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2017年12月26日火曜日

『生誕150年企画展 南方熊楠 100年早かった智の人』(国立科学博物館 東京・上野)に行ってきた(2017年12月22日)-「グローカル」で「智の巨人」であった南方熊楠の全体像を知る企画展


先週のことだが、『生誕150年企画展 南方熊楠 100年早かった智の人』(国立科学博物館 東京・上野)に行ってきた(2017年12月22日)。特別スペースをとっての展示。入場料620円を払えば一般展示も観覧可能だ。

南方熊楠といえば日本民俗学を築いた柳田國男、折口信夫と合わせて三大偉人という位置づけだろうが、さすが国立科学博物館だけあって展示内容は生物学を中心になっている。


しかも、熊楠が生涯をかけて取り組んて採集した粘菌(変形菌)のほか、一般の菌類、地衣類微細藻類、大型藻類の標本と一緒に展示されている。国立科学博物館所蔵のものだが、いずれも熊野を含めた紀州で採集したもの。地元にどっかりと腰を下ろしてフィールドワークに専念していたわけだ。

そして海外の研究者と活発に交流し、研究成果は英国の科学雑誌『ネイチャー』に投稿していた。現在のようにサイエンスが完全に確立していなかった19世紀の博物学(ナチュラル・ヒストリー)の時代ならではであるが、トータルで51編という投稿数は、現在に至るまで熊楠が個人レベルでは世界最多だという。


地元密着型で、しかも世界に向けての情報発信。まさにグローバルとローカルをかけあわせた「グローカル」の人だったわけだ。 国立科学博物館(東京・上野)は、開館から140年。ことし生誕150年の南方熊楠が10歳の時になる。そう考えると同時代性というものが感じられて面白い。


つまるところ南方熊楠は、狭い意味の民俗学者ではなく、生物学から民俗慣習まで幅広く、しかも東西文明をまたいで取り組んだ「博物学」時代の人であり、まさに近代日本が生んだ超弩級の「智の巨人」なのだ。

(南方熊楠の「智の技法」を解析 筆者撮影)

この企画展では、「知」ではなく、あえて「智」という漢字をつかっているのは、南方熊楠のバックグラウンドには、高野山を抱える紀州の知的風土に真言宗の影響が強いからでもあろう。自然界を曼荼羅で思考した熊楠の知的背景の一つに仏教がある。 「一切智」は仏教要語である。

わたし自身は大学時代からの熊楠ファンで、本来なら紀州田辺の南方熊楠顕彰館まで足を運びたいところだが、なかなかその機会がない。その意味ではこの企画展は大変ありがたい。企画展の目録「小冊子」としてなんと無料配布(!)しているので、熊楠ファンなら絶対にもらっておくこと!


天才・南方熊楠の「智」の全体像へのアプローチの企画展、子どもから大人まで楽しめる「智のワンダーランド」が国立科学博物館。時間があれば、ついでに一般展示も観覧したい(・・今回はその時間がなかったのが残念だ)。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

『生誕150年企画展 南方熊楠 100年早かった智の人』(国立科学博物館 東京・上野) 公式サイト

南方熊楠顕彰館(和歌山県田辺市)



<ブログ内関連記事>

"粘菌" 生活-南方熊楠について読む-
・・わたし自身の熊楠との出会いについて語ってある

書評 『異端力のススメ-破天荒でセクシーな凄いこいつら-』(島地勝彦、光文社文庫、2012)-「常識に染まらず、己の道を行く」怪物たちの生き様 
・・南方熊楠と小室直樹が取り上げられている

「植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)」(国立科学博物館 東京・上野)にいってきた
・・日本の植物学を作り上げた巨人・牧野富太郎


■雑誌『ネイチャー』

「大英自然史博物館展」(上野・科学博物館)にいってきた(2017年4月19日)-子どもはもちろん、大人も知的興奮を隠せない絶対に見にいくべきイベントだ!

・・サイエンスがまだ確立してなかった博物学(ナチュラル・ヒストリー)の時代

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる


■フィールドワーカーの「知の技法」

企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)にいってきた-日本科学未来館で 「地球時代の知の巨人」を身近に感じてみよう!
・・「なんにもしらないのは、よいことだ。」「あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。」「「発見」というものは、たいていまったく突然にやってくるのである。」・・至言!

