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2018年2月27日火曜日

JBPress連載コラム20回目は、「日本の道路が左側通行になった意外な経緯-世界のスタンダードは右側通行」(2018年2月27日)-右か左か、それが問題だ!


JBPress連載コラム20回目は、「日本の道路が左側通行になった意外な経緯-世界のスタンダードは右側通行」(2018年2月27日)
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52415

日本では左側交通が交通規則として定められている。

ところが、漢字文明圏では、中国でも台湾でも、韓国でもベトナムでも道路交通は右側通行となっている。左側通行は日本と香港くらいのものだ。

となると、道路交通のルールは一体なにを根拠に決められて定着したのだろうか?

今回は、道路交通に関する右側交通と左側交通について、歴史的経緯を踏まえて考えてみたい。

つづきは本文で! http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52415


次回の公開は、2週間後の3月13日(火)です。お楽しみに!


<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム19回目は、「「春節」を祝わない日本は不思議な国なのか?-年中行事まで太陽暦に移行した日本の特異性」(2018年2月13日)





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2018年2月14日水曜日

JBPress連載コラム19回目は、「「春節」を祝わない日本は不思議な国なのか?-年中行事まで太陽暦に移行した日本の特異性」(2018年2月13日)



JBPress連載コラム19回目は、「春節」を祝わない日本は不思議な国なのか?-年中行事まで太陽暦に移行した日本の特異性」(2018年2月13日)
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52292

ことし2018年は、2月16日から「春節」が始まる。日本では「旧正月」といっているが、中華圏の新年のことだ。英語では "Chinese New Year" という。英文のビジネスメールでは略して "CNY" と書くことも多い。

中国や香港、台湾といった東アジアの華人圏だけでなく、シンガポール、マレーシア、タイなどの東南アジアや北米の華人世界、その他、中国文明の影響下にあった韓国やベトナムでも、この日に新年が始まる。

ところが、歴史的に中国文明の影響を受けてきた国のなかでは、日本だけが「春節」を祝わない国となっている。その意味することは一体何か?

つづきは本文で! http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52292


次回の公開は、2週間後の2月27日(火)です。お楽しみに!



PS 今週読まれた記事ランキング2位に!

「春節」を祝わない日本は不思議な国なのか?-年中行事まで太陽暦に移行した日本の特異性」(2018年1月30日)が「今週よく読まれた記事」の第2位になりました!




たいへんうれしく思います。と同時に「1位じゃなかったのか、残念・・」という気持ちもあります。銀メダルを獲得したアスリートの気持ちがよくわかる(笑) いまちょうど2018年冬季オリンピックの最中ですから。

今後もランキングは意識せずに、みなさまに面白いと思っていただけるコラムを書き続けていきたいと思います。

(2018年2月17日 記す)







<ブログ内関連記事>

西向く士(さむらい)-二月きさらぎは偶数月のはじめ

本日2月3日は日本では太陽暦の「節分」。 奇しくも太陰暦の「春節」(CNY) と重なった。 Happy Chinese New Year !

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる

「神武天皇二千六百式年祭」に思う(2016年4月3日)

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り

きょうは何の日?-ユダヤ暦5272年の新年のはじまり(西暦2011年9月28日の日没)

「ウェーサーカ祭 2013」(2013年5月12日)に参加してスマナサーラ長老の法話を聴いてきた+タイ・フェスティバル2013(代々木公園)


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2011年2月1日火曜日

西向く士(さむらい)-二月きさらぎは偶数月のはじめ




 本日から二月である。如月(きさらぎ)ともいう。

 二月は偶数月である。一年でもっとも短い28日間。今年は閏年ではないので28日ぴったり。思ったより早く過ぎ去るのが二月である。

 さて、偶数月は一年で5ヶ月ある。二月、四月、六月、九月、そして十一月。
 全部あわせて、西向く士(さむらい)。

 2月、4月、6月、9月、11月の数字を並べると、2・4・6・9・11。に・し・む・く・さむらい。11は漢字で書くと十一、これを縦書きにすると、士 となる。634 と書いてムサシ(武蔵)と読ませるようなものだ。4649(ヨロシク)。

