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2019年1月7日月曜日

書評 『日本政治思想史〔17~19世紀〕』(渡辺浩、東京大学出版会、2010)-歴史は「断絶」ではなく「連続」していることを、斬新な切り口と縦横無尽な引用で読ませてくれる渾身の一冊


『日本政治思想史〔17~19世紀〕』(渡辺浩、東京大学出版会、2010)を通読した。以前から読むことを強く薦められていたが、まとまった時間がとれる年末年始に腰を据えて読みたいと思っていたのだ。そっけないタイトルだが、じつに面白い内容だ。読みごたえあり! 


■初期近代(=近世)に生きた日本人が考えてきたこと

副題にある17世紀から19世紀は、より正確に記せば1601年から1901年になる。天下分け目の「関ヶ原の戦い」(1600年)から、近代日本を代表する思想家である福澤諭吉と中江兆民が亡くなった年までの300年間である。 

このなかに、江戸時代がすっぽりと入る江戸幕府の開幕から、幕末・開国を経て明治時代中期までがその範囲だ。だから「江戸時代政治思想史」といってもいいのだが、守備範囲はきわめて広く、思想家の政治思想だけでなく、関連する思想全般が扱われる。たとえば、身分制度のもとで人口の大多数を占めていた百姓(その大半は農民)のしたたかさや、「性」をめぐる状況などまで、すべてを「思想」という観点から捉えた魅力的なテーマが満載だ。 

東京大学法学部での長年にわたる講義をもとに書き下ろされた政治思想の通史だが、語り口がユニークなだけでなく、個々の思想家の思想の引用がまた独特だ。聞いたこともないような無名の人びとの発言や、有名な思想家だがこんな文章があるとは知らなかったというような引用が、原文のまま縦横無尽にちりばめられており、読んでいて飽きることがない(ただし、漢文は読み下しにして句読点も加えられているが、現代語訳は併記されていない)

一つだけ具体例をあげておくと、本居宣長の「もののあはれ」にかんする章がある。私は「もののあはれ」というのは、てっきり宣長による造語だと思いこんでいたのだが、じつはそうではなく、同時代の表現者の多くが使用していたことが、豊富な実例で示されている。これなんかは、著者ならではの博引旁証というべきだろう。

全部で22章あるすべての章が、それぞれが独立した内容となっていながらも、それぞれ互いに連関しあいながら、近世から近代へと向かっていく通史でもある。 


「開国」の思想的インパクトと倒幕へのエネルギー

圧倒的な武力を背景にした徳川幕府という軍事政権のもと、それとは矛盾する統治の学である朱子学(=新儒教)を出発点しながら、いかに自前の政治思想が生まれ、大きな制約条件の下にありながらも、ものを考える人たちによってさまざまな思想が展開され、思想のそれぞれが互いに触発し合いながら発展し成長していく。このプロセスそのものが興味深いのだ。 

ついには「外圧」というインパクトを思想的に(!)受け止め、物心両面でもっとも追い詰められ鬱屈していた下級武士を中心にした「革命」によって暴力的に幕府が倒されることになるわけだが、そこに至るプロセスを著者にしたがってフォローしていくと、それはけっして断絶ではなく連続であったことが納得させられる。内発的な経済発展と思想的成熟があったからこそ、外圧を利用して世界的にも希有な「革命」が実現したのである。 

下級武士であった福澤諭吉の述懐を借りて、著者自身の内心も吐露されているような気がする。もちろん、私も当時の下級武士たちに大いなる共感を感じている。


■初期近代(=近世)の日本と西欧

17世紀から19世紀は、歴史区分でいえば「初期近代」すなわち「近世」から、「後期近代」すなわち狭義の「近代」にかけての時期にあたるが、この時期の日本は、ある意味では西欧とパラレルな関係にある。日本も西欧もともに、16世紀の激しい武力闘争をへた後に、絶対主義的な政治制度を確立した点は共通しているが、「宗教」の政治的位置づけにかんしては大きく異なる道を歩むことになったのは大きな違いだ。 

政治権力が特定の宗教と関係と結びつかない日本では(信長も秀吉も家康もみなプラグマティックな対応である)、世俗の政治権力を超越する一神教のキリスト教が徹底的に排除されたのは当然であった。西欧による直接的な軍事侵略だけでなく、布教と侵略がセットになった「間接侵略」も恐れていたのである。つまり、間接的な形ではあるが、幕府が崩壊するまでつねに西欧が意識されつづけていたわけだ。西欧勢力が18世紀末に間近に迫ってくるまで平和を享受できたたのは、西欧勢力が直接的な軍事的脅威ではなかっただけのことなのだ。 