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)



■「知」と「智」


「シャーリプトラよ!」という呼びかけ-『般若心経』(Heart Sutra)は英語で読むと新鮮だ
・・大乗仏教では「知」と「智」を区別してます。前者の「知」は「分析的知性」を意味するサンスクリット語の「ヴィジュニャーニャ」、後者の「智」は「総合的知性」あるいは「全体的知性」を意味する「プラジュナー」。『般若心経』(プラジュナー・パーラミター)の「般若」のことです。熊楠の智のあり方は、全体把握を志向した「智」というべきもの


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2015年2月1日日曜日

書評『イスラーム化する世界 ― グローバリゼーション時代の宗教』(大川玲子、平凡社新書、2013)― 変化する現代世界のなかイスラームもまた変化しつつある



『イスラーム化する世界  ―  グローバリゼーション時代の宗教』(大川玲子、平凡社新書、2013)は、自分が知らない世界を垣間見るという経験をする本だ。

グローバル化するイスラーム。イスラーム世界に反映されたグローバル化。グローバル化しているのはビジネスだけではない。宗教もまたグローバル化しているのである。

本書で切り取られたこの側面は、なぜかほとんど日本のメディアで紹介されることもない。イスラーム教徒ではない非ムスリムにとっては、そのほとんどが「知られざる世界」である。

同時代に生きていながら、こういう世界があって、しかも活発に活動が行われているのとをはじめて知るのである。そこにこそ、本書を手に取って読む意味がある。

本書の内容は、『クルアーン』(=コーラン)の現代的解釈を英語で発信し、グローバル規模で対話を繰り広げている4人のイスラーム指導者を紹介したものだ。いずれも中東出身者ではなく、アラビア語を母語とする人でもない。しかも、そのうちの2人は成人してからの改宗者である。

その4人とは以下のとおりだ。

●アミナ・ワドゥード: アメリカ人の黒人女性の改宗者
●ビラール・フィリップス: ジャマイカ生まれでカナダで成人した黒人男性の改宗者
●ファリド・イサク: 南アフリカに生まれたインド系移民出身のムスリム
●フェトフッラー・ギュレン: トルコ生まれでアメリカ在住

わたしは、トルコ出身の世界的市民運動家フェトフッラー・ギュレン以外はまったく知らなかった。もちろん名前を知っているという程度で具体的な言動や活動については本書を読むまでほとんど知らないも同然であったが。

もともと「近代国家」成立以前からグローバルな存在であったイスラームだが、西欧主導の「近代」という「西洋の衝撃」を体験し、その後のグローバリゼーションの流れのなかで、現代社会に生きるムスリムにとっての「手引き」ともなる解釈が求められるようになっているのである。

クルアーンが現代的問題への答えとなることをムスリムは求めており、それがある程度試みられ成功してきている。(P.127)

自分が置かれたローカルな環境から出発し、グローバルな世界で普遍的な問題解決につながる道を模索しているのである。グローバリゼーションのグローバルとは、多種多様なローカルの集合体でもある。まさにグローカルなのである。

かれらが依拠している「個人見解によるクルアーン解釈」とは以下のようなものだ。

個人やそれを取り巻く社会の問題の解決策をクルアーンから抽出しよう(というの)ではなく、アッラーがすでにクルアーンのなかで示唆していることを、自分たちがようやく理解することができた、ということになる。全知全能のアッラーはどのような時代や場所においても適応できる言葉を啓示として人々に伝えたはずだからである。(P.111)

こういう記述を読むと、なるほどと思わされる。恣意的な解釈ではなく、クルアーン原典を徹底的に精読することをつうじて新たな解釈を引き出してくるというロジックがそこにあるわけだ。

本書で取り上げられている4人は、ムスリムがマジョリティを占めるトルコ出身のギュレンを除けば、いずれも中東アラブ圏から離れた「辺境」の「マイノリティ・ムスリム」である。ギュレンは中東のトルコ出身者だが、トルコは政教分離の近代国家という事情がある。

