ユーラシア大陸の東端から距離をおいて位置する島国・日本からは、ユーラシア大陸内部で進行する長期的な「地殻変動」については、なかなか視野に入ってこないだけではない。感覚的にピンとこないこともある。
『ユーラシア・ダイナミズム-大陸の胎動を読み解く地政学(叢書・知を究める 17) 』(西谷公明、ミネルヴァ書房、2019)は、ロシアと中国の関係を、経済関係を中心に考察したものだ。切り口は、モンゴルと中央アジアという、大国の狭間にある国々の視点である。
1980年代から進行する事態を一言で表現すれば、ロシアと中国の選手交代ということになる。
石油とガスという資源輸出に依存したロシア経済は、ソ連崩壊とその後の存亡の危機ともいうべき大混乱を招いた一方、第3次グローバリゼーションの波にうまく乗ることができた中国は「世界の工場」として台頭した。
GDP規模からみたら、中国はロシアの8倍になっている。ロシアと中国の関係は、この40年で完全に逆転したのである。この関係はそう簡単にくつがえることはなさそうだ。長期的な変動プロセスであると考えるべきであろう。
(現在の中ロ関係の逆転状況を象徴的に表現した The Economist 2019年7月27日号のカバー)
このユーラシア大陸内部における大国・中国とロシアの狭間に位置しているのが、ソ連の衛星国であったモンゴルであり、ソ連崩壊後に独立した中央アジア諸国である。
中国の西端に位置するのが新疆ウイグル自治区だが、この地と国境を接するカザフスタンをはじめとした中央アジア諸国は、中国が構想する「一帯一路」の「陸路」における重要拠点となっている。シルクロード時代の「中継貿易」の再来である。
巨大な中国経済圏のなかに飲み込まれつつある中央アジアは、しかしながら一方では軍事安全保障の面ではロシアに依存する姿勢を示している。
経済面では重要なパートナーであるとしても、中国を完全に信頼しているわけではない。だから、中央アジア諸国は中国におんぶにだっことはならないのである。ソ連時代の70年間の統治下でロシア語が普及し、ロシアへの親近感が強いことがその根底にあるという。
この状況は日本の立ち位置と構造的に似たものがあるような気がする。実質的に巨大な中国経済圏に組み込まれつつある日本も、安全保障面では米国に依存している。ねじれ状態が発生しているのである。
もちろん、ロシアと米国ではプレイヤーとしての性格は異なるが、中央アジアも日本も、巨大な中国に飲み込まれまいと牽制する点においては共通したものがあるといえよう。
経済関係からみた中ロ関係は、資源国ロシアが中国に石油とガスを輸出し、中国が消費財を含めた工業製品をロシアに輸出するという関係にある。経済的にも密接なパートナーとなっているのである。
経済関係を軸にすると、さまざまなことが見えてくるが、もちろん経済関係だけがすべてではない。
中国との長い国境線をもつロシアにとって、経済と安全保障をどう両立させているかについてのロシアなりの解決策が、極東からのパイプラインの敷設ルートに端的に表現されている。この指摘は重要だ。
著者は、ウクライナ日本大使館専門調査員を経て、ロシアトヨタの社長としてロシア国内の販売網構築に奔走した経験をもつエコノミストである。経済データと歴史文化、旧ソ連圏での豊富な現場経験を踏まえた記述が、読ませるものとなっている。
「ユーラシア大陸内部で進行する中ロ関係の構造的変化」をテーマにしたものだが、タイトルは、もっと内容に即したものにしたほうが良かったのではないかという気がするのだが・・。
目 次はしがき-動態的ユーラシア試論関係地図序説 モンゴル草原から見たユーラシア第1章 変貌するユーラシア第2章 シルクロード経済ベルトと中央アジア第3章 上海協力機構と西域第4章 ロシア、ユーラシア国家の命運第5章 胎動する大陸と海の日本主要参考文献あとがき索引
著者プロフィール西谷公明(にしたに・ともあき)1953年 生まれ。 1984年 早稲田大学大学院経済学研究科国際経済論専攻博士前期課程修了。 1987年 株式会社長銀総合研究所入社。ウクライナ日本大使館専門調査員をへて、 1999年 トヨタ自動車株式会社入社。ロシアトヨタ社長、BRロシア室長、海外渉外部主査などを歴任。 2012年 株式会社国際経済研究所取締役理事。同シニア・フェローをへて、2018年独立。 現 在 エコノミスト、合同会社N&Rアソシエイツ代表。株式会社国際経済研究所非常勤フェロー。(*本情報は刊行時のものです)
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