 ただ単に頭文字を集めただけだが、なんとなく絵になる光景である。


 サムライといえばサムライブルー。サッカー・ニッポン代表チーム アジアカップ優勝!! これはなんといっても今年最大のプレゼントだろう。若者は内向きだと年長者から批判されるが、この勝利は若者たちによるもの。応援するわれわれも含めて、健全なナショナリズムは歓迎だ。
 
 イタリア人ザッケローニ監督の見事な采配ぶりも印象に強い。優勝の翌日に放送されたザッケローニ監督就任時のインタビューでは、「サムライという日本語が気に入っている」とかいっていた。これは響きがいうほかに、ヨーロッパ語ではもっともよく知られた日本語の一つだからということもあろう。

 イタリアだけでなく、フランスでも、ロシアでも「サムライ」といえば誰もが知っている日本語だ。アラン・ドロン主演の『Le Samouraï』(サムライ)という孤高な殺し屋を描いた映画もある。フレンチ・ノワールの名作である。

 サムライというのは漢字で書くと、「士」と「侍」の二通りがあてられている。士という字は仕える、侍という字は・侍る(はべる)という意味だ。

 日本が生んだ漢字学者で知の巨人・白川静博士の漢字辞書『常用字解』を見てみよう。解説にはこうある。

士(3画 シ おとこ・つわもの)
【解説】象形。小さな鉞(まさかり)の頭部を、刃を下に置いた形。実用品の武器ではなく、士の身分を示す儀礼用の器である。士は戦士階級で、王に仕えた者である。大きな鉞(まさかり)の頭部は王で、王の座る玉座の前に王のシンボルとして置いた。(P.237)

侍(8画 ジ さむらい・はべる・つかえる)
【解説】形声。音符は寺(じ)。寺に侍(はべ)る(貴人のそば近くに仕えるの意味があり、古くは宮中にあって側近に侍る宦官(去勢された男子)を寺人(じじん)といった。のち「はべる、つかえる」という動詞には、にんべんを加えた動詞的な字の侍を用いる。寺は持のもとの字で、保持するの意味があり、恃(たのむ)・持(もつ)・時(とき)などは、みな持続するの意味を含む。国語では「さむらい」の意味に用いる。(P.256~257)

 白川博士の解説を読む限り、「士」のほうが「侍」よりも意味的には身分が高いという印象を受ける。

 日本語の「さむらひ」は、もともとは「さぶらふ」という動詞の名詞形である。「さぶらふ」とは、英語でいえば serve(仕える)という意味だ。貴人の側近に仕えるという意味である。このために「侍」という字があてられたのだろう。古語では「もののふ」という表現もある。

 「さむらい」は武士ともいう。国文学者で民俗学者の折口信夫は、『古代研究』に収録された「ごろつきの話」という論文のなかで、武士(ぶし)と山伏(やまぶし)、野伏(のぶし)は「ぶし」という音で共通しており、武士というのは当て字であったと推測している。むかし読んだ時、なるほどと思ったことを覚えている。この説が正しいのかどうか私には判断しかねるが、ゴロツキは雷が鳴るゴロゴロという音から来ているなどの説は非常に面白い。

 折口説に立てば、「ぶし」というコトバがまず先にあって、これに武士という漢字があてられたことになる。一般的に侍という漢字があてられる「さむらい」と「ぶし」とは、もともと発生的には異なるコトバであると考えるのが正しいのかもしれない。

 さきに見たように漢字としては「士」のほうが「侍」よりも意味としても語感としても上のようだ。

 運転士というコトバもある。運転士と運転手は違う。運転士は鉄道に限定されるが、運転手はバスでもタクシーでも使う。タクシー・ドライバーとは言うが、バスは運転手のほうがしっくりくる。

 ビジネスの世界では 士業(しぎょう)というコトバがある。サムライ職業ともいうが、弁護士や弁理士、公認会計士や税理士、司法書士といった「士」という字が末尾に来る、資格取得が義務づけられている専門職のことである。教師ではないが先生と呼ばれる職業のことだ。その意味では代議士も同類か。代議士は相撲取りの力士と同様、強くて人気があれば天下も取れるが、ともに資格取得は必要条件ではない。