ジェンダー問題、アパルトヘイトによる差別、西欧的価値観とは違う価値観の「強調」、あるいは西欧的価値観との「協調」と、それぞれの個人的目的意識の出発点は異なるが、多元化し、多様化する現実への対応に、多様化する解釈でもって応じ、実践への手引きを提供するという活動を行っているわけである。

本書で取り上げられた4人のなかで、わたしにとってもっとも興味深いのはギュレンである。スーフィズムの影響を受けているギュレンの「内的解釈」が、非ムスリムのわたしでも共鳴するものを感じるのは、内面性を重視する瞑想法が日本人にも共通して存在するからだろう。

西洋社会との協調を説くギュレンが、英語世界ではイスラーム世界を越えて知られている存在となっているのは、世界中に学校をつくって教育を行っている影響もあるが、スーフィズム自体がイスラームの枠を越えて普及しているからかもしれない。英語圏では、スーフィズムを体現した13世紀のルーミーは「愛の詩人」として有名である。

また、「進歩的クルアーン解釈者」であるワドゥードやイサクが、『クルアーン』解釈にあたって、『コーラン』の日本語訳者・井筒俊彦の英文著作『コーランにみる倫理宗教的概念』(・・日本語訳は『意味の構造』)を参照して引用しているという記述も興味深い。ちなみに井筒俊彦は『ルーミー語録』をペルシア語から日本語訳している。

いまこれを書きながらシンガポールの英語放送 Channel News Asia をインターネットで聴いていたら、2014年秋にオープンしたロサンゼルスの The Women's Mosque of America が2015年1月30日から金曜礼拝を開始したというニュースを放送していた。女性による女性のためのモスクが世界で初めて実現したということだ。金曜礼拝の指導者であるイマームも女性なのだという。日本在住の日本人が知らないだけで、イスラーム世界もまた確実に変化しつつあるのだ。

このように変化する現代世界のなかで、イスラームもまた変化しつつあることを知ることは、日本人の世界認識にとっては、きわめて意味あることだといっていい。2050年には世界人口の 1/4 がムスリムになるのであるから。

自分の知らない世界を知るという意味でも、一読する価値のある本である。簡潔によくまとまった読みやすい良書である。


(画像をクリック!)


目 次
序章 グローバリゼーションのなかのイスラーム
 イスラームの内側からグローバリゼーションを問い直す
 「分かりにくい」イスラームを超えて
Ⅰ イスラームとコーラン(クルアーン)
 1. クルアーン成立の背景
 2. 聖典解釈の歴史-伝承主義から近代的解釈へ
Ⅱ アメリカ人「フェミニスト」の模索-アミナ・ワドゥード
 1. アフリカ系アメリカ人としての差別と改宗
 2. 男女平等の視点によるクルアーン解釈
Ⅲ アパルトヘイト解決への道-ファリド・イサク
 1. 南アフリカの人種差別とイスラーム
 2. 「他者」(キリスト教徒)との共存をクルアーンに読む
Ⅳ イスラーム主義への回帰-ビラール・フィリップス
 1.  カリブ海からカナダ、そして中東へ
 2. 伝統主義的なクルアーン解釈の継承
Ⅴ 西洋社会との協調-フェトフッラー・ギュレン
 1. トルコが生んだ世界的市民運動家
 2. 自己を律し、他宗教との対話を追求するクルアーン解釈
おわりに-クルアーン解釈の今
 イスラーム社会における限界-アブー・ザイド亡命事件
 マイノリティ・ムスリムの貢献
あとがき
関連年表
参考文献
人名索引


著者プロフィール
大川玲子(おおかわ・れいこ)
1971年、大阪生まれ。文学博士。東京大学文学部イスラーム学科、同大学大学院を経て、カイロ留学、ロンドン大学大学院東洋アフリカ研究学院(SOAS)修士課程修了の後、東京大学より博士号取得。現在、明治学院大学国際学部准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

