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2025年2月7日金曜日

書評『ヤンキーと地元 ― 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』(打越正行、ちくま文庫、2024)―「つかえない内部観察者」という立ち位置による「参与観察」の成果

 


10年にわたって底辺に生きる若者たちとともに行動をともにし、「参与観察」というフィールドワークによって調査を行ってきた社会学者による、読み応えのある渾身の一冊だ。 

この本の存在を知ったのは、じつは著者の訃報をネットニュースで知ってからだ。 昨年2024年12月9日に45歳で急逝した著者。さっそく検索して本書の存在を知った。 

しばらく品切れになっていが、入手したのは12月25日付けの第3刷。だが、2024年11月10日が初版の本書には、著者の死去についてはなにも記されていない。「追記」が必要だと思うのだが・・・ 

ここに記されているのは、2007年から10年間に及ぶ「つかえない内部観察者」という立場による究極の「参与観察」の記録。寝食をともにし、行動をともにしてこそ見えてくるものがある。その記録としてのエスノグラフィー(民族誌)である。 

食えない人文系の研究者である著者は、クラウドファンディングによる支援で、単行本としてまとめ上げることができた。本書は著者にとっては研究の区切りとなるものであり、文字通り代表作となった(・・なってしまった、と言うべきか)。 

登場人物は、著者以外は匿名にしてあるが、リアルな人間の顔の見える、読み応えのある私的ノンフィクションとして読むことも可能だ。 

著者は、文庫版に収録された「補論 パシリとしての生き様に学ぶ」で、「参与観察における調査者の立場」を2軸マトリクスで4つに分類している。

関係性としての「部外者/内部者」をヨコ軸に、有用性としての「つかえる/つかえない」をタテ軸にした4象限である。以下に示した③と④がいわゆる「参与観察」である。


①つかえない部外者
②つかえる部外者
③つかえる内部関係者
④つかえない内部関係者 


調査対象の内部に入り込む「参与観察」においては、「内部関係者」となることが求められるわけだが、「つかえる」か「つかえない」という違いが、意外と大きな意味をもってくることが、著者自身の「パシリ」としての立ち位置の記録から見えてくる。 それは「寄り添う」などという美辞麗句で表現されるものではない。

著者自身の「自分史」から、おのずと見いだされてきた立ち位置。これは著者独自の希有なものだと言わざるを得ないが、同時に、誰にでもその人なりの立ち位置というものがあることも示唆している。著者とおなじであるハズがないのだから。


(先行する社会学者の佐藤郁哉氏による『暴走族のエスノグラフィー』(新曜社、1984)は、カメラマンという属性によって「参与観察」した成果)


結論めいたものがいっさい記されていない本書だが、間違いなく言えるのは、2007年から10年にかけての、「地元」に生きる沖縄の若者たちの、声にならない声を拾い上げ、記録として残されたことだ。 

読者としては、安直な要約で済ませてしまうのではなく。あくまでもその記録を記録として受け取るべきなのだろう。 

●この記録は沖縄固有のものなのか、それとも日本社会全体に共通するものでもあるのか? ●少子化が進むなか、沖縄の現場労働における外国人労働者の状況は?  

などなど、そんな問いの数々が誘発されるのは、この本に記された内容が、それだけリアルなものだからなのだ。 


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目 次
はじめに 
第1章 暴走族少年らとの出会い 
第2章 地元の建設会社 
第3章 性風俗店を経営する 
第4章 地元を見切る 
第5章 アジトの仲間、そして家族 
補論 パシリとしての生き様に学ぶ ー その後の『ヤンキーと地元』 
解説 打越正行という希望(岸政彦) 
初出一覧 
調査実施一覧 
生活史インタビュー・実施記録 
参考文献

著者プロフィール
打越正行(うちこし・まさゆき)
1979年生まれ。社会学者。2016年、首都大学東京人文科学研究科にて博士号(社会学)を取得。文庫版出版当時、和光大学現代人間学部専任講師、特定非営利活動法人社会理論・動態研究所研究員。2024年12月9日に45歳で急逝。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆修正)


