「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2025 禁無断転載!



2025年6月14日土曜日

「たのしーと」なるものが設置されている! 東武鉄道の意外性と先進性に驚いた(2025年6月13日)

 

約1年ぶりに東武野田線に乗車して驚いた。「たのしーと」(Tanoseat)と銘打った「特別スペース」が車内に設置されていたからだ。 

乗車したのは、船橋駅発柏駅行きの急行列車。新鎌ヶ谷駅で乗車。先頭から2両目の車両に「たのしーと」なるものが設置されていた。


「タノシート」は、幼児と小児、その保護者専用のスペース。1両目は「女性専用車両」となっている。 それにしても、えらく先進的だな! 東武鉄道はあなどれないね。 

ただし野田線のことを「アーバンパークライン」なんていう、キラキラネームのカタカナの愛称(?)をつけているのは、いただけないが・・・ 


<関連記事>

・・「東武鉄道は16日、東武アーバンパークライン(野田線)の新型車両80000系を2025年から導入すると発表した。最新機器の搭載や5両編成化などにより、省エネ・CO2削減による環境負荷低減を図る。(・・・中略・・・)
80000系は東武グループのめざす「人にやさしく 人と地域が共に輝きつづける社会」の実現を念頭に、子育て世代に優しい車両をコンセプトとした。小さなこどもやその家族が車内で快適に過ごせるよう、全編成に「たのしーと」を設定。こども部屋をイメージした内装を施すとともに、ベビーカー利用者が隣で座れる構造を実現している。車内に防犯カメラも設置し、安心して利用できる環境を提供する。」


<ブログ内関連記事>



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2025年6月13日金曜日

映画『にがい米』(1947年、イタリア)をはじめて視聴(2025年6月12日) ー いまから80年前のイタリアの田植え風景を映画で見る

 

「令和の米騒動」ということで、コメ問題がここ最近の話題になっているので、稲作農業を扱った往年のイタリア映画を視聴してみた。

タイトルは『にがい米』(Riso Amaro)。モノクロ104分。主演はシルヴァーナ・マンガーノ。

枢軸国の一員だったイタリアは、早くも1943年7月に降伏しているが、この映画は解放後の1947年の製作。日本公開は1949年(昭和24年)。

この映画のことを知ったのは、高校時代のことだったと思う。すでに40年以上も前のことになる。それ以来、『にがい米』というタイトルと、シルヴァーナ・マンガーノという女優の名前は脳裏に刻みこまれた。

世界の名作映画の解説本で知ったのだが、当時は視聴する機会がまったくなかった。なんと、レンタルビデオの時代ですらなかったのだ!

著作権切れで、廉価の DVD が出回るようになったので、数年前に購入しておいた。「イタリア映画コレクション」と題したコンピレーションで、ヴィスコンティやロッセリーニ、フェリーニといった巨匠たちの初期のモノクロ作品10本を集めたものだ。1枚あたり税込み198円は安い。

購入即視聴でもよかったのだが、「令和の米騒動」でコメ問題が話題になっているいま、いい機会だから視聴してみようと思い立った次第。なにごともキッカケは重要だ。

内容は、北イタリアの米作地帯に、40日間の季節労働者として出稼ぎにくる労働者階級の女性たちの世界に、恋愛と男たちの犯罪とをからませたもの。amazon prime video から概要説明を引用しておこう(・・amazon prime video ではは現在無料で視聴可能)。


警官に追われて水田地帯に紛れ込んだ女と田植え女の争いが、2人の男たちを巻き込んでの悲劇になる。社会派監督ジュゼッペは、大衆的なテーマにメロドラマをからませて、見事なリアリズム映画に仕上げた。この作品で爆発的人気を得たマンガーノの初主演作


まあ、内容的にはB級映画だが、なんといってもネオリアリズモ時代のイタリア映画として、約80年前のイタリアの田植え風景が映像化されているのがめずらしく、またたいへん興味深い。

住み込みで働きにくるのは、イタリア北部各地からやってくる季節労働者の女性たち。彼女たちが担った田植えは、見ているだけでも重労働であったことがわかる。。40日間の報酬はコメという現物支給。日本だけでなく、イタリアも貧しかったのだ。