 「士」という漢字は、数学の記号 ± に似ている。プラスマイナス。そう考えれば、士業(しぎょう)には現代のサムライには相応しからざる御仁もいなくはない理由も理解できるというもの。


 さて、西向く士(さむらい)だ。

 沈む夕陽に浮かぶ富士山のシルエットを食い入るように眺めているサムライ。私はこんなイメージを勝手に描いている。なんといっても空気が冷えている冬にふさわしい光景ではないか。

沈みはつる 入り日のきはに あらはれぬ 
 霞める山の なほ奥の峰 (京極為兼)

 西向く公家(くげ)、いや西向く士(さむらい)が食い入るように見つめる夕陽の彼方には西方浄土がある。平家の公達(きんだち)敦盛(あつもり)の首を泣く泣く取った熊谷次郎直実(なおざね)が出家したのち、念仏を唱え、鉦を叩きながら、ひたすら西へ、西へと歩いて行ったという伝説を思いだす。

 冬の天気は、西高東低だ。
 日本はつねに西から吹いてくる風によって恵みも災厄も受け取ってきた。

 私は西から東にやってきたサムライ(士族)の末裔でもある。


 連想ゲームであちこち跳びながら、つれづれとつづってみた。



<関連サイト>

Alain Delon 『Le Samouraï』(1967、フランス) トレーラー(フランス語、字幕なし)


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「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に (総目次)

落日に映える富士山と丹沢山系




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2010年2月11日木曜日

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる



            
 本日は「建国記念の日」、戦前風にいえば「紀元節」だ。いわゆる旗日ですね。さきほど、雨が降る前に買い物すますためにちょっと散歩してみたけど、国旗掲揚が全然ないねー。いけませんなあ(・・といってる私も含む)。

 そして西暦(グレゴリウス歴)2010年は、皇紀2670年である。

 こんなこと書くと、お前は復古主義者か? 反動的だ! などと糾弾されるかもしれないが、別にそういう意図で書いたわけではない。暦(=カレンダー)について書いてみたいと思っただけだ。

 日本の建国神話によれば、2070年前の本日2月11日(太陽暦)に初代の神武天皇が即位した・・・と思いきや、実際に即位したのは Wikipedia の項目「紀元節」によれば本日ではないらしい。

『日本書紀』によれば、神武天皇の即位日は「辛酉年春正月、庚辰朔」であり、日付は正月朔日、すなわち1月1日となる・・(後略)。

 明治6年(1874年)文部省天文局が計算し、暦学者が審査して、太陽暦の2月11日と定められた、ということだ。なんだか、ごちゃごちゃしてようわからん話である。そもそも神武天皇は神話上の天皇であるし。

 戦前の「紀元節」が敗戦後に廃止されたあと、昭和41年(1967年)に「建国記念の日」として復活したのである。

 まあ、つまるところ、そもそもが起源はハッキリしないし、しかもいまから43年前にできたにすぎないこということだ。いわゆる「創られた伝統」の一つなのである。この件については私はブログにこういう文章を書いている。「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-を参照。

 そう考えると、国旗掲揚していない家が多いのも当然だろう。なんだかあまりピンとこない祝日だからだ。この日が出勤の方には関係ないだろうが、フツーの勤め人にとってはありがたい(?)祝日だろう。こんなこと書いたら、作曲家の故・黛敏郎からは頭ごなしに叱責されそうだが。

 でも正直な気持ち、「建国記念の日」といっても、独立して勝ち取った記念日でもないし、革命が成就した記念日でもない。アメリカ合州国や、中華人民共和国、イスラエル、シンガポーといった、建国の起源がハッキリしている国がうらやましい。


 そして皇紀について。これも明治維新政府が定めたものである。キリスト紀元よりも660年!古い、というはうれしいような感じもするが、これも「創られた伝統」の一つだ。

 でも実際にほとんど使用されず、本格的に一般化したのは、昭和15年(1940年)の「紀元二千六百祭」からのわずか5年間だけだろう。その当時出版された本で、出版年が2603年(=昭和18年)と表記された古書をもっているが、ごくごく短い期間の話であった。