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2022年2月2日水曜日

書評『ロシアトヨタ戦記』(西谷公明、中央公論新社、2021)― 復興期から絶頂期を経てリーマンショックで大打撃を受けるまでのロシアビジネス体験記

 

 『ロシアトヨタ戦記』(西谷公明、中央公論新社、2021)を読了。2004年から2009年までの5年間を現地法人のロシアトヨタ社長として体験したエコノミストの回想記。たいへん興味深く読んだ。  

昨年2021年末にソ連崩壊から30年が経過したが、2004年時点はまだソ連崩壊から14年目であった。まさに敗戦後の日本がたどったように、経済復興から経済成長に移行しようとする時期であった。 

プーチン政権の反米志向が明確になっておらず、現在よりはるかに好景気に恵まれていたのは、高騰する原油価格がロシア経済を押し上げていたからだ。ソ連時代と変わらず、ロシア経済は原油価格の変動に左右される、典型的な資源国の経済である。 

そんな2004年に、ロシアトヨタの2代目社長として赴任した著者は、トヨタの「中の人」でありながら、「外の目」を備えた人でもあった。長銀破綻後に中途でトヨタに入社した人であり、トヨタに入ってから国際マーケティングの部署で自動車ビジネスをゼロから学んだ人だからだ。

モスクワを拠点にした販売会社の舵取りを任されることになったが、上り調子の経済を背景に倍々ゲームで自動車販売を拡大させていく。 

このほかに与えられたミッションは、ロシア国内の製造拠点確保に道筋をつけることと、モスクワの販売会社の新社屋を建設することであった。 

これらのミッションは、著者の在任中にいずれもコンプリートさせている。工場は、プーチンの出身地でもあるサンクトペテルブルクに、販社の新社屋はモスクワ郊外にゼロベースで建設にこぎつけている。 

2008年のリーマンショックで大打撃を受けたのはロシア経済もおなじであったが、資源国ロシアの経済がいかに脆弱であるか、著者は身をもって痛感することになった。積み増す在庫の山、資金繰りに苦慮し、債務超過の瀬戸際まで追い込まれる。 

そんなロシア経済のジェットコースターのような絶頂期と急落期をともに体験した著者による、リアルビジネスの遭遇した体験の数々は、「外部の視点をもった異色な "中の人"」による、ある種の参与観察型のフィールドワークの記録であり、たいへん興味深く、かつ貴重なエピソードや教訓として読むことができる。 

読者は、けっして外部から観察し分析しただけではわからない、底知れぬ闇も含めたロシア経済のリアルを、追体験することができるのである。著者はロシアのことを「未成熟社会」と形容しているが、むしろ「発展途上国」と言うべきかもしれない。 

トヨタのロシアビジネスが、奥田碩(おくだ・ひろし)という非同族の出身者で、きわめて強烈なキャラクターの経営者のもとで推進されたことが、この本を読むとよくわかる。これが本書の底流を貫くテーマでもある。 

「間奏曲」として挿入された「シベリア鉄道旅行譚」は、自動車の製品輸送手段としてのシベリア鉄道の可能性についての調査であり、かつ相談役となっていた奥田碩氏のたっての希望で実現した、極東のハバロフスクからイルクーツクまでの2泊3日の同行記である。

 経営者としての奥田氏の人柄を知ることのできる興味深い読み物となっているだけでなく、ソ連崩壊から17年目の2007年当時のシベリア鉄道の状況についての報告でもある。1999年に旅した自分自身の体験も思い出しながら読んだが、8年たっても自分が旅した当時とあまり変化のないことに、ある種の驚きを覚えた。

著者の西谷氏は、わたしにとっては、かつての同僚であり、その人柄はよく知っている。長銀破綻後はまったくお会いしていないが、この間にそんな体験を積んでいたのか、と。そういった個人的感想は抜きにしても、面白い内容の本であった。 

この本に書かれたことは、そのごく一部に過ぎないであろうが、女優・岸惠子の長編小説『わりなき恋』をめぐる知られざるエピソードなどは、通常のビジネスものにはない著者独自の個性の発揮された読み物といっていいだろう。ただし、内容については読んでみてのお楽しみということにしておこう。


(画像をクリック!)