とはいえ、映画の解説本に記述があったと記憶しているが、敗戦で疲弊していた1949年(昭和24年)当時の日本人には、シルヴァーナ・マンガーノのたくましいまでのダイナマイト・ボディは、まぶしいものがあったようだ。

さすがに2020年代の現在は、映画にあるような労働集約型の米作りではなく、機械化が進み、しかも外国人労働者に依存した農業になっているだろうが、イタリアの水田は実見したことがないので、なんともいえない。

「イタリア北部のポー川流域では米作りが行われている」と知ったのは、高校の地理の時間だったと思う。

米食といえば、白米のご飯かチャーハンくらいしか食べたことがなく、イタリアのリゾットもスペインのパエーリャも、その存在すら知らなかった当時のわたしにとって、それはもう驚きの事実であった。

機会があれば、イタリアやスペインの水田を実際に見てみたいものだ(*)。




 (画像をクリック!


<関連記事>




・・北イタリアのロンバルディア地方の稲作農業

・・「日本人も好きなイタリアの米料理リゾット。しかし、その料理に使われるカルナローリ米やアルボリオ米の生産が、イタリアで危機に瀕している。干ばつによって生産量が大幅に減少したことで、2022年10月の卸売価格は前年比で倍以上となった。2023年後半から再び価格は下降したものの、価格は不安定で、農家は危機的な状況にある。」


・・主にイタリアで生産されているインディカ米。
「調味料を吸収する能力が高いことから、リゾットを作るのに非常に適した品種である。でんぷん含有量が高く、食感がしっかりしていて穀粒が長いという点でアルボリオと異なっている。カルナローリはアミロースの含有量が多く、煮崩れしにくいという特性を有している。米としては「超極細」に分類されており、しばしば「米の王」と呼ばれている。」


(カルナローリ米 Wikipediaより)


・・「イタリアの短粒米である。名称はポー平原にある町アルボーリオに因む。アルボリオ米はアメリカ合衆国のアーカンソー州、カリフォルニア州、ミズーリ州でも栽培されている。アミロペクチンの含有量が多いため、調理するとその他の米と比較してやわらかく、滑らかで、コシが強い。アルボリオ米はリゾットを作るためにしばしば使われる。」


(カルナローリ米によるリゾット Wikipediaイタリア語版より)



<ブログ内関連記事>





(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2025年6月12日木曜日

書評『ネットカルマ』(佐々木閑、角川新書、2018)ー 現代人が抱える「苦」は「生老病死インターネット」。悩みをクリアするためには「初期仏教」の教えに触れるべき

 


かつては「原始仏教」とよばれることもあったが、近年はすっかり「初期仏教」という呼び方が定着している。端的にいったらブッダその人の教えである。 

「初期仏教」に土地勘のある人ならわかると思うが、ブッダの言行録である『ダンマパダ』や『スッタニパータ』は、ドラマ性は希薄で淡泊としかいいようのない、シンプルな詩句のつらなりである。大乗仏教の経典の過剰さ、絢爛さからあまりにもかけ離れている。 

そんな「初期仏教」の教えこそ、逆説的だが現代人が抱える悩みにダイレクトに応えてくれるのだ。

購入したままほったらかしにしていた『ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出』(佐々木閑、角川新書、2018)をなんとなく読んでいたら、これは現代人の必読書ではないかと思った。  

ブッダは「人生は苦」であるという認識をベースに思考し、「苦から脱出」をテーマに実践活動をつづけた人だ。 

「苦」はかつては「生老病死」という四字熟語で表現されてきたが、科学にも造詣の深い仏教学者の佐々木氏は、「生老病死」に「インターネット」を加えるべきだという。すなわち「生老病死インターネット」である。 

「カルマ」は日本語では「業」(ごう)と表現されてきた。自分の過去の言動がすべてダイレクトに、あるいは時間差をおいて間接的に影響を及ぼしてくることをさしている。これは善悪には関係ない。

因果関係の「因果」とは仏教要語である。「原因と結果」の略である。結果にはすべて原因があるということだ。自分の言行が「原因」となって、知らず知らずのうちに 「結果」として現れてくるのだ。