Women's Mosque Opens In L.A. With A Vision For The Future Of Muslim-American Leadership (The Huffington Post, By Antonia Blumberg, 2015年1月30日)
・・ロサンゼルスにオープンした「女性による女性のためだけのモスク」で、女性イマームによる金曜礼拝が開始


<ブログ内関連記事>



■グローバリゼーションと宗教

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る


■イスラーム関連

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り

「害に対して害で応じるな」と、ムハンマドは言った-『40のハディース-アッラーの使徒ムハンマドの言行録』より

書評 『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)-魂の哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝


■日本とイスラーム世界の身近なかかわり

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)-共通のアイデンティティによって結ばれた「見えないネットワーク」に生きる人たち

日本のスシは 「ハラール」 である!-増大するムスリム(=イスラーム教徒)人口を考慮にいれる時代が来ている

(2023年9月18日 情報追加)


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2010年7月20日火曜日

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた




 映画『ザ・コーヴ』(The Cove)を見にいってきた。

 東京は青山のイメージフォーラムで7月3日から上映中の、和歌山県太地町におけるイルカ漁に反対する、米国の運動家たち活動を追った、自称ドキュメンタリー映画である。

 2009年米国制作の91分。PG12指定がされている。12歳以下のよい子は見ないようにという配慮である。


 アカデミー賞の発表当時、実際にこの映画を見た前だが、なんでこんな映画がアカデミー賞なのだ(!)と怒りを感じたのは、過激な動物保護運動である「シーシェパード」の暴力的テロ行為の延長線上で捉えていたからだろう。

 また、日本での公開前夜、さまざまな妨害を恐れて映画館主がビビっているという話も報道されていた。しかし、この手の妨害やイヤガラセは意図に反して逆効果だ。興業主からみればかっこうの話題作りとなるので、マーケティング的にはウェルカムな話だろう。

 賛否両論の激しいものであればあるほど、自分の眼で実際に見て、そのうえで判断したいものである。私の眼をつうじて感じたことを記しておきたいと思う。


■映画の感想■

 率直にいって面白い映画である。最後の10分を除けば。

 もちろん私自身はつとめて冷静になろうとは思っているが、基本的には「シーシェパード」などの活動には賛同しない。その意味では「予断」がまったくないわけではない。

 基本的にドキュメンタリー・タッチのこの映画は、非常にわかりやすく面白い。映画の途中で「こんなに面白いと思ってしまっていいのだろうか」と感じたくらいだ。

 物語の基本的な構造が正統的なパターンを踏んでいるからだ。

 映画のタイトルとなったコーヴ(cove)とは入り江のこと。イルカの追い込み漁が行われる、和歌山県太地町の、とある入り江のことを指している。だから定冠詞をつけた The Cove なのである。



■映画の中身をさらに詳しく見てみる■

 主人公のイルカ保護の活動家リック・オバリーは、もともとイルカの調教師の先駆者。日本でも私の世代の人間ならよく知っている『わんぱくフリッパー』という米国のホームドラマで、調教師兼俳優として10年間活躍した人物である。この活動で財産も作った。

 その主人公が、ストレスの高い環境のもとでイルカを飼育して、ショーに出演させて芸をさせることに疑問と罪悪感をもった結果、成功した過去の10年間を打ち消すかのように、贖罪感に促されて違法な活動も含めたイルカ保護活動に身を捧げる決心、その後の35年間過ごしてきた。

 そんな彼がターゲットに選択したのが和歌山県太地町。世界遺産の熊野からも近い、クジラの追い込み漁で江戸時代から知られた漁師町である。この太地町については、書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)の第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い で触れているので、参照していただきたい。

 イルカ漁の歴史については、私は調べていないのでよく知らないが、かつては日本各地で行われていたのだろう。

 映画のなかでも、長崎県の壱岐の大量捕獲で浜辺に並んだイルカの映像が使用されているが、これはたしかイルカ漁に対する抗議でオリヴィア・ニュートン=ジョンが日本でのコンサートを中止したときのものではなかったろうか。中学生時代、オリヴィアのファンだった私はこの一件で熱が冷めてしまったが、オリヴィア自身はその後カリフォルニアに移って環境問題に熱心に取りくんでいる。