目 次 
プロローグ 
第1章 ロシア進出
第2章 未成熟社会
第3章 一燈を提げて行く
間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
第4章 リーマンショック、その後
エピローグ

著者プロフィール
西谷公明(にしたに・ともあき)
1953年愛知県生まれ。1984年早稲田大学大学院経済学研究科修了(国際経済論)。87年株式会社長銀総合研究所入社。1992年ウクライナ最高会議経済改革管理委員会メンバー。1996年在ウクライナ日本国大使館専門調査員。1999年トヨタ自動車株式会社入社。2004年1月から09年7月までトヨタロシア社長兼モスクワ駐在員室長を務める。その後、トヨタ自動車株式会社欧州本部BRロシア室長、海外渉外部主査を歴任。2012年より株式会社国際経済研究所で取締役、理事。2018年7月に合同会社N&Rアソシエイツを設立し、代表に就任。著書に『通貨誕生―ウクライナ独立を賭けた闘い』『ユーラシア・ダイナミズム―大陸の胎動を読み解く地政学』がある。(amazon書籍ページより)


<関連サイト>

コロナ禍を機に大衆化、「シベリア鉄道」の大改革(東洋経済オンライン、2022年2月23日)
・・シャワーつきの車両も導入されたようだ。これは大きな前進というべきだろう

(2022年2月23日 項目新設)


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2015年4月28日火曜日

書評『オタ中国人の憂鬱 ― 怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力』(百元籠羊、武田ランダムハウスジャパン、2011)― 中学から大学まで北京で生活した日本人が語る中国のオタク事情



中国にも日本の動漫、つまり動画(=アニメ)や漫画(=マンガ)をこよなく愛するオタクたちがいる。このことはすでに『中国動漫新人類 (NB online books) 』(遠藤 誉、日経BP社、2008)の元になったネット連載記事で全面的に紹介されているので、日本でも知っている人は少なくないと思う。

つい最近出版された 『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)でも、著者自身は詳しくないと断りつつ、日本アニメ好きの中国のオタクたちの生態について一章を割いて紹介されていた。

アマゾンから機械的に「レコメンド」されたのが、『オタ中国人の憂鬱-怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力-』(百元籠羊、武田ランダムハウスジャパン、2011)である。すでに4年前の出版だが、いままでまったく知らなかった。さっそくマーケットプレイスで購入。

読み出したら、これがまったく面白い。中国のオタクたちが掲示板に投稿した内容を日本語で紹介しているのだが、中国のオタクたちのリアルな肉声とホンネが聞こえてくる。これは貴重なドキュメントでもある。

著者は、「1980年東京生まれの日本人。中学から大学まで北京で生活。中国人の対日感情がどんどん悪化していくなか、予想もしなかった「日本のオタク文化が好き」な中国人達と遭遇して救われた過去を持つ」というプロフィールの人だ。

同時代の中国人オタクたちを、その渦中にあって当事者として「参与観察」してきた人だけに、臨場感が違う。

こういうものは、当事者でしか書けない内容だ。中国のテレビで日本のアニメが放送されていた時代から、インターネットで日本アニメをまとめて視聴する時代への移行期、そしてネットでリアルタイムで日本のアニメを視聴する現在までを体験しており、具体的な作品に即して体験談を織り交ぜながらつづっている。

取り上げられているのは、「ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」、「涼宮ハルヒの憂鬱」、「ときめきメモリアル」(これはゲーム)、「北斗の拳」、「聖闘士星矢」、「スラムダンク」、「ウルトラマン」などなど。