 なお、インドネシア独立(ムルデカ)宣言は、皇紀2605年の省略形で「5年」、と表記されているのは、知る人ぞ知るエピソードである。「インドネシア共和国独立宣言」について詳細に検証された文章がネット上にある。読むと勉強になる。ただし、この事実をもって、日本はインドンシア独立に多大な貢献をしたのだと広言する人たちもいるが、それは言い過ぎだというべきだろう。日本政府ではなく、個々の日本人兵士たちの、やむにやまれぬ選択であったことは、書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)を一読していただきたい。


 いまはたいていの国で、キリスト紀元である西暦を使用している。それにつけても不思議なのは、紀元前を意味する B.C. と 紀元後を意味する A.D. についてである。B.C.は、英語で Before Christ、すなわちキリスト以前のこと。A.D.はアシスタント・ディレクターではなくて、Anno Domini というラテン語の省略形である。anno は「年」、Domini は「主」(主=イエス・キリスト)のこと。それなら、なぜ A.C.(=After Christ)にしないのか、不思議でしょうがないわけなのだ。

 これにつけて思い出すのは、大前研一が命名した BG と AG である。Before Gates と After Gates である。大前研一は、MS Windows Ver.1 が世に出た 1985年を"ビル・ゲイツ元年"としている。このことはすでにこのブログでも、『BBT on DVD 大前研一LIVE』(トライアル版)を視聴してみたに書いている。1985年を"ビル・ゲイツ元年"は、奇しくも私が大学を卒業した年だ。だから kensatoken1985 と名乗っているのだ。今年2010年は AG25年、早いもので四半世紀もたっている。
 

 このように「紀元節」にみられるのは、「紀元」(=はじまり)という意識と発想である。それは正統性の根拠として言明されることが多い。

 元外交官の法学者・色摩力夫(しかま・りきを)がよく使っていた「出生の秘密」(status nascens)というライプニッツのコトバがあるように、その紀元に何をもってくるか、その紀元の本質が何であるか、によってその後の「歴史」はすべて決定されてくるのである。色摩力夫は自衛隊の「出生の秘密」が自衛隊という軍事組織の性格を規定している、という文脈でこのコトバを使用している。『国民のための戦争と平和の法-国連と PKO の問題点-』(小室直樹/色摩力夫、総合法令、1993)のP.145 などを参照。

 この意味においては、台湾(=中華民国)では、「民國」という年号を使用していることを指摘しておきたい。「民国紀元」ともいう。孫文による「中国革命」が成就した1912年を紀元とする。したがって、今年2010年は民國98年である、おおもうすぐ「中国革命100年」か! 民国であって、君主制ではないので、元号とはいわない。

 北朝鮮(=朝鮮民主主義人民共和国)では、「主体」(チュチェ)という年号を使用している。いわゆる「主体思想」のチュチェである。しかし、これはつい数年前に「あらたに創られた伝統」だ。金日成(キム・イルソン)の生まれた1912年(・・奇しくも「中国革命」と同じ年だ!)としたものである。今年2010年はチュチェ98年となる。君主制ではないので、元号ではないが、「王朝」の正統性を明示することを意図したものである。朱子学による儒教原理に忠実な「王朝」は、男子直系相続を原則としている。

 暦を支配する者が、天の下すべてを支配する、のである。


 広く世界を見回してみれば、キリスト教暦である西暦だけが使用されているわけではない。たとえば、イスラーム圏では、太陰暦であるイスラーム暦、正確にいうと「ヒジュラ暦」が使用されており、第2代正統カリフのウマル・イブン・ハッターブが、預言者ムハンマド(モハメット)がメッカからメディナ聖遷した年を、「ヒジュラ暦」元年とした。西暦でいうと622年のことである。したがって今年2010年は、ヒジュラ暦1431年となる。

