先週のことだが、『モンゴル抑留 ― 見捨てられた死者たち』(井手裕彦、角川新書、2026)という本を読んだ。この問題を新聞社退職後も私財を投じてまで追ってきたジャーナリストの熱意と執念のたまものである。
日本政府がなおざりにしてきた「モンゴル抑留」の実態について、著者が知り得た情報をすべて投入して、具体的な固有名詞まで書き綴った重厚なノンフィクション作品である。
1945年8月の日本敗戦から1947年10月中旬まで約2年間にわたった「モンゴル抑留」。抑留者1.4万人、うち死者が1,700人という、「シベリア抑留」より死亡率の高い「モンゴル抑留」。この本ではじめて「モンゴル抑留」について知ることができた。
「シベリア抑留」というフレーズを知らない人はいないだろう。大東亜戦争の最末期に始まり、ポツダム宣言受諾後も続いた「日ソ戦争」の結果、現地で捕虜となって抑留され、その多くが強制労働を強いられた日本近代史の悲劇を象徴するフレーズである。
正確にいうとシベリアだけでなく、極東や中央アジアも含めた旧ソ連の各地に抑留されたのであるが、「シベリア抑留」というインパクトの強いフレーズが定着したために、顧みられることなかったのが「モンゴル抑留」である。なぜなら、ソ連の衛星国とはいえ、モンゴル人民共和国は独立国であったからだ。
モンゴルが最初に独立宣言したのは1911年、実際に中国から独立を勝ち取ったのは1924年のことである。 以後、第二次世界大戦が終了し冷戦構造が生まれる前は、モンゴル人民共和国は23年間にわたって、ソ連をのぞけば唯一の社会主義国であったことが重要だ。
「モンゴル抑留」の背景にあるのは、「ノモンハン事件」(1939年)に始まる、日本とモンゴルとのあいだの2回の戦争である。前者は「ハルハ河戦争」ともいい、モンゴル人民共和国と満洲国とのあいだの国境線をめぐる紛争がエスカレートし全面戦争に発展したものだ。モンゴル側には大国ソ連、満洲国の関東軍は実質的に日本であった。
ノモンハン事件の戦後処理は、モンゴルの頭越しに大国の日ソ間で交渉が行われ、モンゴルは苦杯をなめることになる。国境線沿いの失われた領土は満州国のものとなり、日本の敗戦にともない中国領となってしまったのだ。
日本とモンゴルの2回目の戦争は、先にも触れた「日ソ戦争」のことである。8月8日に対日宣戦布告したソ連に続き、モンゴルは8月10日に対日宣戦布告、ソ連軍とともにモンゴルから満州国に進軍している。日本軍との交戦もあった。
この2つの戦争で多数の死傷者を出したモンゴルは、ソ連に対して「戦利品」を要求、それが日本人捕虜であったのだ。「モンゴル抑留」が問題なのは、軍人だけでなく一般人も抑留された。員数あわせのために起こった悲劇である。
「モンゴル抑留」が知られることなかったのは、日本がモンゴル人民共和国とのあいだで、なんと1972年まで国交がなかったことも要因のひとつである。冷戦構造が背景にあったためだが、モンゴル独立からなんと48年間も国交がなかったのだ。これがソ連による狭義の「シベリア抑留」との大きな違いを生んだ。
しかも、「モンゴル抑留」にかんする資料の多くは「モンゴル諜報庁」にあるので、アクセスがきわめて困難なのだという。ソ連崩壊でモンゴルは民主化したが、情報機関はそのまま受け継がれているのだ。
本書を読んでいて強く印象を受けたのは、「モンゴル抑留」の真相解明だけではない。ソ連についで世界2番目の社会主義国として独立したモンゴルは、ソ連崩壊後に民主化された現在もなおロシアとは密接な関係を維持しており、昨年2025年7月の「天皇皇后両陛下のモンゴル公式訪問」に代表される良好な日モ友好関係からはうかがい知ることのない、アンタッチャブルな「闇の深さ」についてである。
「モンゴル抑留」という日本近代史の悲劇と、いまだ南北で分断状態にあるモンゴル民族、中国とロシアという二大大国のはざまで生きる内陸の小国家のあり方について考える材料として、読むべき価値のある本である。もちろん、著者の熱意と執念に感謝申し上げるべきことは言うまでもない。
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目 次はじめに モンゴルの KGB への挑戦第1章 置き去りにされてきた抑留者第2章 二つの戦争が抑留の起こりだった第3章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」第4章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ第5章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者第6章 死亡記録から見える「さまざまな死」第7章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち第8章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交最終章 「歴史の扉」は開いたのかおわりに 近くて遠い国
主要参考文献モンゴル抑留関連年表
著者プロフィール井手裕彦(いで・ひろひこ)1955年、福岡県生まれ。ジャーナリスト。京都大学文学部卒業後、1978年、読売新聞大阪本社入社。社会部で主に調査報道を担当。論説委員、編集局次長、編集委員を経て2020年退社。新聞記者時代から丸10年にわたりモンゴルでの日本人抑留の解明に挑み、モンゴルの公文書館で捜し出した抑留者の死亡記録を日本政府に情報提供。自作のホームページ「モンゴル抑留死亡者名簿」で政府を上回る死亡者の情報を公開し、全国を回って遺族に無償で死亡記録を届けている。著書『命の嘆願書 モンゴル・シベリア抑留日本人の知られざる物語を追って』(集広舎)は2023年度のシベリア抑留・記録文化賞を受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)◆モンゴル抑留志望者名簿
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