これらの作品が中国で受容されていったプロセスが具体的に詳しく書かれているので興味深い。そこから見えてくるのは、中国人の関心と感性の、日本人との共通性と相違点である。

なといっても面白いのは、なんでも「萌え化」してしまう日本人に中国人オタクが脱力しているという話だろう。

たしかに日本では自衛隊や警察にまでキャラ化や萌え化が浸透しているのは、「おいおい、こんなのありか?」と、わたしですら最初はとまどいを感じたものだ。「かわいい」大好きの日本社会で親しみを感じてもらって、かつリクルート活動を効果的にすすめるためには、もはや必要不可欠なのだろう。

かつて日本人も、米軍兵士が戦闘機などに貼りまくっていたピンナップガールのポスターに、「こんな国と戦争して負けたのか・・」と敗戦後に脱力感を抱いたようだが、現代中国人も日本に似たような感想を抱いているのは、社会の成熟度の違いで説明できるかもしれない。


(オタ中国人へ侵攻開始: 日本鬼子&小日本 帯ウラより)


その日本のオタクたちが、尖閣問題で噴出した「反日」に対抗して打ち出してきたのが、「日本鬼子」(ひのもと・おにこ)と小日本(こひのもと)という萌えキャラ。

中国人が日本人に対して使用する最大の侮蔑表現である「日本鬼子」(リーベングイズ)、「小日本」(シャオリーベン)を日本語で読み替えて萌えキャラ化してしまったのだ。

わたしもこの事情はネットで見ていたが、そもそもこれらの侮蔑表現が日本人にはピンとこないだけでなく、まったく意に介さないことを中国人に知らしめてしまったことに、ニヤリと感じたものだ。

それ以来、「日本鬼子」や「小日本」をネット検索しても、つぎからつぎへとキャラ化されたイラストが登場する状態で、もはや「日本鬼子」(リーベングイズ)、「小日本」(シャオリーベン)にはまったく攻撃力がなくなってしまっている(笑)のは、日本人からすればたいへん喜ばしい。

日本人本来の諧謔精神というか、しゃれのめす精神を感じて痛快である。「近代」という時代が終わって、日本人本来の精神が復活しているわけだ。これも社会の成熟度の表れとみたい。

アニメ好きではない人にとっても、本書で取り上げられている『三国志』関連の日中の嗜好の違いには注目しておくべきだろう。まだまだ儒教的倫理観の強い中国では、悪人は未来永劫にいたるまで悪人であり、日本人の嗜好とは異なるのである。

日本のアニメが世界中で人気になっているが、中国もまたけっして例外ではない。とはいえ、表現の自由が確保された先進国のヨーロッパ人の受け取り方と、なにかと制約の多い表現の自由のない中国人では、見方に違いがあるようにも思われる。

「日本アニメ受容にみる国際比較」なんてテーマは、誰かやってみたら面白いのではないかと思うなのだが、誰かやらないかな? 読んでいてそんな感想も持ったのであった。





目 次

はじめに 「オタク」が日本を救う!?
オタ中国人的「名作」
 オタ中国人も驚愕するリアルサイズの 「ガンダム」
 カットや修正、それでも見たい 「新世紀エヴァンゲリオン」
 最後の最後までオタ中国人をドキドキさせた 「コードギアス 反逆のルルーシュ」
 大好きだけど、振り回されるのもキツイ 「涼宮ハルヒの憂鬱」
 最新情報を求めてデマや誤報も発生した 「けいおん!」
 ファンの活動で盛り上がった 「ヘタリア」
オタ中国人的「古典作品」
 ケンシロウは健次郎 「北斗の拳」
 オタ中国人の道派ここからはじまった「聖闘士星矢」
 オタ中国人市場最大のブームだった「スラムダンク」
 日本の学校生活のお約束を中国の若者に刻み込んだ 「ときめきメモリアル」
 首相に「ウルトラマンよりも国産アニメを見よう」と名指しされる「ウルトラマン」
オタ中国人的「初めて見た」作品