 活動家たちによって、ターゲットに選ばれた和歌山県太地町に対する執拗なまでのこだわり。

 明らかにプロパガンダ映画なのだが、作りがドキュメンタリー映画風でかつエンターテインメント的な要素が多く、手に汗握るハラハラドキドキものなのだ。

 ジョージ・クルーニーをもう少し太めにしたようなエネルギッシュで渋い、もう一人の主要登場人物が、『オーシャンズ11』のようだなとつぶやくシーンがある。

 太地町でのイルカ追い込み漁(・・活動家たちにいわせればイルカ虐殺)シーンを撮影するために、さまざまなスペシャリストでプロジェクト・チームを組成し、ミッションを遂行する秘密のオペレーションをさしていったものだ。命知らずのカメラマン、元軍人、水中で音を出さずに潜る素潜りの達人などがチームメンバーである。

 プロジェクト・チームのミッションは、とにかく「人を動かす映像」を撮れというものだ。

 このため、隠し撮りのためのさまざまな手法も開発し、大量の資材を日本に持ち込んで、太地町の和風旅館をベースキャンプにして、ミッションを決行する。

 これだけなら、まさにドキュメンタリー・タッチのエンターテインメントなのだ。

 そしてミッッション遂行に成功した彼らの達成感は、隠し撮りによって撮影された映像でもって雄弁に代弁されることになる。映像のチカラはコトバのチカラの及ぶところではない。

 イルカを入り江の浜辺に追い込んで、銛(もり)で一気にひと突きする漁師たち、真っ赤な鮮血に染まる入り江、これが隠し撮りカメラによって、あまた上空に飛ばした飛行船(?)の搭載されたカメラで撮影される。12歳以下は視聴禁止というPG12指定がされているはそのためだ。

 おそらくこの映画を最初から見て、最後のこのシーンまで見たなら、イルカ漁は絶対にやめるべきだという結論をほとんどの人がもつはずである。映画制作者たちの意図ははほぼ完全に達成されたというべきであろう。

 それだけショッキングで、インパクトのある映像である。

 英語も比較的聴き取りやすく、日本語字幕には間違いはあまりなかった。微妙な内容だけに、日本公開にあたっては細心の注意を払っているのだろう。米国版にはないと思われる注意喚起の日本語がプリントされて上映されている。


■映画の内容にかんする疑問■

 映画のクライマックスとなる、鮮血にそまった入り江(cove)のシーン。

 編集前の映像が映画のなかに登場しないので詳細はわからないが、明らかにCG処理などの映像処理をしていると考えるのが常識だろう。

 日本人の大半はイルカの肉など食べたこともないし、食べたいとも思わないだろう。街頭インタビューの映像にでてくる日本人たちも、こういう反応がでてくるのは容易に想像されることだ。不思議でもなんでもない。
 
 この映画で主張されるように、クジラ肉と偽ってイルカ肉が日本国内で流通しているというのは、はなはだ疑問である。そもそも、日本でクジラ肉があまり食べられなくなってからかなりの年月がたっている。そうまでしてクジラ肉を食べたい日本人は限定される。

 イルカ肉の水銀含有量が多いというデータを日本政府が隠蔽しているという主張も疑問である。

 映画に登場する日本人科学者が目線だけでなく、名前も出さないように要請したのは当然だろう。米国版はみていないが、トレーラー映像で推測する限り、このような処置はしていないと思われる。

 水俣病のドキュメンタリーフィルムを挿入しているのは、水俣病の悲劇について知っている世界中の人々に対する、理性ではなく感情に訴えるプロパガンダ色が濃厚だ。

 イルカ保護活動家たちの、十字軍的な情熱はいったいどこからでてくるのか?

 この映画を作成した人たち、アカデミー賞を受賞させた人たちの意図は何か?

 太地町サイドの発言はほとんどないので、かなり一方的な作りになった映画である。

 イルカ漁は、世界中で太地町だけなのか?

