経済学者が書いた経済書であるが、日本企業の状況を踏まえた議論は、なかなか説得力がある。
「モノからコトへ」とか「経済のサービス化」、そして「知識経済」などのフレーズが説かれるようになってから久しい。
こういった言説が、ビジネスや経営をめぐる世界ではほぼ「常識」となっているのにかかわらず、なぜその主体であるはずの日本企業も、その活動を支援する日本政府も時代の流れに取り残されているのか?
著者はその理由を、1970年代以降に資本主義が構造変化してきたという認識が、いまだ十分に理解されず、企業関係者や政策担当者の常識となっていないことに求めている。
本書は、そんな著者の主張を支えるため、さまざまな実証データをつかって分析し、提言として処方箋を提示しているている。処方箋はやや「あるべき論」が前面にでているが、分析そのものは興味深い。
著者のキーコンセプトは、「資本主義の非物質的転回」というものだ。
なんだかとっつきにくい表現だが、「非物質的転回」とは、経済が「物質」というモノ中心から、「非物質」すなわち「モノ以外」の要素のウェイトが高くなり、その流れは不可逆的に推移しているということを意味している。
物質(モノ)とは、「形あるもの」を指している。非物質(=モノ以外)とは、「形なきもの」を指している。後者は、情報であり、知識である。形ある「タンジブル」(tangibles)に対する「インタンジブル」(intangibles)である。「インタンジブル」のウェイトが高い経済構造に変化しているのである。
もちろん、「ものつくり」そのものが今後も消えてなくなることはないが、日本企業が「ものつくり」というコトバに呪縛され、身動きが取れなくなっている状態から解放されることが必要だ。
新規の設備投資だけでなく、無形資産への投資が必要なのである。
「知識」を生み出し、「知識」を活用する主体はヒトである。だからこそ、人材投資が必要なのである。コストではなく、投資と考えなくてはならないのだ。
資本主義をサステイナブルなものにしていくために、著者が提唱しているのが「社会的投資国家」である。そのモデルのひとつとしてスウェーデンの政策が紹介されているが、読んでいてなるほどと思わされる。
スウェーデンは、「個人を守るが、企業は守らない」というポリシーを政策の原則として一貫させてきたという。
競争力を失った企業は市場から退出させるが、失業した労働者に政府が「人材投資」を行って、転職を支援する制度である。ベーシックインカムとは異なり、働くことに意味を見いだす思想が背景にある。
脱炭素化投資がなぜ競争力強化につながるかという議論も説得力がある。人材投資と同様に、脱炭素化への取り組みはコストではなく、投資と考えなくてならないのである。リターンを意識した投資である。
また、経済学者でありながら、パナソニックをはじめ日本企業の実態を熟知している経営コンサルタントのフランシス・マキナニーの著書を絶賛しているのが興味深い。
『日本企業はモノづくり至上主義で生き残れるか ー「スーパー現場」が顧客情報をキャッシュに変える』(倉田幸信訳、ダイヤモンド社、2014)がそれであるが、いまでもまったく古びていない議論であることに納得する。
なぜ DX(デジタリゼーション)が必要なのか、これほど説得力のある主張を行っている本もあまりないかもしれない。DX は目的ではない、あくまでも手段である。この意味を理解することもまた、日本復活のカギとなる。
本書が出版されたのが、新型コロナ感染症(COVID-19)が始まる直前であり、その後の状況を踏まえると、やや古くなっている点もないわけではない。
だが、本書は企業人や政策担当者があたまの整理を行うための、良い手引きとなる本であるといっていいだろう。 大きな流れを理解することができるからだ。
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目 次はしがき第1章 変貌しつつある資本主義第2章 資本主義の進化としての「非物質主義的転回」第3章 製造業のサービス産業化と日本の将来第4章 資本主義・不平等・経済成長終章 社会的投資国家への転換をどのように進めるべきか1 資本主義新時代の経済政策2 人的資本投資の拡充3 「同一労働・同一賃金」、賃金上昇、マクロ経済政策4 脱炭素化へ向けた産業構造転換注参考文献あとがき
著者プロフィール諸富徹(もろとみ・とおる)1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は財政学・環境経済
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