コラム オタ中国人増殖の背景
 親の目を逃れて楽しむオタク文化
 「学生の恋愛は悪」-中国の一般常識
 日本語学習を頑張るオタ中国人的動機
 
オタ中国人的海賊版
オタ中国人が直面する「日本と中国の違い」
オタ中国人が困惑する「オタク文化」

おわりに 「日本鬼子」オタ中国人へ侵攻開始


著者プロフィール

百元籠羊(ひゃくげん・かごひつじ)
1980年東京生まれの日本人。中学から大学まで北京で生活。中国人の対日感情がどんどん悪化していくなか、予想もしなかった「日本のオタク文化が好き」な中国人達と遭遇して救われた過去を持つ。現在、中国における日本のオタク文化の影響やオタク的な交流についての情報を発信するブログを運営中。 


<関連サイト>

「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む (著者のブログ)
・・「記憶が薄れる前に書いておこうと、北京において行った「文化交流」という名のオタク活動やその方面のネタを適当に綴っております」


<ブログ内関連記事>

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)-中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本 ・・「反日」は「反日」、日本のマンガとアニメは別格。それが中国のリアル

書評 『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)-中国人の消費行動をつうじて、日本人と中国人の相互理解の道をさぐる

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論 
・・この「80后」と「90后」がその中心である

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!

書評 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力-自衛隊はいかに立ち向かうか-』(川村純彦 小学館101新書、2012)-軍事戦略の観点から尖閣問題を考える

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した

『前田建設ファンタジー営業部』(前田建設工業株式会社、幻冬舎、2004)で、ゼネコンの知られざる仕事内容を知る
・・アニメに登場する構築物を、オトナが大まじめにじっさいに設計して積算してみたというもの。アニメの歴史の長い日本ならではだ


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2014年10月27日月曜日

マンガ『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 ①』(竜田一人、講談社、2014)ー 廃炉作業の現場を作業員として体験したマンガ家による仕事マンガ



売れないマンガ家が、アルバイトで作業員になって働く。ここまではとくに珍しいことではないかもしれない。

だが、この『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 』というマンガの作者は、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故をキッカケに、被災地で働きたいという思いを抱く。どうせ働くなら被災地の役に立ちたい、しかも現地を見てみたいという好奇心に促されてのものである。

そういう思いを抱いてから、じっさいに福島第一原発、すなわちこのマンガのタイトルでもある通称「いちえふ」(=1F: Fukushima 1 の略)内部の作業に関与できるまで、なんと1年もかかったという。

この経緯もまたマンガにされているが、なぜ1年間もかかったのかということ自体がネタになる。ハローワークでの求人、そして日本の建設業界における何次にもわたる下請けという業界構造がいかなるものかを具体的に知ることができるからだ。

このマンガは、結果としてマンガによるルポルタージュとなっている。だが、鎌田慧氏がその代表であるようなルポライターやジャーナリストが、身分を偽って作業員として潜入し、現場労働を行って得た情報をもとに現状を告発するという類の内容ではない。

好奇心の強いマンガ家が、みずからも一作業員として廃炉作業に従事することで体験し、観察した事実を、こと細かにマンガとして再現してみせたものだ。文字通りのフィールドワーク(=現場作業)であり、結果として参与観察したことになる。現場作業員の世界を描いた仕事マンガでもある。

ディテールまで詳細に描き込まれているので、とばし読みするのはじつにもったいない。じっくりと絵も文字もすべて読んでいくと、廃炉作業という現場の作業内容と、作業員たちの日常の生態が浮かび上がってくる。

廃炉作業の現場は、基本的には建設現場や工事現場における解体作業である。きわめて男くさい現場である。だが、そこが放射能濃度のきわめて高い汚染地帯であるということが、フツーの作業現場との大きな違いである。