だが、近世の日本を同時代の西欧を比較しながらみていくと、なかなか面白い共通性も見いだすことができる。この本を読む楽しみは、そんなところにもある。直接的な影響を与えた朱子学など中国の思想だけでなく、ホッブスからロックやアダム・スミス、ルソーにに至る同時代の西欧の思想家との対比が興味深い。日本人による自前の思想はオリジナルなものではあるが、けっして世界的に見て特異で孤立したものではないことがわかる。


■ 聞こえのいい「通説」に対する異議申し立て

「日本すごい本」が、相も変わらず出版されつづけてベストセラーになったりもしているが、著者はそういった聞こえのいい「通説」に対して、実際はそうではないのだよということを、斬新な切り口で、大量の引用をともなったごちゃごちゃ感がありながらも、じつに説得力ある仕方で説明してくれる。わかりやすい説明にはウソがあるのだ。これから歴史物を書く人は、小説家であれ評論家であれ、この本を読み込んでからにしたほうがいい。強くそう思う次第だ。 

正直いって、こんな本は、とても書けるものではない。それほど、中身の濃いが読みやすい、しかも「渾身の一冊」なのである。







目 次 
序章 本書への招待 
第1章 「中華」の政治思想-儒学 
第2章 武士たちの悩み 
第3章 「御威光」の構造-徳川政治体制 
第4章 「家職国家」と「立身出世」 
第5章 魅力的な危険思想-儒学の摂取と軋轢 
第6章 隣国の正統-朱子学の体系 
第7章 「愛」の逆説-伊藤仁斎(東涯)の思想 
第8章 「日本国王」のために-新井白石の思想と政策
第9章 反「近代」の構想-荻生徂徠の思想 
第10章 無頼と放伐-徂徠学の崩壊
第11章 反都市のユートピア-安藤昌益の思想 
第12章 「御百姓」たちと強訴 
第13章 奇妙な「真心」-本居宣長の思想
第14章 民ヲウカス-海保青陵の思想
第15章 「日本」とは何か-構造と変化 
第16章 「性」の不思議 
第17章 「西洋」とは何か-構造と変化 
第18章 思想問題としての「開国」  
第19章 「瓦解」と「一新」  
第20章 「文明開化」  
第21章 福沢諭吉の「誓願」  
第22章 ルソーと理義-中江兆民の思想 
あとがき

著者プロフィール 
渡辺浩(わたなべ・ひろし) 
1946年、横浜生まれ。1969年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。同助手、同助教授を経て、1983年より東京大学教授、同じ丸山眞男門下の松本三之介の後任として日本政治思想史講座を担当する。専門は日本政治思想史、アジア政治思想史。東京大学理事副学長、日本政治学会理事長などを経て、2010年、法政大学法学部教授。2017年定年、法政大学名誉教授。同年、日本学士院会員に選ばれる。東京大学名誉教授。
著書は、『近世日本社会と宋学』(東京大学出版会、1985年) 『近世日本政治思想』(放送大学、1985年) 『東アジアの王権と思想』(東京大学出版会、1997年) 『日本政治思想史 十七~十九世紀』(東京大学出版会、2010年)がある。(Wikipedia記載の情報を編集)


<関連サイト>


Book Review: A History of Japanese Political Thought, 1600-1901, by Watanabe Hiroshi. Tokyo : International House of Japan (Kaufmann, Paulus)
・・本書英文版への書評


<ブログ内関連記事>

書評 『日本教の社会学』(山本七平/小室直樹、ビジネス社、2016 単行本初版 1981)-「日本教」というキーワードで日本社会をあざやかに分析した濃密かつ濃厚で骨太な議論
・・「本書のなかで、なんといってもいちばん興味深いのは最終章である「第9章 日本資本主義精神の基盤-崎門(きもん)の学」で詳細に取り上げられている浅見絅斎(あさみ・けいさい)の思想だ。」


「湯島聖堂」に久々に立ち寄ってみた(2019年1月3日)-だが日本は明治時代になるまで「科挙」の影響を受けていないのである

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①

「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年8月12日)-江戸時代後期(=19世紀前半)の日本をモノをつうじて捉える

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった


福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

書評 『西洋が見えてきた頃(亀井俊介の仕事 3)』(亀井俊介、南雲堂、1988)-幕末の「西洋との出会い」をアメリカからはじめた日本


■同時代のパラレル世界としての西欧

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る




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