 三大宗教の一つである仏教では、「仏暦」を使用している。面白いことに仏滅紀元であり、釈尊仏陀が入滅した西暦の紀元前543年をもって紀元とする。今年2010年は、仏歴2553年となる。私は、タイのバンコクで会社を作って立ち上げた経験があるが、会社設立や登記関係文書といった公文書はすべてタイ語で、仏暦表記であるが、私文書では西暦もよく使用されている。とはいっても、タイでは 53年とか省略形で使う(・・2553年の略)ので、仏暦について知らない頃はよくわからなかった。また、ミャンマーでは一年ずれるので今年は2554年ということになる。まったくもって、仏陀(ぶった)まげた話である。いったいどうなっているのか? 仏教カレンダーはこちら。

 民族宗教であるユダヤ教では、「ユダヤ暦」というものがある。ユダヤ暦(Jewish Year)は太陰太陽暦で、本日2010年2月11日は、ユダヤ暦では Shvat 27, 5770年となる。気が遠くなるほど古いことに驚かされる。カレンダー換算は Jewish/Civil Date Converter 参照。

 この意味においては、日本も西暦だけでなく、「皇紀」を使ったとしてもまったく問題ないわけだ。ただし、幅広く国民のあいだで共有させるのは至難のわざであろう。先にも書いたように、文献学的な根拠ははっきりしているが、神話はあくまでも神話であって科学的でない!と思う人が大半だからね。日本は「科学信仰」の国だから、科学的根拠がない! といわれてしまえばそれでおしまいだ。


 ところで、歴史学者の網野善彦は、天皇の代替わりごとに時間が一新されるのは違和感を感じる、というような意味のことを、どこかで述べていたような記憶があるが、これは「近代天皇制」の「一世一元の制」によるものなので、責めるなら明治維新政府を責めるべきなのである。明治以前は頻繁に元号を変えているし。まあたしかに明和9年は迷惑年になるからやめた、なんてとんでもない話もあるから一概には責められないのだが。

 明治の終わりとともに自刃した乃木大将や、大正時代という括り、昭和時代というくくりなど、「一世一元の制」がもたらしたマインドセットはすっかり国民一般に浸透している。

 ではいっそのこと、「元号」はやめてすべて「皇紀」表記にしてしまうか、といえばそうもいかないわけですな。元号は近代天皇制そのものと不可分の関係にあるので、日本が立憲君主制(・・戦後の「象徴天皇制」もまた立憲君主制のバリエーションに過ぎない)のもと天皇制(・・本当はこの表現は左翼用語なので使いたくないのだが)を護持する限り、元号はなくすわけにはいかないのである。もちろん私は天皇制支持者である。


 そもそも明治になってから太陽暦を採用し、西暦を使用し始めたのは、とにかく欧米に追いつけ、追い越せ、治外法権という不平等条約を撤廃せよ!という悲願から出発したわけだから、仕方がないといえば仕方がないんですなあ。遅れて西欧と出会い、西欧近代化に舵を切った近代国家の悲劇(?)である。
 西暦を使用するということは、デファクトで世界的に使用されているので合理的で利便性も高いのだが、無意識のうちにキリスト教のマインドセットが刷り込まれているということあり、必ずしも好ましいとはいいがたい。紀元前などというと、ものすごく古いような感じを無意識にもってしまうが、「仏暦」でみても、「皇紀」でみても、「ユダヤ暦」でみても、めちゃくちゃ昔というわけでもないわけなのだ。

 日本史においては有史以来、「外国かぶれ」と「反動としての国粋主義」を何度も何度も繰り返しているが、暦(=カレンダー)については、本当に難しい問題があって、解決策はとても一つにはなり得ないのだ。

 暦を支配する者が、天の下すべてを支配する、のである。

 暦(カレンダー)というのは、為政者が決める話であって、国民の民意で決めるような話ではない。

 あーあ、まったくもって難しいね、こりゃ。



PS 読みやすくするために改行を増やした。また、語句の一部を修正して、より理解しやすくなるようにした。ただし、本文の趣旨にはいっさい変更はない(2016年3月13日 記す)



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きょうは何の日?-ユダヤ暦5272年の新年のはじまり(西暦2011年9月28日の日没)

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・『ハディース』からラマダーンにかんする記述を抜き書き

veni vidi vici -ユーリウス・カエサル(Julius Caesar)
・・カエサルとその養子であったアウグストゥスが割り込む前は10月は8月であった