ブッダの時代は、基本的に自分の言動が現在に及ぼす影響について語っていたが、ネット社会では自分の言動だけでなく、その賞賛や批判もふくめた他者の言動も、そしてあらゆる無意識の言動も「記録」されてしまう恐ろしさがある。それが著者のいう「ネットカルマ」の本質だ。 

人間どうしがつながったSNS の世界では、批判の対象となる人だけでなく、批判した人もまた批判にさらされ、自殺や殺人に追い込まれる悲劇が後を絶たない。

インターネットを介してつながっているのは、SNSでつながっている人間どうしだけでない。機械どうしも IoT によってつながっている。生成AI の時代はなおさら加速することであろう。誤った言動、悪意に満ちた言動も「学習」され、悪しき結果を生み出す原因となる。 

われわれはすでに「管理社会」を生きているのである。管理の網の目のなかに織り込まれているのである。それは、絶対的な善悪の判定者が不在の、著者がいう「邪悪なバーチャル世界」である。じつに息の詰まる状況ではないか。 

こんな状況だからこそ、「初期仏教」の教えが意味をもつのである。ヒントになるのである。もちろん、ブッダが生きた時代はいまから2500年も前であるが、基本はおなじだ。これを21世紀用にバージョンアップするのである。

基本は「自己」による意思と行動である。「自力」である。自分の心持ちがすべてを決める。 その方法論が、本書『ネットカルマ』には、わかりやすい口調で説かれている。まったくそのとおりだな、と思うブッダの言葉も精選されて収録されている。 

 ベストセラーでロングセラーの『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』(草薙龍瞬、KADOKAWA、2015)とあわせて読み、座右の書とすることを薦めたい。 


画像をクリック!


目 次
はじめに ネットカルマとはなにか 
第1章 現代社会が生んだ新しい苦 
 仏教はストレスと闘うために生まれた
 仏教前夜――古代インドでは何が「苦」だったか 
 ブッダの考えた業と因果 
 ブッダは「生きることは苦しみだ」と気づいた 
 「ニュートラル」に生きるとは 
 善の仏教的二重構造 
 善のインスタント化 
 日本的業の世界 
 現代社会に現れた新しい「業」と「苦」 
 技術には良いも悪いもない 
 インターネットと業 
 あらゆる場面が刻々と記録されていく 
 業の世界に神はいない 
 より悪質な業 
 いびつな因果システム 
 すべての人間が「歴史上の人物」になる? 
 忘れてもらえない恐ろしさ 
 世代を超えてしまう業 
 くり返し降りかかる業の報い 
 ネットに縛られた苦しみの世界を抜け出すために 
第2章 ネットカルマに対抗するために 
 善と悪の基準は何か 
 ネットの中にある善悪の二重構造 
 ネットの価値観から離れるために 
 すべて建前で生きる 
 ネット上のサンガ 
 自分自身の価値観を築く 
第3章 ネットカルマが襲いかかってきたら 
 子どもたちに負の側面を教える 
 「ばれないだろう」はすでに古い考え 
 ネット業の報いを受けている人たちをどう受け止めるか 
 生老病死インターネット 
 ネットで苦しむ人たちへの言葉
  世界観の転換
  共感者がいるという確信
  同じ境遇の人との連携
  新たな世界を作っていこうという意志
 第4章 ブッダの言葉に学ぶ 
 時代を超えて普遍的な価値を持つ言葉 
 ブッダの言葉 
  ダンマパダ 160、103、50、252、158、165、379 
  スッタニパータ 第3-657、451、第1-148、第4-973
  サンユッタニカーヤ 第3篇第1章-8
  ダンマパダ 240、117-118、5、273
  スッタニパータ 第1-142
  ダンマパダ 316-317
  真の賢人の言葉 
あとがき

著者プロフィール
佐々木閑(ささき・しずか)
1956年、福井県生まれ。花園大学文学部仏教学科教授。京都大学工学部工業化学科および、文学部哲学科仏教学専攻卒業。同大大学院文学研究科博士課程満期退学。カリフォルニア大学大学院留学を経て、現職。文学博士。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。日本印度学仏教学会賞、鈴木学術財団特別賞受賞。著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>







(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2025年6月11日水曜日

書評『お布施のからくり ー 「お気持ち」とはいくらなのか』(清水俊史、幻冬舎新書、2025)ー「お布施」という慣行から見えてくる日本仏教の根本的問題

 
 