 このほか子細にみたら、疑問点は数限りなくでてくるはずだ。おそらく詳細については誰かがキチンと調べているはずだろう。

 ここには疑問点だけを掲載して、検証はどなたかにお任せすることしたい。


■映画全体の評価■


 映画上映にさきだって、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のコメントがでてきたが、私もまったく同感だ。

 「同じ隠し撮りなら、『ザ・コーヴ』よりも『ビルマVJ』のほうがアカデミー賞を取ってしかるべきだった」、と。

 『ビルマVJ』の VJ とは Video Jounalist(ビデオ・ジャーナリスト)の略、2008年に勃発した僧侶が主導するミャンマーのデモを、ビルマ人 VJ たちが決死の覚悟で撮影したドキュメンタリーだ。VJたちの多くはその後当局によって拘束され獄中にある。

 ハリウッドにとっては、人間の命よりも、イルカの命のほうが大事なのだろうか?

 確かにイルカの知能は高い。これは否定できない。中国では海豚と表記したように海の哺乳類である。

 日本でも米国の画家ラッセンのイルカの絵画は人気がある。
 『わんぽくフリッパー』、おお懐かしい。フリッパーの声。
 日本製アニメの名作『海のトリトン』ではないが、ギリシアのイソップの寓話にも、イルカに助けられた人間の話はでてくるし、クレタ島の壁画にもイルカが描かれている。

 イルカ保護の活動家たちは、執拗にイルカはクジラの仲間であると主張する。映画のなかでは何度も IWC(国際捕鯨委員会)における日本政府の立場を批判すしているが、イルカとクジラは同じ海の哺乳類だとはいえ、同じカテゴリーでくくるのは考え方次第であろう。

 太地町のイルカ漁関係者たちにも言い分があるだろう。映画のなかではひたすら活動家たちの行動を邪魔する存在としてのみ描かれているが、これはかなりの程度プロパガンダ色の強い編集である。

 「友と敵の峻別」という二元論の発想。かわいそうなイルカを保護するのは「友」、それを阻止しようとする「敵」。

 一方的な主張に終始し、立場の異なる相手を理解しようとしない頑なな精神。対話のないところには、何も生まれまい。

 日本人が英語のロジックでコトバでもって説明し、十分に主張できないことのもどかしさ、むなしさ・・・

 米国人の一方的な論理展開にへきえきし、悔しい思いをするのは、太地町の関係者たちだけではあるまい。

 イルカ漁は正しいのか、正しくないのか。これは一義的には決めがたい。

 ハーバード大学の超人気授業をまとめた、『これからの「正義」の話をしよう-いまを生き延びるための哲学-』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010)の著者サンデル教授の授業に取り上げてもらいたいものだ。

 日本でも大学の授業で取り上げれば、「複眼的思考」養成のまたとない教材となるだろう。イルカ漁についての是非を問うディベート教材として。

 その際には、映像情報のウソを見破る教育を施してもらいたいと強く期待する。





<関連サイト>

『ザ・コーヴ』公式サイト(日本版)http://thecove-2010.com/
『ザ・コーヴ』トレイラー(米国版)
http://www.youtube.com/watch?v=4KRD8e20fBo
・・これを見ると日本人の登場人物に目隠しはしていないことがわかる。

『ザ・コーヴ』 の日本語吹き替え版
・・アメリカのウェブサイトにて無料(!)で視聴できる。

『わんぱくフリッパー』flipper YouTubeへの投稿映像(日本語版)
http://www.youtube.com/watch?v=vUDfkSAFkGg



<関連サイト>

クジラを食べ続けることはできるのか 千葉の捕鯨基地で見た日本人と鯨食の特別な関係(連載「食のニッポン探訪」)(樋口直哉、ダイヤモンドオンライン、2014年9月3日)
・・日本人は家畜の解体には違和感を感じても、マグロやクジラの解体には違和感を感じないのは「文化」によるものであり、「慣れ」の問題でもあろう。【動画】外房捕鯨株式会社 鯨の解体 は必見!

(2014年9月3日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い 

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは


P.S.
 この投稿記事によって、ブログ掲載は通算400本目となった。
 次の目標は通算450本、今後もたゆまぬ歩みを続けて行くつもりだ。
 お釈迦様がいわれるように、「象のようにゆっくり歩」みながら。





(2012年7月3日発売の拙著です)








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