したことに意義がある、といえる。    

 ヴァリニャーノが体系化した方法論のエッセンスは、以下のとおりである。

現地語に習熟、現地の文化と風習を学んで適応することから始める
現地に大幅な権限委譲を行い、かつ現地人の担当者を育成する
●将来、現地の統轄をまかせることのできる現地人責任者を育成する教育を現地で行う

 海外現地進出にあたっての心得そのものではないか。そのままビジネスに応用できるメソッドである。これを400年前に実践から導き出したのは、すぐれた頭脳による知的財産であるといえよう。 

 中国では、ヴァリニャーノの弟子であるマッテーオ・リッチが、徹底的に中国語をマスターし、文人たちと幅広く交友することから始めたのは、メソッドの忠実な実行者であったことを示している。
 
 しかしながら、現在では「インカルチュレーション」(inculturation)として公認されているこのメソッド最終的にローマ教皇庁では否定され、中国布教も失敗に終わることとなった。    

 日本の布教が結局失敗に終わった原因の一つが、スペインのフランシスコ会士たちが、日本の現状を無視して、自分たちのやり方をダイレクトに押しつけようとしたこともあったようだ。
 
 若桑みどりの前掲書によれば、秀吉はフランシスコ会士のことを「蓑虫(みのむし)」といって軽蔑したらしいが、たしかに言い得て妙である。

 清貧も文化を異にすると、まったく理解されない、という好例である。もちろん信長・秀吉の時代は、いわば日本版バロックのような豪華絢爛な時代であったから、裸足できたない修道服をまとったフランシスカンがあの時代の日本にいたということ自体、なかなか想像しにくい。

 南蛮屏風に描かれたのはイエズス会士のみなので、フランシスコ会士の画像は見たことがない。 もしあれば面白いのだが。 


異文化でビジネスをするという実践(プラクティス)

 異文化でビジネスをするには、まずその現地の文化をよく理解して、できれば現地語も学んで、というのは現在の日本でも常識になっているはずだが、必ずしもそうでないことは、アメリカでもタイでも多数目撃してきた。  
 
 海外の現地企業では、日本人が日本人だけで固まり、日本語のできる人間に「おんぶにだっこ」の状態になる。
 
 日本にある外資系企業もまた、バナナと呼ばれる日本人が幅をきかしている。その心は、見た目は黄色いが、中身は白い、ということ。 英語はできても実務はうとい。これではいつまでたっても、本当の成果は上がらないわけである

 理論というものは、言うは易く行うは難し。実行するに当たっては、それなりのノウハウが必要になるが、これは教科書だけで学ぶことは不可能である。実践の場で鍛えられて初めて自分のもののなるという性格をもつもののなのだ。






PS 読みやすくするために改行を増やし、小見出しをあらたに加えた。「インカルチュレーション」(inculturation)にかんする加筆と<関連サイト>における説明を加えた。 (2014年2月5日)


<関連サイト>

「インカルチュレーション」(inculturation) wikipedia英語版(日本語版はない)
・・以下のように定義がされている。 "Inculturation is a term used in Christianity, especially in the Roman Catholic Church, referring to the adaptation of the way Church teachings are presented to non-Christian cultures, and to the influence of those cultures on the evolution of these teachings." (「インカルチュレーション」とはキリスト教、とくにカトリックで使用される用語で、教会の教えを非キリスト教文化に適応させキリスト教の教えの進化に非キリスト教文化の影響させる方法を指している)。 マッテーオ・リッチの中国布教において「中国化」が角であるとして、のちに「典礼問題」としてバチカンで大問題になったことが説明されている。なお、日本のカトリック作家・遠藤周作の生涯のテーマは「インカルチュレーション」であったといえるかもしれない





<ブログ内関連記事>

異文化マーケティングと布教

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)-新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010) 
・・アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たした事実は、ルターによる聖書のドイツ語訳とのアナロジーを思わせるものがある


■ローカリゼーション(現地化)

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?

なぜ「経営現地化」が必要か?-欧米の多国籍企業の歴史に学ぶ




イエズス会とカトリック

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・「クアトロ・ラガッツィ」とはイタリア語で「遣欧少年使節」の4人のこと。第一次グローバリゼーション時代の異文化との出会いと葛藤を描いた大作

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人
・・イエズス会士のフロイスは日本布教の記録である『日本誌』を編纂

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・イエズス会の創始者・聖イグナティウス・ロヨラの『霊操』(スピリチュアル・エクササイズ)についても触れている

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5) ・・フランシスコ会の始祖フランチェスコ

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

(2014年2月5日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)









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