主人公はマンガ家自身であり、一人称による語りが一貫している。取材をベースにしてイマジネーションをふくらませた作品ではなく、あくまでも作者自身の観察に基づいたものだ。

たとえば、現場における防護マスクの装着感や耐え難い蒸し暑さ、ゴム手にたまる膨大な量の汗など、じっさいの体験者ならではの実感は妙にリアルである。このほかの描写もじつに実感のこもったものである。読者は五感を刺激されるだろう。

日本全国から集まってきた作業員たち、福島に生きてきた被災者でもある作業員たち。それぞれバックグラウンドの異なる男たちが「いちえふ」という現場で交錯することになる。これが作者が「いちえふ」で作業に従事していた2012年当時の日本の現実である。

マスコミやSNSをつうじて流布した情報が、限りなく都市伝説(?)に近いことが、このマンガをつうじて理解することができるはずだ。現場ならでは一次情報とはこういうものだ。

この作品はマンガだが、ルポルタージュやノンフィクション作品の棚においておくべきものだろう。2014年秋に続刊が出版されるという。楽しみだ。


(画像をクリック!)

目 次
第零話 「ご安全に!」
第一話 「収束していません」
第二話 「鼻が痒い」
第三話 「2011年のハローワーク」
第四話 「福島サマータイムブルース 前編」
第五話 「福島サマータイムブルース 後編」
第六話 「はじめての1F」
描き下ろし漫画


著者プロフィール  
竜田一人(たつたかずと)
職を転々としたあと、福島第一原発で作業員として働く。福島第一原発で作業員として働いた様子を描いた『いちえふ ~福島第一原子力発電所案内記~』が第34回MANGA OPENの大賞を受賞した。(出版社サイトより)



PS 『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』 の第2巻は2015年2月に発売された。

第2巻では、第1巻のつづきで2012年当時の作業の状況と、ふたたび2014年に「いちえふ」に戻ってからの状況、一回目の作業からマンガ発表当時の裏事情などが描かれている。
目 次

第七話 原発無宿
第八話 劇団いちえふ
第九話 線量役者
第十話 N-1経由1F行き
第十一話 ギターを持った作業員
第十二話 ヒーローインタビュー
第十三話 1F指輪物語
第十四話 (Get Your Kicks On) Route 6 !
第十五話 アイル・ビー・バック
番外編 取り出し作業の注意事項
番外編2 男の背中

同時進行のルポルタージュとして、ぜひ今後も長く「いちえふ」と福島についてのリポートをつづけていってほしいと思う。(2015年6月6日 記す)。


<関連サイト>

いちえふ(講談社モーニング 公式サイト)


<ブログ内関連記事>

■原発事故関連

鎮魂・吉田昌郎所長-『死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日-』(門田隆将、PHP、2012)で「現場」での闘いを共にする

書評 『官邸から見た原発事故の真実-これから始まる真の危機-』(田坂広志、光文社新書、2012)-「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

書評 『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)-「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい
・・原子力産業草創期にエンジニアとしてかかわった著者の軌跡

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!


■「仕事マンガ」関連

書評 『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン-』(梅崎 修、ナカニシヤ出版、2011)-映画や小説ではなくなぜ「仕事マンガ」にヒントがあるのか?

『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)-いやあ、それにしても実にシブいマンガだ!
・・ものづくり現場を舞台にしたガテン系マンガ

働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)

書評 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)-その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

『重版出来!①』(松田奈緒子、小学館、2013)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!


■参与観察法

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『搾取される若者たち-バイク便ライダーは見た!-』(阿部真大、集英社新書、2006)-バイク便ライダーとして参与観察したフィールドワークによる労働社会学

マンガ 『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお、イーストプレス、2013)は、図らずもアル中病棟で参与観察型のフィールドワークを行うことになったマンガ家によるノンフィクション

マンガ 『プロデューサーになりたい』(磯山晶、講談社、1995)-人気TVドラマを生み出してきた現役プロデューサーがみずから描いた仕事マンガ


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