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2024年12月1日日曜日

書評『国家はなぜ衰退するのか 上下 権力・繁栄・貧困の起源』(ダロン・アセモグル/ジェイムズ・ロビンソン、鬼澤忍訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2016)ー 中国の衰退が必然であることは、政治経済学者による「制度」をめぐる歴史研究から導きだされる結論である

 


文庫版を購入からすでに積ん読8年間、単行本が話題になってから11年。原著がでてから12年。この機会を逃したら、読まないままになっていたかもしれない・・・ 

著者の2人を含む3人が、ことし2024年度のノーベル経済学賞の受賞となったのに、積ん読ままだったのだ。時間的余裕と精神的余裕ができたので週末に一気読み。というより、一気読みが可能なほど内容が面白い。 




現在、さまざまな問題をかかえながらも経済的に繁栄しているのは、欧米の先進国と日本その他だが、こういった国々とそれ以外の国々の違いは、なにが原因となったのか?

政治経済学の立場に立つ研究者たちが、15年にわたる研究成果をもとに、一般向けの読み物にしたものだ。 

結論からいえば、政治制度と経済制度の相乗効果が「好循環」を生んだ国々と、「悪循環」となってつづいいる国々との違いなのである。

前者は、政治制度にかんして「包括的」ものを実現している国々であり、後者は「収奪的」な政治制度を維持してきた国々である。「包括的」(inclusive)と「収奪的」(extractive)として対比される「制度」の違いが、大きな違いを生み出しつづけているのだ。 

政治的に「中央集権」が確立していて、国民としての「均質性」が実現したうえで、さらに「多元的」なレベルでの政治参加が可能となっており、「経済活動の自由」が「制度的に保証」されている国、そういった国々では好循環がつづいている。 

現在の繁栄は、「産業革命」以後の200年間に明暗がわかれたわけだが、このチャンスを活かせたかどうかが、きわめて大きな違いを生み出したのだ。

明治維新革命によって「制度変革」を断行し、中央主権体制を確立し、「ネーション」(Nation: 国民国家/民族国家)として確立した日本がいちはやくアジアで繁栄し、現在にいたるまで繁栄がつふづいているのは、十分に理由のあることなのである。 




著者たちは、原著のタイトルを "Why Nations Fail" としているが、ほんとうのことを言ってしまえば、「ネーションの衰退」ではなく「ネーションの失敗」であり、しかも好循環を実現しているのは「ネーション」として確立している国々であり、悪循環をつづけている国は「ネーション」といえるような内実をもっていない。 

キーワードのひとつは「法の支配」(rule of law)である。「法の」(of law)と「法による」(by law) は表現は似ているが、中身は根本的に異なるものだ。このほか「経路依存性」(path dependency)については、言うまでもない。

偶然的要素が大きかったとはいえ、「法の支配」のはじまりがイングランドの「名誉革命」(1688年)にあったことは、きわめて重要な歴史的事実である。イングランドが世界ではじめて「ネイション」(=国民国家/民族国家)として成立したのである。だが、いまだ世界中の大半の国は「ステート」であっても「ネイション」になることができていない。 

政治経済学が専門の著者たちなのだが、この本の9割以上は、結論を実証するため、文字通り世界中から集めてきた、具体的な事例によって語られている。その意味では、この本は経済学というよりも、「応用歴史学」といっていいのかもしれない。 




全部で15章ある本書の終わり近くで、著者たちは中国の繁栄はサステイナブルなものではないと結論づけている。経済活動の自由は、あくまでも中国共産党の枠組みのなかでの自由しかないからだ。共産党の権威を脅かす、アリババのジャック・マーのような突出した企業家の存在は許されないのである。中国の限界は政治制度にある。 

原著出版の2012年時点の結論であることに注目しないわけにはいかない。その意味でも、著者たちが、2024年のノーベル経済学賞受賞となったことは、まさに時宜を得たものということができよう。中国の衰退は、ノーベル賞によって国際的にお墨付きを得たことになる。 


というわけで。せめて2016年の時点で読んでおけばよかったな、と思っている次第。ボリュームは多いが、読むに値す好著である。
 

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PS1 アフリカではほぼ唯一の例外がボツワナだという。ボツワナについては、もっと知る必要があるなと感じている。 

PS2 日本語訳はたいへんこなれているのだが、イノ「ヴェ」ーションとか、インセンティ「ヴ」とか、ペダンティックとしかいいようのない無意味で不愉快な表記が目につく。こういう愚かで無意味な日本語表記については、編集者は強引にでも修正をかけるべきだ。 



目 次
<上巻>
本書への賛辞
序文
第1章 こんなに近いのに、こんなに違う 
第2章 役に立たない理論 
第3章 繁栄と貧困の形成過程 
第4章 小さな相違と決定的な岐路―歴史の重み 
第5章 「私は未来を見た。うまくいっている未来を」―収奪的制度のもとでの成長 
第6章 乖離 
第7章 転換点 
第8章 領域外―発展の障壁
文献の解説と出典
索引(下巻とおなじもの)

<下巻>
第9章 後退する発展 
第10章 繁栄の広がり 
第11章 好循環 
第12章 悪循環 
第13章 こんにち国家はなぜ衰退するのか 
第14章 旧弊を打破する 
第15章 繁栄と貧困を理解する 
謝辞
解説 なぜ「制度」は成長にとって重要なのか(稲葉振一郎)
付録 著者と解説者の質疑応答 
領域外―発展の障壁
文献の解説と出典
索引(上巻とおなじもの)


著者プロフィール
ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)
マサチューセッツ工科大学(MIT)エリザベス&ジェイムズ・キリアン記念経済学教授。トルコ出身。英国ヨーク大学卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得。研究分野は政治経済学、経済発展、経済理論など多岐にわたる。2005年、若手経済学者の登竜門とされ、ノーベル経済学賞にもっとも近いといわれるジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞。

ジェイムズ・ロビンソン(James A. Robinson)
シカゴ大学公共政策大学院ハリススクール教授。英国出身。LSE卒業後、イェール大学で博士号を取得。ハーバード大学教授を経て現職。ラテンアメリカとアフリカの世界的に著名な専門家で、ボツワナや南アフリカなどで研究活動を行なっている。
(出版当時のもの)



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