タイトルや帯のコピーには販促目的の文言が並んでいるが、内容はきわめてラジカルな日本仏教批判である。 

「額がいくらなら適当か」といった実用的なテーマではなく、「お布施」という慣行の分析をつうじて、日本仏教の問題点があぶりだされる内容になっている。 

著者は、浄土宗の僧籍をもつ気鋭の仏教学者。専門分野は「初期仏教経典」の研究で、専門書はすでに3冊出している。 専門書の出版妨害という、きわけて陰湿で執拗なアカハラの被害者として、仏教者にはあるまじき加害を行ってきた東大教授を実名告発したことで有名になった。 

「あとがき」でアカハラ被害について告発したのが、一般書として出版された前著『ブッダという男 ー 初期仏典を読みとく』(ちくま新書、2023)である。本書にもその後の推移について触れられている。 




だが、本書の主たるテーマはそこにない。「お気持ち」とされる「お布施」について、多面的に考察を行い、日本仏教が抱える問題点が明らかにすることである。 

著者は、「初期仏教」における基本的な意味を押さえたうえで、「お布施」する側と「お布施」される側の双方にかかわる関係性について考察し、日本仏教の主要な宗派ごとにロジカルに検証を行っている。 

問題は、「お布施」する側ではなく、「お布施される側」にあることは言うまでもない。後者の「お布施される側」がそれに値するか否か、という問題だ。 

そもそも日本仏教の僧侶は、「お布施される条件」である「戒」を受けていないのである。そして「戒」を破る行為を律するための「律」もない。 

天台宗の宗祖である最澄が「出家戒」を否定して以来、「菩薩戒」しかない日本仏教。しかも、妻帯がなしくずしに行われるようになった明治維新以降は、「菩薩戒」すら有名無実化している。 

つまり、仏教僧侶としての国際基準を充たしていないのである。袈裟を着たコスプレの在家信徒でしかない、という著者による手厳しい批判もそのとおりである。(・・ただし、教理によって「戒律」を否定する浄土真宗は例外である)。 

僧侶たる国際基準を充たしていない日本仏教の僧侶に「お布施」するより、ペットにエサをやることや、「推し活」でアイドルを支援するほうがましではないかという著者の発言は、極端に聞こえなくもかいが、筋論としては間違ってはいないと言えよう。 

核家族化によって家族葬や直葬が普及し、人口減少によって檀家に依存してきた寺院経営の経済的基盤が崩壊しつつある現在、日本仏教はまさに存亡の危機にある。 

形骸化した日本仏教は、チベット仏教や上座仏教のように仏教本来の姿を取り戻すか、あるいは限りなく在家仏教的性格をもつ浄土真宗の指向性に習うか、新興仏教教団のように在家主義を貫くか。それとも、呪術に徹する道を選ぶか。岐路に立っているのではないか? 

もちろん、「お布施」をする側だけでなく、「お布施される側」も真剣に考え、取り組んでいかねばならない課題であることは言うまでもあるまい。


 (画像をクリック!

 

目 次
はじめに 
第1章 お布施の起源と役割 ー 初期仏典を中心に
第2章 少ないお布施で大きな功徳を得る方法 
第3章 在家化する日本仏教とお布施 
第4章 日本仏教におけるお布施と悟り 
終章 現代におけるお布施の意義を再定義する 
より深く検討するために 
参考文献
[資料]破戒者か受戒者かを見極める判定基準 
出家戒(具足戒)/菩薩戒(大乗戒) 
あとがき

著者プロフィール
清水俊史(しみず・としふみ
仏教学者。2013年、佛教大学文学部卒業後、2013年同大学大学院博士課程修了(博士(文学)。博士論文題目は『部派仏教における業の研究』。 その後、日本学術振興会特別研究員PD、佛教大学総合研究所特別研究員などをつとめる。 2018年、『阿毘達磨仏教における業論の研究: 説一切有部と上座部を中心に』により浄土宗学術賞受賞。ベストセラーとなった一般書『ブッダという男 ー 初期仏典を読み解く』(清水俊史、ちくま新書、2023)で出版妨害というアカハラの実態を実名告発。(Wikipediaの記述に加筆)



<ブログ内関連記事>





(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end