本日(11月23日)は「感謝祭」-「戦前・戦中」は新嘗祭(にいなめさい)、「戦後」は勤労感謝の日

「神武天皇二千六百式年祭」に思う(2016年4月3日)

(2016年4月1日 項目新設)
(2018年2月2日 情報追加)



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2009年7月1日水曜日

veni vidi vici ― ユーリウス・カエサル(Julius Caesar)




本日から7月である。会計年度では第2四半期の始まりだが、暦年では下半期の始まりの日にあたる。

 7月は英語で July、フランス語では juillet(ジューイエ)、ドイツ語では Juli(ユーリ) である。みな同じ系統のコトバだ。

 ついでにその他ヨーロッパ諸国語もみておくと、スペイン語では julio(フリオ)、イタリア語では luglio(ルーリョ)であり、ロシア語すら Июль(イユーリ)とあきらかに同系統であることがわかる。

 ラテン語では7月は Iulius(ユーリウス)、8月は Augustus(アウグストゥス)である。

 一方、ギリシア語では7月は Εχατομβαιων(ヘカトンバイオーン)、8月はΜεταγειτνιων(メタゲイトニオーン)である。

 つまり断層は、ギリシア語とラテン語にあることがわかる。いいかえれば、西洋社会のカレンダーはそもそも古代ギリシアと古代ローマに断層がある。

 日本人の常識と違って、西洋文明はラテン語世界の圧倒的支配下にあるのだ。


 ラテン語の7月 Iulius は、Gaius Iulius Caesar(ユーリウス・カエサル)、英語読みすれば共和制ローマ末期の軍人政治家であるジュリアス・シーザーからきている。

 同じくラテン語の8月は、Augustus、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス、つまりカエサルの養子であったオクタヴィアヌス Gaius Iulius Caesar Octavianus Augustus のことである。


 カレンダーのなかに、なぜかユーリウス・カエサルとアウグストゥスいう二人の人物の名前が紛れ込んでしまった。理由はわからないのだが。

 中学校の時の英語の教科書にあったが、もともと現在の9月である Sept-ember は7、Octo-ber は8、Nov-emberは9、Dec-ember は10をあらわすことばである。ひととおり英仏独の3カ国語とラテン語の知識があれば、良く理解できる話であるが、ローマではもともと3月から1年が始まっていたらしい。だから、決しておかしくはないようである。

 書いていて思い出したが、森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』(vita sexualis)に、学生時代、ラテン語の語源を知っていれば、ドイツ語でもなんでも西洋語を覚えるのはたやすい、と主人公がいっているシーンがあった。医学用語はラテン語が多いから当たり前といえば当たり前の話ではある。

 私の知り合いに、食品メーカーで人事部から医薬品開発事業部に移った人がいるが、ラテン語の知識のないことをぼやいていた。もちろん私とて中途挫折組だから、たいしてラテン語わかるわけじゃないのだが・・・・


 さて、ここでやっと本題に入る。カエサルである。シーザーである。 

 日本では、盟友ブルータスに裏切られたとき、「ブルータスよ、お前もか」と叫んだ、という話はよく知られている。 

 私としてはもっと威勢のいいコトバを引用しておきたい。
 カエサルは、ルビコン川を渡った乾坤一擲の勝負に際して、「賽は投げられた」という有名なセリフを残している。

 そして、タイトルにあげた veni vidi vici (ヴェーニ・ヴィーディ・ヴィーキ)だ。意味は「来た、見た、勝った」というもの。

 北アフリカ戦線での勝利の際にローマに送った勝利宣言で、見事なまでに v で頭韻、語尾も i で韻を揃えた、実に簡潔な表現である。『ガリア戦記』という著書もある、名文家カエサルの面目躍如たるものがある。


 日本でも、日露戦争の日本海海戦の際の名言、「(敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス)、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」があるが、カエサルの簡潔な名言には及ばない。あえていえば暗号だが、「トラ・トラ・トラ」ぐらいだろうか。

 最近はクールビズが普及しているので、ネクタイすることなどほとんどないのだが、私がこのネクタイをしているときは、カエサルにあやかって、ひそかに「勝利宣言」しているのである。

             




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